ある意味で茉莉との初めてを

 相棒の様子がおかしい。

 それが分かってからも当然ながら俺の日々にそこまでの変化は起こらず、当たり前のように平和な時間が過ぎていく。

 催眠アプリを使うことで親しくなった彼女たちに対し、もはや催眠を使うことはなく相棒に頼る必要もない。


「……………」


 痴漢だと言っていた女に対し、それが真実かどうか俺はアプリを使おうとしたがエラーが発生してアプリは立ち上がらなかった。

 その顛末としては本当に女性は痴漢をされており、防犯カメラにバッチリ映っていたのであの件に関しては男性側が圧倒的に悪かったわけだが……俺はジッとアプリの画面を覗き込む。


「ったく……もうボロボロじゃねえか」


 アプリのいたるところで文字化けが発生しており、俺と彼女たち……そして悪意あるものたちを判別するあの画面も文字化けところか亀裂のようなものが見えており、これが実際に存在していたら僅かな振動でも壊れてしまいそうだった。


「気にしたところで俺には何も分からないのが現状だからな……それに、今日は茉莉の家にお泊まりだし暗い気分は止めるとするぜ」


 スマホをポケットに仕舞って俺は茉莉の家に向かう。

 今日は茉莉の家に遊びに行くのとは少し違い、本当の意味で一日彼女の家で一夜を明かすことになっている。


『実は今週末なんだけど、両親が誰も家に居ないんだよね。良かった甲斐君うちに泊まりに来ないかな?』


 その提案に俺はちょっと驚いたものの、夜も茉莉と一緒に過ごせるということですぐに頷いた。

 絵夢や才華も話を聞いていたが、偶には一人ずつの時間も良いということで、後に彼女たちそれぞれの家にも泊まる約束をした。


「……ヤバいな。ニヤニヤが止まらん」


 女性の家に泊まるというのは中々にハードルが高いモノだと思っていたけど、俺たちはもう恋人同士みたいなものなので遠慮する必要はないんだよな。


「……茉莉の両親も俺のことは当然知ってるし、何となく察してそうだ」


 流石に恋人が何人も居ると伝えてはいないが、茉莉の様子を聞いていた昔と違って今では彼女を家に送る時に良く顔を合わせているし……それに、最近になって茉莉もようやく両親と向き合えるようになったと言っていた。


「茉莉と言えばあいつのことももう全然聞かなくなったな」


 あいつとは茉莉の元カレであり、茉莉の心に傷を作った張本人だ。

 あれから出会うこともなければ茉莉から話を聞くこともない、本当の意味で茉莉はあいつと縁を切ったと言っても良いだろう。


「大分暑さも薄まってきたし、過ごしやすい季節になったな」


 そろそろ十月になるということで暑さはもうさようならって感じだ。

 それでも少し運動をすると汗はそれなりに掻くが、あの地獄のような暑い日々に比べたら全然マシだ。


「……うん?」


 そんなことを考えながら歩いていると、一本の電柱の傍に一人の少女を見た。

 その子はスマホを手にしながら通行人などの邪魔にならないよう脇に立っており、その子は俺を見てぱあっと笑顔を浮かべた。


「甲斐君!」

「茉莉!」


 まあその子が誰かは分かっていたのだが、まさか茉莉がここで待っているとは思わなかった。


「こんにちは甲斐君。えっと……待ちきれなかった♪」

「そっか……俺もドキドキしてたけど似たようなもんだな」


 基本的に二人で居る時の彼女たちのポジションは俺の腕を抱く位置だ。

 ギュッと腕に抱きついた茉莉と共に、彼女に家に向かって歩くその時だ――噂をすればなんとやら、向こうから歩いてくるのは茉莉の元カレだ。


「あ……」

「どうしたの……あぁあいつか」


 昔ならいざ知らず、今の茉莉は奴に対して何の感情も抱いていない。

 そんな奴の傍にも同年代くらいの女の子が居た。


「前と相手が違うんだな」

「何人も変わってるみたいだね。チラッと見る度に隣に居る女が違うから」

「へぇ」


 前の彼女もそうだったけど、今回の彼女も中々に派手だ。

 美人かどうかで言えば美人な方だとは思うけど、それでも化粧が濃すぎて俺にはちょっと無理だ。


「ま、あまり気にしないで良いよ。なんならここでキスしたりする?」

「止めとこうぜ。キスして色っぽくなる茉莉の顔を俺以外に見せたくない」

「っ……えへへ、そんな風に言われるとは思わなかったよ♪」


 茉莉が言ったのは見せつける意味でのキスだと思うが、それでもスイッチの入りかける彼女の表情はこれから先も俺にしか見せてほしくない。

 奴とその隣の女の子はこちらを見てきたが、俺がチラッと視線を向けるだけで茉莉は一切目を向けようとしない……何事もなく俺たちは通り過ぎ、そのまま彼女の家まで向かうのだった。


「えへ……えへへへ……えへへへへへっ!」

「お、おいどうした?」


 茉莉の家に着き、彼女の部屋に入った瞬間に突然茉莉が変な笑い声を上げた。

 別に引いてしまうほどではなかったが、どうしたのかと気になって声を掛けるのも仕方のないことだ。


「あのね? 今日は夜もずっと甲斐君と一緒なわけじゃん? だから凄く嬉しくてニヤニヤが止まらないの。ねえねえ私ね? したいこといっぱいあるんだ! お風呂とか一緒に入りたいし、ご飯も夫婦みたいなやり取りしながら食べたいし……ベッドの上で家族のこととか一切気にすることなくイチャイチャしたいし!」

「……………」


 茉莉のストレートな要望に俺も妄想が捗ってしまう。

 それからお互いに一旦気分を落ち着かさせるために腰を下ろすのだが、それでもお互いにソワソワして視線は行ったり来たりと……だがそんな俺たちの間抜けな姿が緊張を和らげてくれた。


「……ふふ」

「あはは……」


 せっかくこうして茉莉と二人きりなんだ。

 それなら緊張して何もしないなんていう無駄な時間を過ごすより、彼女と楽しい時間を過ごした方が絶対に良いに決まってる。


「イチャイチャしよう茉莉」

「うんしよう!」


 そうして俺たちはお互いに抱きしめ合い、満足した後はお互いに一つのテーブルを囲んで向かい合っていた。


(……良いもんだなやっぱり。大切な人とのこんな時間も)


 イチャイチャした後、俺たちは二人で勉強をしていた。

 流石に時期も時期なため、将来を見据えている俺たちにとってこの勉強の時間というのは大切だ。

 今回茉莉の家に泊まりに来たわけだけど、ちゃんと勉強道具も持ってきていたためこうして時間が取れた。


(姉ちゃんの通っている大学が目標だけど、近いだけでも全然悪くないのにこの辺りじゃそれなりに有名どころで将来の手助けにもなる……ただ、かなり頑張らないと厳しいんだよな)


 新たな目標が出来たことで勉強に力を入れており、直近のテストなどでも分かりやすいほどに結果は出ている……それでももう少し頑張らないと届かないと先生には言われているので、ここからは本当に自分との勝負――そして俺の決意の強さを証明するための日々になりそうだ。


「甲斐君?」

「……っと、時間か?」

「うん。もう五時だよ?」

「……え?」


 茉莉と勉強を始めたのは昼を過ぎてすぐだったのにもうそんなに経ったのか。

 それだけ集中出来ていたという証拠でもあるし、学習したこともちゃんと頭の中に残っている。

 後は更に詰めて行って自分のモノにしないとだ。


「っ……うあああああああっ!!」


 凝り固まった体を解すようにして腕を伸ばす。

 結構大きな声に茉莉を驚かせてしまったが、自分の部屋と同じようにリラックスして良いよと言われたのでお言葉に甘えさせてもらおう。


「どうしよっか。ご飯の前にもうお風呂済ませちゃう?」


 胸元に手を当て、豊かな谷間を見せながら茉莉はそう言った。

 完全に誘われてしまっていることは分かるものの、俺は素直に頷きこれから二人でお風呂に入ることが決まった。

 そして――俺と茉莉は泡に包まれながら抱き合っている。


「これ……凄くエッチだね」

「だな。つうか女子とお風呂って昔に姉ちゃんと入った以来なんだけど」

「そうなの?」

「あぁ……お互いに水鉄砲装備してそれはもう戦争状態だったよ」


 幼い子供なんてそんなもんだよなと俺は笑った。


「本当に甲斐君は都さんと仲が良いよねぇ」

「だな。本当に俺にとって大切な姉貴だよ」


 そして姉ちゃんもまた俺のことを大切に考えてくれているので、姉弟の在り方としては理想的なんじゃないかな。


「……ねえ甲斐君、この状況何も思わない?」


 小さくボソッと呟かれたその言葉に俺は首を振った。

 実はさっきから本当に色々と我慢している……というか、このシチュエーションで何もするなってのが無理な話だと思う。


「なあ茉莉……その、良いか?」

「うん……本当は寝る前にしようかなって思ったけど、私も我慢できないよ」


 茉莉と抱き合いながら互いに想いを吐露し、そして更に激しく絡み合う。

 思えばこれが催眠状態でもなんでもなく、ありのままの俺たちが正真正銘繋がる瞬間だった。


「でも……やっぱりちょっと他人の家の風呂でってのは罪深い気がするぜ……」

「もう今更でしょ~? というか甲斐君、私たちもうこうやって繋がってるんだから逃げられないよ?」


 取り敢えず……思春期の男女が互いの家に泊まって親も居ないのならこうなると良い教訓だった。

 お風呂の中なのに汗を出して汚れるという矛盾だったけど、風呂から出た後の茉莉はそれはもう色気ムンムンで凄かったとだけ言っておこう。

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