あとどれくらい、俺はお前と一緒に居られる?

「お、おい甲斐……?」

「どうしたんだそれ……」

「……まあ色々あってな」


 愛華とフィアナの二人と楽しんだ女子校の学園祭、そこで起きた問題に関わったおかげで負った名誉の負傷はしっかりと残り続けていた。

 口の中と頬の腫れは引いたものの、殴られた場所が黒くなっているのでそれで友人二人には気付かれてしまった。


「大したことはねえさ。名誉の負傷だよ」

「そうかぁ? まあお前のことだから自分から喧嘩を吹っ掛けるようなことはないと思ってるけどさ」

「だな。でも何かあったら言えよ?」


 分かってるよと俺は頷いた。

 あの時のことは全く怖くなかったといえば噓になるけれど、守りたい人が居るなら人間は強くなれるんだってことを改めて思い知った。


(……結局、どうしてあんなことになったのかは分からなかった)


 アプリの強制終了、そしてその後の起動出来ない問題については結局何も分からないままだ。

 催眠の発動まではいかなくてもアプリ自体は何度でも起動できるため、特に不安に思ったりする必要はなさそうだが、それでも若干の不安は残っている。

 それから晃たちと他愛無い話をしていると茉莉が教室に入ってきた。


「あ、甲斐君!」


 俺を見つけた瞬間に茉莉はすぐに駆け寄ってきた。

 すぐ傍に来た彼女は俺の頬に手を当てて優しく撫でてくれるのだが、ここは教室だぞと指摘してもおそらく彼女はやめてくれないだろう。


(……つうかみんなに心配させちまったんだよな)


 俺を含め茉莉たちが全員参加しているグループチャットを通して何があったかは伝えられており、普段は会えない那由さんと真冬さんは物凄く心配してくれた。

 もちろん彼女たちだけでなく父さんと母さんを含め、姉ちゃんにもそれはもう心配されてしまった。


「殴られたって聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ?」

「悪かったな。でも大丈夫だったからさ……って、そこまで心配してくれたのに大丈夫の一言じゃ足らないか」

「うん。昼休み、いつもの場所でね?」

「分かった」


 俺たちの間でしか伝わらない意味合いを含んだ言葉だった。

 茉莉との親し気なやり取りについては決して多くない頻度ではあるものの、教室の中で割と最近はしているので集まる視線にも慣れたものだ。

 以前に俺に絡んできた派手な二人も悔しそうにはしながらも、もう俺に対してちょっかいを掛けてくることはなかった。


「つうか相坂は何があったのか知ってるのか?」

「その様子だと知ってるみたいだけどさ……」


 相坂も俺のことを心配してくれるあまり周りが見えなかったのかもしれない。

 そのことは俺としては嬉しいことだし、それだけ彼女たちに愛されているということでもあると思う。


「……まあ別に良いか。実は――」

「甲斐君」


 晃と省吾に何があったかを説明しようとした時、才華の声が聞こえた。

 鞄を肩に掛けているのを見るに先にこっちにやってきたのだろう――才華はそのまま俺の傍に近づき、茉莉がやったように俺の頬に手を添えた。


「痛い?」

「全然、だから安心してくれ」

「……うん」


 これはもしかして絵夢も来る流れか? なんてことを考えたけど、流石に学年が違うので彼女は現れなかった……その代わりと言ってはなんだが、メッセージはしっかりと届いていた。


「実は――」


 気を取り直し、俺は何があったかを話すのだった。


「なるほど……」

「女子校の学園祭にお呼ばれとか羨ましい……とは言えないな」


 確かにいつもの二人なら羨ましいと言って悔しがりそうなところだが、このことに関してはやっぱり心配の感情の方が大きいのだろう。

 二人は俺と向き合っているが、茉莉と才華はずっと俺の背後に控えており、二人とも俺の肩に手をそっと置いている。


「なあ甲斐」

「うん?」

「なんつうか……最近思うんだよ。俺たちの知らない間に、お前って凄くかっこいいやつになったなって」

「……一体何だよいきなり」


 突然の晃の言葉に俺は目を丸くした。


「いやさ。そんな風に女子を守るために体を張れるんだってさ」

「あ~……」

「少し前までの甲斐なら……いや、甲斐は元々そういうやつだったか」

「やめろよなんか背中が痒くなるから」

「痒いの?」


 カリカリと背中を才華が掻いてくれるけどそういうことではないんだよなぁ……才華って俺よりも成績は良いんだけど、時々彼女は天然が炸裂することがある。まあそこも最高に可愛いんだけど。


「でも……こうして変わるっていうか、勇気を持てるようになったのは茉莉たちと出会ったからじゃないかな」

「そうなのか?」

「あぁ――茉莉たちの存在が俺を強くしてくれるんだ」


 そして何より――相棒の存在が俺には大きかった。

 そう口にしてからしばらくして俺はあまりにも恥ずかしいことを口にしたと気付いたが時既に遅し、ぽかんとしている晃と省吾の二人とは反対に、茉莉と才華の反応は違った。


「……えへへ」

「好き」


 茉莉はただ微笑んでいるだけだが、才華は俺にしか聞こえないくらいに好きと呟いて思いっきり後ろから抱き着いてきた。

 抱き着くとは言っても厳密にはちょこんと体をくっ付け、手を俺の胸の位置で繋ぐ程度のモノだ。


(……おっぱい枕だわ)


 頭を支えるのはあまりに柔らかすぎる感触、これは家電販売で売っているマッサージチェアよりも遥かに素晴らしい気持ち良さがある。

 才華も俺の考えが伝わったのか、体を少しずつ動かしたりして多彩な柔らかさの角度を提供してくれる。


「……ふぃ♪」


 みんなを心配させてしまったものの、朝から最高の時間だマジで。

 その後、才華は自分の教室に戻り茉莉たちも席に着き先生がやってきた。


(……なあ相棒、マジでどうしたんだよ)


 これまたフィアナと共通して好きな漫画の台詞を使うならば、“相棒は俺に何も答えてはくれない”って感じだが……どうしてこんなにも寂しい気分なんだろう。

 心配というよりは寂しい……そんな良く分からない気持ちを俺は抱いていた。

 それから時間は流れて放課後になり、絵夢を含めて三人が俺の傍に居た。


「先輩、相手は誰なんですか?」

「絵夢さん……? ちょっと目が怖いんだけど……」


 茉莉や才華と同じように俺の頬に手を当てながら、絵夢は憎しみの込めたような目を浮かべて呟く。

 普段と違う絵夢の様子に俺は驚いたが、それだけ彼女も心配したと同時に相手に対して憤りを露にしてくれているということだ。


「ありがとな絵夢。でももう済んだことだから良いんだよ。ほら、笑ってくれってそっちの方が好きだから」


 絵夢の柔らかな頬をムニムニと揉みながらそう言うと、ぷくっと彼女は頬を膨らませたがすぐににへらと笑ってくれた。

 それから改めて絵夢も含めてその時のことについて話した。

 催眠アプリが起動しなかったことはこれからの懸念材料ではあるものの、愛華とフィアナを守るために勇気を出して体を張れたことは自分での言うのもなんだが誇れることだと思う。


「私の時も甲斐君は守ってくれたからね」

「アプリがあってもなくても、甲斐君はそうなんだよ。心で繋がってる私たちならそれがちゃんとわかってるから」


 ありがとうなと俺はお礼を言った。

 まあこんな風に彼女たちは心配してくれたし、俺のことをよく言ってくれるけど実を言うとこのことが昨日知られた時、心配の後に思いっきり怒られた。


『本当に立派なことだよ。でも、自分のことも大切にしてね』


 その言葉は強く俺の中に刻まれることになるのだった。

 人間……いや俺だけかもしれないが、彼女たちを背にした時何が何でも守ろうという気持ちになる……あれはきっと、相手が何か刃物を持っていたとしてもきっと俺は体を張るんじゃないかと思うのだ。


(彼女たちを守れるなら……なんて考えはかっこいいけどそうだよな。俺はもう彼女たちとこれからを生きると決めたんだ。だからこそ、自分のことを粗末にしてみんなを悲しませるのも許されないか)


 そんなことを考えながら、俺はいつもと同じように素晴らしい昼休みを過ごした。


▽▼


 そして数日が過ぎた時、俺はまたあの光景を目にした。

 男性が女性に痴漢をしただろうと問い質されている現場だ――俺は以前と同じように催眠アプリを使って本当かどうかを確かめようと思ったが、その時もスマホの画面にエラーが出て催眠アプリは起動できなかった。


「……………」


 何となく……本当に何となくだが、相棒との別れが近いのではないかと俺は薄らと予期するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る