相棒……?

 何の騒ぎかと思って俺たちは近づいたのだが、そこでは外部の客と思われる大学生の姿があった。


「良いじゃねえかよこれくらいよ~」

「そうだぜ。普段から男とつるむことがねえからって気を遣ったんだろうが」

「御託は無用です。良いから校内から出て行ってください。あなた方のような者に割く時間は生徒たちも持ち合わせておりません」


 大学生の男二人に年配のふくよかな女性が対応していた。

 ここに来たばかりで事態を把握しきれてはいないものの、おそらくここの生徒に対して行き過ぎた行為を行ってしまい、それで教師が見兼ねて出て行ってくれと話をしているのだろう。


「んだよババア、舐めたこと言ってんじゃねえぞ?」

「怪我したくなかったら身の程を弁えろよ」


 大学生側はそう言って凄んだ表情を見せるものの、女性は全く微動だにせずに忽然とした姿で彼らを見返していた。


「外部から招くとこういうことがあるんだな」

「そうね……でもすぐに警備の人が来るはずよ」

「そうだねぇ……けど大丈夫かな」


 教師の女性はともかく、周りの生徒は完全に怯えてしまっている。

 他の客たちも我関せずのように距離を取っているし、もしもここで暴力に訴えてきたらそれこそ大変なことになりそうだ。


「お、つうかめっちゃ可愛い子居るじゃんよ」

「へへっ、最高じゃねえかおい行こうぜ」

「っ……待ちなさい!」


 彼らは俺の傍に居る愛華とフィアナに目を向けてきた。

 いやらしさと悪意を混ぜ込んだような気持ちの悪いその視線に二人は僅かながら過去を刺激されたのか、ギュッと俺にしがみつく。


「大丈夫だ二人とも、俺が傍に居る」

「甲斐君……」

「……うん!」


 こっちに向かってくる男二人を止めようと女性が前に出たが、男の一人がついに女性に手を上げた。

 殴ったりするほどではなかったが、ドンとそれなりに強く押されてしまったことで背後の飾りを倒すように女性はよろめいた。


(そんなことまでやんのかよこいつら……出禁なんて騒ぎじゃねえだろ)


 すぐに警備の人が来るらしいので、俺としてはしばらく時間を稼ぐことが大事か。

 幸いに俺にはこいつらにはない相棒の力があるので、時間を稼ぐくらいならあまりにも余裕である。


「二人とも、今から相棒を使う」

「分かったわ」

「頑張って……っ!」


 さあ相棒、出番だぜ。

 俺はスマホを手に取り催眠アプリを起動し、男たちに対して催眠を発動させた。


「何してんだ?」

「つうか退けよガキ、邪魔すんじゃねえぞ」

「……え?」


 相棒……?

 催眠が発動した形跡はなく、男たちも意識はしっかりとしている……チラッとスマホの画面を見た時、催眠アプリが強制終了してしまった画面が出ていた。

 それからまたアプリを起動しようとしたが、何故かエラーが出て開かない。


(相棒? どうしたんだよ相棒……!)


 いつもはこんなことがなかっただけに俺は困惑を隠せなかった。

 別にバッテリーが切れているわけでもスマホ自体に問題があるわけでもない、単純に催眠アプリが起動しない!


「聞こえなかったのか? 良いから退けってんだよ」

「ヒーロー気取りは良いが調子乗ると痛い目見るだけだぜ?」

「っ……」


 予想外だ……あまりにも予想外すぎる。


(……おいおい甲斐、まさかビビってんのか? 相棒の力が使えないからって、背後に守るべき存在が居るのにまさか逃げようなんて考えちゃいねえよな?)


 そんなことあるかよと、俺は自分自身に言い聞かせた。

 確かに相棒は俺にとって最高の存在なのは間違いない、けどだからといってその力が使えないからって逃げるなんざ彼女たちと想いを通わせた男としてあまりにも恰好が付かないだろう!!


「こんなんヒーローが出る幕でもないだろ?」

「あん?」

「何言ってんだ?」


 俺は喧嘩が強いわけじゃない、けど体を張ることくらいは出来るつもりだ。

 少しでも時間を稼げばいい……いいや違うな、正直他のことに関してはどうでも良いと俺は思っている――俺はただ、愛華とフィアナに邪な視線を向けたことが許せないんだ……ははっ、俺が言えたことじゃねえけど。


「ヒーローが出るほどの悪役でもないよアンタたちは。俺も人のことは言えねえけどクズの相手は俺みたいなので十分だ」


 クズだとそう言うと二人は目の色を変えた。

 その瞬間、思いっきり頬を殴られたけど痛くも痒くもないなんてことはなく、涙が出そうなくらいに痛いが、それでも後ろに二人が居ると思えば何も怖くはなかった。


「甲斐君!」

「っ……やめてえええええええ!!」


 怖いはずなのに俺の前に二人が立った。

 俺はすぐに立ち上がって二人の肩に手を置き、そのまま再び俺の後ろに庇う様にして男たちを見据えた。

 ここまで来たらドンと来やがれ、何発でも耐えてやると自棄になっていたその時だった――ようやく警備の人が現れた。


「ちっ!?」

「離しやがれ!!」


 ちなみに誰も彼もが見て見ぬフリをしていたわけではないらしく、大変なことになる前にと警察も呼んでくれていたらしい。

 近くに駐在所もあるので、その点からも警察の到着は早かった。


「……ふぅ」


 当然ながら口の中が切れて血の味が広がっている。

 ただあくまでそれだけなので特に誰かの世話になる必要もない、あまり騒ぎの中心に居るのが嫌だったのですぐに二人を連れて離れた。


「大丈夫?」

「あ~んして」


 血が出ているだけでなく、頬も腫れているのでまた帰ったら姉ちゃんたちに色々と心配されそうだな。


「確かに痛かったけど大丈夫だよ。以前に殴られて経験してるし……まああれに比べたら強かったけどさ」

「……馬鹿、心配させないでよ」

「ほんとだよぉ」


 ごめんと謝って二人のことを抱きしめた。

 おそらくこの出来事を機に来年から……いや、他の催しについても何かと制限が付くかもしれない。


「……あ、緊張が解けたからトイレ行きたくなっちゃった。行ってくるねぇ」

「あいよ」

「いってらっしゃい」


 フィアナを見送り、俺と愛華は二人っきりになったわけだが特にイチャイチャとするわけでもない……今はとにかくゆっくりしたい気分だった。


「それにしても何があったの?」

「あぁ……催眠アプリが起動しなかったんだ」

「え?」


 スマホを手にして確認してみると、今度はちゃんとアプリは起動した。

 使えるかどうかを確かめるために愛華に一声かけてからアプリを発動したのだが、今回はちゃんと発動した。


「……どういうことだ?」

「何か……あったのかしら」


 何事もなく発動しておりいつも通りの画面だ。

 その後も特に変化はなかったので催眠を解除したわけだけど……何だろうな、何か胸騒ぎとまでは行かないまでもちょっと不安になってしまう。


(この不安は催眠アプリが使えないことよりも……相棒が居なくなること?)


 しばらく考え、まさかなと俺は苦笑した。


「愛華、ちょっと思いっきりリラックスさせてもらっていい?」

「え? あぁそういうこと……ふふ、どうぞいらっしゃい」


 腕を広げた彼女の胸元に俺は顔を埋め、そのまま背後が柔らかなソファだと分かっていたので押し倒した。

 愛華が重いと思わないように、苦しいと思わないように気を付けながら彼女の柔らかさを顔全体で堪能する。


「甲斐君ってどうして大きなおっぱいが好きなの?」

「え? ……なんでだろう」


 いざ質問されると答えに窮した。

 愛華の谷間に顔を埋めたり、顔を上げて両手で優しく揉んでみたり……色々したらどうして好きなのかの原点は分からなかった。


「分からないけど……落ち着くからなぁ」

「そうなのね。でも気持ちは分かるわ」

「え?」

「私も前にフィアナとエッチをしていた時、あの子の胸を舐めていると感じている姿が可愛いと思うと同時に私も安心したからなのよ♪」

「……おぉ」


 百合カップルだったからこその言葉だった。

 二人はもう以前のように深い仲ではないとのことだが……二人の濃厚な絡みを見たいと言ったらいつでも見せてくれたりするのだろうか。

 今回の学園祭で色々なことがあったものの、結局それからの俺はそんなことを考え続けて愛華にクスクスと笑われ、フィアナには居なかった時にイチャイチャした罰としてそれはもう強制的に甘えさせられてしまった。

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