いい加減にするんだぜぇ!

「……もうめっちゃ分かりやすくなってんじゃんか」


 那由さんと気持ちを通じ合わせた夜のことだ。

 飯を食ってから風呂を済ませた後、スマホを手に催眠アプリを起動させて俺はあの名前の画面をまた見ていた。

 俺の名前に繋がるピンクの線、その線の先にあるのは全て彼女たちの名前だ。


「茉莉、絵夢、才華、愛華、フィアナ、那由さん、松房さん……こう見るとまるで七人が作り出した蜘蛛の巣に引っ掛かった蝶々みたいだな」


 割と冗談抜きでそんな風に見えたのだが、逆に望むところだって感じである。

 まだ松房さんとはハッキリと言葉を交わしたわけじゃないけど……あんな風に言わせてしまった以上は俺も答えはしっかりと出さないといけない。


「……ふぅ、まあそれは置いておくとして。なあ相棒、お前は本当にどういう原理でこの世界に生まれたんだ?」


 いつもは一度しか問いかけをすることはない、しかし今日に限っては俺はまだ言葉を続けた。


「一体誰が何の目的で生み出し、何を求めて俺の元にやってきたんだ? 俺だけじゃなくて他に使用者が居ることも分かっている。もしかして、何かヤバい実験がこの世界で行われていたり……そんな大それた話か?」


 自分で口にして怖くなってしまう話だが……ここまで来ると本当に気になる。


「……………」


 相棒は相変わらずの沈黙を貫き、俺に何も答えてくれることはなかった。


「ったく……分かっちゃいたけどな」


 催眠アプリを閉じてベッドに横になった。

 今までずっと相棒について疑問に思いながらも、俺はずっと自分の欲望の赴くままにこいつを使ってきた。

 その過程で催眠という力だからこそ出来る形で茉莉たちを助けて仲良くなったわけだが、そういう意味ではこいつが俺の未来を切り開き彼女たちとの間を取り持ってくれたキューピッドになるわけだ。


「なあ相棒、俺はまだあの映像のことを覚えている」


 今は比較的落ち着いた気分で思い出せる。

 怯える茉莉たちに対してスマホを向けていた俺の姿、あんなことをするのは俺ではないと気にすることはなくなったが……もしもあれが本当に別の世界の俺だとして、それがきっかけで巡り巡って相棒が別の世界の俺の元に来たのだとしたら……そこに何かしらの意味があるのかな。


「……あの世界の俺は嗤ってた。怯えているみんなに対してスマホを向けて、自分の欲望を全てぶつけるかのように……気色の悪い笑みだった」


 自分に対して気色悪いというのはちょっと悲しいが、本当にそう思ったんだよなと俺は苦笑した。


「茉莉たちが話してくれたけど、催眠を掛ければ掛けるほど効果は弱くなる。俺に対して嫌悪が溜まりに溜まった状態であるにも関わらず、暴走を続けた結果どうなったのか気にはなるな」


 たぶん、自分だけじゃなくて家族すらもバラバラにさせてしまったかもしれない。

 俺がその世界の俺と会うことはないとは思うけど、馬鹿なことをしてんじゃねえよとそう言えるのは俺がこうして幸せな日々を送っているからだろうな。


『――ざけるな』

「?」


 今一瞬、何か声が聴こえたような気がして俺は辺りを見回した。

 この部屋に居るのは俺だけなのは当然なので、逆に俺以外の声が聴こえたらそれはもうホラーでしかない。


「……ちょっと背中が寒くなるじゃねえかよ」


 こう見えて自分、ホラーが最高に苦手なんですわ。

 俺は何も聴いていないし聴こえていない、そう自分に言い聞かせると僅かに感じた恐怖も薄れて行った。


「なんにせよ、相棒が突然居なくならない限りこれからは一蓮托生みたいなもんだ。その上で約束するけど……俺は絶対に、誰かを私利私欲で泣かせるような卑怯なことはしない。茉莉たちに対してもう使うことはないから出番は少なるだろうけど、精々誰かを助けたい時とか……かな?」


 茉莉たちを助けた時、或いは痴漢の嘘を見抜いた時のような……まああれの影響でその騒ぎを起こした相手が不幸にはなるかもだけど、そこまで気にしても仕方ない。


「相棒、俺の元に来てくれてありがとうな」


 俺はそう伝えてスマホを置いた。


「……マジで使い方には気を付けねえとな」


 使えば使うほど効果が薄くなる、それは女性に限らず男性にも同じことが言えるはずだ。

 つまり彼女たちを守るために使った時、或いは他のことでも誰に何回使ったかというのは出来る範囲で記憶しておく必要はありそうだ。


「ピンクの線とは違う黒い線……あれについてももう何となく分かってる」


 黒い線の先にあるのは俺が彼女たちを守るために撃退した相手、好意とは正反対の気持ちを持っている相手の名前が隠されているはずだ。

 割と真面目に体を鍛えようかなと思い、俺は眠りに就くのだった。


▽▼


 その日、俺は不思議な夢を見た。

 自分と同じ顔をした人間がずっと俺に対して同じ言葉を繰り返している。


『どうして俺は不幸になってお前が幸せそうにしてるんだ?』


 知らねえよ、お前が蒔いた種だろうが俺に文句を言うな。


『俺が不幸になったのならお前もそうならないとおかしいだろ!』


 なんでだよ、つうかハッキリと言わせてくれ。

 俺とお前は確かに似ている存在なのかもしれないが、あくまで似ているだけで全くの別人だ。


『ふざけるな……絶対にぶっ壊してやる! そうじゃなきゃ何のためにお前に――』


 だあもううるせえったらねえ!!

 俺は自分と同じ顔をした男に迫られる趣味はねえし、茉莉たちみたいなおっぱいが大きくて美人な女の子たちに迫られて搾り取られるのが好きなんだよ! でも別に俺が責められるのが好きってわけじゃねえぞ!


『ぐぅ……てめええええええ!!』


 俺に向かってそいつだったが、それを阻むようにピンクの線が奴を雁字搦めにしてその場に停滞させた。

 必死に体を動かそうとしているが、その拘束はあまりにも強く逃れる術は奴にはなさそうだった。


『ねえ茉莉、今寝言で甲斐君……搾り取られるのが好きだって言ってた』

『そうだねぇ。ふふ、寝起きドッキリで思いっきり吸い出しちゃおっか』


 まるで天から響くかのように聞き覚えのある声が俺の鼓膜を震わせた。

 俺は呆然とする奴にニヤリと笑い、近くに寄ってこう言ってやった。


「相棒のことについては良く分からん。でも、もし相棒が来てくれたことにお前が関係しているのなら言わないといけないことがある――ありがとよ」

『っ!?』

「俺は幸せになってやる。幸せでエロエロな日々を送ってやるぜ!!」


 ドヤ顔でそう言ってやった。

 拘束されていなかったら間違いなく殺しに来そうな表情の奴に背を向け、俺は体を包む光に身を任せ……そして――。

 目を覚ました俺はうっと声を上げた。


「あ、起きた」

「おはよう甲斐君♪」


 えぇ……目を覚ましたら二人の女神が俺の俺を愛撫していた。


「えっと……なんで?」


 今日はまだ日曜日なので学校ではない、だから以前の茉莉のように迎えに来る必要もないはずだ。

 そもそもこんな朝早くから来ていることに驚きはしたものの……当然嫌ではないが困惑は大きい。


「取り敢えず……おはよう」

「おはよう甲斐君。はい、いっぱい出して」


 了解。カイ・マサキ、目標を駆逐する!!

 ……なんて心の中の茶番は置いておいて、どうして彼女たちが居るかについてだが姉ちゃんが呼んだらしい。


「甲斐君の同級生ってことで色々と話が改めてしたいんだって。絵夢も呼ばれたけどあの子は今日用事みたいで……凄く残念そうにしてたよ」

「そっか……姉ちゃんめ」

「その様子だと何も知らなかったみたい?」


 その通りだよ!

 しっかし……ある意味で驚きのアクシデントみたいなものだけど、こんな朝の目覚めは最高である。

 しかも夢の内容も明確に覚えており、奴が口にしたあの言葉もバッチリだ。


『そうじゃなきゃ何のためにお前に――』


 あの言葉の意味……つまりはそういうことなのか?

 夢の中ということで気が大きくなっていたが、もう少し詳しく話を聞けば良かったなと今になって少し俺は反省した。


(挑発するのは悪いことだが……見てるかよ。俺はこんなにも幸せだぜ?)


 今の俺、最高に悪い顔をしている気がする。

 絶対にぶっ壊してやるだって? そんな言葉にビビるような俺じゃない、何があったって守ってみせるさ絶対に。

 だから……相棒も頼むぜ、そうスマホを強く握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る