テンションが高すぎるぜぇ!

「ひゅ、ひゅ~♪」

「……………」


 あの~那由さん、その口笛は明らかに不自然というか下手くそすぎません?

 スポーツジムの帰りに那由さんの家にこうしてお呼ばれしたわけだが、彼女が今日は催眠アプリを使わないのかと口にしたことからこの妙な空気が発生したわけだ。


「……那由さん」

「な、なんだい?」


 どうして催眠アプリを使った側の俺が問い詰めるような構図なんだろう。

 とはいえ、実を言うと内心バクバクなのは当然で、この様子だと那由さんはずっと催眠アプリのことを知っていた。

 いつ頃からなのかは分からないけど……。


「知ってたんですか? 催眠アプリのことを……」

「……………」


 目を泳がせた那由さんだったがあぁっと頷いた。


「……知ってたというより気付けたのはつい最近、それこそ君が最後に家に来て私に甘えた時だ」

「あ、あの時から!?」


 それってかなり最近のことだぞ……というか茉莉たちに比べて俺は那由さんにそこまでの回数催眠アプリを使ってないのにそんな早くに気付けたのか!?

 口をパクパクとさせる俺に那由さんは言葉を続けた。


「全部だ……全部覚えているよ。君に甘えられたこともそうだし、君とセックスをしたことだって覚えている」

「っ……」


 そのことについてはどう説明をしようかと悩んでいたことでもあった。

 今までの那由さんの様子から特に俺に対して嫌な感情を抱いているということはなさそうなので、その点は安心しているがそれでも……俺は頭を下げようとして待ちたまえと止められた。


「謝る必要はないよ。そもそも、そのことを覚えているというのに私は君のことを悪く言ったかい?」

「それは……」

「なかっただろう? 今日だって私は君と出会い、一人でスポーツジムに行くことを聞いて自ら一緒に行くことを願った。私はね? 君のことが好きなんだよ」

「……那由さん」


 それはあまりにも唐突な告白だった。

 最近では自分の想いを伝えることもそうだし逆に伝えられることも多かったので衝撃はそこまでだった……いや、そんなことはない大きな衝撃だこれは。


「いつものようにこっちに来なよ。ちょっと落ち着いて話をしようか」

「……えっと」

「ふふ、困惑が大きい時は落ち着くのが一番だ。ほら」


 那由さんが伸ばした手が俺の肩に置かれて抱き寄せられた。

 俺の頭を優しくその豊満な胸元に抱くようにした那由さんは、俺の頭を撫でながら耳元で囁いた。


「そもそもの話、君は知ってると思うけど私はああいったシチュエーションを望む性癖があるのさ。SNSで刻コノエとして言ったけど、無理やりは嫌だけどその相手が優しい心の持ち主なら尚更良いってね」

「あ……確かに」


 確かに刻コノエとして彼女はそう言っていたし、何より催眠の途中にも那由さんは言っていた。


「そして更に言うとね? 催眠中の私は君のことを心から信頼していた。その理由はおそらく、君の心が綺麗だということに他ならないと思うんだ」

「……………」


 那由さんだけではなく、みんなが俺に対してそう言ってくれる。

 催眠中は心の壁が取り払われ、相手のことをよく理解出来る状態になるというのは俺も実体験済みだ。


「私の祖父を助けてくれた優しい君がそんな不可思議な力を使い、私の好みのど真ん中を打ち抜く心の持ち主だ。催眠状態でもそうでなくても、君と接することが私にとって最近の一番の楽しみだった。なあ甲斐君、ここまで私が伝えてもまだ謝ろうと言うのかい?」

「……でも俺は那由さんの――」

「あれはお互いに同意だったから良いじゃないか。まあでも、ここで悩んでしまうのも君が君だからこそか。やれやれ、それじゃあもう一度するかい? 今度は私も催眠状態ではない本当の私で」


 ごくりと俺は唾を呑んだ。

 反射的に顔を上げた時、那由さんは妖艶な雰囲気を醸し出すように下唇をペロッと舐めた。

 あまりにもエッチなその姿に流されそうになってしまったが、俺は頭を振って一旦那由さんから離れた。


「あはは、流石に突然すぎたか。でもちょっと落ち着いたかい?」

「……そうですね。落ち着くよりはもっと心臓がバクバクしてますけど」

「それは良いことだ。私で興奮してくれた証だから」


 本当にこの人は……とはいえ、何も間違っていないので否定も出来ない。

 コホンと俺は咳払いを一つした後、それでもケジメだと俺は頭を今度こそ下げた。


「それでも謝らせてください。たとえ那由さんが望んでいたとしても、流れとはいえ催眠アプリの力で関係を持ったことは嘘ではないから。だから……ごめんなさい」

「……やれやれ、分かったよ謝罪を受け取ろう。本当に君は優しい子だね」


 そう言ってまた那由さんは俺を抱き寄せた。

 この謝罪を受け取ったことでこの話は終わりだと、那由さんはそう言って俺から離れて冷蔵庫に向かった。

 そしてオレンジジュースをコップに入れて持ってきた。


「はい」

「ありがとうございます」


 小休止を挟むようにジュースで喉を潤す。


「記憶が残っているということは他のことも当然憶えているよ。君が私以外の女の子とも催眠アプリで繋がったことも。あれからどうなったか、教えてくれる?」

「あ、はい」


 それから俺は茉莉たちのことを伝えた。

 今のところ五人の女の子と俺はこれからもずっと一緒に居ることを誓っているわけだが……俺の話を聞いた那由さんは本当に俺らしいと言って頭を撫でてきた。


「それは君が必死に考えて出した答えなんだろう? なら胸を張ると良いさ。たとえあまり明るみに出来ないことでも、君がその関係に自信を持つことが彼女たちにとって何より嬉しいことだろうからね」

「そう……ですね」

「あぁ」


 本当に凄いな那由さんは。

 大人の貫録はもちろんのこと、包容力も凄くてどんなことでも受け入れてくれるような優しさを感じさせる。

 今回こうして那由さんに話をして良かったと、俺は心からそう思った。


「その……那由さん」

「ふふ、おいで?」

「……はい」


 その包容力に今日も甘えたい、そんな俺の気持ちを察したのか那由さんは両手を広げて俺を迎え入れる姿勢だ。

 俺は遠慮なく那由さんに近づき、今度は自らのその胸元に飛び込んだ。


「……はふぅ」

「あぁ本当に可愛いな甲斐君は。そうやって素直に甘えようとしてくれるのもポイント高いし、多くの子たちを助けたその勇気も本当に魅力の塊だ」


 だからあまり褒めすぎないでほしいのだ。

 嬉しくもなるし何より調子に乗る……ことはないが、俺も人間なのでやっぱり浮かれることは多いからな。


「……良いね、次の漫画の題材は決定したよ」

「え?」

「なあ甲斐君、君の名前を使うつもりはない。でも君をモデルにした主人公の話を是非書かせてくれ」

「えっと……」

「あ~良いぞぉ! ノッてきたノッてきた! これでもかと案は浮かぶし、いつも以上に良い絵が描けそうだ!!」


 那由さん、最高にハイテンションになってしまわれた。

 そんな風にテンションの高い那由さんを眺めていたけど……こうして話をしていて改めて俺は認識した――那由さんのことも俺は欲しいのだと。


(……うん?)


 今一瞬、ポケットに入れていたスマホが謎の震えた気がしたが……取り敢えず確認は後にしようか。

 俺はもう少し那由さんに伝える言葉がある。


「那由さん」

「なんだい?」


 柔らかさと温もりから離れた後、俺は那由さんと見つめ合った。

 茉莉たちに比べれば確かに一緒に過ごした時間は少ない、それでも俺は那由さんのことも大切だと思っている。

 アプリの名前のページを眺めていた時に感じた何かが繋がる感覚、あれは那由さんにも間違いなく繋がっている。


「俺、那由さんのことも大好きです。どうかこれからも、俺と一緒に居てくれませんか? 那由さんが大切なんです」


 ハッキリと俺はそう伝えた。

 そしてまた震えたスマホが気にはなるが、そんなものは顔を赤くして俯いた那由さんの様子に忘れさせられる。


「……その……期待していなかったと言えば嘘になるんだ。私も君の傍にずっと居たかったから。私はもう、自分よりも幼い君に囚われてしまっているから」


 そう言われて俺は那由さんのことを抱きしめた。

 さっきとは全く構図が逆になってしまったけど、那由さんは俺の胸の中で静かに頬擦りをしている。


「私の方から甘えるというのもアリだねこれは……いや、でもどっちかっていうとやっぱり君に甘えられる方が好きかな?」

「俺はどっちでも好きですけど」

「あぁ。私もどっちも好きさ――大好きだよ甲斐君」

「俺もです」


 それから催眠を挟まない形で俺は那由さんとキスを交わした。

 その後、お互いにしばらく引っ付いたままだったが……俺と那由さんの視線の先にはスマホが一つ置かれている。


「それにしても不思議だね。一体どういう原理で催眠アプリが実在するようになったのだろうか」

「……分かりません。これって開発者とか居るんですかね?」

「現実の世界にそんなものが居てたまるかと言いたいが、それでもアプリ自体が存在しているから何とも言えないな」

「……………」


 なあ相棒、本当にどうやってお前は生まれたんだ?

 それが本当に気になって仕方ない。

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