これが撃退の仕方だぜぇ!
「……スポーツジムってエッチなことばかりだぜ」
本当にその通りだと俺は頷いていた。
まあそんなことはないし、エロを求めてスポーツジムに行ったところで筋肉質な男や運動するおっさん、運が良ければ可愛い女性のトレーナーさんだったり利用客を見れるくらいで決してエロいことは何もない。
(まあ俺の目の前ではそれがあるんだが……)
那由さんと一緒にランニングマシンで汗を流した後、色々と機械の説明を受けながら体験してみたが本当に面白かった。
そして一旦休憩という意味合いを込めてトレーニングルームの隅に敷かれたシートの上でストレッチをしているのだが、目の前の那由さんが本当にエッチで目を離すことが出来ない。
「ふぅ……あぁん……っ」
「な、那由さん……その」
「あぁ、ちょっと声がエッチだったかな? でも大丈夫、ここには君しか居ない」
そういうことじゃないんだよと俺はツッコミを入れそうになった。
体を押してくれと言われたので痛くないように注意しながら背中に手を当てているのだが、いちいち那由さんのリアクションがエッチすぎて全く集中できない。
ただでさえ豊満なスタイルに他の利用客も目を向けてくるくらいなのに、こんなところを他の客に聞かれでもしたら色々と大変そうだ。
「那由さんって凄く体柔らかいんですね」
「そうかい? 普段あまりこういうことをやらないけどどうもそうみたいだ」
お腹が地面に付くだけで俺は凄いと思うよ本当に。
それからしばらく悩ましい声を出し続ける……明らかに俺を揶揄っているような那由さんとの攻防は続き、今度は俺が那由さんに背中を押される側になった。
「それじゃあ行くよ」
「よろしくお願いします」
足を大きく広げ、ゆっくりと那由さんに背中を押されるようにして上体を地面へと近づけていく。
「……ふんぬあああああああ!!」
「あはは! 甲斐君ちょっと体固すぎるねぇ!」
「ぬおおお……むっはあああああああっ!!」
情けない声を出すほどに俺も必死ということだ。
そんな俺の姿が本当に面白いのか、ずっとクスクスと笑い続けている那由さんの声を聞いていると俺自身も楽しくなってくる。
普段だと絶対に来ない場所であっても、こうして一緒に楽しめる人と時間を共有できるというのは本当に幸せなことだ。
「ほら、頑張れ甲斐君」
「っ!?」
俺の背中に那由さんが体を押し付けた。
押し付けたと言っても無理やりに押しているわけではないので、俺自身特に体が痛いとかはないが……背中に感じる柔らかさが俺を後押しした。
「おぉ凄い凄い」
自分でも驚くほどに体が下がっていった。
流石に床に付くとまではいかなかったものの、俺ってこんなに頑張れたんだと自分で思ってしまうほどには達成感があった。
「お互いにそこそこ汗を掻いたね」
「はい。でも……那由さんが居てくれて本当に良かったですよ。一人だとこんなに楽しくなかったと思いますから」
「……全く君は。いつだって嬉しい言葉をくれるんだから」
ツンツンと那由さんが頬を突いてきた。
それから買っていた飲み物で喉を潤していると、少し離れた場所に敷かれたシートの上で二人の男女が居た。
ここに来た時に声を掛けてきたトレーナーの男と、利用客の若い女性だ。
「……あんなに体を近づけるのか」
「あれはたぶん関係を持ってるね」
「……マジっすか」
「あぁ。私の洞察力を舐めないでほしい」
確かに明らかに距離が近すぎる。
こういう場所に初めて来たのでトレーナーがどんな役割を持っているのかは知っていても、どんな風に客に対し接するのかまでは知らない。
そんな俺だけどアレはちょっとどうなんだと思わないでもなかった。
「あの女性に実は恋人が居る、とかだと割とその辺に転がっている作品まんまなんだけどねぇ」
「もしそうだとしたらきっと脳が破壊されちゃいますよ」
「そうだね。寝取られってものは現実でないからこそ良いのであって、現実だとただの外道の極みでしかない」
俺は寝取られというジャンルについては現実でなかったとしても心が病んでしまうことはそれなりにあるんだけどな……普通に心が痛くなるんだよ読んだ後って。
そんなことを思いながら件の二人を眺めているんだけど、ついにあの男は女性のお尻に手を当てた。
「普通に揉んでません?」
「揉んでるね。しかも女性の方は嬉しそうだ」
……あの人、なんでクビにならないんだ?
相手が嬉しそうにするなら別に許されることなのか……とはいえ、ここの施設は確かに悪くないけどこの先来ることはなさそうだな。
「……………」
「あの人が気に入らないって顔をしてるね甲斐君」
「え? ……はい。何となく……本当に何となくなんですけど」
俺はボソッと言葉を続けた。
「あの人とは相容れないというか、どうも嫌なんですよ」
「だろうね。彼のような人間と君は全くの対極に位置するような存在だろうから」
それは一体、そう思った俺に那由さんは身を寄せた。
お互いに汗を掻いていてお世辞にも綺麗な状態とは言えない、それでもこうして傍に近づいた那由さんからはとても良い香りが漂う。
更に言えば汗の影響で頬に貼り付いた髪の毛であったりが色気も醸し出している。
「彼はおそらく、女なら誰でも良いというタイプだろう。その相手が綺麗でスタイルが良ければ尚更、もう一つ言うなら相手が居るなら奪うことにすら快楽を覚えるタイプかな」
「ハッキリ言いますね……」
あくまでこれは予想であって真実かどうかは分からない、それでも確信を持った那由さんの言葉に俺もそんな気にさせられる。
「ああいうのは基本的にヤリ捨てるタイプだ。その時点で相手を大切にしているとは断じて言えない……ふふ、甲斐君とは比べる次元すら違うレベルだよ」
「……さっきの言葉そっくりそのまま返しますね。那由さんも俺に嬉しい言葉をいつもくれるじゃないですか」
「だってその通りだろう? たとえ何も考えずに君のことを語らせても、私の口から君に対するのは良いことしか出てこない」
……マズイ、頬がゆるゆるになって大変なことになりそうだ。
那由さんにそんな風に言われるとは凄く光栄なことだけど、俺にだって欠点というか悪い部分はいくらでもある。
そもそも彼女にも催眠を使って経験をしたのだって……っ。
「甲斐君?」
那由さんは俺のことを良く思ってくれている。
しかしそれでも、催眠を使って那由さんと関係を持った事実は確かなのでそのことを彼女が知った時に果たしてどんな顔をされてしまうだろうか。
那由さんは笑って済ませてくれそうだなと甘い考えをしてしまうけど、本当にそうなりそうだと思わせるのは那由さんの懐の大きさなのだろうか。
「そうだ甲斐君。今日この後家に来ないかい?」
「良いんですか?」
「あぁ。ちょっと新作に目を通してほしいんだ」
「マジっすか!?」
まだ全く世に出ていない刻コノエさんの作品を見ることが出来る、その誘惑に俺は逆らえなかった。
果たしてどんな作品が待っているのか、そのことを楽しみにしていた俺の気分を急降下させるようにトレーナーの男が近づいてきた。
「お疲れ様、いい汗を掻いたみたいだね?」
「あぁ。おかげさまでね。これから彼を家に呼ぶ約束を取り付けたところさ」
「へぇ……あぁそうだ。良ければ体を解すのを手伝わせてもらっていいかい? こういうのはやっぱり大切だからね」
それっぽい爽やかな笑顔と言葉のはずなのに、那由さんの言葉を聞いてから裏があるとしか思えないからちょっと不思議な気分だ。
そもそもこの人は俺のことを一切見ないで那由さんしか見ていないため、あながち那由さんの言葉も嘘ではなさそうだな。
「遠慮するよ。それより他の人たちに付いてあげたらどうかな? 少なくとも私たちには不要だよ」
そう言って那由さんは俺の体を抱き寄せた。
「……ちょっと汗で気持ち悪いかもしれないけどごめんね?」
「あ、いえ……」
汗で気持ち悪い? 少しヌルッとした感じはあるけどこの豊満な谷間に顔を挟まれて嫌な奴が居るのか?
とはいえ、この男の前で那由さんの胸元に顔を埋めることに僅かな優越感を俺は感じていた。
「ほら、私は彼とイチャイチャするので忙しんだ。あっちに行ってほしいな」
「……そういうことをここでされると他の利用客に迷惑なんだけどな」
「よく言うよ。トレーナーでありながらケツを触っていたのは何処の誰だい? 受付などにチクらないであげるからこれからは気を付けなよ」
「……失礼するよ」
小さな舌打ちが聞こえたがどんな顔をしていたのかな。
「彼、上手く行かないことに随分機嫌が悪そうだったよ。やれやれ、がっつくならもっと尻の軽い人にしてもらいんだが」
「……那由さんって強いですね」
「そうかい? ならきっと君が傍に居たからだろう」
そう言って那由さんはニコッと笑った。
それからまた少しだけ汗を流した後、俺は那由さんと一緒にジムを出て彼女の家に向かうのだった。
「ところで甲斐君、今日は甘えさせてほしいって言わないのかい?」
「……え?」
「ほら、催眠アプリを使って……あ」
「……………」
よし、とことん話をしましょう那由さん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます