さあ汗を流そうじゃねえかぁ!
「お前最近太ってねえか?」
「それ思った。なんかちょっとデカくなったな?」
「……マジで?」
それはある意味で俺の中で衝撃が走った。
確かに最近少しばかり体が重くなったような気がしないでもなかったが、それはどうも晃や省吾からすれば俺が太ったように見えているらしい……いや、確実にそうなんだろう。
「ほらこことかさ」
「ぷにぷにしてんぞ」
顎の下や横っ腹に手を当てられてそう言われてしまった。
別に不摂生な生活というか、贅沢な日常を送っているわけでも……そこで俺はまさかと友人たちと仲良く話をする茉莉に目を向けた。
(……これはあれか。幸せ太りというやつなのかもしれん)
どうやら俺は彼女たちから与えられる幸せをこの身に蓄えすぎているのかもしれないな。
それに彼女たちの家に行ったり、或いはこっちの家に来た時にお菓子を食べまくっているのでそれも原因の一つだろうか。
「ちょっと運動でもするか流石に」
「ちょうど汗を掻ける時期だし良いんじゃねえか?」
「んだな。俺はごめんだけど」
最初から誘う気はねえよ……寂しいけどな!
ちょうど今週の土曜日は誰とも用事を入れていないので、街の中で人気なスポーツジムがあるから軽く汗を流しに行くとするか。
省吾には断られてしまったものの、晃はどうかと思って視線を向けたがこいつも休日の日にまで汗を流すのは嫌らしく笑顔で断られた。
それから時間は流れて昼休みになり、俺は空き教室で才華と合流していた。
「そうなんだ。でも全然気にならないけど」
「いや、これを見てくれ」
シャツを捲って脇腹を少し抓ってみると、それはもう立派にぷにぷにしている。
指摘されるまで気付かなかったのも情けない話だが、実際にこうして自分の体を見てみると本当に太ってきたと実感した。
「別に甲斐君がぶくぶくに太っても気にしないよ」
「ありがとうな才華。でも痩せる目的っていうか、汗を流したいって気持ちもあるから良い機会だと思って運動してくるよ」
「そう……うん、応援してる。その日に用事がなかったら私も甲斐君と一緒に行こうと思ったんだけど」
ちなみに才華は祖父母と一緒にお出掛けらしく、茉莉と絵夢もちょうど用事を入れているとのことで運が悪かった。
愛華とフィアナにも聞こうと思ったのだが、今回は一人で行くことにした。
「……ぷるんぷるんだなぁ」
「くすぐったい」
才華に膝枕をされながら、俺は目の前にぶら下がっている特大バストをツンツンと突いていた。
その度に才華がくすぐったそうに身を捩るのだが、場所によっては体を震わせもするのでちょっと楽しくなっていた。
「こういうこと聞くのも今更だけど」
「どうした?」
「甲斐君って本当に大きなおっぱいが大好きだよね」
「好きだな。マジで大好きだぞ」
大きいおっぱいこそ至高だろうと俺は語りそうになったが、流石に女子相手にというのは気が引けてしまい何とか内なる自分を抑え込んだ。
クスクスと肩を震わせて笑った彼女は俺の頭を撫でる手とは反対の手で自らの胸を触りながらこう言葉を続けた。
「甲斐君が喜んでくれるのならここまで大きくなって良かった。色々と大変なことは多いけど、甲斐君が喜んでくれるし興奮してくれるのは……その」
「??」
途中で言葉を止めたことに俺はどうしたのかと起き上がった。
いつも無表情な才華が珍しく顔を赤くして言葉に詰まっている姿は新鮮だが、ジッと待つ俺の目を見つめながら彼女が口にしたのは俺にとって最高だと自信を持って言える言葉だった。
「甲斐君の女として……恋人として凄く嬉しい」
「……………」
最近、どうも涙脆くてダメだなと思うことが増えた。
いつも俺に嬉しい言葉をくれるが、時に厳しい言葉をくれることも最近はあってそれだけ心の距離という面でも本当に俺たちは近いのだろう。
顔を赤くしているままの才華を腕に抱くようにすると、彼女もまた俺の背中に腕を回した。
「今日は良いの?」
「今日は……良いかな。このままゆっくりしていよう」
「うん」
ただ何もすることはなく、そのまま俺たちはずっと抱き合ったままだった。
本当に人の温かさというのは不思議なモノで、どうしてこうやって身を寄せ合っているだけで心がこんなにも穏やかになるのか……それはおそらく永遠の謎ではあるだろうけど、誰もが求めてやまない幸せなんだろうな。
その後、才華と別れて教室に戻りそのまま時間は過ぎて行った。
最近は特に困った出来事が起こることはなく、あの女性もそうだが茉莉たちに近づくような男の姿もなく、ましてや俺以外に催眠アプリを持っているような人間とも出会うこともない。
「このまま何事もなく日々が過ぎてくれると嬉しいんだが……」
そう願わずにはいられなかった。
そしてついにスポーツジムで汗を流そうと決めた日がやってきたわけだが、初めてのご利用ということで色々と説明を受けていた。
ただ……俺はその説明を聞きながらチラッと横を見た。
「ふむふむなるほどね。そういう決まりがあるんだ」
「……………」
どうしてか那由さんも一緒に来ることになった。
そもそもこうなると思っていなかったのだが、偶然に外で那由さんと出会いジムにこれから向かうことを伝えると彼女も付いてきたのだ。
俺としては特に断る理由もなかったので嬉しかったものの……何だろう、この少し緊張する感覚は。
「それじゃあ甲斐君、着替えて合流しようか」
「分かりました」
一旦那由さんと別れて更衣室に向かった。
この日の為に用意したスポーツウェアを着て更衣室を出たがまだ那由さんは居なかったので適当に飲み物を買って待っていた。
そして、やっと那由さんが更衣室から出てきた。
「お待たせ甲斐君」
「っ……」
つい俺は那由さんから視線を逸らしてしまった。
別に動きやすい服装なのでここではおかしくないはず、だというのにへそ出しもそうだがちょっと谷間が見えてしまいそうで視線が吸い込まれそうになってしまう。
やはり大人の色気は恐ろしいなと思いつつも、那由さんに手を引かれる形で奥へと進んだ。
「……おぉ」
「凄いねこれは」
中に入ると利用客の多さはもちろんのこと、普通ではお目に掛かれない器具なんかがたくさん置かれており結構ワクワクした。
それこそテレビとか雑誌の広告等でしか見ることのなかった明らかに大金の香りがする機械もあって……とはいえ、別に筋トレとかが目的ではなく単に汗を流したいだけなので特にお世話になるつもりはないんだけどさ。
「甲斐君もこういう場所は初めてなの?」
「そうですね。那由さんは?」
「私も初めてさ。手始めに二人でランニングマシンで汗を流すかい?」
「良いですね。やりましょう」
ということでランニングマシンの元に向かうことにしようか。
「……ふぅ」
それにしても那由さんに汗を流そうと提案されるとエッチなことを妄想してしまう自分が恥ずかしい。
そもそも那由さんを目にすると初体験だと思っていたが実はそうでなかったあのことを思い出すので色々と緊張するんだよな。
「普段は家からそんなに出なくて運動はしないからね。甲斐君が居るから私もここに来ただけさ。君に私は色々と変えられているよ♪」
一々言い方がエッチなんだよこの人は!!
顔を赤くした俺の頭を那由さんは撫でてくるのだが、そんな俺たちに近づいてくる一人の男がいた。
「初めて見る顔だね。ここでトレーナーをしているんだよろしく」
その男はとにかく大きかった。
シャツを押し上げる筋肉は凄まじく、俺なんかが戦ったら一瞬でけちょんけちょんにされてしまいそうな圧倒的マッスルボディだ。
おまけにイケメンで腕の刺繍は少し怖いと思ったものの、人気のありそうなお兄さんだなと俺は思った。
「良かったら教えようか。特にあなたのような美しいお嬢さんなら大歓迎さ」
「遠慮しておくよ。今日は彼とゆっくり汗を流したいからね」
那由さんはそう言ってくれたのだが、何故か男の人は俺を見て何故かニヤリと笑って背中を向けた。
(……なんか嫌な感じだなあの人)
那由さんに対して少し気障だなと思ったがそれ以外は特に対応に問題はなかったので気にするだけ無駄だろうけど、それでも俺は何かが彼に関して引っ掛かった。
ジッとその大きな背中を眺めていた俺の背後から那由さんが抱き着き、耳元でこそっと囁いた。
「よく同人作品に出てくる筋肉質な間男って感じだね。雰囲気もそれっぽいし、彼に泣かされる女の子は結構多いんじゃない?」
「……ストレートっすね」
「そういう作品も書いてないわけじゃないからね。なんとなくの直感だけどああいう男には気を付けた方が良さそうだ」
「大丈夫ですよ。俺が守ります」
……ちょっと格好を付けすぎたかな、そう思ったけど那由さんは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「ふとした時に見せるかっこよさに私は弱いんだ。それが甲斐君となるとそれはもう凄いことになるよ」
「……………」
頼むからそう言って体を抱くようにしてモジモジしないでほしい、俺の方が目のやり場に困ってしまうからだ。
しかし、那由さんがああ言った以上俺も目を光らせることにしよう。
(……那由さんを守る、か)
ほぼ反射的に出た言葉ではあったが、俺の中でやっぱり那由さんの存在も大きいんだなと改めて認識した。
【あとがき】
皆さんに謝罪をさせてください。
以前から近いうちに終わると言っていましたが、どうもまだ纏まらないのでもう少し続くことになりそうです。
三十万文字付近で終わらせる計算だったのですが……はい終わりません。
当初の予定に比べて伸びますが、最後までお付き合いくださると幸いです。
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