すぐ目の前に幸せがあるんだぜぇ!

「……なんか、あまりに充実っていうか幸せ過ぎて怖いよな」


 俺は松房さんとのことを思い出しながらそう呟いた。

 松房さんの様子が非常に危ういとは思ったものの、あんな風に想いを伝えられて遠ざけることは俺には全然出来なかった。

 むしろやっぱりあんな美人のお姉さんに好かれてしまったことに対していやらしいものを感じたのは少し反省だ。


「……あ、いかんなこれは」


 学校で出された宿題をやっていたはずなのだが、どうも知らず知らずのうちにこんなことをノートに書いてしまっていた。


絵夢<茉莉=愛華<松房さん<才華=フィアナ=那由さん


「……………」


 まさか無意識におっぱいの大きさランキングを書いてしまうとは……いやはや、やはり女性の神秘の力強さは俺の想像を絶するようだ。

 とはいえ流石にこれを提出するわけにもいかないのですぐに消し、改めて俺は問題を解き始めた。


「甲斐、入っても大丈夫?」

「姉ちゃん? 良いよ」


 返事をすると姉ちゃんが部屋に入ってきた。

 そのまま椅子に座っている俺の元に歩いてきた姉ちゃんは予備の椅子を引っ張り出して隣に座った。


「勉強中だったの。ごめんなさいね? 椅子を出して今更だけど」

「全然良いさ。もう終わるから」


 最後の問題を解き終えた俺は椅子から立ち上がって軽く伸びをした後、ベッドの腰を掛ける形で座り直し姉ちゃんもまた隣に座った。


「それで、どうしたの?」

「えぇ。アンタ、今日夕方に真冬と会ってたんだって?」

「っ……」


 俺は肩が跳ねるようにビックリした。

 松房さんと会ったことは別に姉ちゃんに伝えていないのでどうして知っているのかと疑問に思ったけれど、おそらくは松房さんが連絡でもしたのだろうか……まあ姉ちゃんの様子だと事の詳細は知らないみたいだが。


「……会ったね。帰りに偶然」

「そう、あの子アンタのことが大好きなんだって。恋愛的な意味でだそうよ?」

「そ、そこまで言ったのか!?」

「えぇ」


 松房さん……中々にアグレッシブな行動をしてくれますな。

 そんなのあり得ないでしょうと姉ちゃんは揶揄ったりするでもなく、どこか感慨深そうに俺を見つめながら言葉を続けた。


「あの子、アンタを一目見た時から気に入っているみたいだったし……私としては別にありかなとは思ってるけど中々難しそうじゃない? だってアンタ、結構モテてるじゃないの」

「モテてるとかそういうのじゃ……」

「どうだかね。まあでも……ようやくあの子に笑顔が戻って、そんなあの子が楽しそうにアンタのことを喋ってるのは凄く嬉しかった。私の知らないところで助けてあげたんだって?」

「あ、あぁ……」


 松房さんのことは確かに助けたけど、流石にそのことに関しても伝えてはいなさそうだな。

 既にあの事をどうでも良いと思えるようになったとはいえ、されたことはあまりにも酷いため姉ちゃんたちには濁して伝えたんだろう。


「実際どうなの? 結構悩んでるじゃない?」

「いや、悩んではいないけど……その」


 彼女たちに対する自分の気持ちとしては特に悩んではいない。

 俺が出した答えは世間からは確かに認められないことだとしても、それでもこの道を突っ走ると決めた。

 そのために俺も自分を磨き、彼女たちに想いを寄せられる存在として恥じないように生きようと強く誓ったほどだ。


「アンタもしかして……あはは! 何よ何よ、もしかしてもしかする感じ?」

「……………」


 姉ちゃんも俺たちのことを少し察したのかもしれない。

 最初は目を丸くして驚いていたがすぐに肩を震わせ笑い出し……そして笑い終えた姉ちゃんの表情は真剣だった。

 ポンポンと俺の頭を撫でながらこう言葉を続ける。


「色々と大変なことは多いでしょうけど、それでも何かあれば頼りなさいな。アンタの姉として、アンタのすることを最後まで見守ってあげるから」

「……姉ちゃん」


 姉ちゃんが全てを理解しているとも思えないが、それでもある程度を察した上で伝えられる姉ちゃんの言葉は俺の心に突き刺さった。

 最近の俺はどうも涙脆いらしく、姉ちゃんの言葉を聞いて目頭が熱くなってしまい反射的に姉ちゃんに抱き着いた。


「ああもう泣き虫なんだから。でも良いわよ、私の大きな胸の中で泣きなさいな」

「ツッコミ待ち?」

「殺すぞ」


 ごめんなさい!

 それから俺はしばらく、姉ちゃんの真っ平な胸に頬を預ける形で泣いた。


「ありがとう姉ちゃん」

「どういたしまして。それじゃあ甲斐、さっきも言ったけど何かあればすぐに頼りなさいよ?」

「あぁ」


 そう言って姉ちゃんは部屋を出て行った。

 本当に頼りになる姉ちゃんだよと思いつつも、やっぱり松房さんのあの言葉は何も嘘ではなかったんだなと再認識した。

 あそこまでされて彼女の本気は伝わっていたけど、やはりこうして姉ちゃんからも明確に伝えられるとそうなんだなって実感するというものだ。


「……なあ相棒、相棒はどう思ってるんだ?」


 当然返事なんてあるはずもない。

 しかし、今になって俺が思うのはこの催眠アプリの本質というのは相手に言うことを聞かせることが目的なのかと疑問に思い始めた。

 確かに相手に行動を強制させる理不尽さはあるのだが、俺も感じた相手に対する絶対的な安心感……いや違うか、相手の心の内が鮮明に見えるあの現象は言うことを聞かせるというよりは嘘を吐けないことと同じだ。


「……………」


 あのクソ弟や別の誰かのように不幸にさせてしまうこともあれば……って俺が彼女たちに対してやったことは確かに最低で幸せにしてあげたと言うつもりは微塵もないけど、本当に使う人次第なんだなって感じがしてくる。


「……ってマジか」


 何気なくアプリの中身を覗いているとあの名前の所に変化が起きていた。

 見えなかった線の先に松房さんの名前が刻まれているのを発見し、驚きはしたもののこれで全てがハッキリしたなと俺は頷いた。

 それからしばらく画面を見つめ続けた俺は明日の放課後、愛華とフィアナに時間を取れないかと伝えるメッセージを送った。

 返事はすぐで二人とも分かったと了承してくれた。


「よしっと……それじゃあ今日はもう寝るかぁ」


 最近は寝るのが早いがそれもこれも健康の証である。

 目を瞑ればすぐに眠たくなってしまい、俺の意識は闇に沈んでいった。




 眠りに就けば人間は夢を見る、その日も俺は夢を見た……それも記憶に残るような鮮明な夢だ。


「……ったく、夢でもこんなのを見せるのかよ」


 それはあの光景の続きとも言えた。

 茉莉と絵夢、才華を怯えさせてしまった映像の続きと言わんばかりに、俺の目の前には怯えるように互いを抱きしめ合う愛華とフィアナが居た。


「やめ……やめて……っ!」

「こないで……こないでよおおおおおお!!」


 心が切り裂かれそうなほどの悲鳴に俺の心は軋む……ことはなかった。

 確かにこんな世界線ももしかしたらあったかもしれない、だがこんな世界があるのだとしたらそこに同姓同名で同じ姿の俺が居たとしてもそいつは俺ではない。

 何故なら俺は……俺は絶対に彼女たちにこんな顔をさせはしない。


“それは結果論だ。お前は元々彼女たちに不幸を与えようとした。無意識の中で行われる凌辱と言う名の最悪なことを”


 それを言われると言葉に詰まってしまうが、お前も言っただろう結果論だと。

 何度も言うが俺がやろうとしたことは現在進行形で普通であれば許されないことであり、仮に彼女たちが訴えたとしても俺に慈悲が齎されることはない。

 それでも今の俺はそうではなく、彼女たちと想いを交わしこれから先も共に居ることを誓ったのだ。


「彼女たちと一緒に居ることを決めたのが今の俺、そんな俺を受け入れてくれたのが彼女たちだ。だからそんなもしもの光景を見せられても困る……誰かは知らねえが失せろ。これからの俺の未来にそんな光景は不要だ」


 そう告げると見えていた光景は砕け散り、暗闇の世界に光が差し込んだ。

 その光はとても温かく、いつまでもそんな場所に居ないでと俺に伝えてくれるかのようだった。


「あんな光景は必要ない。俺は俺の紡ぐ未来を信じる」


 それが今の俺が掴んだ世界なのだと、胸を張って生きていくさ俺は。

 この光に包まれた時に俺は目を覚ます、そんな確かな感覚と共に俺は腕を伸ばし続け……そしてとてつもなく柔らかいものに触れた。


「あんっ♪」

「……え?」


 ハッとするように目を覚ました俺だったが、手の平に伝わるとてつもない感触に一瞬で脳が覚醒した。


「おはよう甲斐君♪」

「……茉莉?」


 目を覚ました俺の目の前、同じベッドの中にニコッと微笑む茉莉がそこには居た。

 相変わらずずっと俺の手は茉莉の胸を掴んでおり、むにゅむにゅと優しく揉み続けても茉莉は嫌そうな顔を一切せずに俺の手を受け入れている。


「えっと……どうしたの?」

「あはは、突然でごめんね? こうやって好きな人を朝に起こすってのをやってみたかったんだよ。まあ流れでこんな風になっちゃったけど」

「……………」


 おい、見ているか俺に不幸な世界線を見せた何者さんよ。

 今の俺……最高に幸せだぜ?

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