ここで迷うこと自体が失礼ってもんだぜぇ!
「甲斐君は少し自分のことを卑下しすぎだと思うよ」
「……そうかぁ?」
「そうだよ。絶対にそう」
茉莉に奉仕をされた後に俺は色々と自信のないことばかリを口にしてしまい、こうして茉莉からそんなことはないんだよとずっと言い聞かせられていた。
催眠状態の彼女たちに植え付けられた気持ちだったからこそ俺に対して好意を抱いていたと思い込み、同時に素の状態の彼女たちが俺からされたことを知れば絶対に軽蔑されるという自信があったのも大きい。
「でも……ふふ♪」
先ほどまで俺に言い聞かせる母のような顔は鳴りを潜め、今はただ俺を見つめるその表情はとても優しく、同時に愛おしい存在を見つめるような慈しみさえも感じさせていた。
「やっと……分かってくれたんだね? 私たちがどれだけ甲斐君のことを想っているのか、どれだけ惹かれ……そして焦がれ、本当の意味で甲斐君と繋がれることを望んだのかを」
「……あぁ、そうだな」
行動と動機は不純だとしても、あそこまで真っ直ぐに好意を伝えられながら今までと変わらない奉仕をされて理解しないのは流石に罪であり、彼女たちの……今は茉莉だけだが、彼女の抱える気持ちに傷を付ける行為だと俺は思ったのである。
「流石にあそこまでされて……同時に言われてあり得ないだろ、何かの間違いだろなんて言えないよ。まあ言おうとしちゃったけどさ」
実は言おうしてしまったが、咄嗟に見た茉莉の瞳に言葉を飲み込んだ。
とはいえ口には出さずともそれを口にしようとしたことに対しての罰の意味を込めてなのか、思いっきり音を立てるようにして茉莉に吸われてしまい腰が浮いて色んな意味でどうにかなりそうだったが……取り敢えず許してはもらえた。
「こうして今も私に夢中になってくれてることはそういうことなんでしょ?」
「……まあな。慣れたって言い方はあれだけど、結局は催眠しているかしていないかの違いしかないからさ」
俺は今まで通りに茉莉の胸元に顔を埋めていた。
しかし……こうしていると本当にこの豊満な柔らかさというのは何でも受け止めてくれそうなほどに包容力を持っている。
もちろん茉莉自身の気質もそうだが……この辺りに関しては茉莉だけでなく他のみんなも一緒か。
「……みんなも……か」
「うん。絵夢と才華はもちろんだけど、愛華とフィアナもたぶんもう記憶はバッチリ残ってるんじゃないかな? エッチしたでしょ?」
「あぁ……って茉莉!?」
エッチということはつまり本番のそれだ。
茉莉に奉仕してもらっている段階で俺は全てのことを思い出したわけだが、ちゃんと守るべき一線は守っていたことも覚えていたので安心した。
とはいえ……まさか自分の意志がない間に初体験を済ませているなんて誰が予想出来るだろうか。
そんなこんなで俺は今までずっと近衛さんが初めてだと思っていたが、実は茉莉が俺の童貞を奪ってくれた人だというのもバッチリ思い出したわけだ。
「あの時は流石に悪いかなと思ったの。でも何度も催眠に掛けられてたし、たとえ甲斐君の記憶に残らなくても私にとって一生の思い出になるかなって思ってさ」
「……へぇ」
さっきから自分のことなのかなって首を傾げてしまうけど本当に俺のことなんだよなぁこれって。
俺は茉莉から離れてスマホを手に取り、改めて催眠アプリを起動した。
対象を茉莉に絞り発動したがやはり茉莉の様子は特に変化はなく、少しばかり瞳に変化が起きた程度だ。
「これでもちゃんと分かってるんだよな?」
「うん。頭がボーっとする感覚は残ってるけど、もう自分でも好き勝手に動けるよ」
「……ほへぇ」
催眠とはなんぞ……。
だが、これでハッキリとしたのはあの絡んできた女性のように催眠が段々と効かなくなるというのは茉莉たちも同じだったようで、それはつまり俺にとって最悪の未来が訪れていた可能性もあったわけだ。
「っ……」
つまり、茉莉たちに心底嫌われて恨まれる世界線があったかもしれないこと。
夢で追われていた男のようにその身に罰を受け、何年経っても許されない罪を背負いながら生きていく……いや、結果的に良い方向になっただけで俺がしてきたことに罪がないと言うつもりはないけどな。
「甲斐君」
「おっと……」
再び茉莉が胸の中に飛び込み、俺は支えきれずに背中をベッドに預ける形で倒れ込んだ。
「催眠のことは私たちに対して罪を感じる必要はないから、それだけは本当だって伝えておくね? 私たちは望んでいた、私たちは甲斐君の傍に居たいからこうして意識がハッキリしたことも伝えなかったんだもん」
そう、そのことについても茉莉から聞かされていた。
もしも催眠中の記憶が残っていることを俺が知った時、俺が離れていくと思って伝えないようにと絵夢や才華とも話し合ったらしい。
確かにそれを知ってしまったら俺は流石にそんな彼女たちに対して催眠は使えないし、きっと距離を取るか……或いは何か別の方法で彼女たちの前から消えていたかもしれない。
「そんなこと絶対に嫌だから。だから何も言わなかったんだよ。でも……今日こうして色んな事が明らかになったのは嬉しかったな」
「それは……」
「だってもう、催眠に頼ることなく甲斐君とイチャイチャ出来るってことでしょ?」
「っ……」
それは……確かにそれはそうだ。
茉莉たちが望んで俺との関係を続けてくれるのであれば、わざわざ催眠アプリに頼る必要もなくなってくる。
この腕の中に居る彼女をいつだって抱きしめ、そしてエッチなことが出来るようになるってことだ。
「それは凄く素敵なことだな」
「でしょ? だから凄く嬉しくて――」
凄く素敵で素晴らしいことだそれは。
でも……やっぱり俺としては彼女たちのことを考えると、ある一つのことをハッキリさせないとダメだって強く思った。
「なあ茉莉」
俺はずっと抱き着いてきた彼女の両頬に手を当てた。
そのまま真っ直ぐに彼女の目を見つめながら、俺は考えたことをそのまま言葉にして伝えた。
「これは茉莉だけじゃなく、他のみんなにも伝えないといけないことなんだけどまずは君に伝えさせてほしい。俺は君が……君たちが本当に大好きで、大切でずっと傍に居てほしいと思ってる」
「……うん」
「……許されないことだとは分かっている。俺はみんなとの時間を大切にしたい、これからもずっと……だから茉莉、これからも変わらずに傍に居てほしいんだ」
その答えは茉莉からの熱いキスだった。
これは茉莉だけでなく、他の催眠アプリを通じて知り合った子たちに一貫している気持ちだ。
この気持ちを捨てることは出来ず、多くのことを伝えてある意味で彼女たちに対して責任を取らねばならないことを俺はやってきた……だからこそ、俺には無理だと放り出すことは絶対にしない。
(……放り出すとかそういう次元じゃないか。結局、俺は彼女たちのことがみんな大好きなだけなんだよな)
この気持ちがどこまでも一番だった。
しかしこうなってくると俺も色々と頑張る必要が出てくる……それこそ、俺自身がもっと強く、そして頼れる男になるということだ。
溶かされそうになるほどに茉莉の愛を受けながら、俺はずっとそれを考え続けていた。
その後、キスを終えてから話したのは茉莉たち以外のことだ。
「え? そんなこともあったの?」
「あぁ。あの時はもしかしてと思ったんだけどさ」
痴漢の疑いを掛けられたおっさんを助けたことなどを伝えると、茉莉は驚きながらも最後にはやっぱり俺らしいと言ってくれた。
そして当然、松房さんのことも伝えた。
「……そっか。催眠アプリって確かに使いようもそうだし使い手の意志の持ちようなんだね。私たちも甲斐君じゃなくて悪意に塗れた人だったらと思うと……凄く怖い」
俺としてももしかしたら催眠アプリというものに触れなかった未来もあったはず、そして俺の知らないところで彼女たちにそういった被害に遭っていた可能性もゼロではないはずだ。
本当にそうならなくて良かったと、俺はまた茉莉を抱きしめながら思うのだった。
「でもさ……本当に催眠アプリって何なんだろうね?」
「……分からん。本当に分からん」
どうして俺の手元にやってきたのか、この現実世界にどうしてこんな力が存在しているのかも謎のままだ。
果たして誰かが作ったのか、はたまた突然変異のような形で無から生まれたのかさえも分からない……本当に一体これは何なんだろうか。
「あ、そうだ甲斐君。もう我慢する必要ないし、ちゃんとゴムも手元にあるからこれからはもう遠慮なんて要らないでしょ?」
「……うぇっ!?」
「うふふ~♪ 催眠で言うことを聞かせようなんて無駄だよ? もう甲斐君は逃げられない、どこにも逃げ場なんてないんだから♪」
「……なんか悪者のセリフだぞそれ」
「甲斐君との関係を守るためなら悪にだって染まるよ。それに、私だって甲斐君に催眠アプリを使ったことあるんだから十分に悪者だよ♪」
一つの区切りが付いたからなのか、本当に茉莉がグイグイと攻めてくる。
そのことに対して嫌な気持ちはないものの、これが更に増えるのかと思うとドキドキと共に若干の怖さがあったのも嘘ではない。
(これは……ちょっと大変なことになりそうだな)
そんな贅沢な悩みを抱えていたその時、ふと頭に浮かんだ光景があった。
(……なんだ?)
怯える茉莉に向かってスマホを向けているのは……俺?
だがその不可思議な光景も一瞬で、すぐに茉莉から与えられる柔らかさと香りに塗り潰されるのだった。
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