これが私の覚悟、分かりやすく実感してよね

「お、おい甲斐?」

「どうしたんだよ」


 あれからすぐに時間が経って放課後になった。

 昼休みを終えてから授業の間もずっと俺はボーっとしていたようで、先生には申し訳ないが何度も注意をされてしまった。

 それは晃や省吾たちにもそうだし、茉莉にも心配されてしまうほどだった。


「大丈夫だ……マジで大丈夫」

「本当かよ」

「一緒にどっか行くか?」


 友人たちの気遣いが本当にありがたかったけど、今日は少し遠慮させてもらった。

 荷物を纏めて俺はすぐに学校を出て帰路を歩くわけだが……やっぱり考えてしまうのはあの催眠解除の文字が出た画面についてだ。

 あの画面は何度も見たモノ……そう、催眠を解いた時はいつもあの文字が画面に浮かんでいる。


「……………」


 催眠を解除しました、つまり俺が茉莉とキスをしていた時には既に催眠は解かれていたことになるわけだ。

 最初は見間違いかと思ったけどそんなことはない……それに不具合というわけでもなさそうだ。

 あれから試しに通行人に申し訳ないと思いつつ催眠アプリを使ったが問題なく作動していたし……となると本当にアレは一体何だったんだ?


「催眠が解けているのなら茉莉がキスに応えてくれるわけが……」

「私がどうしたの?」

「茉莉が俺にキス……っ!?」


 そこで俺はバッと声の主から距離を取った。

 誰かが近づいてきたか、それに気付けないほどにボーっと考え事ばかりしていた俺が悪い……しかし今の声は間違いなく彼女だ。


「……茉莉?」

「うん」


 そう、茉莉だ。

 いつの間にか背後に居た彼女は俺をニコニコと見つめているものの、こうして改めて茉莉を前にするとあの事が気になって仕方ない。

 ジッと見つめたまま俺は何も言えなかったが、茉莉はそんな俺の困惑を他所にいつもの調子で話しかけてきた。


「どうしたの? それに私がキスとかどうとか言ってたけど……」

「っ……」

「もしかして……甲斐君は私とキスがしたいのかな?」


 したい、なんならキスをしてからまた昼休みのように奉仕をしてほしい。

 そんなことは無限に考えられるんだ……でも、この様子だと茉莉はやっぱりあの時は催眠状態だったのか?

 催眠状態でないなら記憶はバッチリと残っているはず、もしも残っていたのならこんな風に俺に接してくれるわけがない。


(……やっぱり気のせいだったんだ。あれは何かしらの不具合で、茉莉もちゃんと催眠状態だった……だから大丈夫なんだ)


 そうかそうか、なんだ俺の思い過ごしかよ。

 ホッと息を吐いた俺だったが、真っ直ぐに茉莉の目を見つめ返してこう告げた。


「なあ茉莉、催眠アプリのことを……分かってるよな?」


 なんて……な。

 もうここまで来て見間違いだったとか、考え過ぎだと言って流すことなんて出来るわけがないだろう。

 どんな言葉が帰って来るのか怖かったけど、不思議と俺の心は落ち着いていて何を言われても受け止める覚悟はあった。

 さっきまでの落ち着きの無さから自分でもビックリするほどの冷静さだが……茉莉も真剣な表情になって頷いた。


「……うん。知ってる……ちょっと前から知ってるよ」

「……マジか」


 あっさりと答えが出たことに対する安心感、そして終わったなとどこか他人事のように俺は考えた。

 一気に体から力が抜けていく感覚を味わう俺の手を茉莉は引いた。


「ちょっと私の家に行こう。流石に外だと話しづらいから」

「……あぁ」


 その手を振り解くことはなく、俺は茉莉に手を引かれてそのまま彼女の家まで向かうのだった。

 真っ直ぐに茉莉の部屋まで通されたが、まだご両親は当然帰ってないので今この家には俺と茉莉の二人っきりだ。


「……茉莉……本当に――」


 ごめんなさい、そんな一言で許されることではないのは理解している。

 それでもそう伝えたかったのだが、俺の言葉を遮るようにして茉莉がパンと手を叩いた。


「っ……」

「ねえ甲斐君、私ね? 甲斐君のことが好きだよ。本当に心から大好きなんだよ。甲斐君から催眠をされても全然構わなかったし、何をされても何を命令されても私は嬉しかった。だからえっと……とにかく! 私は甲斐君から受ける催眠はむしろ望んでいるよ!!」


 グッと距離を詰めながらそう言われた俺はポカンとしていた。

 今彼女に言われた言葉が何度も頭の中で反復し、ようやく理解したところで俺が漏らした一言はこれだった。


「……はっ?」


 おそらく相当に間抜けな表情をしているはずだ。

 茉莉は恥ずかしそうに頬を掻きながら、さっきの勢いを失くしたものの大切なことを伝えるようにとゆっくり話し始めた。


「真実に気付いた甲斐君が辛そうっていうか、悪いことをしたんだって思いつめたような表情だったから。もちろん普通の考えならそれは悪いことだと思う……でも私はそんなこと思ってない。本当に甲斐君のことが好きだから何をされても嬉しかったしやめてほしいなんて思わなかったの」

「あ……その……え?」


 つまり話を纏めると茉莉は少し前から催眠状態の時も記憶があり、正気を僅かに保ちながらも俺の言うことを素直に聞いていたわけだ。

 しかも信じられないことに素の状態でも俺のことを好きになって……いやいや、そんなことがあるわけがない!!


「甲斐君」

「っ!?」


 認めない、認められるわけがない。

 そう頭を振ろうとした俺だったがガッシリと両頬を茉莉の手に固定され、そのまま彼女にキスをされた。

 突然のことに目を丸くしてしまったものの、口の中を這い回る彼女の舌の感覚が心地よくて俺からも自然と舌を絡めてしまう……そしてぷはぁっと息を吸うように茉莉は顔を離した。


「今の私、催眠されていないでしょ? それでもこんな風に甲斐君とキスとかこれ以上のことを多くしたいの。いつだってそれを望んでいるの! というか甲斐君はもう少し自覚してよ!!」

「お、おう……」

「催眠中はね? 本当に甲斐君のことが良く分かるんだよ。君の心が凄く優しくて、絶対に私たちに嫌なことはしないってことが本能的に理解出来るの。しかもそんな状態なのにいつだって私たちを心配してくれるでしょ? 事あるごとに家族との関係とか心配してくれるでしょ? そんなに心配してくれる甲斐君に惹かれないわけがないじゃん! こんなに素敵な人の傍から離れられるわけないじゃん! 何より――」


 茉莉はビシッと指を向けてこう言った。


「ずっと傍に居ろ、ずっと奉仕しろって言ってくれたじゃんか!」

「っ!?」


 それは……確かに俺は彼女たちにそう言った。

 催眠状態の彼女たちに伝えたことが始まりだったわけだが、気が付けばどんな状態の彼女たちにも俺はそれを求めてしまっていた……素の状態でも俺に対して良くしてくれる彼女たちに俺は惹かれていたんだ。


「……ごめんね。いきなり色々なことを言っちゃって」

「いや……それは別に良いんだけどさ」


 おかげで気分は少し落ち着いたからな。

 ふぅっと大きく息をお互いに吐くと、茉莉がこんな提案をした。


「ねえ甲斐君、ちょっと落ち着く時間が必要だよね?」

「え? あぁそうだな……」

「ならいつものように奉仕させてよ。さっきのキスで甲斐君も……ほら?」


 茉莉が指を向けた先は俺の下半身だ。

 さっきのキスの影響で知らず知らずのうちに興奮していたようだが、咄嗟に俺は手で隠そうとしたがそれは茉莉に阻止された。


「取り敢えず色々とお互いに話すことは後にしようよ。今はただ、私の本気を知ってほしい。甲斐君に奉仕したい、甲斐君に喜んでほしいことを私は本心からやっているということ、そしてこの先もずっと甲斐君の傍に居たいっていう覚悟を見て!」

「ま、茉莉さ~~~ん!?」


 その……色々と困惑と言いたいことがあり過ぎてパニックだ。

 俺は結局茉莉に押し切られる形でいつものように彼女に奉仕をされてしまったわけだが、途中からは茉莉が正気だというのも忘れるくらいに気持ち良くなった。


「っ……」

「全部ちょうだい?」


 そして訪れた賢者タイムは俺に冷静さを取り戻させてくれた。

 幸せそうに口をもごもごとさせる茉莉に賢者タイムでありながらもドキドキとさせられたが、改めて俺たちは向かい合って言葉を交わすことになる。

 そして同時に俺は茉莉以外の子たちから向けられる想い、更に明確に彼女たちと真の意味で繋がったことも全部思い出した。


「……むふふ~♪」

「……………」


 それにしても茉莉さん……落ち着かせるためというか、本気だと知らしめるためにあの強引な行為に走ったのは分かるけどちょっと漢らしすぎない? 間違いなくこの子は女の子だけどさ。

 俺はそう茉莉を見つめながら思うのだった。

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