ついに暴かれるぜぇ!

「……はぁ」


 とあるオフィスにて一人の女性がため息を吐いた。

 その女性は以前に甲斐が喫茶店で見た女性、つまりあの花火大会の夜に甲斐の元に突撃をかました女性だった。

 女性がため息を吐いた理由はただ一つ――他でもない甲斐のことだった。


「……彼は間違いなくあの力を使ったはず……それなのにどうして……」


 ここまでの状況を経て隠すことなど何もない。

 そう、この女性はかつて別の男によって催眠の被害に遭ったことがあるのだ。


『くくくっ、良い体してるじゃねえか。それに顔も最高だぜ』

『……やめ……やめなさい……っ!』

『一丁前に抵抗するんじゃねえよ』

『っ!?』


 思い出すだけで虫唾が走る記憶だった。

 この女性に関してはまず心が強かったこと、そして気が強いということもあって立ち直るのもそれなりに早かった。

 このような経験があったからこそ、全貌は解明できていないが不思議な力があることは確認できているので、自分の中で反応する嫌悪感に従って彼女は生きてきた。

 そしてその自身のアンテナが指し示した先に居たのが甲斐であり、彼を見た瞬間にあの男と同類なのだと女性は直感した。


「……はぁ」


 同じ目に遭った女性を守りたい、どんなに若い男であろうとも女性の心を踏み躙る屑を成敗する……そんな気持ちに従って甲斐を悪だと決めつけたわけなのだが、結果はこうして彼女がため息を吐く形に落ち着いてしまった。


「どうしてよ……本当にどうしてよ……」


 両手で頭を抱えながら彼女は呟いた。

 不思議な力によって体を汚されることは女性にとっての屈辱であること、それは自分自身が一番分かっているはず……分かっているはずだったのだ。

 だというのに甲斐の傍に居た女の子たちは誰も嫌悪感を抱いておらず、それどころか甲斐に対して好意を抱いていることにも気付いた。


「あの力は絶対じゃない。使われれば使われるほど効力は弱くなり、私のように体が段々と自由を取り戻していくはずなのに……ならどうしてあの子たちは!」


 催眠を掛けられた痕跡、体が段々と耐性を持ってきたことすらも気付けたというのに女性の思惑の上を行ったのが何より彼女たちの反応だった。

 しかしそのことに気付かないフリをしながらあの夜を迎え、絶対的な場面を抑えたかと思えば逆に女の子たちに撃退される運びとなったのだ。


「確かに催眠に掛かっていた……でも手を掴まれた時には解けていて……」


 考えれば考えるほど答えは出そうになかった。

 そして女性を悩ませているもう一つの感情……それこそが認められないもの、認めてはならないものだった。


「あの子は……あの男の子はどうしてあんなにも……」


 心が汚く見えなかったのか、むしろその逆に思えたのか……そこまで考えて女性は強く頭を振った。

 別に惹かれているわけではなく好意を持ったわけでもない、今でも甲斐に対してのマイナスな感情は抱いているものの……時間が経てば経つほど女の子たちの表情に浄化されるように憎しみが失われていく。


「……ちょっと外に行こうかしらね」


 気持ちを落ち着けるため、そして何より自らが抱いた不幸になった女性を救済するという崇高な目的を果たすために……そのためにまずは気持ちを落ち着かせようと女性は思ったのだ。

 そして、女性は見つけた。


「……あれは!!」


 それは大学生くらいの女の子だった。

 自分と同じ不幸を味わった空気を醸し出すその子に近づき、女性は意気揚々と声を掛けた。


「もし、そこの子ちょっと良いかしら?」

「え? あたし?」


 赤いメッシュの目立つ女の子……しかし、その子の目を見た瞬間に女性はまた信念を打ち砕かれたような気分を味わった。


「えっと……何ですか?」


 その大学生の子は確かに自分と同じ悪夢を経験した空気を纏っていたはず、いやそれは現段階でも感じている……だというのに、その子の目は不幸を感じさせないほどの清々しい目を浮かべていた。


(……あの子たちと同じ!?)


 声を掛けた側ではあったものの、女性はどうすれば良いのか分からなくなりその場から逃げるのだった。


「もう……本当に何なのよ……」


 その答えは残念ながら女性にはずっと分からないだろう。

 それこそ、自らの身に起きた悲劇は他人も同じだと決めつけている時点では……永遠に答えは出てこないはずだ。


▽▼


「……はっくしょい!!」

「風邪?」

「いや、誰かに噂でもされてんのかなぁ」


 新学期早々の昼休み、俺は茉莉を空き教室に呼び出していた。

 催眠状態の茉莉とイチャイチャしている中、急激に鼻がムズムズしてくしゃみをしてしまったが別に風邪の症状ではないと思うので、もしかしたら誰かが俺の噂をしているのだろう……だとするなら誰だって話だが。


「……茉莉ぃ」

「よしよし、可愛いよ甲斐君」


 既に茉莉にご奉仕をしてもらった後なので、俺の心は非常に澄んでいる。

 茉莉を含めて多くの女の子と知り合ったわけだけど、やっぱり俺が初めてエッチなことを経験した相手だからか気持ちは強いのだ。


「……ちょっと良いか茉莉」

「うん? どうしたの?」


 俺はジッと茉莉の顔を……正確には目を見つめてみた。

 特にいつもと変わらない茉莉の様子、ちゃんと催眠に掛かっていることが分かるくらいにはいつも通りだった。


(……なんでだろうな。どうしてこんなに茉莉が自然体に見えるんだろうか)


 茉莉だけではなく他の子だってそうなんじゃないかと思い始めた。

 そして何より……こうして茉莉に奉仕をしてもらうとあの夢を思い出し、それを現実にしてしまいたいと心が望んでその先に進みたくなってしまう。


「……茉莉!」

「っ……ぅん♪」


 既に事を済ませ賢者タイムの途中だというのに俺は茉莉にキスをした。

 啄むようなキスではなく、しっかりと舌を絡ませるほどの濃厚なキスだが……茉莉は突然のことにも関わらずすぐに応えてくれた。

 それから時間にして五分くらいか、その間ずっと俺は茉莉との深いキスを楽しんでいた。


「キスだけでも凄く激しかったね。どうしたの?」

「……あ~」


 茉莉のことがもっと欲しくなったんだって……そう伝えたらどんな顔をするかな。

 催眠状態の茉莉は本当に俺への好感度は高いので笑ってくれるだろうけど……それでも真っ直ぐに伝えるのは少し恥ずかしい。


(恥ずかしいのもこういう時にはありがたいな。この恥ずかしさが本番はしないっていう戒めになってくれる)


 じゃあ近衛さんは? ということになるけどそこを突っ込まれる弱いけど、まあ近衛さんは大人だし……いや、こんな理由を付けるのもダメだな。

 何はともあれ俺は茉莉たちと明確な関係を持つつもりはない……ないとそう思いたいのに心の奥底から彼女たちを求める自分が居るのも確かだ。


「……………」

「甲斐君?」


 俺はそのまま茉莉の胸元に顔を埋めた。

 こうしていると本当に心が落ち着いてきて安らかな気分になる……俺がこうすると茉莉も決して離れようとはせずに俺のことをギュッと抱きしめてくる。

 心から安心する温もりを全身で感じながら俺は口を開いた。


「……なあ茉莉、俺さ……みんなのことが好きなんだ」

「うん」

「茉莉も絵夢も才華だってそうだし、愛華もフィアナだって大事なんだ……というかみんな出会いは特殊中の特殊だったけど、それから仲良くなって色んなことを知ったんだ。そうなってくるとみんなのことを手放したくなくなる……たとえ催眠で繋がった仲だとしても、俺はもうみんなから離れたくないんだ」


 それは俺が抱いていた心の叫びだった。

 こうして茉莉に伝えることに何の意味がある、そうは思っても俺はこの気持ちを正直に伝えたかった……たとえ催眠中の茉莉だとしても、それでも俺は何故か黙っていることが出来なかったんだ。


「そんなの私たちだって同じよ。甲斐君と離れたくない……この先ずっと、甲斐君と一緒に居たいよ。高校を卒業してどんな道に進んだとしても、その先の未来もずっと甲斐君と一緒に居たい」

「茉莉……」


 嬉しい……本当に嬉しかった。

 更に強く抱きしめられるこの感触も手放せないほど……それほどにどんどん彼女たちの存在が俺の中で大きくなっていく。

 もう一度キスをしよう、そう言われて俺はすぐに茉莉とまたキスを交わした。


(……うん?)


 そんな中、俺は何故か近くに置かれていたスマホに目を向けた。

 スマホの画面が光ったかと思えば催眠アプリの画面が閉じ……普通のホーム画面が現れることとなる。


(えっ!? マズイ!?)


 それは催眠アプリの起動が終了したことを意味する。

 この状況で茉莉の催眠が解けるのは非常にマズい、何度も見たあのメッセージがスマホの画面に浮かんだ。


“催眠を解除しました”


(……?)

「甲斐君……甲斐君♪」


 催眠は解けた、だというのに茉莉は俺へのキスを止めてくれない。

 俺の舌の動きは当然止まったものの、茉莉は何も変わらない状態が続くかのように唾を交換するかの如くずっと舌を絡ませてくるのだった。

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