ファイアースマッシュ! ダサすぎるぜぇ!
俺は今夢を見ているのだろうか、そんな気分になっている。
「ふ、ふざけるな……何なんだよてめえは!!」
「言っただろう? 貴様に名乗る名はないとな」
ぼんやりとした意識の中で勝手に口が動き、素の喋っているのだとしたらあまりにも恥ずかしいセリフの数々もそうだが……それよりも俺が内心で唖然としているのが周りに転がっている男たちだった。
スマホを見てからの記憶が曖昧な中、俺は地下ハウスへと単身乗り込んで男たちに生身で挑んだ。
『クソガキが。ぶっ殺して――』
『遅いな。その程度で俺をやれるとでも?』
『っ……全員でかかれ!!』
『そのくらいのハンデはくれてやろう。さあかかってくるがいい』
……もう何を見ているのか、何をしているのか分かったものではない。
俺だと感じられる自分の体がアクロバティックな動きをしたと思えば、一人ずつ確実に倒していくのである。
正に獅子奮迅の動きとはこのことで、俺は自分が漫画に出てくるヒーローになった気分だった。
「……へへっ」
「?」
薄く嗤った男に俺は首を傾げたのだが、背後から近づく気配に気付いていないわけではない。
「ふっ」
「なに!?」
少し体を横にずらすだけで別の男が振り下ろしたバッドが通過した。
驚く暇を与えることなく、俺はその男に裏拳をお見舞いするようにして一撃を加えた。
「ぐっ……あぁ……」
そのまま倒れて動かなくなった男を見て俺は他人事のように凄いなぁと、自分の動きを褒めていた。
さて、これで他に邪魔者は居なくなったなと松房さんの弟に目を向けた。
さっきの嗤いから一転し、俺を見つめる目は化け物を見るような目立ったがなんとも失礼な奴だ――自らの姉を金で売るなどしたお前の方が化け物だというのに。
「っ……クソがああああああああ!!」
奴はスマホを俺に向けて何かを操作した。
何かが体に纏わりつく感覚になり、再び奴はニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべたが俺には何の意味もない。
「はああああああああっ!!」
腹の下に力を込めるようにして大きな声を上げると、体に纏わりつこうとしていた気持ち悪さは失われていった。
「……なんで……なんでだよ!!」
それは俺が聞きたいところではあるんだが……まあ取り敢えず、いち早く呆然としている松房さんをどうにかするのが先だろう。
小細工は無駄だと分かったのか奴は立ち上がって俺に向かってくるが、俺の体は落ち着いたように迎え撃つ姿勢を取った。
「この一撃をもって全てを終わらせよう」
「舐めんじゃねえぞおおおおおお!!」
「ファイアースマッシュ!!」
うっわぁだっせえネーミングセンス!!
内心でそんなツッコミをしながらも、俺の拳は綺麗に奴の頬へと炸裂し、ぴくぴくと体を震わせてそのまま動かなくなった。
動きを止めたことを確認し、奴が持っていたスマホに向かって俺は自分のスマホを向けた――すると、何かが共鳴するように画面が光を放ち、奴のスマホから催眠アプリが完全に消去されることとなった。
「成敗! おっと……え?」
そこでようやく、俺は自分の意識がハッキリしたものになった。
さっきまでのことは朧気だが記憶には残っており、しばらくボーっとしていたが俺はすぐに松房さんへと近づいた。
「大丈夫ですか!?」
「……君は」
松房真冬さん、彼女はいまだに呆然と俺を見つめていた。
だが、すぐに自らの体を抱くようにして大粒の涙を流し始めた。
「あ、あたし……あたしは……なんでどうして……これ、現実? いや……こんなのいや……あああああああああっ!!」
「っ!?」
それは彼女の心が決壊した故の慟哭だった。
俺が今までに見たことがないほどの女性の泣く姿、それは俺の体の動きをその場に縫い付けるには十分だった。
(……これが……催眠アプリによる被害の本当の姿……か)
なら俺は……いや、まずは松房さんを落ち着かせることが大切だ。
ここまで泣いている姿を見ると以前に愛華やフィアナとのやり取りを思い出し、俺は彼女の触れて良いのかどうか迷ってしまう。
「……ええい! 取り敢えず失礼します!」
俺は震える彼女の体を抱きしめた。
ビクッと体を一層強く震わせたものの、松房さんも俺のことが誰か分かっているのか少しは落ち着いてくれたようだ。
背中をポンポンと優しく撫でながらゆっくりと声もかけていく。
「もう大丈夫ですよ。安心して……っていうのは難しいかもですけど」
「……弟君?」
あ、弟君ってのは初めて言われたから新鮮だなぁ。
松房さんはとにかく誰かに縋りたかったのか、俺の背中に腕を回すようにしてピッタリと抱き着いてきた。
こんな時であっても気持ち良い感触だなぁとか思える辺り、俺って本当に良い意味でも悪い意味でも余裕なんだなって思えてしまう。
「……?」
取り敢えずこいつらが目を覚ます前に松房さんを連れて行こうと思ったのだが、そこでスマホの画面がチカチカと光っていることに気付いた。
松房さんは俺の胸に顔を埋めたままなので、俺は彼女のことを一旦気にしないようにして画面を見つめた。
(……記憶を消す? そんなことが出来るのか?)
いつの間にか呼び出されていた催眠アプリの画面にはそんな文字が浮かんでいた。
ただ注意事項も横の方に書かれており、今だけ特別に使うことが出来るとのことで俺はマジかよと唖然としていた。
(記憶の改変等は出来ないんじゃなかったのかよ相棒……まあでも、もしもこれが本当に作用するのだとしたら一番手っ取り早いかもしれないな)
松房さんにとっておそらくもうこの記憶は残り続けるはずだ。
だからこそ俺が今この瞬間、その記憶を消してしまえばあのクソ野郎の玩具にされたことも忘れられる……今こうして出会っている俺のことも忘れるみたいだけどそれがなんだって話だ。
「……………」
俺が言えたことじゃないけど、彼女をこんな目に遭わせたのは催眠アプリという非現実的な物が招いてしまったことだ。
ならその本来ならあり得ないことに関する記憶を消してしまえば、松房さんは今までと同じ普通の現実へと戻ることが出来る。
(……まああいつに関してはキツめのことをさせてもらうけど)
松房さんの弟に関しては容赦なく罰を受けてもらう。
既に催眠アプリが奴の手から失われたとはいえ、こんなことを仕出かしたような奴を松房さんの近くに置いておけるわけがない。
この記憶を消す力が奴にも使えるならまだ色々とやり方はあったんだが、まあ弟の行く末に関しては松房さんも首を傾げることになるだろう。
「松房さん」
「……なに?」
ようやく気分はある程度落ち着いてきたようだ。
姉ちゃんと同級生ということで俺よりも年上の彼女だけど、こうして泣き腫らした目で見つめられると年下にしか見えないのも不思議な気分だ。
顔を上げた松房さんに俺は言葉を続けた。
「今までよく頑張りました……っていうのはおかしいかもしれないけど、もうすぐこの夢から覚めることが出来ます。姉ちゃんも凄く心配していましたし、どうか松房さんの元気な姿を見せてあげてください」
「えっと……弟君?」
きっと俺が何を言っているのか彼女は理解出来ないだろう。
でもそれで良い、本来なら俺にもこうやって彼女を慰める資格なんてない……何故なら俺は奴と同じ存在だからだ。
「……頼むぜ相棒」
分かったと、そう応えるように画面が光った。
松房さんは何かを察したのかハッとしたように俺を見つめたが、すぐ眠たそうにするようにその瞼は閉じられた。
力が抜けて俺に寄り掛かった松房さんを俺は抱き上げ、近くに置かれていた椅子に座らせた。
「さてと……それじゃあもう一つ仕事だ相棒」
取り敢えずあのクソ野郎を含めてこいつら全員人様に迷惑をかけない範囲で暴走してもらおう。
たぶん他にも色々と何かやってそうだし、それも含めて色々と警察の人は動き出すことになるだろう。
「……普通にヤバそうなのあるし」
なんか小麦粉みたいなのあるし、これはもう後は俺の管轄外だ。
先ほど全員と言ったが流石に難しそうなので、二人ほど叩き起こして催眠状態にしてから外に放り出した。
その後、松房さん抱き上げて地下ハウスから外に出て少し離れた場所にあるベンチに座った。
「……うん?」
「あ、起きましたか?」
目を開けた松房さんはしばらくボーっとしていたものの、俺を見てわっと驚いて大きな声を上げた。
「お、弟君!? あたしどうしてこんなところで!? え、弟君の傍であたし寝ちゃってた!? あれ? もしかして犯された!?」
「人聞きの悪いことを言うんじゃないよ!!」
この人は目を開けた瞬間何を言っているんだ!?
先ほどまでのことを忘れてつい声を荒げてしまったが、松房さんはカラカラと明るく笑ってごめんごめんと手を合わせた。
「いやぁちょっと驚いてね。何かあった気がするんだけど思い出せなくて……ねえ、本当にあたしに何もしてない?」
「してません!!」
「……そんなに力強く否定しなくて良くない?」
「……ごめんなさい」
「ぷふっ!」
あ、なんでこの人が元気なくなったらすぐ分かるのか理解出来た気がする。
けど……どうやら本当にさっきまでの記憶はなくなっているようで、全く怯えの感情も見えないし悲しみもその瞳を通して感じることはなかった。
(……なんつうか、記憶の改変っていう大それたことをしたってのに……この松房さんの笑顔を見ていると間違ったことはしていないんだって思えるよ)
でもこれで姉ちゃんの悩みも解決出来るんじゃないかな?
彼女は俺が助けたことも覚えていないのは当然みたいだけど、この笑顔に勝るほどの報酬はない……やっぱり笑顔の女性は本当に良いモノだ。
「あれ? なんか騒がしいね?」
「え……あぁはい。ですね……」
どうやら奴らの方で色々と動きがあったらしい。
それとなく松房さんを誘導してこの場から離れ、俺は用事があるからと彼女とは別れることにした。
「それじゃあね弟君♪」
「あ、はい……また」
最後にまた見せてくれたその笑顔に、俺は自分のやったことは間違っていないのだと自信を持つことにした。
しかし……色々と考えさせられる事件だったのは言うまでもない。
あの出来事があったということを覚えているのは少し嫌だけど、ある意味当事者として俺がずっと背負っていかないといけない記憶なのは確かだ。
▽▼
「……あれが弟君かぁ。思った通り優しそうな子だなぁ」
甲斐と別れた後、真冬は一人で歩きながらそう呟いていた。
そして同時にこんなことも彼女は呟いた。
「あんな子があたしの弟なら……あれ? 弟?」
真冬は立ち止りう~んと首を捻りながら言葉を続ける。
「なんでこんなに弟だったらって思ったんだろう。あたしには弟なんて居ないのに」
どこかの機械知性がやりすぎちったごめんちゃいと文字を綴った……のかもしれない。
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