何か起こりそうだぜぇ!
「……おぉ、すげえ!!」
俺は自室でつい大きな声を出してしまった。
どうしてそんな声を出したかというと、SNSで刻コノエさんが催眠ものストーリーの続きを掲載していたからだ。
ジャンルとしては催眠NTRというこの界隈では馴染みともいえる内容なのだが、とにかく主人公が優しく描かれていた。
「NTRモノっていうと基本的に無理やりってかそんなんだけど……この主人公優しいから見ててちょっと気分が良いんだよな」
寝取られというジャンルは好む人は好むし見れない人はそもそも見ないという分かりやすい区分が出来るジャンルではあるものの、そんなジャンルの中でこの優しい主人公というのは中々に味のある物語だった。
『体だけでなく心まで寝取るのってありじゃない? まあ寝取り寝取られは物語の世界だからこそだし、現実だと相手が居る人を襲うのは許されないけど……偶にはこういうのもお届けしたいんだ』
「最高だぜ!!」
寝取り寝取られなんてものは物語だからこそ許されるものなので、俺はこういうのはちゃんと創作物として線引きが出来る人間だ。
刻コノエさんが言っているように現実でそれはご法度……俺も催眠アプリを使える立場の人間だけど、それでも相手が居るとなると途端に手が引っ込むからなぁ。
「……まあ相手持ちの女の子に当たってないだけなんだが。愛華とフィアナに関してはある意味特殊だし」
まだ想像の域を出ないけど……やっぱり相手が居る女の子に手を出すってのは違う気がするんだよな。
もちろんそうでない状況で手を出している俺にそんなことを語る資格はないけど、そこだけはやっぱり大事な線引きだと思っている。
「じゃあ常日頃から茉莉たちに手を出すなって? んなこと出来るかっての俺はもう自分のことを止められねえぜ!!」
これぞ最低の極地、俺が辿り着いた真理だ。
それからしばらく刻コノエさんの漫画に読み耽っていたのだが、気付けば俺はまたあのアプリの画面に目を向けていた。
「……マジで何なんだこの黒い点」
ゴキブリのような黒塗りの物体がずっと俺の名前の傍に位置している。
最近だと俺は毎日これを目にしているんだけど……ヤバいな、自分でも思っている以上に気にしているみたいだこいつを。
「まさか俺と同じく催眠アプリを持っている人間が傍に居る、或いは近づいているから気を付けろって警告? まさかなぁ……」
とはいえ、あの女性との出会いがあったからこそ俺以外に誰も催眠アプリを持っていないという可能性も捨てきれなくなった。
まあその可能性は限りなく低いだろうけど、もしも日常に小さな違和感を僅かに感じたとしたら気を付ける必要はありそうだ。
「俺自身もそうだし……他の人も守れるように」
どこまで善人ぶったところで俺が何を言っても意味はない、それでも俺の傍に居てくれる彼女たちにそんな魔の手が迫ると思えば我慢は出来そうにないから。
「ってやめやめ、あまりこういうことを考え過ぎると気が滅入っちまう」
一旦アプリを閉じて俺は再びSNSに戻った。
「こっちも面倒なのが釣れてるしな」
再び目を向けたのが刻コノエさんのアカウントだ。
刻コノエさんが女性であることは既に周知の事実ではあるものの、扱っている内容がこういった物であることから最近になってある一部の人間たちから批判を受けているのだ。
『こんなものを書いているなんで同じ女として軽蔑します』
『気持ち悪い、ただひたすらに気持ち悪い。こんなゴミみたいな絵を素晴らしいと褒めている男共もキモすぎる』
『こういう絵が犯罪を助長することに気付くべきです。現実と物語の区別が付かない人を犯罪に駆り立てる手助けをしているあなたも同罪ですよ?』
なんていうお気持ちコメントが最近増えているのだ。
まあこういった内容のものは刻コノエさんに限らず、最近のSNSで良く見られる数多くのコメントの一つである。
刻コノエさんは人気の作家でもあるので、こういったコメントは初めてではないだろうが……大丈夫かな。
「刻コノエさんのメンタルも心配だけど、こういう声で表現の幅が狭くなっていくんだと思うと何だかなぁ」
ちなみに刻コノエさんはこういったコメントに対して個別に言い返すようなことはしていないが、時々ファンの人たちから心配されていることにお礼と共に全く気にしていないから安心してほしいと言っていた。
「本当に強い人だよなぁこの人は。俺もいつだって応援してるぜ先生!」
素敵な漫画を読ませてくれてありがとう、そんな意味を込めてグッドを押した。
その後、少し眠くなったので寝ようかなと横になった時に電話がかかってきた。
「……フィアナ?」
電話をかけてきたのはフィアナで、俺はすぐに通話に応じた。
「もしもし?」
『もしもし甲斐君!! 仲間外れは酷いよ!!』
「ど、どうしたんだ落ち着け!!」
向こうから聴こえてきた大きな声に俺は思わずそう口にした。
仲間外れとはどういうことかと思ったのだが、フィアナの声と共に愛華の笑い声も聴こえてきたのでもしかしてと事情を察した。
「えっと……焼肉の件?」
『そうだよぉ……私も行きたかったぁ!』
どうやら俺の思った通りのことだった。
あれは突然のことだったので仕方ないとはいえ、確かにフィアナからすればそう思ってもおかしくはないのか……まあでも、何となく頬をぷっくりと膨らませて不満を露にするフィアナの顔が目に浮かぶようで俺はクスッと笑ってしまった。
『どうして笑うのぉ?』
「ごめんごめん。ちょっと今のフィアナの顔が想像出来てんだよ。可愛いなって思ってたんだ」
『っ……可愛いだなんていきなり言わないでよぉ』
……いや、俺自身もちょっと驚いている。
ナチュラルに可愛いだなんて電話越しとはいえ口にしたことに驚いたものの、これもやっぱり彼女たちを通して女子との会話が慣れてきた証でもありそうだ。
「……焼肉か」
焼肉……せっかくだし知り合ったみんなを誘ってというのも楽しそうだ。
「なあフィアナ、愛華もなんだけどもしうちで焼肉やるって言ったらどうする?」
『いくぅ!!』
『私も行くわよ!!』
どうやら来てくれるらしい。
姉ちゃんも面白がって協力してくれそうだし、何なら彼女たちと話がしたいからって終わりまで付き合ってくれるかもしれないな……よし、ちょっとフィアナに応えたい気持ちもあるので考えてみることにしよう。
「……おぱい」
『おぱい?』
おっとマズイマズイ、つい煩悩が外に出そうになった。
あれなんだよなぁ……声を聴くだけ満足出来ねえのが本当に困りものだ。
禁断症状のように我慢できないわけではないが、フィアナのゆったりとした声を聴いているとあの特大果実が脳裏に蘇ってしまい、俺の意志とは別にスマホを持つ手とは反対の手の指が空気を揉むようにワキワキと動いている。
『おっぱい揉みたいのぉ?』
「女の子がそういうことを言うんじゃありません」
『うふふ~♪ そうだねぇ……じゃあ甲斐君の傍でだけ言うことにするねぇ?』
「……………」
君、俺の声で催眠状態になっているとかないよな?
お手洗いに言ってくると愛華の声が聴こえ、愛華が遠くに行った気配を電話越しに俺は感じた。
それからフィアナの二人で話をするのだが、彼女は気になることを口にした。
「あ、そうだ甲斐君。一昨日のことなんだけど、なんか不思議な人を見たんだぁ」
「不思議な人?」
『うん。前髪の位置にメッシュを入れてる綺麗な人と、その女の人の傍でずっとスマホを見ている男の子が居たんだよぉ』
「ふ~ん?」
それがどうしたんだろうか。
メッシュというと松房さんを思い出してしまうが……こんなところで繋がるとも思えないし別人だろうな。
『それでねぇ? 女の人にちょっと親近感を感じたのが不思議なんだけど……男の子に対しては初対面だけど凄く嫌なモノを感じたの』
「嫌なモノ? いやらしい目で見られたのか?」
『ううん、ちょっと見られただけ……でもその人の目を見た瞬間、私この人は絶対に無理だってなって……とにかく不思議な感じだったの。まるで甲斐君と正反対の何かを感じちゃって』
「そうか……」
俺と正反対ってことは……いやいや、今はそれは置いておこう。
親近感と嫌なモノというのは抽象的過ぎて分からないものの、俺はいつの間にかフィアナの声に真剣に耳を傾けていた。
『あ、でも一瞬気分がふわっとしたんだけどね? 甲斐君の声が頭に響いた気がして頭がスッキリしたの。その男の子は何故か私を見て目を丸くしてたけどぉ』
「……………」
つい俺は黙ってしまった。
その話はすぐに終わり、近いうちに焼肉期待しているという言葉を最後に通話は終わった。
「……ふむ」
フィアナの言葉に何かを予感するこの気持ち……これは絶対に何かあるなと、俺は自分の直感に従うことにした。
近いうちに何かが起こる……そんな予感を俺は感じていた。
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