気になることは無限大だぜぇ!

 そろそろ夏休みも終わりだ。

 夏祭りも終えたしプールにも遊びに行って……本当に何度思い返しても充実した長期休暇だったように思える。

 実を言うとプールだけでなく海とかにも行けるとそれなりにロマンチックなのかなとか思ったりしたのだが、流石にそれは仕方ないか。


「……しっかしあの人、マジで何だったんだろうな」


 ふとした時にいつも思い出す顔がある。

 それがあの名も知らぬ女性であり、催眠アプリの存在を知っているかのように口にしていた人だ。

 あの人ととの出会いもあって色々とまた俺は調べてみた。


「……なんもなかったな」


 そう、結果は特に振るわなかった。

 現代におけるネットというものは真実かデマかを見極めればこれ以上ない情報源になるわけだけど、やっぱり現実における催眠アプリに関しての話題は一切なかった。

 どこを見てみても催眠アプリというものは基本的にエロ漫画やエロアニメ、つまり二次元にしか存在しないとされており現実にそんなものがあるという書き込みはどこにも見つけることが出来なかった。


「分かんねえぜマジで……」


 あの女性について気になることは多くあるものの、結局あれから一度も出会うことはなかったので真相は分からないままだ。

 ただ……もしもあの人に対して俺が抱いた印象が真実ならば、あの人は一体どんな酷い目に遭ったのだろうと気になってしまう。


「ただの妄言の可能性もあるけど……あの目は嘘じゃないよなぁ」


 茉莉たちと過ごしているからなのか分からないが、ああいった目をした人は嘘を吐かないという確信が何故かあった。

 俺が知り合った彼女たちと比べると、あの人は俺の好みでもないしむしろ敵にしか思えないが……それでもどうしてか、絶対に嘘は吐いていないと直感したのである。


「……嘘を吐いていない。その部分に関しては何故か茉莉たちと同じようにあの人にも俺は感じた……全然違うのに」


 あの人は間違いなく俺に対して敵意を剥き出しにしていた。

 それなのにあの人が嘘を吐いていない部分に関してのみ信じられるっていうなんとも言えないこの感じは何なんだ?

 別にあの人を気に入ったとかではなく……あぁダメだ、俺自身も上手く言葉が纏まらない。


「ま、気にしても仕方ないか」


 別のことを考えて一旦リセットしよう。

 リビングに行ってアイスを片手に部屋に戻るのだが、その途中でトイレから出てきた姉ちゃんと目が合った。


「……姉ちゃん?」


 その時、姉ちゃんが何かに悩んでいるような顔をしていて俺は首を傾げた。


「……あぁ甲斐か」


 俺に気付いた姉ちゃんだけど、そのままボーっとした様子で部屋に戻っていく。

 流石にあそこまで考え事に没頭しているのも珍しいなとは思ったが、やはり催眠アプリを通して色々と抱え込んでいる人たちを見てきた結果、姉ちゃんの様子がどうしようもないほどに気になった。

 部屋に入って行った姉ちゃんの後を追うようにして俺も中に入った。


「何よ」

「いや……どうしたのかなって思ってさ」

「……あ~」


 一応姉ちゃんの頭を悩ませた前例があるわけだし……最悪催眠状態にして話を聞こうとしたのだが、姉ちゃんは隠すことなく話してくれた。


「真冬……アンタには松房で伝わるかしら」

「松房さん?」


 赤メッシュの巨乳お姉さんがどうしたんだろうか。

 そこから詳しく話を聞いていくと、どうも最近その松房さんという人の様子がおかしいとのことだ。

 何かに悩んでいる様子だが心配しないでと口にするだけで教えてくれず、彼女が望まないのならと姉ちゃんも深く踏み込めないらしい。


「本当に大丈夫って可能性もあるんだけど……あの元気の塊みたいな子が大人しいっていうのがね。ちょっと気になるけどもう少し様子を見ようかしら」

「……なるほど」


 祭りの日に改めて松房さんを俺は見たけど、確かに俺もあの時に妙な感覚をあの人から感じたような気がする。

 それこそ既視感のある何か……あれは言ってしまうと茉莉たちに感じた不穏なモノに通じる何かだったような気もする。


「……………」

「甲斐? どうしたのよ」

「いや……ちょっと気になるっていうか」

「あはは、もしかして真冬のこと気に入ったの? まああの子もアンタを見て可愛いって言ってたものねぇ。それに優しそうとも言ってたわ祭りの時」

「へぇ……」


 自分の居ないところで良いことを言われるのはやっぱり恥ずかしいな。

 俺は松房さんと接したことはないのでこうして姉ちゃんの話を聞くのは凄く新鮮だったので、ついつい話し込んでしまった。


「あの見た目で性格はボーイッシュっていうか、本当に元気な子なのよ。でも一つ分からないのがアンタを見て羨ましいって言ったことなのよね」

「なんで?」

「さあねぇ、あの子にもアンタと同じ同い年の弟が居るっていうのに」

「ふ~ん」


 同い年と聞いてまさかと思ったが、うちの高校に松房という名前は居ないので他所の高校に居るんだろうか。

 まあ俺が少し興味があるのが松房さんであって弟には一切興味はない……色々とエッチな方面であの人も気になるが姉ちゃんがここまで心配するというのも別の意味で気になってしまう。


「……今の俺がそれを気にしたところで仕方ねえか」


 自分の部屋に戻った俺はそう呟いた。

 それからしばらくボーっとしていると晃からメッセージが届き、省吾を誘って焼肉でもしないかという提案だった。

 場所は晃の家ということで、俺はすぐに向かうと返事をして家を出た。


「誰かの家で焼肉ってのも良いよなぁ」


 店で食べる焼肉も美味しいが友達と食べる焼肉も中々に美味だ。

 手ぶらというのは嫌だったので母さんに言ってピーマンとか玉ねぎといった野菜類を手に俺は晃の家に向かう。

 その間、俺は珍しい組み合わせの二人を見た。


「……え? なんで?」


 俺の前を歩いていたのは茉莉と愛華だった。

 プールの時に初めて会ったはずの二人なのにこうして一緒に歩いているというのはどういう状況なんだ?

 ジッと見ていたので当然のように二人は俺に気付いた。


「あ、甲斐君!」


 二人とも可愛らしいつっかけのままこちらに駆け寄ってきた。


「やあ二人とも……どういう繋がり?」

「あ、そうだよね気になるよね」

「ふふ、じゃあ説明しましょうか」


 それから話をされたがなんてことはない、二人ともただ街中で偶然に出会っただけのことだ。

 お互いに共通の知り合いが俺であり、一度会ったこともあるということで話が盛り上がったらしい。


「昼からずっと?」

「そだよ~。二人でカラオケとか行ったんだよ」

「えぇ。本当に楽しかったわ茉莉さん」

「ううん、こちらこそだよ愛華」


 名前で呼び合うくらいに仲良くなったようだ。

 今度はフィアナも交えて一緒に遊ぶ約束をしたとのことで、そのうち絵夢や才華とも仲良くなりそうな雰囲気を感じさせる。


(……なんだ?)


 カチッと何かが手に引っ付いたような感覚……言ってしまえば鎖に繋がれた幻覚を一瞬俺は見てしまった。

 疲れているのかなと頭を振った俺に茉莉がこう聞いてきた。


「甲斐君はこれからどこか行くの?」

「あ、あぁ。晃の家で焼肉するんだわ」

「へぇ焼肉! 良いなぁ♪」

「友人と焼肉……ね。フィアナとは経験あるけどちょっと憧れるかも」

「それなら――」


 それなら二人とも一緒にどうだ、そう誘おうとして俺は言葉を飲み込んだ。

 あくまで晃に誘われた側なので俺にその決定権はないし、茉莉はともかく愛華に関して言えば学校も違えば彼女自身に男に対するトラウマがあるわけで……それを俺は良く分かっているはずなのに提案しようとしてしまったわけだ。


(調子に乗ろうとするとすぐにこんなことを言おうとする。俺の悪い癖だ)


 彼女たちを傷つけないように口にする言葉は気を付けないといけない。

 俺はそれを深く胸に刻み、その後すぐに晃の家に向かうのだった。


「こんにちは向井君、今日はありがと♪」

「初めまして。佐々木と申します。本日はありがとうございます」

「……………」


 あれ? なんでこうなったんだろうか。

 俺は美少女二人にデレデレする友人二人を見ながら困惑していた。

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