考えることが多すぎるんだぜぇ!

「そこまでよ!!」


 その声に俺は肩をビクッと震わせた。

 俺たち以外に誰も居ないと思っていただけに、まさか別の誰かの声がするとは思わなかったのだ。


(……なんだ?)


 どこかで聞いたような声だったものの、俺はそちらに振り返った。

 そこに居たのは以前喫茶店で絡んできたあの女性で、彼女は俺たちを見て……正確には俺に対してゴミでも見るような視線を投げかけてきた。


「あの時に当たりを付けておいて良かったわ。本当にあの男と同じような屑が存在するなんてね」

「……………」


 突然のことに俺は唖然としているわけだが、女性はズカズカとこちら側に大股で近づいてくる。

 こんな場所にヒールは危ないだろうと思いつつも、実を言うと俺はかなり嫌な予感を感じていた。


「あなた、彼女たちをどうするつもりなのかしら?」

「……えっと」


 これから催眠に掛かっている彼女たちとお楽しみをするつもりです、なんて言えるわけがない。

 女性は押し黙った俺を見て更に言葉を続けていく。


「あなた、何か特殊な力を使って彼女たちに近づいたんでしょう?」

「っ!?」


 それはほぼほぼ核心を突く言葉だった。

 もしかしてこの人は催眠アプリのことを知っているのか? とはいえあまりにも情報が少なく俺は混乱の極みだ。

 一旦茉莉たちの催眠を解き、この人も合わせて催眠状態にしてから有耶無耶にしようとも考えたが……何となくそれはダメな気がした。


(……何だろう。直感でこの人には催眠が効かない気がしてる)


 初めてだったこんな感覚は。

 今までどんな人にも催眠アプリは作用していたし、俺も相棒については絶対に信頼を置いているほどだった。

 それなのに何故かこの女性には催眠は効かない、だから彼女に対して力を使おうとした瞬間それが真の意味でのチェックメイトになるような気が俺はしたのである。


「表情に慌てている様子が出ないのは中々に肝が据わっているわね。あの男は必死にスマホを触りながら狼狽えたってのに」

「……なんの話をしてるんですかね」

「惚けないで」


 ダンと足を強く地面に彼女は叩きつけた。

 その拍子にヒールが僅かに傷ついたように見えたのだが……しかし、あまり悠長にしているわけにもいかないようだ。

 正直なことを言えば顔に出てないだけで慌てているのは当然のこと、おそらくだがこの人は催眠アプリについて何かしら知っているはずだ……それも、かなり悪い意味で。


(いやいや、催眠アプリを使われる側だったら悪い意味にしかならんけど……もしかしてこの人は――)


 誰かに催眠アプリを使われたのか? そうなると俺以外にも使える人間が居ることを意味するわけだが……いや、あの男って言ってたなこの人さっき。

 相変わらずこの人は俺に対して鋭い視線だが、茉莉たちに向ける目は当然優しいものだった。


「あの時に助けてあげられば良かった。でももう大丈夫、あなたたちをこのゴミのような男から救ってあげるから。そもそも、あの時も無理やり引き離せばよかったんだわ。この子たちもこんな冴えない男が傍に居たらせっかくの美貌が――」


 なんつうかこの人、一言どころか二言くらい多くねえか?

 まあこんなことを言われても仕方ないくらいのことをやっちまってるわけだし文句を言うことも出来ない。

 ただ……どうして俺は思ったよりも落ち着いているんだろうか。

 まるでこの出来事は最初から決められていたことであり、催眠アプリの存在を知っている人が居るという事実を知るために仕組まれたモノのように感じたのだ。


「……………」

「さあ来てもらおうかしら。このゴミ野郎――」


 俺に向かって思いっきり手を伸ばしてきた女性だが、その手が俺に触れることはなかった。

 何故なら茉莉がその手を掴んだからだ。


「そこまでにしてください」

「……茉莉?」


 茉莉の鋭い声が女性の動きを止めた。

 女性は目を丸くして茉莉を見つめているのだが、その様子が信じられないモノを見るような目になっており俺はまた首を傾げてしまう。

 そしてそれは茉莉にだけでなく、絵夢や才華にも同様だった。


「……あれ?」


 茉莉と絵夢、才華を見て俺は疑問を抱いた――催眠解けてないかと。

 女性の前なのでスマホを手に確認することは出来ないが、明らかに催眠が効いていると感じられる雰囲気が三人から失われていたのである。

 俺と女性の困惑を他所に茉莉は更に言葉を続けた。


「最初から聞いていれば随分と好き勝手言うんですね。私たちにとって大切な友人を好き勝手に……ふざけないでください」

「っ……何よ……どうなってるの? 確かにさっきまで――」

「目を逸らさないでください」


 茉莉にばかり意識が向いていたけど、絵夢と才華がいつの間にか俺の手を握っていた。

 女性はそれさえも信じられないかのように見つめ、しかし茉莉が畳みかけるように言葉を続けた。


「最初から聞いていましたけど、不思議な力とかちょっと頭おかしいんじゃないですかね? もしかして薬とかキメちゃってますか?」

「はぁ!? 失礼なことを言わないで!! 私はあなたたちを助けたくて――」

「助けたい? どうしてですか? 私たちは別に誰かに襲われたわけでもなく、四人での時間を心から楽しんでいたんですよ? そんな私たちの時間に土足で踏み込んできたのはあなたですけど? むしろ迷惑でしたが?」

「……………」


 女性は先ほどまでの勢いは一気になくしていた。

 まるでこんなはずではなかった、何かがおかしいと先ほどの俺のように慌てている姿だった……というよりも、完全に茉莉の勢いに彼女は押されていた。


「ねえ茉莉、私からも一言良い?」

「うん」


 女性に向かって今度は才華が口を開く。


「あなたはさっき、彼のことを色々と言っていたけどその全部が的外れ。彼は本当に凄い人で、私たちを助けてくれた優しい人なの。何も知らないあなたが勝手なことを言わないでほしい」


 更に絵夢も続いた。


「そうですよ。先輩は本当に良い人なんです。あなたが言ったような人なんかじゃない、それは私たちが一番良く分かっていることなんです。だからこれ以上先輩を貶めるような発言は許しません」


 茉莉と絵夢、才華の鋭い視線を受けて女性は悔しそうに唇を嚙み締めた。

 再び俺を睨みつけてきたのだが、茉莉がパンと手を叩くと女性はビクッと肩を震わせて背中を向けて行ってしまった。


「……………」


 女性の姿が消えたことで俺はそれとなくスマホに目を向けた。

 思った通り催眠アプリが停止しており、本当に俺にとって最高のタイミングで何が起きたのか分からないが催眠は解けたようだった。


(……こんなこと初めてだけど、つまりこれからも使う時に途中で停止してしまう可能性が出てきたってことか?)


 突然現れた女性のことと、催眠アプリについて知っている人が居る可能性の浮上もあって考えることがあまりにも多すぎる。

 水を差されてしまった形にはなったけど……なんか萎えちまったな。

 木陰に居ることに疑問を抱かれる前にさっき居た場所に戻ろうとしたが、何故か絵夢と才華がその場から動こうとしない。


「どうした?」

「……えっと」

「……あいつのせい」


 茉莉だけはあははと苦笑している。

 ……とはいえ、あんな風に庇われたことは素直に嬉しかったし、本当に俺のことを信頼してくれているんだなと感動してしまった。

 性欲を発散出来ないのは残念だがこの幸せな気持ちに浸りながら今日を終えるのも悪くはない……そう思っていた俺に茉莉がこんなことを口にした。


「仮に甲斐君が不思議な力を持っていたとしても別にそれが何って話だよね。私たちは甲斐君のことを知ってるから信頼してるわけだし……だからもしも、別にちょっとエッチな悪戯とかされても怒ったりしないけどなぁ」

「……ほう?」


 それはつまり、しても良いってことだよなぁ?

 萎えた気分が少し回復してきた。


「というかやっぱり夏だよね。絵夢と才華は暑くない?」

「……! 暑いですねぇ」

「うん、凄く暑い」

「っ!?!?!?」


 俺の前で三人が胸元をパタパタと扇ぎ始めた。

 風を中に送り込むためにその神秘の空間を広げるように手を入れているので……三人の豊かな谷間がモロ見えだ。


(……難しいこと考えるの止めたわ。やろう)


 萎えた気分は回復どころかビンビンになっちまったぞ。

 俺は三人に対し催眠アプリを再度起動して思う存分その体を味わい、そして三人から気持ちの良いご奉仕をしてもらった。

 ただ……やけに三人が同じ言葉を口にしていた。


『あんなの気にしなくて良いんだよ甲斐君』

『そうですよ。ですから先輩?』

『これからも私たちに遠慮なく……ね?』


 ここまで言われて燃え上がらないわけがない。

 あの女性は一体何なのか、催眠アプリが途中で消えたのは何故なのか、気になることは多くあったもののもう止まれない。


「この手が燃えまくってんだよ。彼女たちのおっぱい掴めと轟いて叫んでるんだから仕方ないんだ」


 そんなことを俺は両サイドに絵夢と才華を侍らせ、その豊かな膨らみに手を置きながら茉莉に奉仕してもらうという贅沢姿勢の状態で呟くのだった。

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