何も出来なかったぜぇ……ぜぇ

 突然の近衛さんの訪問は少し予想外だった。

 そもそもまだ着替えてもいない姿を見られるというのは恥ずかしく、すぐに部屋に逃げようとしたが姉ちゃんにこっちに来いと手招きをされてしまった。


「お、おはようございます近衛さん」

「うん。おはよう。目にゴミが付いてるけど寝起きかな?」

「っ!」


 ゴシゴシと目を擦ってどうにか誤魔化した。

 その様子に近衛さんだけでなく、姉ちゃんにまで笑われてしまい俺はもう小さくなることしか出来ない。

 とはいえ、一体近衛さんがどうしてここに居るのかそれが俺は気になった。


「えっと……どうして近衛さんが?」

「あぁそれなのよ。ねえアンタ、どうして黙っていたの? あちらのお爺さんを助けたこと」

「え? あ、あぁそれか」


 今のやり取りで何となく察することが出来た。

 別にお礼は既に近衛さんの家でされているのであまり気にしてほしくはなかったのだが、それでもやっぱり近衛さんにとってあの出来事はかなり大きかったってことなんだろう。


「君はこれ以上のお礼は要らないって言っていたけど、改めてこうやってご家族の方にも話をしておきたいくらいには大きな出来事だったんだ。改めて、あの時は祖父を助けてくれてありがとう」

「い、いえいえ! 頭を上げてください!!」


 俺は慌てるようにして近衛さんにそう言った。

 何と言うか……決して口に出すことの出来ない行為を既にさせたもらったのでこのお礼に素直に頷くことが出来ない。

 近衛さんからすれば覚えていないであろうことは明白だけど、それでもだからこそ俺は近衛さんに頭を下げてもらうのは申し訳ないのだ。


(なら最初からするなって? そんなの無理だこのナイスバディを前にして手を出さないのは男としてあり得ん!)


 でも……また揉みたいなあのIカップを。

 姉ちゃんの前で近衛さんの特大おっぱいをガン見するという愚行を犯してしまったが、幸いにも姉ちゃんには気付かれていなかったようだ。

 その後、姉ちゃんは出掛ける用事があるとのことで出て行き……俺は近衛さんと一緒に自分の部屋に居た。


「……………」

「へぇ、ここが君の部屋なんだね」


 一体どうしてこうなったのか自分自身を問い詰めたい。

 姉ちゃんが出掛けるということで、そのタイミングで近衛さんも帰る流れにはなったのだ……けど、姉ちゃんが冗談交じりにせっかくだからもう少し話せば良いじゃないと言ってそれに近衛さんも乗って……そしてこうなったわけだ。


「私が高校生の時は基本的に遊ぶのは女友達ばかりだったから。こうして男子高校生の部屋に入るのは新鮮かな」

「そ、そうなんですね」


 ヤバい、めっちゃガチガチに俺はなっている。

 以前に茉莉たちが三人で部屋に来たことはあったが、自分よりも年上のお姉さんでありエッチをしてしまった相手となると緊張しないわけがない。

 物珍しそうに辺りを見回す近衛さんから視線を逸らし、俺は充電中のスマホに目を向けた。


(くっそおおおおお!! 昨日の夜に充電すると忘れてたんだよなぁ……あぁくそ、マジで俺のアンポンタン!!)


 充電がバッチリなら今頃思いっきりお楽しみの最中だったはずなのに、全ては俺のミスが招いたこと……自業自得だ。

 俺は目の前に居る近衛さんに手を出すことは出来ず、静かに服の上から揺れる胸を隠れて眺めることしか出来ないんだ。


「……おや、これは」

「? ……あ!?」


 近衛さんが見つけたものを見て俺は焦ったように声を上げた。

 基本的にこの部屋に姉ちゃん以外入ることはないし、その姉ちゃんも本棚には一切興味を示さないので特に隠すつもりがなかった本がそこにはあった。

 それはあの催眠の力を使って女の子にエッチなことをするエロ漫画で……漫画と俺とを交互に近衛さんは眺めてくる。


「それは……あの……えっとですね」


 これ、ある意味で男が終わる瞬間なのではなかろうか。

 ただエロ本ならまだしも催眠を使って女の子に酷いことをするお話、それは女性目線からだとどんな風に見られるのか……そんな風にビクビクしていた俺だけどふと思い出した。


『実は私、催眠を掛けられてエッチなことをされるのが好きなんだ』


 確か近衛さんはあの時こう言っていた。

 それなら特に怖がる必要もないのではと少し落ち着いたが、どうも俺のその考えは正しかったらしい。


「こういうの好きなの?」

「あ、はい」


 とはいえ、こうストレートに聞かれると困っちゃうよな。

 俺が頷くと近衛さんも満足そうにしながら、ペラペラとその漫画の捲り出した。


「私も催眠というシチュエーションは好きなんだよ」

「へ、へぇ……」


 知っています、なんなら同時にあなたのもっと深い部分も知りましたが。


「ただ……こうやって無理やりにするのは物語だからこそ好きなのであって実際は無理かな。もしも現実に催眠というものが存在していたらしっかりと思い遣って優しくされたいものだよ」

「……ほぉ」


 だから一体何の話をしているんだよ俺たちは!

 近衛さんの好みというか趣味趣向については既に知っていたので、俺としても驚きはそこまで大きくない。

 ただ近衛さんは何故か俺のことを驚いたように見つめるだけだ。


「今までにこういうことを言うと引かれてたんだけど。君は違うのかい?」

「え? あぁまあ……だって俺も催眠系の話って好きですしそれに」

「それに?」

「近衛さんみたいなお姉さんがそういう趣味っていうのは……なんか良いっていうかその……すみません言葉が纏まらなくて」


 俺自身も何を言っているのか分からなくなってきたぞ。

 ポカンとしていた近衛さんだったけど、すぐに笑みを浮かべて本を棚に戻し俺の傍に近づいてきた。


「君は本当に優しいんだね」

「普通ですよ。俺みたいなのは何処にでも居ますって」

「そうかな? 少なくとも私は君のような優しい人はそんなに居ないと思うけど」


 いやぁ買い被り過ぎですってそれは。

 あまりに褒められ過ぎてニヤニヤしてしまうのだが、何故か少しばかり近衛さんは釈然としない様子だった。


「……あれ、なんでここまで私は君を優しいって……」

「近衛さん?」

「……何でもない。まあでも間違ってはなさそうだ」


 結局何を彼女が言いたかったのかは分からない。

 その後、近衛さんは何かに満足したようにしながら帰って行った。


「……はぁ」


 近衛さんが居なくなった部屋で、俺はいまだ充電中のスマホを眺めながらやるせない気持ちになっていた。


「相棒……使えなかったよ相棒」


 悪いのは俺なんだけど、昨日ちゃんと充電していれば思いっきり近衛さんの体でムフフなことが出来たはずなのに……もう俺の馬鹿!!

 心なしかスマホの画面が意味深に光ったような気もするものの、済んだことを気にしたところで仕方ない。


「さ~てと、直近の集まりは夏祭り……ふへへ」


 実はまた茉莉たちと集まる人を予定しているのだが、それが今口にした夏祭りの日である。


「浴衣姿の彼女たちに好き放題出来るって最高じゃね? ……いや、でも浴衣って高いイメージだし汚したりするのは流石にマズいか?」


 日和ってんなよって声が聞こえてきそうだが割とマジで考えてしまった。

 まあ普段の制服とか私服が汚れないように細心の注意を払ってはいるものの、汚れるだけじゃなくて変な傷が付いたりするのもな。


「……こういうのを気にせずに汚せる男こそ真の外道か。俺もまだまだだな」


 とはいえ早く夏祭りの日が来てほしいモノだ。

 近衛さんに対して発散できなかったことを一気に開放するためにも、三人にはたっぷりとご奉仕してもらうぜ!!


「……にしても」


 だが一つ、俺は気になることがあった。

 スマホを手に俺が眺めるのはあの画面だ。


「……なんだろうこの黒い点」


 俺に繋がるピンクの線とは別に黒い線があるのは今まで通りだが、その中で一つだけ黒い点のようなものが新たに俺の名前の近くに現れている。

 ゴキブリのようだと言うと汚いが、黒い点が小刻みに揺れながら俺の名前に日に日に近づくように見えるのはちょっと気持ち悪い。


「なあ相棒、これって何なんだ?」


 当然、その言葉に返答はなく……俺はしばらくの間、この黒い点について悩まされるのだった。

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