男ならみんな俺と同じだと思うぜぇ!

 この夏休み、俺は本当に凄く充実した日々を送っていると思っている。

 茉莉、絵夢、才華、愛華、フィリア、そして近衛さんという素晴らしすぎる美女たちと中々に濃い時間を過ごしたからだ。

 まあ基本的に深いことをするのは催眠状態であり、あくまで素の状態である彼女たちに出来ることと言えば少ないわけだが……それでも俺にとっては大きな変化だ。


「……それで、なんだこれは?」


 さて、そんな素晴らしい日々を満喫していたとある日のことだ。

 俺は真っ暗で何も見えない空間に立っているわけだが、俺は一瞬でこれは夢だと気付くことが出来た。


「なんか怖いんだけど……はよ起きろよ俺」


 真っ暗な中に取り残されている気分というのはあまり良いモノではない。

 そんな風に何も変化しない暗闇の中でジッとしていた俺だったが、足元で小さな変化が起きた。


「?」


 突然俺の足元でユラユラと蠢く物が現れた。

 それはピンク色の糸のようなもので……こういってはなんだがイソギンチャクのように揺れているそれはちょっと気持ち悪かった。


「……うへぇ」


 なんだこれキモいなぁと思ったその時、まるでその糸が俺をロックオンしたかのように一気に襲い掛かってきた……いや、襲い掛かったは少しオーバー過ぎたかもしれないな。


「なんだよおい……」


 無数のそのピンクの糸は俺の体に絡みつき、絶対に離さないのだと言わんばかりにビクともしなくなった。

 客観的に見た今の俺の状況をどこかで見たようなことがあるようなないような、そんなことを考えながらどうにか脱出できないかと試みる。


「ええい! 男の緊縛プレイなんか需要ねえんだよおおおおおお!!」


 それが自分となると本当にその通りでしかない。

 それからも頑張って俺は何とか絡みついてくる糸をどうにかしようと試みたのだが全くダメだった。


「……はぁ」


 頑張って足掻いていた中、微妙に糸が更に増えたような気がしないでもない。

 ドクンドクンと心臓の鼓動のような音を響かせる糸と、そうではないタイプの糸とに分かれている糸たち……そして――。


「なんだ?」


 また更に変化が起きた。

 俺の視線の先で今度は背景に同化してしまうほどに黒い糸が現れ、それがピンクの糸と同じように俺に殺到したのだ。

 ただその糸に関しては不思議なことに悪意というか、敵意を感じさせるというもので俺はつい目を閉じてしまった。


「……あれ?」


 あの勢いのままなら間違いなく俺の体を刺し貫いたはず、だというのにその衝撃は俺の体には訪れなかった。

 恐る恐る目を開けてみると、その黒い糸たちの攻撃をピンクの糸たちが守ってくれていたのだ。


「……すげぇ」


 鞭のようにしなって弾き返す糸もあれば、白刃取りするかの如く挟み込んで受け止める糸もあり、極めつけは蛇が巻き付くようにピンクの糸が黒い糸に巻き付きながら圧迫していくのも見られた。

 ピンクの糸と黒い糸の戦いを見せられた俺だったが、まあやっぱり抱く感想としては何やねんこれという一言でしかない。


「俺は一体何を見せられてるんだ……」


 取り敢えずどうでも良いから早く目を覚ましてくれと願っていると、俺しか居ないと思われたこの場所に一つの声が響き渡った。


『流石ですね。それだけ彼女たちの想いが強いということですか』


 それは機械のような声だった。

 突然の声に俺はビクッとしたものの、まさか俺以外に誰かが居るとは思っていなかったのでつい大きな声を上げた。


「誰だ!! 誰か居んのか!?」


 その俺の声に応えるようにして目の前にスマホが現れた。

 そのスマホは怪しげな光を放ちながらその場に停滞しており、いよいよもって意味不明な夢へと変化していく。

 スマホがいきなり怪しげな光を放ったかと思えば、俺を捕まえているピンクの糸に変化が起きた。


「……は?」


 その変化とは糸の先だ。

 俺を縛り付けている糸の先に段々と人の形が形成されていき、それは俺にとって見覚えのある人たちの姿になった。


「茉莉……絵夢に才華も……それに愛華にフィリア?」


 突然に現れた彼女たちは何も言わずに俺を見つめており、彼女たちの手に繋がっているのは俺に絡まっている糸だ。

 まるで……彼女たちから逃がさないとでも言われているような心地である。

 まあでも、何だかんだこの糸がもしも彼女たちのそういう意図の元で生成されたというのであれば嫌な気分ではなかった。


「……なんか、悪くねえ気分だな!」


 そもそもの話、彼女たちのような美人に求められて嫌な男がいるわけがない。

 流石にこのような若干ホラーっぽいものが嫌いな人は分からないが、それでも俺からすれば全然ありというかむしろドンと来いだ。


『喜ぶのですか? もはやあなたは彼女たちに希望を見せてしまった。あなたという存在が居なくなれば壊れてしまうかもしれないほどに、彼女たちはあなたに心を許してしまっている……否、心を繋いでしまっている』

「何を言っているのかイマイチ分からねえけど……」


 スマホから聴こえてくる言葉は分かるのだが、その意味は良く分からなかった。

 仮にもしも彼女たちが俺のことをこんな風に逃がさないと思っているのなら安心してくれても良い、俺だって彼女たちのおっぱいから逃げられないし? つうか逃げるくらいならこっちから飛び込むわ!


『……やっぱり面白いですね。以前の男とやっていることはそこまで変わらないのに相手を思いやる心があるかないかでここまで変わるとは』

「だからさっきから何を言ってんだよ……」

『気にしないでください。そろそろお目覚めのようですから』


 そう言われた瞬間に暗闇の中に光が差した。

 結局お前は何だったのかと、それを確かめる前に一気に俺の意識は現実の世界へと戻されていった。




「……っ」


 目を開けた瞬間、俺の視線の先に映ったのは自室の天井だ。

 しばらくボーっとしたように周りを見渡したが、俺にはハッキリと頭の中に残っている記憶があった。


「夢の中で茉莉たちに囲まれていたような気がするぜ……ぐふふ」


 ハッキリと残っている、そう言ったがあれは嘘だ。

 思い出せるのは茉莉たちに囲まれていたということだけ、まさか現実でもまだ実現していない五人に囲まれるという状況を夢の中で味わえるとは……まあ特に何かをした覚えはないのでつまらない夢とも言えるが。


「……ふむ」


 朝ということで自己主張する自分のソレを見つめながら俺は考えることがあった。

 俺が彼女たちとそういうことが出来るのは催眠の力を使った場合に限られるわけだが、やはり男子高校生としては寝起きに布団の中で……というのも少し妄想してしまうわけだ。

 一応予約制の催眠も今まで使っていたが、果たして日を跨いでも発動できるのかその辺りは分からないので試すことも出来ない。


「いやいや、流石にエロ漫画の読み過ぎだな」


 そういうのはいずれ俺にもちゃんとした彼女が出来た時とか、そういう時に悪戯の一環としてしてもらうことにしよう。


「……………」


 今一瞬、彼女という単語を発した瞬間に脳裏に茉莉たちが浮かんでしまった。

 誰か一人ではなく複数の女性を思い浮かべたあたり節操の無さに情けなくなってしまうが……なんだろうな。


「彼女たちにとって俺は必要なんじゃないか、なんてアホなことも考えちまう」


 催眠下の彼女たちは俺のことを頼ってくれているのは分かるし、そうではない素の状態の彼女たちも俺のことを良き友人として接してくれる。

 直近では愛華に対して守ってやる、なんてことを言ったけどそれに似たようなことは他の子たちにも伝えていることだ。


「記憶に残らないことは分かってるけど、だからこそ俺が勝手にした約束事だと流すのがどうもな……」


 それだけはダメだと、何かが囁いてくるような不思議な感覚だった。

 しばらく考えていた俺だったが、ぐぅっと腹の虫が鳴ったので何か食う物がないかと思いリビングに向かった。

 すると――。


「あ、起きたわね甲斐」

「やあ。お邪魔しているよ」

「……え?」


 リビングで向かい合っていたのは姉ちゃんと隣のエッチなお姉さんこと近衛さんである。


(……っていい加減隣のエッチなは余計だろ)


 いや、確かにエッチなお姉さんではあるし色々とやってしまったわけだが……取り敢えず突然の近衛さんの訪問に驚くより、やってしまった時の記憶を思い出して少し前屈みになった俺を怒れる人は居ないはずだ。

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