ただお話をするだけでも楽しいんだぜぇ!
「アンタ何かあったの?」
「……いやなんでも」
近衛さんとしてしまってから数日が経過し、俺はなんともソワソワとする日々を送っていた。
それは家に居る時も分かりやすいほどらしく、姉ちゃんにこうしていつもと違うじゃんと指摘されてしまうくらいだった。
「本当に大丈夫?」
「うん大丈夫。マジで大丈夫だから」
「……そう?」
姉ちゃんは心配そうにしながらも部屋に戻って行った。
もしもこれで近所のお姉さんに催眠を掛けて一発やっちまいました、なんてことを伝えたら俺はきっとこの家から追い出されてしまうだろう。
まあそれ以前の話で催眠という話題を出した時点で変な奴と思われるか。
「……はぁ」
俺にとって嬉しい記憶のはず、それこそ童貞を捨てるというのはある意味夢の一つだったはずだ。
それでも……如何に近衛さんがあんな風に誘惑をしてきたとはいえ、俺が彼女に催眠を掛けてしまった事実は変わらない。
「近衛さんは初めてじゃなかったみたいだけど……いざ実際に催眠状態の女性とやるとこまでやっちまうと罪悪感が半端ねえな」
これでは催眠アプリの持ち主として失格のマインドだなと俺は両頬を叩いた。
俺はこの催眠アプリで好き勝手やると決意したはずだ……ならば何をしたところで罪悪感を感じる必要はない、そうだあれは近衛さんが俺を誘惑したのがいけないんじゃないか!!
「はい、そうやって人のせいにする俺って最低だわ。悪いのは俺って話」
そう、悪いのは俺だ。
とはいえ……あんなにも催眠にノリノリというか、むしろ催眠を掛けてもらえるシチュエーションを望む人が居るとは思わなかった。
Mとしての片鱗は持ちつつ、どちらかというと年下をリードすることを望むお姉さんかぁ。
「属性モリモリだけど良いなああいうの。今までにないパターンだぜ」
近衛さんは茉莉たちと違って何か暗い側面を持っているわけではなく、プライベートに関しても仕事に関しても本当順風満帆らしい。
流石に童貞を捨てるという奇跡を起こしたので仕事などについて聞けるほどの余裕はなかったが、やっぱりのびのびと生きている女性というのは眩しく見える。
「……?」
っと、そんなことを一人考えていた俺だったが自然とスマホに目が向いた。
ジッと画面を見つめていた俺だったが、何を思ったのか催眠アプリを起動して色々と見てみることに。
やっぱりどこも今までと変わった部分はない、しかしあの俺の名前とを繋ぐ数多くの線の場所に変化が起きていた。
「ピンクの線が増えてるな」
新たにピンクの線が一本増えていた。
ただそれだけでなく、心なしか三本に増えた太いピンクの線が俺の名前に絡みつくように見えている。
ドクンドクンと鼓動するかのように光っているその線が無数に枝分かれし、俺の名前を逃さないようにと捕まえているようにも感じる。
『甲斐君♪』
「え?」
その線をジッと見ていた時、俺はどうしてか茉莉の声が脳裏に響いた。
「いや違う」
茉莉だけではなく、絵夢と才華の声も脳内に響くようだった。
三人の声はどこか色っぽく、俺の名前を囁きながら何かをしているような……そうだこれはもしかして。
脳裏に更に蘇る光景、それは俺と彼女たちの情事だった。
「なんだ……これ」
つい頭を抑えて蹲った。
別に頭が痛いとかそういうことではないのだが、一気にたくさんの情報が流れ込んできてしまったようで驚いたのである。
その映像の中で俺はしっかりと彼女たちと本番行為をしているが、絶対に彼女たちとそういうことはしていないと俺自身は断言できる。
どんなにムラムラしても、どんなに誘惑されてもそこだけは耐えてきたので間違いはないはずなのだ……だというのに。
「これは夢? いやでも……なんでこんなに生々しいんだ? 映像だけじゃない、彼女たちの感触さえも全部思い出す……思い出すってなんだよ!」
大きな声を出してしまったものの、姉ちゃんには聞こえていないようで一先ずホッと息を吐いた。
ただ、先ほど反射的に思い出すという言葉を使ったけどそれが妙にしっくり来るという何とも言えない感覚だ。
「……俺、三人と顔を合わせられるかな……彼女たちと会う度にこのことを思い出しちまうかも」
それが原因でムラムラすれば彼女たちに処理してしまえば済む話……とはいえ、流石にないとは思うがこのことに影響されて彼女たちに対し戒めていた行為をしてしまうことに繋がらないか? いやいや、流石にそこは俺が自制すれば良い話だ。
「……ふぅ。一旦落ち着け俺よ」
吸って吐いて深呼吸を繰り返し、何とか俺は落ち着くことが出来た。
「……何だろうなこの感覚」
存在しないはずの映像に困惑する中、もう一つ俺の中に膨れ上がった疑問のようなものがある――それは俺の初めてって近衛さんなのか? というものだ。
それこそ何を言ってるんだって話だけど、やけにそんなことを考えてしまった。
「ええい! 考えても仕方ない!!」
一旦俺は考えていたことを忘れることに。
まあそんなことを言ったところで忘れられるわけもなく、それからしばらく部屋でゴロゴロしながら俺は茉莉たちのことを考えていた。
「……? おぉ!」
そんな中、SNSを見ている時に刻コノエさんの投稿を見つけた。
何やらインスピレーションが働きまくったとのことで、とても一日で描いたとは思えないほどの絵が上がっていた。
漫画形式のそれは四ページ分ほどあり、内容に関しては以前に刻コノエさんが言っていた催眠に関するシチュエーションだ。
「……えっろ」
その内容は普通にエロかった。
ひょんなことから仲良くなった少年とお姉さん、しかし少年はお姉さんに対し邪な気持ちを抱いており催眠の力を使って好き勝手しようと企む。
ところがお姉さんの方はむしろ催眠に掛けられることに対しノリノリで、自分から進んで男の子との関係を深めていくというものだ。
「……なんか妙な既視感があるな」
なんだこれはと首を傾げつつ、俺は他の人の反応も見てみた。
大変エッチで素晴らしい、早く連載してほしい、コミケで販売されたら絶対に買うなど多くの嬉しそうな呟きを見ることが出来た。
俺としても内容的にとても満足できるものだったので、実際に売られることになったら通販で是非買わせていただくことにしよう。
“少しだけフワフワした気持ちの中で描いたけどどうかな? 私のこうしたいっていう妄想を可能な限り詰め込んでみたんだ”
っということで刻コノエさんも本当にノリノリだ。
「近衛那由さん……刻コノエさん……まさかな」
名前が似てるだけでそんな安直なことがあるかよと俺は苦笑した。
そんな風にスマホを手にしていた俺の元に、一つのメッセージが届き……俺はひゅうっと口笛を吹いて返事をした。
それからしばらくした後、俺はフィリアの家にやってきていた。
あのメッセージはフィリアからのモノで、もし良かったらこれから家に来ないかというお誘いだったのだ。
愛華も一緒とのことで、当然俺がそれを断る理由は何もなかった。
「あの時以来ね甲斐君」
「そうだねぇ。あの時のプールでのこと、本当に楽しかったよぉ♪」
「……そうだね」
あのプールのことは今でも思い出せる。
フィリアに捕まる形で連れて行かれたウォータースライダーにて、俺はそれはもう恥ずかしい姿をたくさん見せてしまった。
怖がりな部分もそうだし滑っている最中に思わずフィリアの胸を掴んだりとラッキースケベを連発したわけだ。
「あの時のことは……うん」
「あ、もしかしてフィリアの胸を触ったことをまだ気にしてるの?」
「えぇ? そうなのぉ? 別に良いって言ってるのにぃ」
いやいや、気にするなと言われてもしてしまうお年頃なわけですよ俺は。
一応愛華とフィリアは付き合っている仲なので、俺としてもやっぱりそういうことは気にしてしまうのだ。
ただまあ、二人とも凄く寛容的に接してくれているから逆に気にしない方が良さそうではあるな。
「ふふ、でもちょっと妬いちゃうわね」
「……だよな」
愛華の言葉に俺は頷いたのだが、彼女は一瞬ポカンとしたと思ったらクスッと笑みを浮かべて俺の傍にやってきた。
そのまま俺の腕を抱くようにしてこんなことを口にした。
「フィリアに妬いちゃうでしょ。私だって甲斐君とあんな風に遊びたかったのに」
「えへへ、ごめんねぇ」
あぁそっちなんだと今度は俺の方がポカンとした。
というかこうやって愛華に腕を抱かれているというのに、やっぱりそれなりに女の子の体に慣れてしまったからなのか動揺しなくなっていた。
彼女たちは素の状態ではあるのだが……やっぱりどんなに俺にこんな接し方をしてきたとしても、二人にとってお互いが一番大事だという事実が念頭にあるから俺も落ち着けるのかもしれないな。
「あの時一緒に居た子たちとは親しいの?」
「え? まあそれなりには……いや、かなり親しい仲ではあるな」
変に誤魔化す必要もないか、俺にとって本当にその通りだから正直に伝えた。
「……もう三年生だし遅いわよね」
「どうした?」
「何でもないわ」
愛華が言いかけたことは気になったが、何でもないと言われたのなら聞くつもりはなかった。
茉莉たちともそうだが、愛華やフィリアと会ったとしても俺は彼女たちに対して好き勝手したいという気持ちが際限なく溢れてくる。
でもこうやって普通に話をする関係というのも捨てがたく、俺はしばらく二人との話を楽しむことにした。
(まあもちろん、後でお楽しみはするけどな!!)
俺は二人と話をしながらやらしいことをたくさん考えていた。
「……?」
ただ、そうやって二人と話をする間……俺は良く分からない何かに意識を取られたてしまう。
胸がざわざわするような何か、言ってしまえば胸騒ぎのようなものを俺はどうしてか分からないが感じていたのだ。
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