このアプリにはこういう使い方もあるんだ!
「なんだ……なんだってんだ!?」
俺はただ暗い道を走っていた。
背後から何かが近づいてくるのを感じながら、それに追いつかれないようにと俺はずっと一生懸命に走り続けていた。
「アンタのせいよ……アンタのせいで私は!!」
「この犯罪者!! アンタさえ居なければ私たちは!!」
「逃げるな!! この卑怯者!!」
背後から追いかけてくる女性たちに見覚えはない、だというのに俺は彼女たちから罵声を浴びせられていた。
そのことに文句を言いたくなったのだが、それでもどうして俺の体は彼女たちから逃げるようにしか動いてくれない。
「……クソッタレ、マジで何なんだよ!!」
チラッと見た彼女たちの形相は恐ろしかった。
それこそ俺という存在をこれでもかと憎んでいるような目で、そのとてつもない憎悪に俺は体を負わせるほどに恐怖していた。
ずっと走り続けているとふと逃げ込める場所を見つけた。
瞬時にその場所に潜り込み、彼女たちの足音が段々と離れていくのを聞いて俺はため息を吐く。
「……助かったぁ」
見覚えのないことで追いかけれたら世話ないぜマジで。
女性に追いかけられるのは嫌いではないが、あんな風に憎々し気に追いかけられるのは御免被る。
「取り敢えずとっととここから離れ――」
「どこに行くのかしら?」
「っ!?」
ガシッと肩に手を置かれた。
振り向いた先に居たのは一人の女性で、彼女もまた俺をさっきの女性たちと同じような目で見つめていた。
「一生豚箱の中で過ごせ。ゴミ野郎」
そこで俺の目の前は真っ暗になった。
「……っ!?」
ハッとするように俺は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む光が目元に当たり、その眩しさに顔を歪めながらもなんとか俺は起き上がった。
「……なんだ?」
体に纏わりつくベトベトとした感覚がなんとも気持ち悪かった。
どうやらベッタリと大量の汗を掻いているらしく、寝巻が肌に貼り付くほどだったのだ。
「夏だし暑いから? いやでもこの感覚は……」
夏の暑さだけでここまではならないと思うので、おそらくはさっきの起き方も含めて嫌な夢でも見たのだろうと予想した。
かといって夢の内容は何一つ思い出すことは出来ないが、取り敢えずこの汗の掻きようから結構怖い類いの夢だったのかもしれない。
「取り敢えずシャワー浴びるか」
着替えを持って風呂場に向かう。
朝から使っている人は居ないだろうと思ってドアを開けたのだが、まさかの姉ちゃんがバスタオルを肩に掛けた状態でそこには居た。
「あ、おはよう姉ちゃん」
「おはよう甲斐」
目の前に居るのは裸の女だ。
しかし相手は血の繋がった実の姉であり幼い体系の女である……つまり、俺は一切姉ちゃんの体を見ても思うことは何もなかった。
姉ちゃんも俺に裸を見られたところで恥ずかしがるような人間ではなく、上と下の大事な部分を全く隠そうともしない。
「珍しいじゃん。アンタが朝から風呂なんて」
「あぁ。なんか目覚めが悪くて汗がさ」
「へぇ。なんか嫌な夢でも見たの?」
「覚えてないけどそんな気がする」
「なるほどね。ま、そういうことはあまり気にしない方が良いわよ」
「あ~い」
まあそこまでもう気にしてはないんだけどね。
俺も姉ちゃんの前で一切隠すことはなく寝巻を脱ぎ捨て、そのまま浴室に向かって体の汗を洗い流した。
「いやぁスッキリ爽快!!」
体を流した後、俺はそれはもう良い気分だった。
既に夢見が悪かったという事実を考えなくなっていたほどに、俺は満足した状態で部屋に戻った。
「あ、そう言えば昨日の夜に言われてたことがあったな」
恒例のゴミ捨てである。
余裕がある時で良いからと言われているが、基本的に親から頼まれたことはすぐにやってしまうことの方が多いので早速向かうことにした。
自分の部屋のゴミと台所のゴミを手にいつもの収集場へと持っていく。
「……あ」
「うん? やあ」
近所のエッチなお姉さんこと近衛さんが今日もそこには居た。
またチラッと見えたゴミ袋の中身はくしゃくしゃにされている紙ばかりで、こんなに紙を使って一体何をしているのか結構気になってしまう。
「今日もゴミ捨て? 本当に君は優しいんだね」
「あはは、ありがとうございます」
ゴミ捨てくらい別に誇れることではないし、もうずっとやってきていることなので特別な何かがあるわけでもない。
それでもこんな風に綺麗なお姉さんから褒められるのは悪い気分ではないので、俺は分かりやすいくらいに頬が緩んでしまった。
「何と言うか、近衛さんと良く出会いますよね」
「そうだね。でも私は結構ゴミを捨てる機会は多いからさ。君と会わないだけで割とここにはやってきてるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。二日前にゴミを捨てたけど、それからもうこんなに溜まったくらいだし」
「……ですね」
マジで一体何をしている人なんだろうか、気になるからといってゴミ袋を漁るような盗人行為はしたくないし……まあでも、その内催眠に掛けてからじっくりと聞かせてもらうかねぇ?
「さてと、そろそろ行かないと」
「あ、用事とかありました?」
「うん。ちょっとお祖父ちゃんが入院しててね? それでお見舞いに行くんだ」
「それは……お大事に」
「ふふ、ありがとう」
お爺さんが入院してるのか……なるほど、俺は近衛さんの家族構成については一切知らないけど入院ってことは体が悪いのか?
基本的に他人のことは気にしないけど、やっぱりある程度話したことがある人の身うちでそういうことを聞いてしまうとどう反応すれば良いのか分からない。
「もしかして心配してくれてるのかなその表情だと」
「……まあ」
「やっぱり君は優しいね。でも大丈夫、昨日とか看護婦さんにちょっかいを掛けてるところをお祖母ちゃんに見られて説教されてたくらいだし」
「……あ~」
どうやらかなりパワフルなお爺さんらしく、楽しそうに近衛さんが言っていたので本当に何も心配することはなさそうだなと俺も笑った。
それにしてもこうしてお爺さんってワードを聞くと以前に事故したあのお爺さんを思い出してしまう。
(……元気にしてんのかなあの爺さん)
別に関係者でもないのでその後の経過は何も知らないが、まあ俺からすれば無事であることを祈るだけだ。
その後、俺は近衛さんとは別れて家に戻った。
スマホを手に取って見てみると省吾からメッセージが届いており、これから晃も一緒に遊ばないかというお誘いだった。
「何も予定はないし行くかぁ」
俺は早速出掛けることにした。
街中で晃と待ち合わせをしてから省吾の家に向かうことを決め、いち早く街中に出向いた俺は晃のことを待っていた。
「……なんだ?」
すると近くの駅の中がなんとも騒がしい。
何の騒ぎかと思って近づいてみると、どうやら男性と女性が口論をしているようだった。
「私は何もしていない!」
「はあ? 嘘言うんじゃないわよ! 駅員さん、こいつあたしのお尻触ったの!」
「取り敢えず、詳しい話はあっちで聞かせてもらいます」
「っ……だから私は何もしていないんだ!!」
どうやら電車の中であった痴漢騒ぎらしい。
男の手首をグッと握って離さない強気の女性と、そんな女性から逃げられず何もしていないと泣きそうな顔になりながら必死に否定している中年の男性……駅員は男性に事務所まで来てくれと言っているし、これはもう逃げ道はないだろうな。
「なんつうか……テレビ番組でも見たことあるけど痴漢の冤罪ってあるし、本当は違うのに犯罪者に仕立て上げる質の悪い人も居るんだっけ」
本当かどうか分からないがSNSで傍に居た男が気持ち悪いから痴漢したって騒いでやったとか言っている女性も見たことがあるし、もしかしたらそれの可能性もあるのかと俺は少し思ってしまった。
「痴漢だって」
「キモすぎぃ」
「やだやだ。あんな中年の男に触られるなんて」
傍に居た大学生くらいの女性がそう言っているのを聞いて俺は改めて男性の方に目を向けた。
「……ちと試してみるか」
俺はスマホを手にその騒ぎの傍まで近寄った。
まだ警察は来ていないようなので近づくのも容易であり、俺は女性のみを対象にして催眠アプリを起動した。
いきなり静かになった女性にどうしたのかと多くの目が集まる中、俺は近くを通り過ぎるフリをして小さな声で語りかけた。
「本当のことを話せ」
彼女はこれで嘘を吐くことは出来ない、これでもしも本当に痴漢をされたのであればまあ悪かったと心の中で謝っておく。
傍を通り過ぎた俺に男性と駅員が目を向けてきたが、俺のことなんてすぐに気にならなくほどの発言が女性から飛び出した。
「別に痴漢なんてされてない。ちょっとむしゃくしゃしてたから手頃の中年を痴漢に仕立て上げようとしただけ。アハハ、いやぁ焦り過ぎでしょマジウケるわ!」
「なっ!?」
「君、それは本当かい?」
どうやら本当に冤罪を掛けられる瞬間だったらしい。
本当のことを話せと俺が命令したので彼女は駅員からの質問に何も隠すことなくベラベラと喋っていき、男性に向けられていた視線はいつの間にか同情のモノへと変化していた。
「……おっと、晃もう来たかな」
俺はすぐに現場から離れて元居た場所に戻った。
晃の姿が見えた段階で催眠は解除したが、既に何をどう取り繕ったって挽回出来ないところまであの女性はボロを出したし、何のことか分からないと否定しても証人は駅員も含めて周りに多く居るからあの男性は無罪になるはずだ。
「善行を積むと気分が良いねぇ」
まあ、やり方はゲスではありそうだがな。
その駅での騒ぎがどんな決着を迎えたかは知らないが、俺は友人たちと遊びながら才華のことを考えていたのですぐに忘れてしまった。
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