溜まりに溜まってんだよぉ!!
「……どうするかぁ」
「……父さん?」
洗面所で自らの顔と睨めっこをしている父さんを目撃した。
歯ブラシを咥えたまま深刻そうな表情をしている父さん、あまりに考え事に集中しているからか鏡の端に映る俺にすら気付いていない。
「……まさか父さん」
催眠アプリの影響で彼女たちと知り合った結果、やはり心配そうな顔を浮かべている人を見ると気になってしまう。
それが最も身近な存在でもある父親となると放っておけない。
大人の父さんが困っていることに手を貸すことは難しいかもしれないが、それでも何か俺に出来ることはないかと思ったわけだ。
「催眠!!」
父さんに催眠を掛け、俺はゆっくりと傍に近づいた。
「父さん、何かあったのか?」
「……あぁ」
振り返った父さんは何があったのかを教えてくれた。
「結婚記念日のことを忘れててな。それで母さんが不貞腐れてしまった」
「あ、頑張って」
俺はすぐに催眠を解いて部屋に戻った。
父さんからすればうっかりしていたせいでの悲劇だろうけど、そこに関しては父さん自身で是非とも解決していただきたい。
「だからさっきチラッと見た母さんは機嫌が悪かったんだなぁ」
茉莉たちの事情に比べて我が家族のなんと平和なことか、父さんと母さんは何年経っても熱々夫婦なので喧嘩してもすぐに仲直りするし本当に心配の必要はない。
「……一応姉ちゃんに近況聞いてくるか」
部屋に戻る前に姉ちゃんの部屋に向かうことにした。
ノックをしてから中に入ると、姉ちゃんは机に向かって勉強していた。
「おっす姉ちゃん」
「いらっしゃい甲斐」
姉ちゃんは俺に背中を向けたままで視線を寄こさない。
どうやら勉強をする手を止めるつもりはないらしく、つまりはとっとと用件を言って部屋に戻れということだ。
「姉ちゃんさ、あれからどう?」
「あれからって?」
「……心配はしてないけどさ。一応気になるから」
ここまで言えば姉ちゃんも分かったようだ。
ようやく姉ちゃんは手を止めてクルっと椅子を動かして俺の方に視線を向けた。
「大丈夫。確かに私と会った後にあの不可解な行動だったけど、私に対して恨みを持ってるとかはなさそうかな。ま、もう会うこともないだろうし確かめることは出来ないけどね」
「……ふ~ん」
あの直後だったからこそ姉ちゃんや俺が何かしらの原因だと思われるのは面倒だったけど、どうもその心配はなさそうだ。
やっぱり催眠アプリというのはあいつにとっても予想外というか、この世に存在するとは思えないもののはずなので困惑があまりに大きすぎて考える余裕がないのかもしれない。
「ほんと、アンタはそういうの気にしなくて良いの」
「そうだけどさ。姉ちゃんのことだから気になるだろ」
「……ふぅ、本当に優しいんだから」
ニコッと姉ちゃんは笑みを浮かべて俺を手招きした。
何だろうと思って近づくと、姉ちゃんはその小さい手を俺の頭に伸ばして撫でてくるのだった。
「ありがとう甲斐。でも本当に大丈夫だから安心してね」
「分かった」
よし、ならこれでこの話はお終いだと俺は部屋の出口に向かう。
しかしそんな俺を最後に姉ちゃんは呼び止め、まさかのこんなことを俺に伝えてくるのだった。
「そうそう、私の友人の一人がアンタのこと話してたよ」
「姉ちゃんの友人が?」
「うん。それが――」
姉ちゃんが教えてくれたのだが、やはり俺が見たあの三人組が姉ちゃんの友人だったらしい。
その中の
ちなみにその人は俺が唯一気になった赤メッシュ巨乳のお姉さんであり、俺はそれを聞いて頬が緩むのを感じていた。
「アンタを可愛いはどうかと思ったけど、悪く思われるよりは良いかなって思っちゃったわ」
「ふ~ん」
あくまで気にしていない風を装って俺は姉ちゃんの部屋から出た。
「これは決まりだねぇ」
顎に手を置いて俺は次なるターゲットを見つけたワクワクと共に頷いた。
いやぁそれにしても茉莉たちだけで飽き足らず、俺は既に近衛さんや松房さんさえも狙おうとしている辺り節操のない人間だ。
とはいえこれは別にハーレムを狙っているわけではなく、ましてや彼女たちのような素晴らしい女性たちと付き合えるというわけでもないので、その辺りのことは特に気にはしていない。
「催眠で、数多の女、俺の手に……なんつってな♪」
そんなアホな五七五をほざいた後部屋に戻った。
ベッドの上に横になって考えることなのだが、夏休みということは当然学校には何かしら用事がないと行くことはない。
そうなってくると彼女たち……茉莉や絵夢、才華たちと会えない日々が必然的に訪れるわけだ。
「……物足りねえんだよなぁ」
一日一回とまでは言わないが、そこそこの頻度であの柔らかさに触れないと全然満足できないこの気持ちに困ってしまう。
こういう時にこそ身近な存在である姉ちゃんが居るわけだが、固いものに触れたところで満たされるものはないのである。
「っ!?」
なんか今隣からドンって音が聴こえたんだが……姉ちゃん怖いってば。
俺はそれからしばらくゴロゴロと体を動かし、よしっと気合を入れて茉莉に連絡を取ることにした。
「……何だかんだ、こうやって連絡することってあまりないんだよな」
茉莉だけではなく絵夢や才華、愛華や染谷とも連絡先を交換しているが俺から電話をすることはあまりない。
既にあんなことやこんなことをしているので何を今更って感じだが、それでも照れるというか緊張というものはするのである。
「……出ないな」
しばらくコール音が鳴ったが茉莉は電話に出なかった。
俺は大きなため息を吐き、ガックリと肩を落としたのだがすぐに茉莉の方から電話が掛かってきた。
「もしも――」
『もしもし! ごめんね甲斐君!』
キーンと響くくらいに大きな声が聴こえてしまい俺はスマホから耳を離した。
まさか俺だと分かって慌てて掛け直してくれたのかな、なんてことも思うと嬉しくなるが取り敢えず落ち着いてもらおう。
「いや、急用とかじゃないんだ。そんなに慌てなくても」
『そう? でもやっぱり他でもない甲斐君だから気になるよ。これでもし何分も気付かなかったら死にたくなったかも』
「怖い冗談はやめてくれ~」
リストカットまでしていた茉莉が死にたいなんか口にすると過剰に心配してしまうから本当に勘弁してほしい。
電話の向こうでクスクスと楽しそうに笑う茉莉だったが、早速どうしたのかと聞いてきて俺は言葉に詰まった。
(この場合、素直に会いたいとか遊びたいで良いのか!? 女の子を誘うのってどうすれば良いんだ教えてエロい人!!)
当然、教えてくれる人なんて居るわけもない。
俺から電話をしたのに何も言わないなんて許されない、なので俺は半ばヤケクソになっていたのかこんなことを言ってしまった。
「明日さ。茉莉と会いたいんだ」
『……私と?』
言った後に俺は今の言葉があまりにも直球過ぎたなと反省した。
催眠アプリに頼っているせいか、今の俺は彼女たちと対面している時の方が心に余裕があるのに対し、こうやって電話越しだと少し緊張するというおかしな状況に陥っている。
『……はは~ん。甲斐君ったら緊張してるなぁ?』
「……悪いかよ。何だかんだこうやって誘うことはそんなにないからさ」
電話越しでも催眠を掛けられるなら余裕なのに……いや、流石にそこまでの贅沢は言えないな。
果たして茉莉は了承してくれるだろうか、少しばかり不安だったがそれも全くの杞憂だった。
『良いよ。明日、会おうよ♪』
「あ、あぁ!」
よし、これで明日あのおっぱいに触れるぞ!!
もちろん茉莉に会えることは嬉しいけれどやっぱり、変態紳士の俺にはそっちの方が嬉しかったりする。
どこで待ち合わせにしようか、そう思った俺だが先手を打つように茉莉が言った。
『私の家に来れる? お出掛けも良いけど夏だし暑いからさ――私の部屋でのんびり過ごそうよ』
その提案に俺は思いっきり頷いた。
元々どんな風に会うにせよ催眠アプリを使って数日の欲求を解放するつもりだったので、自らその提案をしてくれた茉莉には感謝だ。
「早く明日になんねえかなぁ!!」
覚悟しろよ茉莉、明日の俺は一味違うぜ?
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