名前呼びで良いのかぁ!?

『今日もありがとな相棒』


 何故彼はお礼を言うのかと、いつも伝えられる側のソレは分からなかった。

 ソレがやっていることは今までと同じ、ただただ命令されたことを忠実に実行しているだけにすぎない。


『うっひょー! やっぱり最高だぜ!』

『ふふ、可愛いなぁ本当に』


 全然違う、彼は全然違った。

 確かに外道な部分はあるにはあれど、欲望を解放するためだけではなく相手の心を思いやれる優しさが備わっていた。

 相手を救うために力を貸してくれと、そう言える勇気が備わっていた。


『それで、最近は大丈夫か?』


 常に彼は彼女たちを心配し、彼女たちもまた彼の心に触れて絆されていく。

 ドロドロとした不幸ではなく、全てが正しいとは言えないまでもお互いが笑っているその空間がソレは好きだった。


『また明日も頼むぜ相棒! 天よ地よ、火よ水よ、我におっぱいの癒しを与えたまえ』


 結局はそこなのかとソレは笑う。

 彼ならば見ていて安心できる……否、もっと力を貸してあげたいとさえ思える。

 同じような愚か者かもしれない、それでもこんなにも結果が違うのは使用者の違いに他ならない。


『なんで? あの子のあの目は私と……私たちと同じはずなのにどうして? あの子は救いを求めてないといけないのに!』


 同じ力を使われた相手だからこそ、直感で気づくことが出来る。

 しかし自分とのあまりの違いにどうしてと困惑し、見間違いだったあんなのはあり得ないと思い込む。


『あの人、嫌い』


 それは命令されたものではなく、本心からの言葉だからこそたとえ催眠状態であっても平常時と変わらないように見えるのだ。

 ある意味で彼は相性が良い、そうに違いないとソレは真に理解した。


“この男こそ、真の主であると”


 既に前任の者は拘置所の中で生き絶えた。

 故にもはや残るは彼だけ、彼だけが扱うことを許すのだとソレは深淵で嗤った。





「……はっくしょい~!!」

「きったな!?」

「あらあら大丈夫?」


 急激に鼻がムズムズしたため、ある程度は我慢したのだがそれも空しく大きなくしゃみが出てしまった。

 口元を手で抑えることも出来ず、口の中に含まれていた米粒が正面に座っていた姉ちゃんの顔に降りかかった。


「ほらティッシュ」

「……ありがと」


 いきなりこうしてくしゃみを出したくなると我慢できないんだ姉ちゃん、許してくれとは言わないけど許してくれ。

 父さんと母さんは笑っているものの、姉ちゃんの俺を見る目は完全に殺し屋の目をしていたので、これは後で少しばかり覚悟が必要だなと俺は諦めた。


「……ごめんって姉ちゃん」

「マジできったないわバカタレ」


 いや本当に申し訳ない。

 それから謝り倒す勢いだったおかげもあってか、姉ちゃんは何とか機嫌を直してくれるのだった。

 覚悟はしていたものの悲劇が訪れなくなったことに安心をした俺はベッドで横になっていた。


「……今日もありがとな相棒」


 俺は催眠アプリの画面を呼び出してそう告げた。

 もう何度目になるか分からないが、俺はこうして相棒に常日頃からお礼を伝えるのも日常の一コマだ。

 俺の言葉に当然アプリの方は一切の変化を見せないものの、もしもこれで返事が返ってきたりしたらそれはそれで恐ろしいことではあるが。


「さてと、ちょっと眠たいしそろそろ……あん?」


 今日はもう寝ようか、そう思った瞬間に着信が届いた。

 誰からの連絡か確かめると、そこに浮かんでいた文字は佐々木だった。


「佐々木から?」


 もしかしたら染谷のことだろうかと思いながら俺は電話を出た。


「もしもし」

『もしもし、こんばんは真崎君』


 相変わらずのお嬢様然とした涼し気な声である。

 何の用かと少しばかり身構えてしまったが、染谷が言っていたように二人で出歩いたことに関しては特に怒ってはいなさそうだ。


『フィアナの方から今日の出来事を聞いたのよ。ありがとう真崎君、あの子とても楽しんだ様子だったわ』

「そっか。それなら良かったよ……でも良かったのか?」

『ふふ、やっぱり心配してたのかしら?』


 どうやら俺の不安も察していたようだ。

 電話の向こうでクスクスと笑っていることからやはり怒ってはおらず、本当に染谷のことに関して俺に感謝をしている様子だった。


『確かに私とフィアナは付き合ってるわ。でもだからといって他の人との付き合い方を制限するなんてしないわよ。まあ過去のこともあって男性との付き合いには私もフィアナも気を付けているけれど、相手が真崎君なら安心するから』

「……だからなんでお前たち二人はそんなに信頼してくれるんだ」


 信頼してくれるのは嬉しいのだが、茉莉たちに比べて二人とは学校も違うので圧倒的に接している時間が少ない。

 これが茉莉たちと同じくらい一緒に居るというのならまだしも、そうでないのだから本当に彼女たちが誰かに騙されないか非常に心配である。


『フィアナも言わなかった? 真崎君だから安心出来るし信頼出来るって』

「いや、嬉しいんだぞ? 嬉しいんだけどさぁ……」

『気にしても仕方なくない? 私なんかより異性に対して警戒心が強いフィアナが懐いているんだもの。私からすればあなたを信頼する理由はそれで充分』

「……そうかよ」


 俺はまだ染谷が異性に対して警戒心を強く抱いている場面というのは見たことがないので、俺の抱く染谷の印象はとにかくのんびりした雰囲気で笑っている子という認識が強い。


『それでね? 今日こうして電話をしたのは他でもなくて、フィアナが結構両親の前であなたの話をしているの。この前だって私を含めた父と母との食事会でもずっと話をしていたくらいよ』

「そうなんだ……なんか恥ずかしいんだけど」


 自分の知らない場所で名前を出されるのは非常に恥ずかしいものだ。

 だが逆にそれだけ好印象に見られていると思えば俺としても嬉しいし、もう少し過激なことをしても泣かれることはないんじゃないかと安心出来る。


(……そろそろ二人にも奉仕してもらって良いんじゃないか?)


 今のところはまだ佐々木にも染谷にも奉仕をしてもらってはいない。

 二人と会っても基本的に彼女たちの体に触って良い気分になり、帰ってからそのことを想像して発散するのが常だった。


(茉莉たちは進んでしてくれるけど、こうして自分でやると意外と懐かしい気分になるんだよなぁ)


 少し前まで利き手が恋人だったようなものなので、本当に懐かしく感慨深い気持ちにさせられるのだこれが。


『どうしたの?』

「いや何でもない。ちょっと懐かしいことを思い出してな」


 女の子との会話で考えるようなことではなかったなと反省だ。

 さて、話を戻すが染谷が両親に俺のことを伝えているとして一体どんな用件なんだろうか。

 先を促すと佐々木は言葉を続けた。


『私とフィアナが男性に対して一種の恐怖心を持っていることは家族も知っての通りなんだけれど、家族以外の異性との会話なんて全く考えられなかったフィアナが楽しそうにあなたのことを話してる……そのことにあちらの両親はひどく感動していてあなたにお礼が言いたいそうなの』

「……お礼?」

『私の両親も同じね。フィアナに釣られる形で私もあなたのことを楽しく話してしまったから是非会ってみたいって』

「……………」


 正直に言って良いか? 俺には全く彼女たちの両親に会うつもりはなかった。

 そもそも何度も言っているが彼女たちを助けたのは偶然が齎した結果であり、その見返りに近い形で催眠状態の彼女たちの体に好き勝手しているわけだ。

 ある意味で汚されることのなかった彼女たちの体を汚しているのは俺であり、彼女たちの両親からすれば俺こそが正に憎むべき存在だと言える。


「悪いけど……会うことはないかなぁ」


 だからお礼なんて要らないし、申し訳なさ過ぎてヘラヘラと会話をしたくない。

 ま、それでも俺はこの催眠アプリを使うことは止めないし、これからも彼女たちの体を好き勝手させてもらうがな!


『無理強いは当然しないわ。私やフィアナもあなたに迷惑は掛けたくないし、家族の妙な横槍でこの関係を崩したくないしね』

「? そう、だな。それが良いって」


 ちょっと引っ掛かる言い方だな……でもどうにかこれであちらの両親たちの邂逅する未来は閉ざされそうで安心だ。

 その後、しばらく佐々木と話をして通話は終わった。

 終わり際にまさかの名前呼びをお互いにしないかと提案され、これから俺は彼女のことを愛華と呼ぶことになった。


「名前呼び……良いねぇ。染谷に関しては分からんけど」


 さて、寝るつもりだったが愛華と会話で完全に眠気が吹き飛んでしまった。

 俺は眠くなるまでSNSを巡回していたのだが、また今日も刻コノエさんが自らの性癖を呟いていた。


“催眠も好きだけど、そんな力を持ちながら家族を大切にする年下の男の子とか良くない? そういう子ならきっと優しいし、むしろ喜んで催眠に掛かって悪戯してほしいと思う。それどころか、私もノリノリになって催眠状態だというのにリードしてエッチなことしたい……よし、そんな話を描こうか”


 なんてあまりにも長い呟きがされており、ファンの人たちは読みたいという声や分かると言った意見が様々だ。


「この人マジで怖いモノ無しだよなぁ。でも俺だって読みたいって! 頼むぜ刻コノエ先生!!」


 この新作、出たら必ず買わせてもらうぞ。

 だから先生、完成まで止まるんじゃねえぞ。

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