明日から夏休みだぜぇ!
『や、やめなさいよっ!!』
『体を動かせないだろ? これから僕が君を調教してあげるね!』
『いや……助けて!』
『君の幼馴染は助けに来ないさ。ぐふふ!』
夜、俺はどうしてかネットで見つけたとある漫画を見ていた。
ネットにいくらでも転がっている漫画の見開きになるが、催眠術を主軸にしたエロ漫画で俺もそこそこに好みな漫画だ。
相変わらずのキモデブ主人公というか、基本的にこういった作品の主人公は絶対こんな風になるのは果たしてどうしてなのか……永遠の課題だな。
「にしてもこの絵師さん本当に好きなんだよな。マジで良い絵を描く人だ」
俺の今見ている同人漫画はこの催眠系だが、この漫画を手掛けた絵師の人は他にも純愛系だったりと多くの作品を出している。
まあその絵師さんが催眠によって女の子が堕ちていく描写が大好きだと公言しているくらいなので、このように力作が生まれていくのだろう。
「この人って確か女性なんだよな。すっげえわ」
女性の人でもそういう趣味というか趣向の持ち主はネット上にはそれなりに居る。
漫画の中でも女性ならではの視点での語り、所謂どういった部分を刺激されると弱いかなどを事細かに説明したりするのもこの人の持ち味だ。
「刻コノエさんか……今までも、そしてこれからもよろしくお願いします」
そう告げて俺は漫画を仕舞うのだった。
「甲斐~? 学校に行く途中でゴミ袋お願いできる~?」
「お任せあれお母様」
「アハハ気持ち悪いわ」
「……………」
やれやれ、辛辣な母親だぜ。
つうかちょっと早起きしたからって朝からエロ漫画を読むのってどうなんだって感じだけど、男子高校生なんて奴はこんなもんだ。
俺はゴミ袋を片手に家を出てゴミ捨て場へ。
するとちょうど近所のエッチなお姉さんである近衛さんもゴミ捨てに来ていた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
相変わらずの薄着に俺の俺が暴走してしまいそうになる。
とはいえ胸の大きさは茉莉以上で才華以下と言ったところか、それでも圧倒的な巨乳に違いはないのでやはり素晴らしいモノをお持ちだ。
「よっこらせっと」
バサッと音を立てて近衛さんはゴミ袋を置いた。
しかしその置いた拍子に中から数枚の紙が溢れてしまい、反射的に俺はその紙を手に取った。
「ありがと」
「いえいえ……でも、チラッと見えましたけど凄い紙の量ですね?」
「あはは、ちょっと仕事柄ってやつかな」
「へぇ……」
こんなに大量の紙を使うなんて漫画家か何かかなこの人は。
大量のクシャクシャにされた紙のことは気になるが、やっぱり俺の意識を掴んで離さないのが大人として完成されたエッチな魅力だ。
以前に近衛さんも催眠アプリに掛けようかと考えたものの結局何もしていなかったので、近いうちに必ず催眠に掛けることをここに決めた。
(……ぐふふ、エッチで年上のお姉さんとか最高かよ。待ってろよ近衛さん、その内必ず俺がその体を好き勝手してやるからなぁ!!)
なんて、そんな風に妄想していたのがマズかったのだろう。
「ぎゅっ」
「……むにゅん?」
ぎゅっ、むにゅん……えっと、俺は今何が起きたのか理解出来なかった。
顔全体に広がった何とも言えない柔らかさ、暑さもあってちょっと気持ち悪さはあるものの俺はこの感触を知っている――そう、これはおっぱいだ!
「あ、あの……?」
「ふふ、ジッと見ていたからこうしたいのかなって」
「っ!?」
俺は今、どうしてか近衛さんの胸に顔を埋めさせられていた。
しばらくして顔を離すことは出来たが、呆然とする俺を見て近衛さんはクスクスと肩を揺らすだけだ。
「……………」
「元気出た? それじゃあ学校頑張ってね」
手をヒラヒラと振りながら近衛さんは俺に背中を向けた。
お尻を左右に振りながら相変わらずの色気ある歩き方、俺はジッとその背中を見つめた後ようやくと言った具合に学校への道を歩き始めるのだった。
「……あれ、もう誘ってやるやん」
そう結論付けるのは俺が童貞だからか果たして……。
まあでもあれだけ色気あるし何なら男の扱いも慣れてそうだし、もしかしたら彼氏持ちなのかもしれない。
確か結婚はしていないとか聞いたはずなのでその線が濃厚か、もし彼氏持ちなら寝取る趣味はないので残念だけど諦めよう。
「おっはようさん」
その後、すぐに俺は学校に着いた。
一応今日で前半の終わりを示す終業式の日なのだが、夏休みに入ってからも茉莉たちと遊んだりする予定を実は立てたりしている。
長い休みということで彼女たちと触れ合えないことに寂しさはあったが、まさかその心配がなくなるとは思わなかった。
「……良いねぇ最高だぜ」
それにあの手紙の件に関してもあれから一切の音沙汰はなかった。
何度思い出しても興奮してしまうのはあの出来事、新垣の目の前で絵夢と濃厚な絡みを見せつけたことだ。
あの時の記憶が彼に残っているはずはないのだが、まるで心の奥底に傷跡として残ったのではと思わせるくらいに俺と目が合ったら彼は視線を逸らすのだ。
『私とも目を合わすことはなくなりましたね。どうしたんでしょうか?』
普段の絵夢はともかく催眠状態の彼女は知っているはずなのに、それでも知らないと口にする辺り結構な悪魔ではないかと俺は思った。
「今日昼で終わるけどどうする?」
「カラオケでも行くか。甲斐はどうする?」
「俺はそうだな……」
晃と省吾から昼以降のお誘いだ。
特に断る理由はなかったので頷くと、何故か二人は俺の背後に唖然とした様子で視線を向けていた。
どうしたのかと思って振り向こうとした時、ふにょんとした感触が頬に当たった。
「おはよう甲斐君」
「……おはよう才華」
その感触の正体は才華の胸だった。
近衛さんに引き続き素晴らしい感触の連続に俺は天にも昇る気持ちなのだが、一応ここが教室だということを忘れてはならない。
「甲斐君、大胆♪」
「俺なの?」
流石に才華も教室だということを考慮して顔は離してくれた。
その代わりと言っては何だが、俺の背後に才華が立つようにして肩に手を置き、そのままそこから動かなくなった。
「どうしたんだ?」
「ちょっと甲斐君や茉莉と話がしたかったの」
「ふ~ん……おい、まさか――」
今までにそこまでなかった才華の言葉に俺はまさか何かあったのかと不安になったためそう聞いた。
すると才華は目を丸くした後、すぐにそんなのじゃないから安心してと笑みを浮かべた。
「なあなあ、マジで甲斐と何があったんだ?」
「そうそう。我妻さん教えてくれない?」
「何もねえよ」
あったにはあったが才華の事情は複雑なので先んじて釘を刺しておく。
才華が父親から暴力を受けており、母親からも見捨てられているという事実は彼女にとっても出来ればあまり思い出しくないことのはずだ。
だからこそ俺はそれを口にしたくないし、催眠アプリのことについても当然話は出来ないので説明が難しいのも大きい。
「何かあったと言えばあったけど……でもそれはあまり話せないの」
だからごめん、そこまで才華が言ったのなら二人も聞く気はないらしい。
まあ才華のそんな言葉が逆にもっと何があったのか気にさせてしまったようだがそれは仕方ない。
「やっほ~才華」
「おはよう茉莉」
そんなこんなで茉莉も参戦だ。
茉莉も才華もこうして傍に来てくれるわけだが、晃と省吾も一緒になって話をしてくれるので思った以上に集まる視線というのが和らいでくれている。
目元を隠すことしなくなった才華が注目され、そんな才華と親しくしている俺を良く思わないのも別に構わないのだが、彼女の持つ魅力をこうして引き出したのは俺だと声を大にして言いたい。
(……いや、それは自意識過剰が過ぎるか流石に)
才華の苦しみに気付いたのはあくまで偶然、俺じゃなかったとしても誰かが気付いたかもしれない。
そうなった時、こうして才華が……茉莉たちが笑みを浮かべている先に居るのは俺じゃなかったかもしれない――ちょっとそれを考えることも最近はあった。
「甲斐君」
「才華?」
少しだけ肩に置かれていた才華の手に力が込められた気がした。
茉莉からも心配しているかのような目を向けられてしまったが、もしかして感じ取られたのではとハッとした。
「……なんか分かり合ってるよな?」
「マジで何があったか気になるぜ……」
晃と省吾には本当に何があったんだとカラオケで思いっきり聞かれることに。
そんなこんなで三年生としての前半が終了し夏休みの到来となったわけだが、俺にとってまさかアレを卒業できるとは思いもしなかった。
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