これもまた世を正すのだ、成敗!

 俺にとって……いや、誰にとっても家族ってのは一番身近で大切な存在だと言えるだろう。

 もちろん才華のように家族からの暴力や色々なことの積み重ねによって必要ないと思ってしまうこともあるだろうが、至極普通に生きているのなら家族というのはやはり大切なはずだ。


「僕は彼女を一目見た時から気になっていたんだよ。年齢にそぐわない幼い見た目も可愛らしい、汚れを知らなそうなその体を僕が染めたいと思ったんだ」


 だからこそ、自分の家族の……しかも姉ちゃんに向かってそのような薄汚い気持ちを持っていた目の前の男を俺は許せなかった。

 あの後、姉ちゃんに向ける男の視線に感じるものがあった俺はすぐに催眠アプリを使った。


『付いてこい。姉ちゃんはそこで待っててくれ』

『分かった』

『待ってるね』


 姉ちゃんを近くの椅子に座らせ、俺はこの男……名前は毒島ぶすじまというらしいのだがこいつを陰に連れてきた。

 そして俺はシンプルに姉ちゃんについてどう思っているかを聞いたのだ。

 その返事は先ほど俺が聞いた言葉であり、明らかに姉ちゃんに対して良からぬことを考えていたのをこれでもかと俺に教えてくれた。


「……はぁ、こういうのがやっぱり居るんだな。俺なんかが誰かをクソ野郎なんて言う資格はねえけど、アンタはクソ野郎だよ」


 自分のことを棚に上げて良く言うとは思っている。

 もしも彼が姉ちゃんに抱く気持ちに危険なものが一切なく、ただただ純粋に好意を抱いているのであれば何もするつもりはなかった。

 まあ姉ちゃんの様子から嫌そうにしていたことは分かったので何もしないというのは嘘かもしれないが、それでも俺は本当にこのアプリがあってくれて良かったと心から思った。


「つうかアンタ、さっきからやけに大事そうに鞄を抱いてるな?」

「これかい? 僕の宝物がたくさん入っているからだよ」

「宝物? ちょっと見せろよ」


 毒島は素直に鞄を俺に差し出した。

 俺は特に遠慮することはなく鞄の中を確認し、そして中から出てきたものを見て彼に対する嫌悪感が跳ね上がった。


「……何だよこれ」


 そこにあったのは幼い少女たちの写真だった。

 幼いだけでもしかしたら姉ちゃんのように年齢にそぐわない……所謂ロリ体系の女性も居るかもしれないが、毒島が持っていた大量の写真は全てそれだ。


「……姉ちゃんのもあんのか」


 大学で友人たちと楽しそうに会話をしている様子を隠し撮りしたと思われる写真も見つけてしまった。

 先ほど言った幼い少女たちの写真にも色々なものがあり、これはマズいんじゃないかと思われる裸の写真であったりと……とにかく俺は何かパンドラの箱を開けてしまったような気分にさせられた。


「これはもう遠慮は要らねえよな。取り敢えずアンタ、これをそのまま持って警察署に迎え。何なら受付の前で全裸で踊ってみろよ」


 ある意味、俺の今の一言でこいつのこれからの人生は詰んだとも言える。

 姉ちゃんを守るため、だが俺のしてきたことを考えると当然正義なんてものを語ることは出来ない。

 それでも俺はこれで良かったんだと自分を納得させた。


「充電は残り僅かだけど警察署はかなり近い。おかげで助かったな」


 以前に絵夢に付き纏っていたストーカーを連れて行った警察署だ。

 きっと警察の方からしたら不思議な人間が立て続けに出頭してきたなと驚いているかもしれない。

 催眠状態の毒島は意気揚々と鞄を抱えて警察署に向かっているが、まさか正気に戻った時に全てを白状しているとは思うまい。


「姉ちゃんのとこに戻るか」


 姉ちゃんの催眠を解くと毒島の催眠を解けてしまう為、奴がちゃんと警察署に向かった段階で催眠を解く必要がある。

 なので俺は催眠状態の姉ちゃんと少しばかり一緒に過ごすことになった。


「……なんか、不思議な感じね」

「不思議?」


 姉ちゃんの元に戻った時、姉ちゃんは俺をジッと見つめながら口を開いた。

 不思議とは一体何なのかと疑問を持った俺に姉ちゃんは言葉を続けた。


「アンタのことは大切な弟としていつも信頼してるけど、今はいつもよりアンタのことが深く理解できるっていうか、こんなに優しく感じることが出来たかなって思ってるのよ」

「ふ~ん?」

「自分でも何を言っているのか分からない。でも一つだけ言えるのは……甲斐が私の弟で良かったってことかな?」

「……そいつは嬉しいこって」


 催眠に掛かっている状態だと姉ちゃんもいつもより少し変わるようだ。

 とはいえやっぱり姉ちゃんをこんな状態にさせたとしても茉莉たちに行ったことをしようとは思わないし、姉ちゃんの方も俺に対する気持ちはどこまで行っても家族に向ける親愛そのものだ。


「姉ちゃん、さっきの奴だけどたぶんもう大丈夫だ」

「本当に?」

「あぁ」

「そう……」


 姉ちゃんは俺をジッと見つめながらこう言葉を続けた。


「もしかして心配かけちゃった?」

「当たり前だろ。だってあいつ――」


 姉ちゃんに良からぬことをしようとした、そこまで口にしかけて俺はどうにか言葉を飲み込んだ。

 わざわざ姉ちゃんにそこまで言う必要はない、そう思ったのだが姉ちゃんはクスッと笑って俺の頭を撫でた。


「甲斐に心配を掛けさせたくはなかったし何よりパパとママもそうよ。何かしてくるくらいならやり返すくらいの気概はあったしね」

「姉ちゃんは男を舐めすぎだ。本当に何をするか分かんねえぞ?」


 何となくああいった男は執念深いというか、目的のためにはある程度の手段は厭わない気がしたのだ。

 姉ちゃんは俺の言葉に苦笑して最後にありがとうと言ってくれた。

 姉ちゃんからもらったお礼は嬉しかったし何かが起こる前で良かったと安心したのもあったけれど、やっぱりこの反則とも言える力で解決した俺のことをきっとズルいって思う人は居るんだろうな。


「なあなあ、今警察署の前で凄い人が居るぞ!」

「いきなり裸になって踊り始めたとか!」

「えぇ? 何それぇ……」


 どうやらちゃんと俺の言ったことを守ったらしい。

 その時点で俺は催眠アプリを止めたのだが、当然姉ちゃんも元に戻ったことで首を傾げていた。


「あれ……私何してた?」

「うん? 特に何もしてないと思うよ」

「そう?」


 ハッキリしない記憶だからこそそれとなく納得してもらうしかない。

 その後しばらく姉ちゃんの買い物に付き合い、大量の買い物袋を抱えて俺たちは店を出た。


「少し持つよ?」

「大丈夫だって。弟を信じなさい」


 これくらいの荷物なんて全然大丈夫だ。

 姉ちゃんはただでさえ小さいのであまり重たい荷物を持たせていると逆に俺が変な目で見られることにいい加減気付いてほしい、それこそ周りからしたら姉ちゃんは妹にしか見られないんだからな。


「なんか失礼なことを考えてない?」

「何も考えてないって」


 そして鋭い、流石俺の姉ちゃんである。

 ジッと俺を見つめていた姉ちゃんだったが、ポケットに入れていたスマホから着信を知らせる音楽が鳴り響いた。


「あ、ごめんね甲斐」

「良いよ」


 俺に謝って姉ちゃんはスマホに出たが、すぐに驚いた顔になっていた。

 傍に居たので俺にも電話の向こうの声がある程度聞こえていたのだが、どうやら毒島が仕出かしたことは既に結構な話題になっているらしい。

 まあ確かに裸になって警察署の前で踊ればかなりの話題性だし、何ならあいつが持っていた更なる爆弾に関しても公になったらもう元には戻れないだろう。


「そうなんだ……なるほどね。うん……うん」


 それから少しして電話は切れた。

 毒島の話を姉ちゃんは俺に聞かせるほどでもないと思っているのか、それ以降は特に話題に出ることはなかった。

 しかし……こうして姉ちゃんと一緒に居たからなのか、どうも俺たちのことが気になった存在が居たらしい。


「それで甲斐」

「うん?」

「さっきから聞こうと思ってたんだけど」

「うん」

「さっきからジッとこっちを見てる三人は知り合い?」

「……へ?」


 どういうことだと思ってそちらに目を向けると、俺にとってもはや他人というのには近すぎる距離の女の子が三人居た。


「……何してんだあいつら」


 そこに居たのは茉莉と絵夢、そして才華だった。

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