これで家でもイチャイチャできるぜぇ!

「それで、彼女たちは誰なの?」

「……あ~」


 姉ちゃんとの買い物も終わりになろうかといったところで、まさかの三人と遭遇してしまった。

 茉莉たちは俺と視線が合ったからか気まずそうに歩いてはきたものの、愛想笑いを浮かべるだけで何も話そうとはしない。

 ただ才華に至ってはほぼ無表情で少しばかり怖いのだが、取り合えず三人はどうしてここに居るのだろうかと思い声を掛けた。


「えっと……三人はどうしたんだ?」


 お互いに黙っていても仕方ないからな。

 まず俺の問いかけに答えてくれたのは茉莉だった。


「実は三人で買い物してたんだよ。そしたら甲斐君とそちらの人が一緒に居て……」


 どうやら尾行されたとかそういうものではなく偶然目に付いた感じだろうか。

 確かに以前に彼女たちは姉ちゃんと出会ったはずだけど、特に記憶が無さそうなのは催眠の影響かもしれない。


「そうだったのか。あ、この三人は――」


 そこで俺は姉ちゃんに簡単に説明した。

 茉莉と才華は同級生で絵夢は後輩、そう伝えると姉ちゃんは俺にこんな美人の知り合いが居たのかと驚きつつも、中々やるじゃんと笑っていた。


「そっちの人は誰なの?」

「……はい。気になります」


 一歩前に出た才華と絵夢がそう言った。

 別に隠すことでもないので俺は素直に姉ちゃんと口にしようとしたのだが、それを遮るように姉ちゃんが俺の腕を取った。


「ねえ甲斐、これからどうする?」

「何してんの?」


 俺の腕をそのぺったんこな胸元に抱いた姉ちゃんは更に身を寄せてきた。

 やっぱり姉ちゃんにこんなことをされても全くときめかない辺り、俺はどこまで行っても彼女の弟ということなんだろう。


「あ、もしかして妹さん?」

「違う」


 妹ではないな、なので否定すると茉莉と絵夢がポカンとした。


「……才華?」

「……………」


 そして更に才華の視線が鋭くなってしまった。

 まあそれも一瞬のことで才華の表情は元の無表情に戻ったのだが、それはそれでやっぱり怖いことに変わりはない。


「姉ちゃんだよ。今日は買い物に付き合ってたんだ」


 そう伝えた瞬間面白くないなと小突いてきた姉ちゃんとは別に、漂っていた冷たい空気は無くなり才華がニッコニコになるのだった。

 さて、こうして知り合ったとはいえ後はもう帰るだけだった。

 だというのにどうして俺が彼女たちと知り合うことになったのか、当然そこが気になった姉ちゃんが三人をお茶に誘った。


(……何だこの空間、なんでこんなことに?)


 明らかに女の子だけが入店を許されるような……というと偏見があるが、それくらいにお洒落な喫茶店に連れて行かれた。

 俺の隣に姉ちゃんが座り、向かい合うように茉莉たちが座っている。


「……え? 甲斐がそんなことを?」

「はい。知らないところでのことではあったんですけど、甲斐君が私のことを助けてくれたんです」


 これも当然と言うべきか、姉ちゃんが茉莉たちと会話をすると今まで知られていなかったことも知られてしまう。

 俺の欲望を満たすため結果的に三人を助けることになったわけだが、それを知った姉ちゃんはやっぱり信じられないような顔をしていたものの、すぐにどこか納得したように頷いていた。


「甲斐がねぇ……まあでも、ないとは思わなかったわ。正直自分でもどうしてそう思ったのか分からないけどね」

「……………」


 その小さな腕を伸ばすようにして俺の頭を姉ちゃんは撫でた。

 姉ちゃんだけでなく茉莉たちから向けられる視線も温かなもので、俺はしばらく何とも言えない羞恥に耐えることになるのだった。

 その後、それなりに良い時間だというのに姉ちゃんは茉莉たちと会話を続けた。

 俺はたまらなくなりトイレに向かったのだが、どうもあの空間に戻ることに気が引けてしまう。


「……まあ姉ちゃんってある意味コミュ力の塊だもんな。茉莉との相性は良さそうだし才華や絵夢に関しても可愛いって思ってるんだろうな」


 弟としてはあんな風に仲の良い様子を見せてくれることに関しては嬉しいことだ。


「いい加減戻るか、ウンコと思われるのも嫌だし」


 それから戻ってまた少し会話を楽しんでからお開きになった。

 店を出てからも茉莉や絵夢と楽し気に会話をする姉ちゃんを俺と才華は少し離れたところで見つめていた。


「都さん、凄く話しやすい人」

「そうか? そう言ってもらえると嬉しいよ」

「いつでも良いから遊びに来てとも言われた」

「……マジで?」

「うん。これでいつでも甲斐君に会える♪」


 まあ姉ちゃんならそれくらいのことは言いそうだったが……でもそうか。

 俺が彼女たちの家の方へ行くことはそれなりにあったのだが、こうなってくると彼女たちが逆に家に来ることへの理由が生まれることに。


「……ふへ」


 それはつまり、俺の部屋で色々なことが出来るということか!

 まあやることはそこまで変わりはしないのだが、慣れ親しんだ自分の家でというのもそれはそれで気分が乗るというものである。


「ねえ甲斐君」

「なんだぁ?」


 そんな風に良い気分だったからこそ、俺は気を抜いていたんだろう。

 どうしてそれを想像できなかった、そんな風に思ってしまう質問が才華から投げかけられて俺は思考を停止させた。


「甲斐君と都さんに会う前のことだけど、あの男の人に何をしたの?」

「……え?」


 その言葉に俺は完全に動きを止めてしまった。

 ゆっくりと才華の表情を見返したが、彼女はただジッと俺の言葉を待つように見つめ返してくるだけだ。

 才華の問いかけはおそらくあの場を見ていたことに対する言葉だろう。

 こう聞いてくる以上何をしたかの重要な部分は分からないみたいだが、それでも毒島が俺と話したところは見られていたわけだ。


「……なんてね。別に気にならないから良いんだけど」

「は?」


 クスッと笑って才華は俺の隣に並んだ。

 俺と共に姉ちゃんたちを見つめながら才華はこう言葉を続けた。


「そんなに詳しく見てたわけじゃないし、何よりあんな奴のことなんてどうでも良いしね。茉莉と絵夢も何が起きたかは知ってるけど、騒ぎを聞く感じ結構取り返しの付かないモノを持ってた犯罪者って認識」

「……そうか」


 確かにその通りではあるが……これはあのアプリを使っていたシーンは見られていないと考えて良さそうか?

 特に才華も俺を怪しんではいないみたいだし、取り敢えず俺は才華から追及が無かったことを安心した。


「甲斐君」

「……っ!?」


 まるでヌルリと彼女は俺の手に指を絡めた。

 つい最近まで地味子と呼ばれていた面影の一切を排し、その隠されていた美しい美貌を見せつけるように、そして何よりゆっくりと俺に言い聞かせるような甘い優しさで言葉を続けた。


「正しいこと、正しくないこと、その明確な線引きはその人次第……甲斐君のすることを私は否定しない。だから私は――」

「ちょっと、二人で何を話してるんですか?」


 気付けばそれなりに近い距離で才華と会話をしていたようだ。

 先ほども思ったが才華の甘い優しさを込めた言い聞かせるような言葉の数々、言い方は悪いがもう少しで飲み込まれそうだっただけに絵夢がこうして声を掛けてくれたことは助かった。


(……何だろうな。怖いってわけじゃないけど、才華は決して俺のやることを否定しないって言うか、どこまで行っても味方だと思わせる不思議な感覚だ)


 それに関しては茉莉と絵夢からも似たものを感じる……とは思ってる。

 その後、俺は三人と別れて姉ちゃんと共に家に帰った。


「……ほんと、どうしちゃったのかしらあいつ」

「あいつって?」


 姉ちゃんの呟きはおそらく毒島のことだ。

 明日か、或いは数日が経たないと毒島がどんな処遇を受けるかはちょっと分からないのでそれとなく姉ちゃんから話を聞く必要はありそうだ。

 俺の言葉に姉ちゃんは答えてくれた。


「一応ね? あいつは学科内でも結構嫌な噂って言うか、危ないから近づかない方が良いとは言われていたの」

「そうなの?」

「えぇ。本来ならこういうことを言うのはいけないとは思うけど……あいつが警察の世話になったというのは喜んじゃった」

「……そっか」


 姉ちゃんの安心した様子を見て俺もどこかホッとしたように息を吐いた。

 部屋に戻った俺はゆっくりとスマホを取り出し、改めて催眠アプリの画面を起動した。


「……本当にお前は凄い奴だな相棒。正義を語るわけでも良いことをしたって豪語するつもりもない。けどお前が居てくれて助かった。もしかしたら姉ちゃんに取り返しの付かない何かがあったかもしれないしな」


 アプリに対してお礼を言うなんて俺も馬鹿だなとは思う。

 それでもこの力があったからこそ、未然に事を防ぐ形で解決できたとも言えた。


「……?」


 しかし、そんな中俺はどうして以前に見た名前を繋ぐ線のことが気になった。

 そのページに飛ぶと俺の名前を繋ぐ線が幾つかあり、相変わらず三本の線が濃くピンクに輝いている。

 その三本ほどではないが新たに二本ほど太い線が増えており、それだけでなく黒くズタズタに切り裂かれたような線も増えていた。


「……だから何か説明してくれよ。めっちゃ怖いんだけど」


 結局、いつものようにこれが何なのかは分からなかった。

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