再会しちまったぜぇ帰って良いか?
「……俺で良かった……かぁ」
絵夢に言われた言葉がずっと脳内で木霊していた。
俺がこの催眠アプリに出会ったのは偶然だし、彼女たちに感謝されようと思ってこいつの力を使ったわけではない……何度も言っているけれど。
「なんか……嬉しい気分と複雑な気分だよな」
最初の内はただただ欲望に突き動かされるだけで良いと思っていた。
しかし今となってはこうして彼女たちに秘められた悩みであったり、心に抱えていた傷を知ったことで少しは手助けしたいと思っている。
本来の俺なら出来ないことでもこのアプリがあるからこそ、彼女たちを助ける何かしらのことが出来るからだ。
「なあ相棒、なんでお前は俺の元にやってきたんだ?」
ホーム画面に怪しくも堂々と居座る相棒に問いかけた。
しかし、当然のように相棒はただのアプリなので俺の問いかけに答えてくれることはなかった。
「甲斐~? ちょっと良い?」
「姉ちゃん? 良いよ」
そう返事をすると姉ちゃんが入ってきた。
相変わらず背も低ければ胸も小さくてとても大学生には見えない姉ちゃんだが、それを補って余るほどの可憐さを備えている。
「よっこらせっと」
ぴょんとジャンプするように姉ちゃんはベッドに飛んだ。
そうなると必然的にベッドの上で横になっていた俺の隣に姉ちゃんが来るわけだがやっぱり姉弟ということもあって何一つドキドキしない。
(……姉ちゃんには性的な意味での催眠も使う気一切起きねえもんな)
催眠系の漫画やアニメだと自分の家族すら性的対象にするものはあるが、流石に俺はそこまでハードなことは出来ない……というかしようとも思わない。
「んで? どうしたの?」
「う~ん、ちょっと気になるって言うか凄い夢を見たのよ」
「夢?」
姉ちゃんは頷いて教えてくれた。
「なんかアンタの周りに女の子が三人くらい居た夢?」
「……ふ~ん?」
それはおそらく俺が風邪で休んだ時のことだろうか。
あれから姉ちゃんは何も言ってこなかったので記憶に残っていないと思ったがどうも夢として変換されているらしい。
どうせ姉ちゃんのことだから俺がそんな風に女子にモテるなんてあり得ないなって笑いにでも来たんだろう。
「アンタがあんな風にモテるなんてあり得ないわ~」
「さよか」
ほらな、やっぱり俺の思った通り――。
「でも、アンタは凄く優しい子だからあり得そうでもあるって思ったわ」
「……え?」
姉ちゃんはポカンとした俺の顔がツボにハマったのかクスクスと笑った。
「そんなにおかしなこと言った? 実の姉に優しい弟って言われたら嬉しいでしょ」
それはまあ……うんと俺は頷く。
姉ちゃんはその小さな手を俺の頭に伸ばし、ガシガシととても優しいとは言えない強さで撫でてきた。
「ま、アンタに彼女が出来た時は紹介しなさい。どんな子か見てあげる」
「なんだよそれ……一体いつになることやら」
彼女は確かに欲しいとは思うが到底今の俺に出来るとは思えない。
そもそも彼女とかそういうのをすっ飛ばして催眠アプリを使っているので、今の状況で彼女なんか作っても逆に相手に悪い。
「……催眠アプリを使うの止められないんだけど」
「なんか言った?」
「なんでもね~」
何か隠し事をしていないかと姉ちゃんに色々聞かれたものの、何も話さない俺に痺れを切らした姉ちゃんは観念して部屋に戻った。
あそこまで信用されているというか、弟として想われているにも関わらず催眠アプリに手を染めてしまった俺を許してくれ姉ちゃん……でも何度だって言う。
「催眠アプリ止められないんだ」
とはいえ果たしてこれは催眠アプリを使うことに対してなのか、それとも催眠アプリを使う中で触れ合った彼女たちに対してなのか……まあ考えるまでもなく後者だろうなと俺は考えた。
「もしかしてそれを見越してなのか? だとしたらお前凄いな」
催眠アプリを通して彼女たちの体に夢中にさせる、ある意味悪魔のような力だ。
俺はしばらくジッと画面を見つめた後、ふとまたアプリについての説明がされているページを呼び出した。
「……やっぱり変わんねえ……うん?」
何も変化はない、そう思ったら僅かな変化があるのを見つけた。
そこは今まで確かに存在していなかった項目で、その場所を見ると俺の名前が刻まれていた。
「えっと……なんだこれ」
俺の名前が書かれている以外だともう一人、知らない誰かの名前があった。
「
その名前には当然心当たりはない。
まだタップすると先に続くようなので更に進んでみると、今度はその茂木という名前が中央にして表のようなものが現れた。
いくつか茂木の文字に繋がる線があるのだが、その線の全てがズタズタに引き裂かれるようになっていた。
「分かんねえけど……これもしかして俺もか?」
まさかと思って俺も自分の名前をタップするとその先に進めた。
先ほどのように中央に俺の名前が置かれており、その名前と繋がるようにいくつかの線があった。
「……??」
その線の先に何があるでもなくどこかに続いているだけだ。
ただ茂木のところで見たズタズタな線ではなく、ピンク色というちょっと怪しげな色で太かった。
まるで強固な繋がりを示すように三本の太いピンクの線が特に印象的だ。
何となくアニメや漫画でキャラの関係性を示す相関図に見えなくもないが、その線の先は全く見えないのでこれが何なのかは分からなかった。
「……相変わらず謎のアプリの中に謎の機能……うん、全てが謎だな」
そう呟き俺はスマホを置いた。
ちなみに茂木勝太という名前を念のため調べてみたが、やはりというべきか特に気になる検索結果は得られなかった。
「ま、良いか。ふわぁ~眠たいしもう寝るぜぇ」
明日は休日なので夜更かしでもしようと思ったがどうも無理そうだ。
俺は気になっていたことを一旦全て頭の外に放り出すようにして眠りに就くのだった。
そして翌日、気になるものを見たとはいえやはり俺はそこまで気にしておらずいつも通り街中に出掛けていた。
「あの漫画を買って……ヒトカラでも行くかぁ?」
友人二人を連れ出そうと思ったが二人ともまさかの用事があるとのことで、それならと俺は一人寂しくお出掛けだ。
漫画を買いに行ってから一人カラオケでも行くとして、後はどうしようかなと考えていた時俺は見つけた。
「……お、あれは」
俺の目の前に歩いている女性、それは以前に化粧品を落としたあの女性だった。
名前も知らずただの美人だなと思うしかない相手だが、あの出会いのせいかどうも俺はこの人に一泡吹かせてやりたい気持ちになっていた。
「……くくっ、飛んで火にいる夏の虫ってやつだ」
特に興味はないが思う存分好き勝手させてもらおうと思った直後、俺はどうしてスマホを手に取ることが出来なかった。
頭の中ではあの女に対し色々とやってやろうと思ったわけだが、何故か気分が乗らなかったのである。
「……ちっ」
俺は動きを止めたまま、あの女性が人並みに消えて行くのを黙って見ていた。
その背中が見えなくなったところで俺は舌打ちを打って目当ての本屋へと向かうのだが、同時に姉ちゃんの言葉が俺の中に蘇った。
『アンタは優しい子だもの』
優しい子だと、そう言われたことが何故か鮮明に蘇った。
あの女にやろうとしたことも茉莉たちにやろうとしたことも何一つ変わらないことのはずなのにどうして俺は……。
そんな風に考えながら歩いていたのがマズかったのだろう。
「きゃっ!?」
「え?」
ドンと誰かにぶつかってしまった。
俺の目の前で小さな悲鳴を上げて尻もちを付いた女性――彼女は銀の髪の間から見える青い瞳で俺を驚いた様子で見上げていた。
「……………」
まさかの出会いに俺はつい呆然としてしまった。
何故なら今ぶつかってしまった女性はかつて俺が好き勝手するのを諦めた百合カップルの片割れである染谷だったからだ。
「……って悪い。手を――」
相手が誰であれ考え事をしていた俺が今のは悪い。
だから早く助け起こして謝ろうと思い手を伸ばしたのだが、そこで俺は彼女の抱える心の傷を思い出して手を引っ込めてようとした……しかし、そんな俺の手を染谷は握り返した。
「ありがとう」
「……いや、俺が考え事をしていたせいなんだ悪い」
「そんなことないよ。私もちょっと考え事してたから」
手の平から感じるのはスベスベとした感触だ。
そう言えば普通に話したりする分には平気なんだったか、そう佐々木が言っていた気がするので俺はちょっと安心した。
「……………」
「……どうした?」
綺麗な青い瞳はまるで宝石のようで、その瞳に見つめられるとどこか吸い込まれそうな気さえしてくる。
一度俺が目を付けただけあり、やっぱり染谷の体はとても豊満で今すぐにでも催眠に掛けて物陰に連れ込みたい気分にさせてくるのだからエロい女だ。
「この前、助けてくれた……よね?」
「あん?」
「私と愛華がナンパされていた時のこと……私、覚えてるよ」
真っ直ぐに見つめてくる瞳は確信を秘めていた。
俺は適当にはぐらかして行ってしまおうと考えた矢先のこと、まるで示し合わせたように染谷のパートナーが現れた。
「お待たせフィアナ……ってあなたは」
そう、やってきたのは佐々木だった。
しかも彼女は驚いたように俺の手を握る染谷の顔を見ており、もしかしたら染谷が浮気を疑われるという修羅場なのではないかと訝しんだ。
しかし佐々木の視線にあるのは驚きだけで、特に怒っているようには見えないのでそうではないらしい。
(……何だろう、女の子二人に見つめられるこの空間ってこんなに辛かったか?)
茉莉たちとは全然違う種類の視線に、俺はどうしたものかと頭を悩ませるのだった。
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