これが彼女の心だぜぇ……うん?
その時、ハッキリとした意識を感じたのは初めてだった。
「……あ……甲斐君?」
ふと気づいた時、彼女は甲斐のことを膝枕していた。
自分の膝の上で気持ち良さそうな表情でリラックスしているその姿に、茉莉は困惑や驚きよりも純粋に嬉しさの方が強かった。
「……ふふ、可愛いなぁ。ねえ甲斐君、私の膝枕は気持ち良いかな?」
それはまるで全てを理解しているような問いかけだった。
しかし誤解がないように言うならば、彼女は決して先ほどまでの記憶をハッキリと覚えているわけでもないし理解しているわけでもない。
ただフワフワとした感覚の中でずっと甲斐の命令を聞き、彼の好きにさせていただけだ。
「……分からないなぁ。でも、この朧げな記憶と一致する感覚……ねえ甲斐君。私が夢の中で君と色々したことは嘘じゃないのかな? 私のおっぱいに甘える君は嘘じゃないんだよね?」
自分で何を言っているんだと苦笑しながらも茉莉は甲斐の頭を撫でる手を決して止めはしなかった。
「……ふんふんふ~ん♪」
少しでも甲斐がしっかりと眠れるように茉莉は鼻歌を口ずさむ。
茉莉の鼻歌が届いたのか口元がヒクヒクと動く甲斐の様子に更に機嫌を良くし、茉莉は今までのことをゆっくりと思い返した。
『最近はどうだ? 何もなかったか?』
いつもいつも脳裏に響く言葉がある。
その中でもずっと記憶に残り続け、茉莉の心を支えてくれる言葉はそれだった。
「あの声は甲斐君だよね間違いなく」
その声が甲斐のものであることはもう疑いようのない事実だろう。
だが催眠アプリと呼ばれる存在そのものを知らないため、自分が催眠状態であることの自覚は出来ないので結局は不思議な感覚でしかない。
それでもいつもいつも自分を心配してくれる言葉、そして求めてくれる声が彼の物であると直感が告げていた。
「甲斐君、君は何者なの? きっと話してはくれないんだろうけど、でも私はそれでも全然良い。ただ君の傍に居れるならそれで良い……君の傍に居れば私はもう自分を傷つけないから」
夢と現実のリンク、それはやはりハッキリしない。
それでも記憶に残り続ける甲斐との時間、そしてリアルでも行われる彼とのやり取りが茉莉の心を惹きつけて離さないのだ。
何をどうやって対処してくれたのか詳しいことは知らないまでも、甲斐が茉莉のことで何かをしたことは間違いなく、ずっと心配してくれているのも茉莉にとって彼の優しさを裏付ける理由になっている。
「甲斐君……私ね、これ以上ないほどに君が気になってる。ううん、気になってるどころじゃない。私ね、君の一部になりたいんだ」
分からないことがある? だから何だと茉莉は思っていた。
実を言うともう少しだけ、もう少し冷静になっていればいかに現状がおかしなことになっているのか違和感を持つだろう。
しかし今の彼女には催眠アプリの影響、そしてその影響が現実に侵食している中での甲斐からの気遣いのせいで完全に彼に対する警戒心はなくなっており、逆に彼に対する強い想いを抱くという結果になってしまっている。
「甲斐君さ、前に街中で偶然私の父と母に会ったよね?」
それは茉莉が甲斐に伝えていないことだが、友達と街中で遊び歩いていた時に出掛けていた両親と甲斐が出会っている瞬間を目撃したのだ。
会う約束などは当然しているはずもないので出会いは偶然だったはず、それでも茉莉にとってはどんな話をしているのか気になった。
『茉莉さん、最近はどうですか?』
彼は茉莉が居ないところでも気に掛けてくれていた……それが本当に嬉しくてたまらなかった。
その問いかけに対しあまり面識のないはずの両親が素直に答えていたのは良く分からなかったが、もはや両親の存在より遥かに甲斐の方が大切になっている茉莉にとってそんなものは些細な疑問だった。
「それに私だけじゃない。才華や絵夢ちゃんのことも助けたんだよね? 甲斐君、本当に正義の味方じゃん」
甲斐を通じて才華と絵夢のことを茉莉は知り友人となった。
二人とも甲斐に助けられたことで意気投合したのはもちろんだが、何よりも茉莉と同じく不思議な現象を目の当たりにしている部分も同じだった。
『その……先輩の声、とても安心するんです。それに……えっと、これ以上は恥ずかしくて言えません!』
『真崎君のことを不思議なくらいに心が求めるの。私ね、自分でも良く分からないくらい彼と一緒に居たいって思ってる』
本当に何が起きているのか気にはなる、それでも茉莉を含めて彼女たちも小さなことは気にしないという方針だ。
気にする必要がないほどに甲斐のことを信用しており、途方もないほどの大きな気持ちを彼に向けているからだ。
「……ふふっ」
一人で想像の中に浸っていた茉莉は小さく笑った。
すると甲斐が何やら寝言のようなものを呟いた。
「ま、茉莉ぃ……おっぱい……気持ちええ……」
「あ……もう甲斐君ったら。夢じゃなくても直接触ってくれればいいのに」
ぷくっと頬を茉莉は膨らませた。
夢の中の自分に嫉妬するのもまた新しい感覚であり、それだけ甲斐に惹かれていることの証拠でもあった。
「甲斐君、何が起こっているのか本当に分からない。でも私は甲斐君さえ居てくれればそれで良いの。それで……それだけで良いの」
だからいつでも私を使ってほしい、そう茉莉は締め括った。
理由なんて何でもいい、ただただ甲斐と過ごせる日々が続けばそれで良い……そしてフワフワとした感覚の中で彼に奉仕し、彼が喜んでくれるならそれでいい。
そう思えるほどに茉莉は……否、彼女だけでなく才華と絵夢もそれだけを望んでしまうほどに心は囚われていた。
この後いきなり教室に戻っていたことももう慣れてしまった。
それでもパニックになったりせず心は落ち着いており、逆に充実していたのはそこに甲斐が関わっていると感じていたからに他ならない。
そして時間は流れて放課後になり、あの感覚が再びやってきた。
「つうわけで催眠!」
「……あ♪」
頭がふんわりとした何かに包まれるようにボーっとしだし、茉莉は夢を見ているような感覚に強制的にされた。
目の前に居る甲斐が茉莉の手を取り、そのまま陰に連れ込んで胸を好きに揉んだりしながらキスさえもしてくる。
(好き……好き……好きなのぉ)
声は出ない、それでも何かを伝えているような感覚はあった。
その感覚の中で目の前に居る甲斐から伝わる言葉、そして体を触って喜んでくれていることが分かるとそれだけ茉莉は幸せだった。
何度だって言う、これは決して現実とは思えない感覚だ。
それでも目の前に居るのが甲斐だから、この嬉しさを齎してくれているのが甲斐だから、その一点のみが茉莉を安心させ幸せにしてくれる。
「ほんと、この柔らかさの前にはダメだ俺。赤ちゃんみたいに甘えちまう」
「昼も最高だったけどマジで飽きねえって。あぁヤバい、俺もう茉莉から離れられねえかも」
すんなりと脳内に侵入してくる言葉の数々に茉莉は体を震わせる。
甲斐という男の子が愛おしくて仕方なく、もっともっと求めてほしいと思うのも当然だしもっと求めたいというのも本音だった。
(こんな風に幸せな気持ちにさせた後、決まって君がくれる言葉は――)
そう、いつだって彼はこの後にくれる言葉がある。
「このおっぱい、守らないといけねえ。なあ茉莉、本当に何かあったらすぐに俺を頼れよな。何をしてでもお前を守ってやる。文字通り、悪魔的な力をどれだけ使ってでも守り抜いてやるぜ」
(……あぁ♪ うああああああああああああああっ!!♪♪)
変に自信を持った彼の言葉、それこそイキってると言われてもおかしくはない言葉の数々、それでも茉莉にとってこの言葉がどれだけ嬉しいことか。
そんな幸せの中での絶頂を通り越し、再び意識が戻ったのは家の中だ。
「……甲斐君?」
外に出て彼を探すが見つからない。
寂しい、寂しくて寂しくて心が張り裂けそうになってしまう。
「……ふふ、悪くないなぁ。この心が張り裂けそうな感じ、私が甲斐君から離れられなくなっているのを実感できる。心だけじゃない、体も全部が彼を求めてる。彼が居ないと生きられない体になってる♪」
普段の彼女を知っている者からすれば、今の彼女の表情を見た時きっと困惑を露にして別人かどうかを疑うだろう。
それだけ今の彼女の瞳は仄暗く、狂っている様子を見せつけていたからだ。
こうして彼女は……相坂茉莉は深淵へと歩を進めた。
しかし怖がることはない、何故なら彼女の隣には既に仲間が二人も居る。
「才華と絵夢ちゃんもこんな感じ、なのかな?」
既に連絡先も交換し共通の話題で盛り上がる二人のことを考え、クスッと茉莉は笑うのだった。
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