これは俺への罰だ……罰なんだ

「……やっべぇ」


 とある朝のこと、俺はボーっとする頭で呟いた。

 目が覚めてから妙に体が重いと思っていたのだが、もしかしたらと熱を測ったら普通に風邪だった。

 見間違いかと思って測りなおしても僅かに数字が変わるだけで変化はなく、俺は結局風邪ということで学校を休むことになった。


『ちゃんと安静にしておくこと、絶対よ? まあアンタは頑丈だからすぐに熱は引くと思うし、楽になったら出歩いてもゲームをしても良い。けどしんどい間は我慢しなさい』


 そんなありがたい言葉を姉ちゃんから受け取り、母さんと父さんにも安静にしろと釘を刺されてしまった。


「確かにしんどい……でも俺の下半身は元気なんだよなぁ」


 キャンプに行ったら十人くらいは入れそうなほどに大きくテントを張っている我が分身、どうやら性欲だけは風邪であっても打ち消せないようだ。

 これが今までと何も変わらないのならここまでではないはずなのに、今の俺は催眠アプリのおかげで茉莉たちの体の感触をダイレクトに知ってしまっているため、想像だけでなく思い出すだけでもとてつもなく興奮してしまうのだ。


「……はぁ、辛い。茉莉や本間、我妻に会いてえよ触りてえよ」


 会いたいだけならまだロマンチックなのにそれを台無しにしてしまう触りたい発言はもうお約束だ。

 昼にはおそらく熱は下がるだろうと母さんが簡単に料理を作って冷蔵庫に入れているとのことなので、取り敢えず今の俺に出来ることは大人しくして体調を治すことだけだ。


「……つっても眠れないわけで。ちょっとアプリの方を見てみるか」


 俺の人生を変えた催眠アプリ、初めて触った時から特に変化した形跡もなく今もずっと俺に力を貸してくれているアプリだ。


「……心の奥底に根付く憎悪……ねぇ」


 あれから何度も目にしてしまう注意書きだが、やはり憎悪という言葉がかなり強い言葉ということでちょっと気になっている。

 憎悪が膨れ上がった時にどうなるかまでは説明されていないが、もしかしたら催眠が憎悪によって打ち消され記憶を取り戻す、或いは効かなくなることを意味しているのではないか……そんなことを考えるようになった。


「うん?」


 しかしある程度読んでいると、以前にこんなことが書かれていたかと思わせるような文章がそこにはあった。


“催眠状態だからこそ、あなたの放つ言葉は全てダイレクトに対象の心に届き支配します。それがどのような感情を生むか、それは全てあなた次第”


「……ふむ」


 ダイレクトに心に届き支配する、それはつまり催眠下の相手に対して放つ言葉を抗うことは出来ず言うことを聞くしか出来ないってことだろうか。

 まあ今の段階でもこの催眠の力には大きな信頼を置くほどに実感していることだしこの文面も今更な内容だ。


「けどあれだよな。どういう範囲まで出来るのか、これをその内改めて実験っつうか試してみるのはありかもしれない」


 茉莉たちに催眠を掛ける他にも、彼女たちを傷つけた男たちにもある程度は使っているが……もう少しどの程度のことが出来るのか、これ以上にやれることはあるのか調べるのもありかもしれない。


「ま、今は十分満足してるからどうでもいいっちゃ良いんだが」


 よし、色々と考えていたら眠くなったきたぜ。

 ついでに頭痛も少ししてきたので大人しく眠ることにしよう。


「……おっぱい揉みてぇ」


 それが眠る前に発した俺の最後の言葉だった。

 さて、そのようにして学校でクラスメイトたちが勉強を頑張っているであろう中、しっかりと休息を取ることで休んだ俺は昼過ぎにはすっかり快復していた。

 頭痛もなくなり体の怠さもどこかへと吹き飛び、心配する必要はあるが走り回っても大丈夫だと思えるくらいだ。


「こうやって飯を作り置きしてもらうと家族の愛を感じるぜ……」


 母さんが作ってくれていた昼食を食べながら、俺は家族への感謝を口にしていた。

 しかしながら俺ももはやある意味大人の仲間入りを果たしているようなもの、催眠下の女の子に好き勝手しているような息子ではあるがこれからもよろしく!!


「ふぅ、ご馳走様!」


 腹も膨れて本格的に体調はバッチリだ。

 まあでもさっき姉ちゃんからやっぱり出歩いたりするなとお達しが来ていたので大人しくするか。


「もし万が一言いつけを破ったら怒られるからなぁ」


 姉ちゃんは基本的に優しい面倒見の良い人であるが、同時に怒るととても怖い人なので言いつけは守ることにする。

 その後、俺は寝ることもなく四時くらいまで時間を潰した。

 するとピンポンとインターホンの音が鳴った。


「客か? いや何か荷物でも来たのか?」


 平日のこの時間はまだ姉ちゃんもそうだし母さんも父さんも帰っていないので客は考えづらい、そうなると何か荷物が届いたくらいしか思いつかないが……取り敢えず俺は玄関に向かった。


「……え?」


 玄関に設置されたカメラから相手の姿が分かるのだが、俺はそれを見て驚きを露にした。


「嘘だろ? なんで三人が居るんだ?」


 玄関に居たのは三人の女子、茉莉と本間に我妻だったのだ。

 俺はしばらく呆然としていたが、先頭に立っていた茉莉が留守なのかと不安そうな顔をしたところで扉を開けた。


「あ、居た!」

「……良かった」

「先輩、大丈夫ですか?」

「……ダイジョウブダヨ?」


 えっと……何がどうなってるんですかね?

 取り敢えず意味が分からないからと中に入れないのも悪いと思い、俺は混乱する頭を無理やり納得させるように三人を招き入れた。

 部屋に入れるわけにもいかないので俺はリビングに三人を招き、取り敢えず簡単にお茶と菓子を用意した。


「ありがとう甲斐君」

「いや……えっと?」


 目を丸くする俺に三人が教えてくれた。

 まず俺の家の場所は晃と省吾に聞いて教えてもらったこと、そして後輩の本間が一緒に居たのは俺が学校に来ていないことに気付いたかららしい。


(……あ、そうだった)


 そういえば今日の昼休みは本間を呼び出しているんだった。

 催眠下とはいえ呼び出した俺が居ないのならおかしいと思うのか……それも新しい発見ではあったが、その後に俺を探す本間を見つけた我妻が事情を説明してこういう流れになったとのことだ。


「……なんで本間は俺を探してたんだ?」

「えっと、良く分かりませんけど……何となく探したい気分? でした。それで我妻先輩に出会って、休んでいることを聞かされて……あの、本当に体調は大丈夫なのですか?」

「……おう」


 本間だけでなく、茉莉や我妻も俺のことを心配してくれていたようだ。

 彼女たちが心配してくれていた間、反対に俺は彼女たちの裸を妄想していたことが最高に恥ずかしいと言うか申し訳ないと言うか……いや、それすらもスパイスか。


「……取り敢えずありがとな三人とも、まさか見舞いに来てくれるとは思わなかったわマジで」

「そうかな? 当然だと思うけど」

「うん。何もおかしくなんてない」

「むしろこのまま黙ってたら水臭いですよ?」


 俺、彼女たちの優しさに泣いてよろしいか?

 感動に打ち震えそうになった時、当然と言えば当然の疑問として俺が本間とどうやって知り合ったのかを茉莉が質問してきた。

 そのことに対し俺よりも先に本間が答えた。


「私、ストーカーに悩まされていたんです。でも先輩がそれを解決してくれて、私そのことがとても嬉しかったんです」

「そうだったんだ……ふふ、ここでも助けてたんだね?」


 ニコッと茉莉にそう言われて俺は照れ臭くなって下を向いた。

 とはいえ、いきなりの彼女たちの訪問に驚いたがこれは逆にチャンスというやつではないか? 俺が以前に口にした願望、三人一緒に色々と楽しんだり奉仕してもらうという夢の一歩に!


「三人とも、ちょっと来てくれるか?」


 そのまま俺は三人を部屋に連れてきた。

 どこか緊張した様子の三人だったが、俺は彼女たちが部屋に対してどのような感想を持とうが知ったことではない。

 今はただ、俺は欲望に従うのみだ。


「さあ三人とも、催眠のお時間だ」

「あ……♪」

「……っ♪」

「ご主……♪」


 ? いつもと少し様子が違うがまあいい。

 三人ともちゃんと催眠に掛かった証としてその瞳に光はなく、俺をただジッと見つめて命令を待つだけの人形と化した。


「一応体調は万全だけど移るのはマズいから今日は控えめに頼む――」


 そう言った瞬間、誰よりも早く本間が膝を突いて俺の腰に抱き着いた。


「ご主人様ぁ……寂しかったんです……寂しかったんですぅ」

「お、おい……っ!?」


 本間の行動に驚く間もなく、茉莉と我妻も両サイドから俺に抱き着いてきた。

 今までこんなことはなく、もしかしたら俺を拘束するつもりかと疑ったがやはりそうではない。

 もしかして……俺が少しでも学校に居ないことに寂しさを感じたとか?


「甲斐君……♪」

「真崎君♪」


 いや、そんな疑問は今はどうでも良いか。

 俺はその後、本間を中心とする形でこれでもかと気分を良くしてもらった。


「……ふぅ」


 賢者タイムとなった俺だが、俺は三人の体を抱きしめていた。

 両サイドから茉莉と我妻が抱き着き、正面から本間が抱き着くといういつか口にした願いは今実現された。


「よぉ、夢は諦めるんもんじゃねえ。世の男たち、名も知らぬみんなも諦めるんじゃねえぞ」


 そんな風にして三人の柔らかさと香りに包まれて幸せだった俺だが……その時、僅かに玄関が開く音を聞いた。


『ただいま~』

「……やっべ!?」


 今の声は姉ちゃんのものだ。

 俺がこの状況をどうにかするよりも早く、無情にも扉は開かれた。


 これは好き勝手してきた俺への罰なのかもしれない。

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