二つの分かれ道があるけど君はどっちだい?

「おい、飯だ」

「……置いとけよクソッタレ」


 それはどこかの刑務所だった。

 男一人しかいない個室の中、そっと置かれた食事に目を向けて不貞腐れた態度を取っている男……まあ刑務所に居るということで、このように態度が悪い人間も別に珍しいことではないのか見回りの人はそのまま背中を向けて歩いて行った。


「……なんで……なんでこの俺がこんな目に……っ!」


 質素なパンを齧りながら男はそう呟いた。


「催眠は……あのアプリは完璧じゃねえのかよ!!」


 男の口から飛び出した催眠とアプリ、それは正にタイムリーな言葉だった。

 そもそも彼がこの刑務所に居る理由は単純なもので、複数の女性に対する性的暴行という罪で捕まったのだ。

 捕まるはずがない、どれだけ酷いことをしてもバレるはずがない……そう思っていた男を裏切った結果が逮捕された今だ。


「途中までは良かったのに……なんであいつらは記憶が戻ったんだよ!」


 男のスマホにいつの間にかあった催眠アプリ、その力を使って男はとにかく欲望のままに突っ走った。

 正面から話しかけると嫌な顔をされるが、催眠下に落としてしまえば相手の女は自分の言いなりとなり何をしても許される……それをずっと彼は続けた。


「あいつもあいつも……あいつだって催眠状態だったはずなのに!」


 自分の命令に付き従うだけの人形へとなったはず、それでも最後は全く催眠が効かない状態となり自由を取り戻した女性たちの手によって男は通報された。

 警察に捕まった瞬間、男に向けられた視線の全てはとてつもない憎悪と嫌悪感を混ぜ合わせたような恐ろしい視線だったため、男も少しとはいえ彼女たちを恐れた。


「クソ……クソ……っ!」


 催眠アプリ、それは警察には伝わっていない。

 何故ならば彼のスマホには証拠に繋がる物は何も残ってはいなかった、その代わりにあられもない女性たちの姿を撮った写真が残っていたのが決め手だった。

 まあ複数の女性から一斉に通報されればそれだけで警察が動く案件となり、男は即座に捕まることになった。


「……へへ……へへへっ」


 とはいえ、何度だって思い出せるのが手を出した女たちの体だった。

 彼がターゲットにしたのは同年代の大人たち、その全てが彼氏持ちだったり旦那持ちだったりと様々で、彼はただただ彼女たちの体を好き勝手に蹂躙したのだ。

 そのことを思い起こして気持ちの悪い笑みを浮かべ、今日もまた男は妄想の中に浸って一日を終える。

 どうすればもっと上手く出来たのか、バレなかったのかともう取り返せない日々を想像しながら彼は歪に笑うのだった。







「姉ちゃん、ゴミ捨てて来るけど溜まってない?」

「あ、ちょっと待って」


 朝、姉ちゃんの部屋の前で声を掛けると中でゴソゴソと音がした。

 必死に何かを詰めるような音に俺が苦笑していると、しばらくして扉が開き大きなゴミ袋を手に姉ちゃんが現れた。


「私も一緒に行くわよ?」

「良いよ別に。こういう時は男を頼りなって」

「そう? それじゃあお願いするわ」

「うい~」


 姉ちゃんからゴミ袋を受け取り、台所や他の場所にも置かれていたゴミ袋を持てる限り持って外に出た。

 うちの家ではゴミ捨て係などを決めているわけではないが、基本的に気が付いた時に俺は率先してこういうことはしている。


「あ、おはよう」

「おはようございます」


 ゴミ捨て場に行くと近所に住んでいるお姉さんと鉢合わせした。

 長い黒髪をサイドテールにしており、左目に伝うように赤いメッシュが入っている中々ロックなお姉さんだ。

 暑い時期ということで薄いシャツ一枚にホットパンツという何ともエッチな姿を披露する彼女は近所に住む近衛このえ那由なゆという女性だ。


「……やっべ」


 マズイマズイ、朝からこんな至近距離でエッチなお姉さんを見てしまうと色々と元気になってしまいそうだ。

 この人とはそこまで出会う頻度があるわけではなく、こうして偶然顔を合わせるくらいでしか話はしない。


「そんなにいっぱい持って大変だね? 誰も手伝ってくれないの?」

「いやぁこれくらい余裕ですよ。というか俺が率先してやってるんで、全然大変とかないですよ」

「そうなのね。君は良い子だ」


 よしよしと手を伸ばして頭を撫でられた。

 彼女は確か二十三歳ということで俺よりも遥かに大人なわけだが、それもあって子供にしか見られていないんだろう。

 年上のエッチで美人なお姉さんにこうされるのは凄く嬉しいのだが、これは俺に催眠アプリを使ってくれという認識でよろしいか?


「チラチラおっぱいを見るのはどうかと思うけど」

「っ……ごめんなさい」

「あはは♪ 謝らなくても良いさ。こんな谷間が見える服を着てる時点で見られても文句は言えないって」


 そう言ってヒラヒラと手を振りながら近衛さんは俺に背中を向けた。

 お尻をフリフリと振るような色気ある歩き方についつい夢中になるのだが、やはりエッチなお姉さんというのは良いモノである。


「姉ちゃんには欠片も色気がないからなぁ……」


 おっと、こういうことを考えると姉ちゃんは無駄に勘が鋭いので勘付かれそうだ。


「……近衛さんか」


 年上のお姉さん……アリだな!

 俺は見られたら引かれそうなほどに邪悪な笑みを浮かべ、彼女の後姿をバッチリと脳裏に刻んで家に戻った。


「ねえ、なんか変な感じがしたんだけど私の噂でもした?」

「何を言っているんだい?」


 この姉怖すぎ冗談じゃねえぞ。

 朝食の時もジッと見つめてくる姉ちゃんの視線に得体の知れない恐怖を感じつつ、俺はサッと朝食を済ませて家を出た。

 一人で学校に向かう中、俺は昨日のことを思い返した。


「佐々木と染谷に関しては勿体ない気もしたけど、その後の我妻が可愛かったな。まさか約束だよって言われるとは思わなかったが、まあこれが記憶に残ってないんだからロマンも欠片もねえぜ」


 美人お嬢様二人に関しては一旦忘れるとして、俺の頭の中には早く昼休みになって我妻と一緒に過ごしたい気持ちしかなかった。

 催眠状態の彼女たちの体に溺れるというか、あの感触からしばらく離れると禁断症状が起きそうでちょっと怖い。


「まあそれは冗談だけどさ」


 もしそうならどんだけだよと苦笑してしまう。

 我妻とのことを妄想しながら歩いていると、ちょうど通学路の途中にあるコンビニで見知った顔を目撃した。


「あ」

「え?」


 ちょうど出てきたのは茉莉だった。

 彼女は一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 その時にブルンブルンと震える巨乳を見た瞬間、近衛さんの言葉を思い出してしまいスッと目を逸らしてしまった。


「おはよう甲斐君」

「おはよう茉莉」


 思えばこうして朝に通学途中で出会うのは初めてか……えっと、この場合は先に行っていいのかな?

 挨拶も終えたということでそのまま俺が歩き出すと、彼女は何も言わずに俺の隣に並んで歩き出した。


「あ、一緒に行く感じだ?」

「そうだよ? いいよね?」

「おう」


 断る理由もないし、美少女との通学は願ったり叶ったりだ。

 昨日見たテレビは何だの、友人とはこんな風に過ごしているなど陽キャ特有のマシンガントークを俺はただ聞くだけなのだが、こうやって話題を提供してもらった方が変に意識しなくて済むので助かる。


「それでね? あの時は――」


 彼女の話に相槌を打ちながら、俺はふと茉莉の腕を見た。

 少し前まであった傷跡はちゃんと薄くなっており、あれから自分の体を傷つけていないことの証明になっている。

 茉莉の心を覆っていた不安というのはやはり元カレと家族とのすれ違いがハッキリしたことで、本当にもう茉莉に関して心配する必要はなさそうだ。


「甲斐君?」

「え? あ、あぁ悪い」


 ジッと見過ぎたみたいだ。

 俺が腕を見ていたことは気付いていたようで、茉莉は苦笑しながら自身の腕を撫でて言葉を続けた。


「もう大丈夫だよ。本当に毎日が充実してるし、もう新しい心の拠り所が出来たから大丈夫なの」

「そうか。なら良かったぜ」

「……その拠り所がなくなってしまったら死にたいとは思うけどね」

「物騒なことを言うんじゃねえよ」


 死にたいって酷くなってるじゃねえかと俺はツッコミを入れた。

 それもそうだねと笑った茉莉を見て俺は本当に大丈夫かよと不安になったが、そんな気持ちを抱きながらも俺の中の悪い悪魔が囁いた。


『今日は二人一緒にやろうぜ?』


 悪魔の問いかけに俺は頷いた。

 俺は即座に催眠アプリを起動し、隣を歩く相坂を催眠に落として命令した。

 同時に掛けることは出来ないものの時間差における催眠は可能らしいのでこういった応用も出来るのだ。


「相坂、今日の昼休みに空き教室に来い。我妻と一緒に俺を満足させてくれ」

「うん分かった絶対に行くからね約束だからね?」

「お、おう……なんだよそんなに欲しいのかぁ?」


 今の俺、めっちゃ悪い顔してるわ。

 絶対に逆らえない彼女にほくそ笑みつつ、こうして時間を置いての催眠を掛けることには成功した。

 ここが朝っぱらでなければその胸を堪能するんだが、生憎と周りの目が邪魔で仕方ない。


「あぁそれと」

「なに?」


 これは言っておかないといけなかった。


「冗談でも死にたいとか言うんじゃねえぞ? しっかりと胸に刻んでおけ、お前はもう俺を楽しませてくれる女の一人なんだ。勝手に居なくなることは許さん」

「っ……わか……った」

「これからも俺に奉仕するんだ。分かったな?」


 そう告げて俺は催眠アプリを閉じた。

 元に戻った茉莉はしばらくボーっとした様子だったが、すぐに元に戻って機嫌良さそうに鼻歌を口ずさみ始めた。

 その後、茉莉と一緒に登校したということでついに休み時間に奴らは動いた。


「おい、ちょっと来いよ」

「嫌だ。帰れ」


 奴らは鞄を持って帰宅した。

 催眠アプリ、やっぱり最強だ。

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