相坂、お前は良い女だぜぇ!!

「……さてと、取り敢えず名前と写真はゲットか」


 俺は自室のベッドに横になりながらスマホの画面を見ていた。

 画面に映るのは我妻と彼女の父と母が写っているもので、別に家の近くで待ち伏せをしていても良いのだが顔を知っているのと知らないでは変わってくるからだ。


「しっかし虐待ねぇ。ニュースでも色々と取り上げられたりしてるけど、本当に社会問題の一つだよなぁ」


 学生の子供に対してもそうだが、産まれたばかりの赤ちゃんに暴力を振るって死なせてしまう事例なども最近は良く見る。

 やっぱり俺にとっては違う世界の話のように聞こえてしまうが、現に身近で我妻が暴力を振るわれている。


「……催眠状態とはいえ、あんな風に涙を流した女の子を見るとどうにかしてやりたいって思うもんな」


 あいつがどうなっても構わない、その体さえ楽しめれば後はどうでも良い……そんな風に割り切れたらどれだけ楽なんだろうか、俺は少なくとも流石にそこまでの外道にはなれないようだ。


「我妻の祖父母が彼女を大切にしているのだとしたら、きっと我妻の味方をしてくれると俺は思っている。そうならないならまた力技に出るしかないだろうけど、まずは我妻をあの環境から救わないとだ」


 一応流れは頭の中で考えている。

 催眠状態の彼女に滅多なことはするなと言い聞かせたものの、だからといってこれ以上の我慢をさせるつもりは毛頭ない。

 我妻から祖父母の住所も聞いたので準備は万端、後は明日やることをやって明後日に全部託す……幸いに土曜で休日だしちょうどいい。


「よし、トイレ行って寝るかぁ」


 ベッドから降りてトイレに向かった。

 トイレから出るとちょうど傍に用があったのか父さんとすれ違った。


「……なあ父さん」

「どうした?」


 中小企業の社員として働くうちの父さん、決して高給取りというわけではないが家族のことを本当に大切にしている。

 四十代に入って髪の毛が色々と悲しいことになっているが、それでも俺を含め母さんも姉ちゃんのことも本当に愛してくれていた。


「父さんは自分の子供に暴力を振るう親のことをどう思う?」

「いきなりどうした? ……まぁそうだな。最低だとは思っている。暴力を振るうということは何かしら心に抱えるものがあるのかもしれんが、親として一番守らないといけない存在を傷つけるのは俺からしたら考えられん」


 やっぱり父さんならこういうことを言うと思っていた。

 俺がどうしてそんな質問をしたのか父さんは首を傾げていたが、その後にそんな父さんが好きだぜと伝えると何を言ってるんだと笑ったが照れていたのは分かった。


「……ふぅ、よし頑張るかぁ!」


 これは大変気持ち良く眠れそうだとベッドの入った俺だが、どうして寝ようとすると脳裏に次から次へと俺が手を出した女子三人の裸体が思い起こされる。

 相坂や本間、今日手を出した我妻の体が鮮明に蘇るのだ。


「……ったく、完全に猿じゃねえかよ!!」


 その後、少しだけやることをやった俺は今度こそ眠りに就いた。

 そして翌日、俺はいつもより早く学校に登校したのだが、それは我妻の様子を確認するためである。


「あれ、真崎君どうしたの?」

「……おう相坂」

「おはよう」

「おはよう」


 廊下で壁に背中を預ける俺の元に登校してきた相坂が声を掛けてきた。

 彼女とはこうして顔を合わせれば会話をすることも増えてきたが、当然彼女の記憶に俺が色々と好き勝手していることは残っていない。

 また今日も昼休みに使わせてもらうぜと心の中でニタニタする俺だったが、どうやら相坂はこうしてここに居る俺のことが気になるらしい。


「何をしてるの?」

「いや、何でもない。ちょっとな」

「ちょっと?」

「あぁ」


 首を傾げる相坂は何を思ったのか俺の隣に並んで同じように壁に背中を預けた。


「何してんの?」

「う~ん? 別に、私もちょっと……ね?」


 何がちょっとだよその舌をペロッと出す仕草可愛いじゃねえかおい。

 絶対に昼休みにまたその豊満な胸を揉みしだいてやると固く決意し、俺は相坂と話をしながら我妻を待った。


「それで昨日はカラオケで――」

「ほ~ん……あ」

「?」


 相坂と世間話をしていた時、やっと我妻が姿を見せた。

 相変わらず目元が髪の毛で隠れており、やっぱり纏う雰囲気は暗いものがある……のだが、昨日に比べて少しだけ違うようにも見えたのだ。

 猫背で背中はいつも曲がっていたが、若干背筋をピンとしてしっかりと前を見据えて彼女は歩いていた。


「我妻さんがどうかしたの?」

「……いや、いつもと雰囲気が違うなって思ったんだよ」

「あぁそういうこと。確かに今日はちょっと違うかも?」


 相坂は俺と違って隣のクラスにも友人は多いみたいだし、休み時間などで隣に遊びに行った時に我妻を見たことがあるからこその言葉だろうか。


「……………」


 我妻は虐待、そして相坂も家族といざこざがあったことに関しては同じなのでもしかしたらと思って俺は聞いてみた。


「なあ相坂、ちょい頼みがあるんだけど良いか?」

「え? 何々?」


 興味津々と言った様子で彼女は俺に顔を寄せてきた。

 これから俺が口にする頼みは突然のことで彼女はきっと困惑するだろうが、もしも良い返事をもらえそうになければ催眠を掛けて有耶無耶にするか。


「絶対に他言しないでもらいたいんだが」

「うん」

「俺は、我妻が父親から虐待をされている事実を知った」

「……マジなの?」

「あぁ」


 やはり家族の問題に関しては相坂にとっても身近な問題だったことなので、信じないよりも先に我妻に対する心配の感情が強いようだった。

 これはいけるかもしれないと、俺はこんな提案を相坂に持ち掛けた。


「我妻に対して俺も何か出来ないかと思ってるんだが、最低でも土曜日の明日まで掛かりそうなんだ。だから良かったら相坂、今日だけでも我妻をお前の家に泊めてやってくれないか?」

「全然良いよ」

「……俺が言うのもあれなんだが、突然だけど良いのか?」


 あまりにも速く俺の望んだ答えが返ってきたので驚いた。

 良いのかと問いかけると相坂はもちろんと頷いた。


「凄く驚いてはいるんだよ? でも真崎君が凄く真剣だったからきっと嘘じゃないんだろうなって思ったの。我妻さんと友達……ってわけじゃないんだよね?」

「まあな。あっちは知ってても名前くらいじゃね?」

「そっか。それなら逆に凄くない? 特に親しくもない同級生の為にそこまでやろうと出来る姿とても尊敬するよ。かっこいいよ真崎君」

「っ……そうか」

「うん♪」


 その後、不思議なことに相坂はどうやって虐待の事実を知ったのか、他にも聞きたいことはあるはずなのに一切のことを俺に聞くことはなかった。

 彼女はただ一言、俺のことが信じられるからだと言う。


「お前騙されやすいぞきっと」

「失礼だなぁ。私は勘に従っているだけ、はきっと嘘を吐かないって」


 なんだよ俺の声って……まあでも、そこまで信頼してもらえていること自体は大変嬉しいことだ。

 相坂、ご褒美にまたぶっかけ……コホン、浴びさせてやるぜ。


「取り敢えず俺から聞いたってのは伝えないでくれ、それから虐待されているのかってストレートに聞くのもなしだ」

「分かってる」

「それでも彼女と過ごして知ることの出来る瞬間があったら寄り添ってあげてくれ」

「おっけー」


 本当に良いやつ過ぎるだろ相坂。

 取り敢えずこれで我妻が家族と顔を合わせることはなくなりそうだが、問題はそうするために彼女をどうやって相坂の家に泊まらせるかだが……その点については問題ないらしい。


「私のコミュ力を舐めないでほしいな。ちょっと嘘は入れるかもしれないけど、何とか我妻さんを誘ってみせるから安心して?」

「頼んだぜ」


 よし、これで後は俺が動くだけだ。

 ちなみに警察や児相といった手段も考えたのだが、昨今色々と信用の無い話を聞くし何より、確認のために電話をされたところで否定されて更に虐待が酷くなる可能性もあった。

 催眠状態の我妻は嘘を吐けないため、確実にそこには虐待が行われているのだがそれは証拠とは呼べない……だからこそ俺は今日それを確実なものとする。


「……やっぱり夢で……心地……声だな」

「なんか言ったか?」

「何でもな~い。それじゃあ後は任せてね」

「おう」


 これで気にしないといけない懸念はなくなったと見て良い。

 そうして恐ろしいほどに早く時間は流れ、待ちに待ったと放課後がやってきた。


「茉莉~? 今日はどうする~?」

「あ、ごっめ~ん! 今日はちょっと用事があるの!」

「そう? 分かった」

「また誘ってね~!」


 そんなやり取りを聞いた後、俺はすぐに学校を出て家に戻った。

 そして準備を終えて我妻の家に向かい、父親が帰って来るのを俺は待った。


「我妻が帰ってこないってことは上手く行ったみたいだな」


 改めて相坂に礼を心の中で呟き……そして本命が姿を現した。


「誰だ君は。どうしてこの家の前に居るんだ?」


 スーツ姿に身を包んだ男性……彼が我妻の父親だ。

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