なるほど、こいつは重症だな!!
“この催眠アプリは主に個人のみを対象にしたものです。一人に催眠が掛かった状態でもう一人に掛けることは出来ず、そうした場合は予め催眠に掛かっていた相手は正気に戻ります。ただし、同時に複数を前にした場合であれば催眠は有効です”
「……居たな」
本間の家から静かに外に出たのだが、あのストーカーと思われる男はまだ電柱の陰に隠れていた。
奴の姿は俺が本間に好き勝手する前からなので、大よそ一時間くらい奴はずっとあの場に居ることになる。
「普通に不審者じゃねえか」
あれで通報されないのが不思議である。
少しだけ詳しく本間に聞いたのだが、本間はあの男に憶えはなくどこで知り合ったかも記憶にないらしい。
流石に毎日ああやって姿を見せるわけではないらしいが、一度姿を見せれば六時くらいまであそこに居座ることもあるのだとか。
「ま、流石に変態的思考を持っていてもストーカーは無理だったか」
俺はそんな当たり前のことを考えて苦笑した。
さてと、それじゃあ約束通りストーカーとのご対面としゃれ込むことにしよう。
「おい」
「っ!?」
電柱の陰に隠れていた男に俺は声を掛けた。
奴はビクッと肩を震わせて俺の方へを体を向けた。
「お、お前は!!」
そしてすぐに俺を見つめる視線は鋭いものへと変化した。
まるで親の仇を見るような強い視線に、俺自身奴に因縁はないはずだがと思ったがおそらくは本間関係だろうか。
その男は俺よりも若干年上くらいか、髪型はボサボサで眼鏡を掛けており……まあなんだろうな、漫画とかで見る典型的なストーカーだった。
「お前! 僕の絵夢ちゃんとどういう関係だ!!」
「……………」
あまりにもあまりすぎるテンプレな台詞に俺はポカンとしてしまった。
呆然としている俺を見て奴は勢いで押せていると思ったのか、更に強く言葉を続けていく。
「あの子は僕に手を差し伸べてくれたんだ! 大学のサークルで揶揄われて泣いていた僕にあの子は大丈夫ですかと声を掛けてくれたんだ!」
「……おいおい、まさかそんなことで――」
「そんなことじゃない! あの子は僕に気があるから心配してくれているんだ! 僕の絵夢ちゃんにこれ以上近づくなクソ野郎!!」
なるほど、こいつは重症だな。
まあ良い歳した大学生が泣きながら街を歩いていたら声を掛けるかもしれないが、流石にちょっと本間の行動は悪手だった。
漫画やアニメならそこから始まる恋もあるだろうが、彼女が声を掛けたのは最悪の勘違い野郎だったわけだ。
「アンタ、自分がストーカーって自覚あるか?」
「ストーカーだと!? あんな屑どもと一緒にするな!!」
おーけい、こいつはもうダメらしい。
取り敢えずこれ以上相手してもこいつは話を聞きはしないだろうし、何より俺という存在が現れたことで本格的に本間に手を出すことも考えられる。
「取り敢えず催眠に掛かってもろて」
「なにを――」
俺はスマホを取り出した。
画面を見てまだ本間に催眠を掛けていた途中だったことに気付き、俺は催眠を解除して再び男に対して発動させた。
男はすぐに静かになり、その虚ろな目を俺に対して向けている。
「男に見つめられる趣味はないんでな。取り敢えず……う~ん」
とはいえどんな風に対処をすれば良いのだろうか。
ストーカーともなると下手に刺激すれば更に大それた行動に出そうだし、以前の相坂関連のようなことをやらせて本間のことを考える暇すら与えられないようにするのが良いか……むむむ。
「一応確認しとくか。アンタがさっき言ったことは全部嘘じゃないな?」
「あぁ」
「勝手な思い込みで本間にストーカーしている、間違いはないな?」
「思い込みなんかじゃない、僕は本気だ」
大したもんだと俺は苦笑した。
取り敢えず俺はアプリの画面を呼び出し、どんなことが出来るかと改めて目を通した。
以前見たモノと同じで基本的に命令を下せるというものと、人格そのものを変化させたりといった力技は出来ないようだ。
「ま、色々と考えるのは疲れるな。本間の写真とか撮ってるのか?」
「もちろんだ。部屋の中に飾ってあるし、干してあった下着も盗った」
「……………」
やることやりまくってるじゃねえかこいつ。
もしかしたらと思って俺は男が抱えていた鞄の中を見てみると、中から出てきたのは本間が写っている写真の数々とブラジャーだった。
「どうやって盗ったのかは置いておくとして、取り合えず今から警察に行けや」
「分かった」
まあ犯罪を犯したという現実を突き付けられれば気持ちも変わるだろう。
大学生活などは終わりを迎えるかもしれないが、その辺りのことは外道の俺の知ったことではない。
女の子に寄り付くストーカーを撃退する、それは正しく正義の行いだ。
でも、俺は正義の味方なんかじゃないんだなこれが。
「お前よりひでえことやってるよ俺は」
そう呟き、俺は歩き出した男の背に付いていくのだった。
「……?」
その時、ふと背後から視線を感じて振り返ったが誰も居なかった。
俺は気のせいかと首を傾げ、男がちゃんと警察署に入っていくのを確認するまで見届けるのだった。
自分がどんなことをしたのか、どんなことをさっきまでしていたのか、それを全て白状するように命令したので後は警察が動いてくれるだろう。
「……あ、電池切れた」
ちょうどいいタイミングでスマホの電源が切れていた。
これまで何度も使ってきた催眠アプリだが、画質の良いアプリゲームをやる程度には発熱するし電池の消費が激しいのも発見したことだ。
「こいつを使ってる時に電池切れとか怖くて想像出来ねえ……」
「何がですか?」
「いや、スマホの充電が……?」
待て、俺は今誰と会話をしている?
聞き馴染みがあるといえばあるが、それは先ほどまでの甘い嬌声である。
「……なんで」
俺の後ろに居たのは本間だった。
一応家から出る前に服は整えさせたし、彼女自身で濡らした体の部分は簡単にふき取る程度だったが、一応痕跡は消せたはずだ。
まあ彼女からすれば催眠状態ということもあって、俺のことは一切記憶には残っていない……と思う。
「その……たぶん寝てしまったのだと思うのですが、目を覚まして外を見たら先輩とあの男が一緒に居て」
「……………」
なるほど、目を覚ましたというのはちょうど催眠対象を切り替えた時か。
もしかしたらあの男と俺がグルではないか、そんな風に思われているのだとしたらちょっとやるせないがそうではないらしい。
「先輩が何かを話したらあの男はそのまま警察署に向かって……もしかして、私がストーカーされていることを知っていたのですか?」
「いいや? ちょい用事があってあの近くに居たんだが、ちょうど奴が石かなんかを踏んで転げてな。その拍子に鞄から本間を撮った写真が大量に出てきた」
「っ……そうだったんですか」
息を吸うように嘘を吐いてしまったが、俺も面の皮が厚くなったなと逆に感心してしまうほどだ。
「ついでに下着も出てきたんだが、気付かないうちに盗られたみたいだな」
「あ……確かに一着ないなとは思ったんです。知らないうちにどこかに仕舞ったか隠れてるのかなって思いましたけど」
よしよし、本間は俺に対して疑いは一切持っていないようだ。
実はこの場で彼女を催眠に掛けて逃げようかと思ったが、生憎と電池がなくなったのでアプリの力は使えない。
もしもこの状態で怪しまれたのだとしたら誤魔化しきれるか分からない、そんな不安を表すように今もなお心臓はバクバクと鼓動している。
「偶然と偶然が重なったみたいだな。良かった良かった」
あははと笑い俺は本間に背中を向けた。
「あ、待ってください先輩! その、お礼を……」
「要らねえよ。既にたくさんもらってるぜ」
「??」
俺は外道、礼なんざされるような人間じゃねえんだ。
どこまでもクールに去るのが今の俺ってもんだ。
「暗いから気を付けて帰れよ~? また別のストーカーに目を付けられたりするなよなぁ~?」
「っ……分かっています。ありがとうございました先輩」
ヒラヒラと手を振って俺は本間と別れた。
そう、礼なんて要らないのだ……何故ならこれから先も俺は本間で好き勝手するつもりなのだから。
「……それにしても催眠状態でも凄い声出すんだな。これは親御さんたちが居ない時じゃないと危ないわ」
本間にしたことを想像し、俺は家に帰るまでずっと含み笑いを浮かべるのだった。
「にしてもやっぱり俺の体は現実、ちゃんと萎えってあるんだよな……」
催眠アプリの効果は強力だが、俺の体は漫画などに出てくる催眠野郎のように何発も行けるって気はしなかった。
俺が賢者からランクアップ出来る日は来るのだろうか……。
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