ついにやっちまったぜぇ!

「……………」

「甲斐?」

「どうしたんだ?」

「……はっ!?」


 晃と省吾に名前を呼ばれて俺は我に返った。


「……何でもねえ」

「??」

「昨日とは打って変わってんな」


 そりゃそうなると声を大にして言いたいほどだ。

 昨日の放課後、俺は本間に催眠を掛けて彼女の家に上がり込んだ。

 その目的は当然エッチなことをぐへへと言いながらやるつもりだったのだが、まさかの彼女に秘められた秘密を知ってしまい逆に怖くなってしまった。


「……くそっ」


 正直、何をやってんだと俺自身をぶん殴りたかった。

 エロいことをしたくて彼女を催眠に掛けたのに、しかも彼女の抱える性癖というか秘密は寧ろ逆にやらないとダメだろう俺!!


「……いや、もう一日経って落ち着いている。今日こそはやる」


 一応彼女の裸とその性癖を披露する姿を想像して色々と頑張るほどには興奮を覚えたのも確かだ。

 上も下も初めて俺は映像越しではないリアルの姿を垣間見た。

 あんな色だったんだなとか、あんな風になっているんだなとこれでもかと記憶に刻み込まれている。


「……ふへ」


 あのような性癖をカミングアウトされたとしても、よくよく考えれば本間は紛うことなき美少女である。

 逆にその性癖が興奮すると思えば……行けるじゃねえかベイベー。

 そんな風にいやらしいことを考えていた俺だったが、まさかの相手から声を掛けられて思考が停止した。


「真崎君、ちょっと良い?」

「……ほへっ?」


 間抜けな返事をしてしまった俺は声の主に目を向けた。


「……相坂?」


 そう、俺に声を掛けてきたのは相坂だった。

 あれから催眠に掛けてその豊かな胸に癒される日々を送っているだけに、こうして俺の呼びかけ無しに声を掛けられるというのはビックリした。


「……まさか」


 催眠のことがバレた? そんな不安を抱えたが彼女の顔を見るにそうではなさそうだった。


「ほら、あれ」

「あれ?」


 相坂が指を差した方向は黒板、そこには今日の日直の名前が書かれていた。

 書かれていた名前は俺と相坂の名前だったので、俺はあぁっと納得したように頷いた。


「そうか日直だったのか。悪い相坂、すぐに行くよ」

「うん」


 うちの学校は基本的にまず朝に日誌を職員室に取りに行かなければいけない。

 別に行かなくても担任が持ってきてくれるので特に問題はないが、それでもそういう決まりがある以上はやったほうが良いだろう。


「真崎君と日直をやるのは初めてかな?」


 そうだなと俺は頷いた。

 言葉数少なめに職員室に向かい、担任から日誌を受け取って教室に戻るその途中で何とも不思議なことを相坂に問いかけられた。


「ねえ真崎君」

「なんだ?」

「真崎君の声って良く落ち着くとか言われない?」

「言われない」

「……あはは、そっか」


 俺の声が落ち着くだって? 一体何をどうしてそう思ったのか聞きたいところだ。

 相坂に目を向けると彼女はクスッと笑って言葉を続けた。


「いきなりごめんね。なんかそう思っただけ……私も良く分からないけど、真崎君の声を聞くと安心するっていうか、不思議な感じがしただけ」

「……ふ~ん?」


 そうか、俺の声は女の子を落ち着かせる力があるのか……とはならねえよ。

 とはいえ若干照れたような様子でそう言ってきた相坂の表情はとても可愛く、まるで最近流行りのオタクに優しいギャルを思わせるような笑顔だった。


「まあ今日一日よろしく頼むわ」

「うん。よろしくね」


 相坂ってマジで美人だし、モテる理由が良く分かるなこれは。

 だがしかし、それでも彼女は既に俺の催眠から逃れる術はない……くくくっ、今日の昼休みもたっぷりと俺に付き合ってもらうからなぁ!!


「……からの最低なお時間で~す」


 時間は流れて昼休み、俺はまた相坂を空き教室に呼び出していた。

 催眠状態ということで彼女の瞳に光は見えず、ジッと瞬きせずに俺だけを彼女は見つめ続けていた。


「いやぁ、朝はあんな風に俺に言ってくれたのに実際はこんなことを俺はやってるんだぜ? もうほぼ毎日相坂の胸を触ってるわ俺」


 モミモミと両手で俺はその感触を楽しんでいる。

 相坂からの反応は帰ってこないが、時折震える体に何とも言えない征服感のようなものを俺は感じていた。


「こんだけ大きいと色々大変じゃねえか? 女性の下着って高いって聞くし、肩も良く凝るって聞くしさ」

「……うん。お金は掛かるし肩も良く凝るよ」

「やっぱりなぁ。大変だな女の子って」


 しっかし、本当にこの催眠は優秀な力だ。

 もしもこれで命令をして聞くだけの人形になるのだとしたら、それはそれで味気なかったはずだ。

 だがこうして催眠状態とはいえ会話が出来るというのは良いものだ。


「……なあ相坂」

「どうしたの?」


 俺はごくっと生唾を飲んだ。

 ジッと見つめてくる相坂から視線を外して俺は壁に掛けられた時計を見た。


「……後二十分か」


 まだ時間に余裕はあるので、俺はついにその一歩を踏み出す命令を口にした。


「相坂、その胸を使って――」


 それから時間が過ぎ、俺はしっかりとウエットティッシュを使って相坂の胸に付いた汚れを取った。

 相坂はずっと俺の命令を聞くだけの人形状態だったが、今も彼女は俺の言葉を待つようにジッと見つめている――俺に何をされたのか……いいや、俺に何をしたのかさえ彼女の記憶には残らないだろう。


「……最高じゃねえか」


 完全に一つの壁を超えた気分だった。

 しかもその壁を超える過程の快感は凄まじく、今までずっと映像としてしか見ていなかったことを実際に出来たことは本当に素晴らしかった。


「めっちゃ良かったぜ相坂」

「うん」


 ……でもやっぱり、ちょっと罪悪感はあった。

 だとしてもここまで出来たことでこの催眠アプリの絶対性を再認識したわけで、俺はこれからも自信を持ってこのアプリを使うつもりだ。


「ま、記憶に残らないなら別に良いだろ」


 その後、相坂を先に教室に帰らせた。

 俺はしばらく椅子に座ってジッとしながら、先ほどのことを思い返すようにしてのんびりと時間を潰す。


「……やっちまったよマジで。かぁ最高!!」


 あの柔らかさに包まれた瞬間、そして同時に肉体が持つ温もりを感じたあの瞬間は本当に素晴らしい。


「一人でやるのが馬鹿みたいだぜ」


 まあでもこれが本来あるべき催眠アプリの使い方だろう。

 相坂の表情に変化はないようにも見えたが、どこか彼女も頬を赤くしていたのはちょっとリアルでそれも俺の興奮を高める一因だったのは言うまでもない。


「……なんか満足しちまったな」


 放課後にまた本間に催眠を掛けるつもりだったのだが、ちょっと今のことで満足してしまい今日は良いかなと思えてしまった。

 なるほど、どうやらこれが賢者タイムの究極系らしい。

 それから教室に戻り俺も相坂もいつも通りだった。


「よし、しっかりと受け取ったぞ。二人ともお疲れ様」

「はい。お疲れっす」

「お疲れ様です先生」


 終礼を終えて放課後になり、相坂と一緒に日誌を担任に返したことで日直としての仕事は終わりを迎えた。

 既に教室にはあまり人は残っておらず、部活に行く人はそちらに向かいそれ以外で用があったり遊び歩いたりする人たちは既に下校したようだ。


「……何だったんだろうあれ」

「どうしたよ」


 荷物を纏めているとボソッと相坂が呟いたので、俺は気になって声を掛けた。

 彼女は釈然としない様子で首を傾げながらこう言うのだった。


「昼休みの後かな。なんか匂ったことのない香りがしたんだよね」

「っ……へぇ?」


 ドクンと心臓が鼓動し、俺は動かしていた手を止めてしまった。

 明らかに動揺しているのが手に取るように分かるだろうが、幸いにも彼女は俺を見ていないのか特に気にされてはいない。


「でもなんか安心する香りだったかな。香水とかも良い香りはするんだけど、それとはまた違ってさ」

「……ほ~ん?」


 じゃあ相坂、これから事あるごとにやるわと俺は邪悪な笑みを浮かべるのだった。

 それから相坂と一緒に下駄箱に向かい、そこからは彼女と別れて俺は一人で帰路に着いた。


「……マジですげえってこのアプリ」


 俺は改めて催眠アプリを起動した。

 相変わらず不気味というか、趣味の悪い色を使った画面が広がっておりずっと見ていたら視覚に異常を齎しそうだ。


「明日こそは本間だ……待ってろよ!!」


 気のせいかもしれないが、後一歩を踏み出すために邪魔だった枷が外れたような気がした。




【あとがき】


絵夢ちゃんの名字を本間土から本間に変えました。

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