貴様らに名乗る名はない! 成敗!

 ある日の放課後、俺はとある二人組の前に立っていた。


「なんだお前は」

「誰なの?」


 二人の男女は寄り添いながら俺を見つめていた。

 今二人がこうして口にしたように俺と彼らは知り合いではなく、今日この瞬間初めて俺たちは顔を合わせた。


(……こいつらがアレか。相坂の元カレと浮気相手)


 そう、この二人は相坂の話に出た二人だ。

 男に関しては写真が残っていたので顔は分かったものの、女の方は分からなかったがこうしてイチャイチャしてるんだから間違ってはないだろう。


「……………」


 正直、今になってなんで俺はこんなところに居るんだと思っている。

 俺はただ相坂とエッチなことをしたくて催眠アプリを使っただけなのに、彼女に秘められた過去を知ってしまいこうして行動をした。

 俺が何をしたところでメリットはないのに、ましてや俺がお前を助けてやったんだぞと迫れるわけでもないのに……。


「……はぁ」

「何勝手にため息吐いてんだよ」

「なんかきも~い」


 そりゃため息も吐きたくなるさと彼らの顔を見た。

 俺と違ってイケメンな面の男と、見るからに尻軽と言わんばかりの黒ギャルだ。

 相坂もギャルではあるが、俺的にはこんなのよりも絶対に相坂の方が良いと思ってしまう。


「なあアンタ、相坂茉莉って知ってるか?」

「あん? 茉莉がどうしたよ」


 ビンゴ、やはり間違いはないようだ。

 やはりと思った俺とは違い、奴はニヤニヤとしながら口を開いた。


「なんだお前、まさかあいつに惚れてる男の一人かよ。はは、もしかして何か話でも聞いたか? 例えば、俺が浮気をしたってこととかさ」


 どうやら俺が聞かずとも好き勝手にベラベラと喋ってくれるらしい。


「まさかお前みたいな奴が茉莉のことで出張って来るとは傑作だぜ。どんなことを聞いたかは知らんが今更だ。俺とあいつはもう無関係だし、何よりあいつの親は俺の方を信じてるからな。何度思い出してもあいつの泣き顔は面白かったわ」

「ほんと鬼畜だよねぇ。あの子がかわいそ~」


 かわいそう、そう言う割には顔は笑っていた。

 その開き直りに俺が言葉を失っていると思ったのか、更に気分を良くした奴は更に言葉を続けていく。


「つうかたかが高校生の恋愛にあいつは夢を見過ぎなんだよ。幼馴染だとかどうでも良いし、あいつがどれだけ苦しもうが更にどうでも良い。それこそ、これ機に自殺とかしちまってもどうでも良い。てかそっちの方が気が楽か?」

「……………」


 こういう奴の場合、本当に相手が自殺するとは思っていないのだろう。

 だからこんな風に無責任な言葉を口にできるし、人を傷つけることを平然と出来るわけだ。


「……なんつうか、お前屑野郎だな」

「なんだと?」


 ま、俺も屑野郎だがな。

 見ず知らずの人間に屑と言われてカチンと来たのか、奴は隣の女から離れて俺の方へと近づいてくる。

 近づいてくる奴を見ても俺の心は冷静だった。


「もう一回言ってみろや」

「ぐっ……」


 俺と大して背丈は変わらないくせに握力はそこそこだった。

 胸倉を掴まれたことで喉元が圧迫され、俺は息苦しさに表情を歪めた。


「良いじゃん良いじゃん、やっちゃえやっちゃえ♪」


 そして後ろの女も心底面白そうに囃し立てていた。

 正直なことを言えば、俺はこういった邪悪な一面を持った人間に今まで会ったことがなかった。

 中学時代に少しばかりイジメに似たことはあったものの、双方が和解したことで珍しいのかもしれないが平和な解決をしたほどだ。


「あいつ……腕に切り傷作ってたんだぞ?」

「だから?」

「リストカットだよ。死ぬつもりはなくても、そうするくらいに追い込まれてたんだぞ?」

「だからどうしたって言ってんだよ! 勝手に死ねば良いしどうでも良いってさっきから言ってんだろうが!!」


 そのままガツンと頬を殴られた。

 痛い、舌も切れたのか口の中で血の味が広がった。


「……っ」


 今まで殴り合いの喧嘩はしたことがなかったので、こういった痛みに体もそうだし心も慣れてはいない。

 我慢できない痛みではないはずのに涙が出てきた。


「うわぁだっさあい! もう泣いてるじゃん!」

「ゴミが楯突くからこうなるんだよ。身の程を知れよ雑魚」


 そう言って二人は俺の隣を素通りしていく。


「……待てよ」


 俺は頬を抑えて立ち上がった。

 流石に鬱陶しくなってきたのか、二人とも俺に向ける目はまるでゴミを見るような目だった。


「ぶっ殺すぞてめえ」

「いい加減うざ~い」


 俺からすればてめえらの声の方が耳障りだよクソッタレ。

 近づいてきた男の手が再び首に伸びたが、俺はその腕を掴んで視線を合わせた。


「ちっ」


 そして分かりやすいほどに大きな舌打ちだ。

 俺の視線がかなり癪に障ったのか、空いた腕を振り上げて……その腕が俺に振り下ろされることはなかった。


「止まれ」

「っ……」

「……え?」


 催眠アプリ、それを俺は起動させた。

 二人を対象にして発動した催眠アプリは効力を発揮したのか、姉ちゃんや相坂のように二人ともボーっとするように俺を見つめだす。


「そうだなぁ……俺はこのアプリで好き勝手するって決めたんだ。なら自己満足の為にしたいことをするだけだ」


 俺はその後、二人に命令を下した。

 これから相坂の家に行って全ての事情を説明し相坂の両親の誤解を解くこと、自分の家に帰ったら全裸で近所を叫びながら全力疾走しろと男には伝えた。


「分かった」

「うん」


 二人は俺に背を向け、相坂の家の方向へ向けて歩いて行った。


「……ほんと、罰当たりだな俺って」


 奴らに求めるのは最初の部分だけで良かったはず、後半の部分は完全に殴られ馬鹿にされた恨みもあった。

 自分の家の近所を全裸で叫びながら走る、もうこれを実行に移してしまえばあいつらはもう平気な顔をして外を出歩けないだろう――それこそ、奴らがどうしてそんなことをしたのかが分からないとしても。


「やべっ、実際に命令してから怖くなってきたわ。とっとと帰ろ」


 僅かに罪悪感を感じるが、それ以上にざまあみろと言った気持ちの方が強い。

 奴らがどんな形にせよ痛い目を見ること、そしてそれを実行した俺は催眠アプリの力でバレないという優越感……それを感じる時点で俺も救いようのないクソ野郎だ。


「まあ良い、俺は最低な奴になれば良いんだよ。このアプリがどこまでの力を持っているのかはまだ検証段階だけど、これがあれば出来ないことはそんなにないはずだ」


 それこそ、少し落ち着いてからまた女の子を探して催眠状態にすれば好き勝手出来るはずだ。

 今度こそ膨らんだ胸を好き放題して他にも色々と欲望を解放してやる。

 俺はそんなことを考えながら家に帰るのだった。


「ちょっと、アンタそれどうしたの?」

「……え?」


 まあ当然、殴られた頬は腫れており姉ちゃんだけでなく両親にも心配された。

 今まで喧嘩なんてことはしたことがなかったからこそ、何があったんだと凄く心配されてしまった。


「どこか切れてない? 口を開けて?」


 いつになく優しかった姉さんはとても新鮮だった。





 それから数日が経過した。

 俺があの二人に命令したことは完璧に実行されたらしく、近所で全裸で大声を上げながら走り回る男が警察の世話になったなんて噂が出回った。

 それは俺が通う高校でも囁かれており、どこの高校の誰かまで知られているようだった。


「やべえのが居るんだなぁ」

「だな。俺たちの中にはそんな変態居ねえよな!?」

「居るわけねえだろ……」


 友人たちの話に俺は無関係を装いながら耳を傾けていた。

 後になってから流石にやり過ぎたなと思う反面、やっぱりざまあみろと考える時点で俺はかなり最悪な性格の持ち主らしい。


(あの二人がどうなったのか正直どうでも良い……くくっ、本当に俺って催眠術を使う才能があるんじゃねえか?)


 こんな力で女の子に悪戯をしようと考えているのだからまず普通の心を持っている人には無理な話だ。

 やはり、俺のように悪にならないとな!!


「みんなおはよ~!」

「おはよ茉莉!」

「おっはよう~!!」


 そんな風に過ごしていると相坂が登校してきた。

 いつもと変わらない様子だが、あれから一度俺は彼女に催眠を掛けて近況を聞いたのだが、両親からは地面に頭を擦り付ける勢いで謝られたらしい。

 彼女にとって何が起きているのか理解は出来なかったみたいだし、完全には信じてもらえなかったことを許せないらしく複雑とも言っていた。


『何が起きたのか分からない、でも……誰かが救ってくれた気がするの。誰かが私の耳元で喋っていた気がするの。それは思い出せないけど……でも、何となくそんな気がするの』


 最後に付け足された言葉にドキッとしたものの、俺は別に彼女を救ったつもりはないしそのように思われる価値のある行動をしたわけでもない。

 彼女からすれば憶えてないだけで俺はその裸を勝手に見た屑である。


「……ほんと、良い体してるぜあいつ」


 ちなみに、その催眠を掛けた時に相坂の胸は揉ませてもらった。

 催眠下の女性の胸を触る行為に罪悪感はやっぱりあったものの、そんなものはあの柔らかさの前ではゴミに等しかった。

 これで俺もようやく良い感じの最悪な奴になれた気がした。


「相坂の奴、最近めっちゃ笑うようになってねえ?」

「だな。昨日も告白されてたぜ?」

「まああれだけ美人ならな。オマケにスタイルも最高だし」


 悩みというか憑き物が落ちたかのように、相坂は偽りのない笑みを浮かべるようになり、それは更に彼女の人気を押し上げることにも繋がったようだ。


「今日カラオケ行く?」

「いくいく!」

「じゃあ決定ね!!」


 楽しそうに放課後の予定を話す相坂の声を聴きながら、俺は次のターゲットは誰にするかと頭をフル回転させるのだった。

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