第17話 パーティー潜入
1週間後。
東京、六本木ヒルズ。
52階スカイギャラリー。
10m近くある突き抜けるような天井に一面ガラス張りの室内は開放感満点で、宝石のような東京の夜景が広がる眺望はラグジュアリーな空間を演出している。
通常は屋内展望台や展示スペースとして開放されているが、今夜だけは雰囲気をガラリと変えていた。
パーティー会場と化した現場周辺にはVIPを守るために多数の警備員が配備されており、内部は煌びやかなドレスやスーツたちで溢れている。BGMにはゆったりとしたジャズが掛かっていてまるで日本ではないようだ。
「こちら三日月。僕たち3人は会場に入ったよ。聞こえる?」
『こちら真夏。聞こえてるよ三日月くん。私もスタッフルームに入れた。料理の準備が凄いしシャンパンガールも沢山。みんな結構際どい格好してるけど、これ太陽いける?』
『ザザ……こちら太陽。53階の機関室に潜入成功。チョロいものね。下の様子もバッチリ観察できる。それと真夏、心配してくれてありがたいけど私はプロよ。どんな格好でも完璧に演じてみせるわ』
『それは頼もしい。まぁスタイルもいいし似合いそうだけど。制服一式は拝借できたから、打ち合わせ通りスタッフルームにある消防設備の中に入れておくね』
『了解よ』
無線を切った三日月はキョロキョロと周りを見渡す。
少し後ろを歩く圭華は早速他の招待客たちと話し込んでおり、笑顔もスムーズ。溶け込みの早さは流石諜報員と感心せざるを得ない。
スタイルを強調した紫色のドレスもとても似合っていてまるで海外セレブのようだ。
「……凄い」
「固いぞ三日月。ほら」
ガチガチな三日月の肩をポンと叩いた東野は、彼にシャンパングラスを渡すとお手本を見せるようにグビグビと呑んでみせる。
一方三日月は受け取ったグラスを揺らして波打つ水面を見つめる。
「こういうパーティーってはじめてで。それに知らない色んな人たちが先生先生って握手を求めては去っていくの、まだ慣れない」
「女性陣が選んだだけあって中々その青のスーツは似合ってるな。が、ビクビクしてたら台無しだぞ。背筋を伸ばして堂々としてろ。社交場ってのはビビったら負けなんだ」
「堂々と、か。そうだね。頑張らなくちゃ」
「いいか、お前はブラッドピット。今夜だけは犯罪のスペシャリストと思え」
「……え、てことはもしかして東野さんはジョージクルーニー?」
「見えないか?」
おちゃらける東野に、三日月は眉を顰めて大きく首を振る。
「オーシャンは僕だ。東野さんが右腕のブラピ」
「ほぉ三日月にしては言うねえ。だがその意気だ。だいぶ緊張も解れたな。よし今夜は俺が部下でいこう」
ニヤニヤしながら東野が彼の背中を叩くと、
不意にインカムが雑音を鳴らす。
『こちら真夏。みんな、そろそろトニーのヘリが到着する。もう一度配置を確認して準備して』
『こちら圭華。あと20分もしたら会場は暗くなるから、その前にしっかり接触してね」
「はい。僕と東野さんで近づきます」
10分後。
大音量のプロペラ音を出して屋上のヘリポートにヘリが到着すると、スーツにサングラスの屈強なSPたちに挟まれてトニーワシントンが会場入りした。
シルバーのタキシードに赤い蝶ネクタイとまさにスターの風格である。
「やあ三日月先生!来てくれて嬉しいですよ」
入場と同時に三日月がトニーへ近づくと、彼はSPを払い退け意気揚々と握手を交わす。
「こちらこそ。今回は改めて素敵なお話ありがとうございます」
「いえいえ。私も映画化が実現できて嬉しいです。それに今日は体調も良さそうで何よりだ。スーツも素敵ですね」
「トニーさんもまるでハリウッドスターみたいです」
「はははそれはそれは。……ところで、そちらは先生のお付きの?」
東野は前のめりにトニーへ腕を差し出し、強く握手する。
「東野といいます。先生の付き人でボディガードをしてます」
「よろしく。なるほど、あなたも凄くダンディーで素敵だ。そこらの女性たちは虜なんじゃないですか」
「ええモテすぎて困ってます。軽食は?」
「あぁ持って来させるのでお構いなく」
トニーは近くのSPの1人に指パッチンで指示すると、SPはすぐさまシャンパンと軽食を持ってきて毒味後に彼へ渡した。
その裏で再びインカムが音を鳴らす。
『こちら圭華よりサニーちゃんへ。SPの数は全部で8名。トニーの周りに6人が虫みたいに張り付いてて、残り2人は入口とトイレ前を張ってる。飲み物も食べ物もいちいちSPが毒味。思ったよりかなり厳重だよ』
『折り込み済み。圭華さん大丈夫よ。あの秘密武器ならね』
『本当に話に聞いた通りだとしたら映画みたいで凄いけど、未来の技術だもんね。サニーちゃんを信じるよ』
『この最強女に任せて』
SPから受け取ったシャンパンを一飲みすると、トニーは三日月の肩に手を置いて少し引き寄せる。
「それにしても三日月先生。この間はちゃんと話せませんでしたがあなたの小説には本当に感銘を受けましたよ。私は無類のSF映画好きでしてね。先生もですよね?」
「はい。スターウォーズを見て育ちました」
「やっぱり。世代的にあなたもエピソード1から入ったクチかな」
「ですね。なのでルーク時代の作品を見た時は衝撃を受けましたよ」
「私もです。そういう流れなのか!ってね。我々の父親世代はダースベイダーの正体に驚いたんでしょうね。ところで小説内に幾度となく出てきたブラスター。やっぱり影響受けてます?」
「え?あぁまあ」
「私はただの投資家なんであまり科学に明るくはないんですが、特にあのブラスターガンにとってもワクワクしましてね。動力源が人類が見つけた新鉱物のエネルギーを凝縮したバッテリーで、実弾銃と異なり充電することで半永久的に使えるというのが斬新なのに妙に実用的でカッコいい。アイアンマンしかり、詳細に科学技術を描いた作品というのは、現実の未来でも実現できそうでそそられるんですよ」
ニコニコ顔は相変わらずだが、野望に満ちたトニーの瞳に三日月は強い警戒を覚えつつ、少し攻めてみることにした。
「僕もそう思って書いてました。ギミックが細かい武器って男のロマンですよね。ところで、トニーさんはあんな新鉱物が本当にあったらどう使いますか?」
『おっ。ムーンくんいくね』
『三日月くんそのまま彼にひっついててね。太陽、そろそろいけそう?』
『ええ。降りて変身するわ。魅惑のシャンパンガールにね』
トニーは顎に手を添えてしばらく考えると、極めて真剣な表情で口を動かす。
「やはり小説通りブラスターもとても良いですね。ああいう小型化した扱い易く効率の良い武器を量産すれば軍に大量配備できる。軍事技術が発展すれば世界の科学水準も上がりますから。……ですが私なら、もっと色々幅広くいってみますかね」
「というと?」
「AI技術と組み合わせて全世界を警護監視できる武装アーマーを世界中に配備するとか、医療技術と組み合わせて危険な犯罪者やテロリストにナノマシン注射を打って労働力にしたり情報を吐かせるとか」
「……」
「実際悲しいことに私の国は沢山の問題を抱えている。増える不法移民に貧困層の犯罪、あちこちで起こるテロ行為。莫大なエネルギーを持つ夢の鉱物なんてものがあるなら、いくらでも解決の糸口を見出せますから」
「……なるほど」
「それに現在のドローン技術もそうですが、戦争のやり方が変われば自然と世界は変わり良くなるのが世の常です。新しい戦いの手段が国を救い世界を救う。……なんて、ただの映画好きが言ってみますが」
「興味深いです」
その瞬間。
目の前で話を聞く三日月と東野だけでなく、5人全員の心は一致していた。
トニーワシントンという男は間違いなく危険な存在だ。
彼に新鉱物を奪われたらどう未来が変わろうといずれ世界は滅ぶ、と。
『こちら真夏。そろそろスタートに向けてスタッフが駆り出されるから、私も行かないと』
その言葉にまず圭華は動きだした。
「きゃっ!」
「oh,Lady,Are you ok?」
「sorry.ごめんなさい汚しちゃった」
「It’s ok it’s ok! fine」
入口付近を警護していたトニーのSPにぶつかりシャンパンをかけると、謝りながら懸命に拭いて気を逸らす。
「大丈夫ですか?」
騒ぎを見て周りのスタッフも現れ、自然と人間の壁ができた。
それを確認した三日月は、引き続き興味を持つフリでトニーを完全にロック。
「トニーさんグラスが」
「あぁもう空だ。あまりに楽しくてつい」
「シャンパンガール呼ばせますよ。……東野!」
三日月はトニーの真似をして指を鳴らすと、東野にシャンパンガールを呼ぶように依頼。
「はい先生!……こいつ調子に乗ってるな」
東野はニヤニヤを抑えながらインカムで太陽を呼んだ。
「あぁ三日月先生、気を効かせてくれてどうも」
「いえいえ。スポンサーなんですからこれぐらい当然ですよ。さて、パーティが始まる前にもうひと乾杯といきましょう。もっとトニーさんの話も聞きたくなりました」
「私もです!小説の話。どこまで映像化するかも含めて」
「是非」
三日月が完全にトニーの気分を良くさせた所で、ついにシャンパンガールに身を扮した太陽は颯爽と現れた。
引き締まったお腹を出した過激な制服を着こなす彼女は、普段見せたこともない妖艶な笑みでカツカツとヒールの音を鳴らしながら近づく。
三日月は一瞬その美しさに目を奪われそうになるが、すぐにトニーへ視線を戻し平静を装う。
「お待たせしました。こちらです」
まず太陽はトニーへ向けトレーを差し出すと、すかさずSPがグラスを手に取り一口飲む。
が、特に何も問題ないと判断した男はトニーへとグラスを回した。
それを確認した彼女は東野へトレーをむけると、彼は素早くグラスを取って三日月に渡す。
「じゃあ三日月先生。改めて小説家デビューと映画化決定に乾杯しましょう!」
「はいトニーさん。乾杯!」
三日月と乾杯を交わしたトニーは、何の疑いもなくクイっとシャンパンを飲んだ。
緊張の一瞬。
彼が飲み干してから十数秒経過して、インカムが音を鳴らす。
『……みんな成功したわ。奴はアレを飲んだ。モニターでも体内に入ったのを確認。効力を発揮するのは72時間以内よ。後はパーティーを続けて』
太陽の一言に全員が安堵した。
その途端、会場が暗転したかと思うと記念パーティー開始を告げるアナウンスが響く。
「いよいよですね。では先生また」
「はいトニーさん」
トニーやSP達が離れたのを確認すると、東野は三日月の脇腹を小突いた。
「やったな三日月。それにしてもさっきの太陽ちゃん、中々セクシーで魅力的だったな。今度あの格好で接待してもらおう。な?」
「そうだね……」
「お前俺の話聞いてるのか?」
「あ、いや、急に緊張が解けたから頭が追いつかなくて」
「おいおいこれからパーティーはまだ続くんだから気をしっかり持てよ。記者会見もこれからだ」
セクハラ発言も聞こえない程疲れ切った三日月に、苦笑する東野はゆっくりと彼の背中を押した。
その後登壇した真鍋プロデューサーと共に何事もなく映画化の記者会見も行われ、無事にパーティーを乗り切ることに成功。
映画化決定による三日月の名と作品は更に知名度を広げた。
そしてパーティー終了から約60時間後。
本国アメリカに帰国していたトニーワシントンは突如体調不良を訴えて死亡した。
多忙を極めた彼は帰国後も多数のパーティーに参加しており、倒れたのは3つ目が終了したすぐ後だった。
敵の多い彼の死はすぐに国内過激派による仕業と疑われたが、司法解剖の結果死因は心臓麻痺によるものと判明。
程なくして病死として世間の騒動は幕を閉じることとなる。
しかし言うまでもないが、その実は病死などではなく、皮肉にもSF映画好きの彼が発展した未来の技術によって殺されたのである。
太陽が仕込んだのはアランが開発した暗殺用マイクロポイズン。
原理は以下の通りだ。
透過性のある毒薬は投下されるとグラスの底に固定される。SPは毒味で1口含むだけで飲み切ることはないため、結果毒を残したままトニー渡されるわけだが、毒薬はグラスのサイズをセンサーで検知し内容量が規定値に低下すると自動的にグラスを離れる仕組みになっている。
よって、トニーに確実に毒薬を飲ませられることができた。
加えて毒に即効性はなく、72時間以内に作用するためその場での暗殺が疑われにくい上、決め手は電気信号によって心臓麻痺を誘発させるためそもそもが病死と断定されるのだ。
毒成分は効力を発揮した後は胃酸で分解され排出されるため、現代の技術で見つけることはほぼ不可能。
こうして太陽は、三日月ら4人との連携プレーによって諸悪の根源トニーワシントンの完全暗殺に成功したのであった。
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