第16話 デビューと宿敵
地球型惑星ノーチェス。
人口過剰と度重なる戦争によって大半が荒廃した世界。エリア一帯を支配する秘密結社に両親を殺され、荒れた貧民街で生き抜くために孤高の殺し屋となった主人公の若い女サラ。
彼女は正悪を問わず報酬のために数えきれないほど人を殺す血塗られた日々を送りながらも、いつか来る秘密結社への復讐を望んでいた。
そんな時、平和な地球から実験用の猫と共に漂流した元軍人の宇宙飛行士ジャックが彼女の標的を助けたことで2人は出会う。
初めて見る猫や屈強で魅力的な彼とのきっかけに人の心を取り戻した彼女は、同じエリアで復讐を誓う者たちとレジスタンスを結成。地球のテクノロジーと掛け合わせ、最終的には諸悪の根源である秘密結社に乗り込んで復讐を果たし共に世界を救っていく。
しかし崩壊した秘密結社の社屋に隠されていたのは、ジャックが出発した宇宙センターの残骸だった。
そう、ノーチェスは遥か未来の地球の姿だったのだ。
「……と、ここまでが三日月先生の大賞受賞作であるSF小説〈PLANET OF ASSASIN〉の概要だ。しかしそれだけじゃなく実は続編が決まってるんだ。今度はジャックに試練が降りかかる。未来が荒廃すると知った彼は恋仲になったサラと共に地球に帰還し、地球転覆を図る勢力との戦いを繰り広げるってわけ。実はそいつらはエイリアンで昔から地球に潜伏してたってのもワクワクさせるだろ」
メガネを掛けた小太りの男は興奮気味にそう締めくくると、彼の話を聞いていた部下たちに1人1人文庫本を配る。彼らもペラペラと捲りながら感心の声を上げていた。
「……なんだ、この騒ぎは」
1週間前に無事コンテストで大賞を受賞して小説家デビューを果たした三日月だが、休み明けに出社してみると大変貌を遂げた社内の状況に呆然していた。
上司も部下も取引先も、皆が一様に彼へ視線を向けては称賛の言葉を掛けてくる。社内には受賞式の記事が引き伸ばされて貼られており、文庫本が至る所に積まれていた。
先程まで部下に演説していた小太りの男は、口をあんぐり開けて立ち尽くす三日月を見つけると満面の笑みを向ける。
「鈴木くん!いや、三日月先生」
「高橋部長。上司なんですから先生はちょっと……」
小太りの男こと、営業部長の高橋は三日月の
営業成績が振るわないことなどとうに忘れてしまったかのように彼を持ち上げる。
「いいからいいから!まずは大賞受賞おめでとう!15ヶ国語の翻訳版発売も決まったそうだね。君すっごいよ。うちはライターのマッチングアプリ運営してるから取引先にクリエイティブ業界が多いのは知ってると思うけど、もう大絶賛だよ!ていうか君結構好かれてたみたいだね。君の営業先のあちこちから本を買ったと連絡がきてたよ」
「はあ」
「ま、そんなことよりウチから有名小説家が出たってことで、株は上がるし取引も増えた!ライター希望者もね。あまりに凄いからウチで大量に本買ってみんなに配ったのよ!はははっ」
「それでこんなに本が……」
「そう!俺も読んだけどおっもしろいね〜技術描写とか世界観も凄いけど、人物描写が細かくれいいね!なんかモデルとかいるの?」
「いや、まぁ」
「まいいや!とりあえず君の本を見てとある有名プロデューサーと海外スポンサーが話したいって来てるから行ってきて!」
「プロデューサーにスポンサー?」
「そう。スポンサーの方も金融業界では有名な人だったかな。立花さん!三日月先生案内してあげてー」
「はい高橋部長」
高橋は真夏にバトンタッチすると意気揚々と去っていった。
「おめでとう、先生」
「真夏さんまでからかうなよ〜」
ニコニコする真夏に対し照れ気味の三日月は頬を掻く。
「からかってないよ。本当三日月くん凄い。有言実行で大賞受賞しちゃうし夢の小説家デビューも果たして、各書店からも問い合わせが殺到だって」
「……ありがとう。真夏さんも文書チェック助けてくれたから」
「みんなのパワーだね。東野さんも太陽ちゃんも。ジャックのモデルはアランさん?」
「そうだよ」
「猫が出てくる辺りは三日月くんのエッセンスも入ってそうだね。……気分はどう?」
「凄く良いよ。でも正直まだ実感ないな」
「これから湧くよ。はい、この会議室で2人がが待ってるから」
扉コンコンと叩いた彼女はドアノブを引いて三日月を導くと、頑張ってと一言残してその場を後にした。
「やあ!あなたが三日月先生だね。私は映画プロデューサーの真鍋という者だ」
柄シャツを襷掛けしたサングラスの男こと真鍋はハニカム映画で右手を差し出し三日月と握手を交わす。
「真鍋さんてあの日本人にして数々のハリウッド映画のプロデューサーの?よろしくお願いします!!」
「いい握手だ。君の小説には感銘を受けてね、是非ハリウッドで映画化したいんだがどうだろう」
「え、ホントですか?!もちろんです!しかも真鍋さんが指揮をとっていただけるのなら」
「はっはっは!それはよかった。2つ返事だとこちらも助かるよ。そうだ、こちらが今回映画化に伴ってスポンサーを引き受けてくれる、アメリカ人投資家のトニーワシントンさんだ」
「えっ」
その名前を聞いた瞬間、三日月は一瞬で背筋で凍り付くのを感じた。
「彼は君と同年代ぐらいだが大のSF映画好きで数々の名作のスポンサーを務めてる方でね。かなり気に入ったみたいで今回の映画化に一役かってくれるよ」
「……」
三日月の耳にはもうほとんど何も入らなくなっていた。水が入ったような鈍い感覚で、全てが小さく聞こえる。
脳内を支配したのはこの一言だけだけだった。
宿敵が、目の前にいる。
「はじめましてトニーです。三日月さん、思ったよりかなり若くてびっくりだ。まあ私もまだ20代ですが。受賞日当日に本を読んで早速あなたのファンになりまして。是非これからもよろしく」
「はい、是非こちらこそ……」
ポマードで綺麗に固めた金髪に、張り付いたような爽やかな笑顔と透き通るような碧眼。落ち着いた聴きやすい声。
あの真冬の祖先で宿敵とも全く思えないが、正史では未来で自分を殺し太陽たちを苦しめる存在だという事実に握手も力が入らない。
運命とはこういう時に使うのだろうか。
彼を呼び寄せた冬至が死んでも、遥かに早く小説家デビューを果たしても、こうして巡り合ってしまう。
冷や汗が全身から溢れ、今にも意識が飛びそうだった。
「……大丈夫ですか?何だか顔色が悪そうですが」
気がつくと、好青年の心配そうな顔が彼を見つめていた。
「え?あぁすみませんちょっと疲れてしまって」
「無理もないですよ。この1週間で文字通り人生が変わったんだから。そうだ、これ私が支援しているフランスのメーカーが新開発した炭酸水なんですが、健康的で元気が出るので是非」
「ありがとうございます。……あ、凄く美味しい」
「でしょ?3ダースほど置いておくのでよかったら社内でも宣伝しておいて下さい。日本でも絶対需要あると思うので」
さり気ない気遣いができ、そして抜け目ないビジネスマン。
「とりあえず映画化の合意が得られてよかったです。詳しい版権や報酬についての話はこの真鍋さんから連絡させますので。あと、来週末に六本木ヒルズで映画化を果たした小説の記念パーティーを開くので来てください。そこで〈PLANET OF ASSASIN〉の映画化発表の記者会見もやりましょう。これ招待状です」
3枚のチケットを渡したトニーは身体にお気をつけて、と最後まで紳士的な発言を残して真鍋と共に会議室を後にした。
残された三日月の心にはただただ混乱だけが渦巻いていた。
その日の夜。
いつものように〈CAFE HIGASHINO〉に立ち寄った三日月は、太陽、東野、圭華、真夏の4人を急遽バーカウンターに集めた。
立ち位置としては珍しく東野が座っており、
三日月は4人の前に立って腕組みをしている状態だ。
「……ということなんだ」
三日月が会社での出来事を一通り話し終えると、バツの悪そうな真夏が真っ先に口を開いた。
「ごめんなさい三日月くん。私、プロデューサーの横の人がトニーワシントンだって最初気付けなくて……」
「いいんだ真夏さん。そもそも正史では僕と彼が出会うのは20年以上先だった。いきなりスポンサーとして名乗りを上げるなんて予想できないよ」
「お前の小説がモロ奴に刺さったのが仇になった感じだな」
「それほど人気ってこと。ムーンくん売り上げも凄いことになってるしね。正直今年中には会社作った方がいいかも」
東野と圭華の言葉に三日月は浮かない顔で頷くと、今まで黙りこくっていた太陽がバンッとテーブルに手をついて立ち上がった。
「……殺すべきよ。あいつが諸悪の根源。三日月を殺してオレンジ社を乗っ取り、私の世界をめちゃくちゃにした」
憎悪と怒りに満ちた顔で呟く彼女に、東野は吸いかけのタバコを灰皿に捨てると慌てて口を開く。
「そう急ぐな太陽ちゃん!気持ちは分かるし確かに悪の根源だが、奴の影響力は甚大だ。次の動きは慎重に考えるべきだぞ」
「ねえサマーちゃん、トニーワシントンは今じゃカクメイ社の中でもかなりの重要顧客よね?」
圭華の問いに真夏は自分を指差しながら恐る恐る頷く。
「ええはい。上がる前に社内で確認を取ってみたんですが、受賞後直ぐにウチの株を買い取った彼は単体でうちの主要株主になったそうです。しかも日本国内だけでも多数の業界に絡んでいるらしく」
「ほらね。それにヨーロッパ界隈にも鼻が効く正真正銘のやり手ビジネスマン。極めつけはアメリカ初代大統領の末裔で政治家一族の一人息子という最強の称号を持ってる」
圭華は太陽へそう指摘すると、一呼吸置いてでもね……と言葉を重ねる。
「トニーは振る舞いは紳士的みたいだけど、その実は軍国主義を進める武闘派。NRA(全米ライフル協会)にも多額出資している危険人物よ。中東やコーカサスの戦場で幾多もの新兵器実験を繰り返してる。銃被害者会を中心に本国でも敵が多い。政治敵もね。いずれにしろどこかのタイミングで消すべき」
「……それってつまり私に賛成ってことなの?」
驚く太陽に圭華は軽く頷く。
「このままズブズブになれば必ず新鉱物探索の邪魔になる。そうしたら早い段階でムーンくんの命が狙われることになるよ」
「それは絶対私がさせない」
「太陽……」
太陽は三日月を見つめて微笑むと再び口を動かす。
「私から案があるわ。来週末に行われるパーティに潜入して奴を殺す」
「なっ!無茶だ。だいいち日本中からメディアも集まるし警備も厳重。そこで派手にやるのは不味いぞ」
「もちろん派手にやるとは言ってないわ。私が暗殺する。最大のチャンスを逃すわけにはいかない」
「だが、目立たずバレないように痕跡も残さずだぞ?できるのか?」
東野の問いに太陽は口角を歪める。
「幸太郎さん。私は12歳から拷問と暗殺を生業にしてきた女よ。任せて」
「でも確かにラッキーの言う通り無茶は良くないかな。入念に計画を立てリサーチが必要。ただの毒殺も足がつくし刺し殺すのはもっての他ね。サニーちゃん、それ以上の殺しができるの?」
「もちろん。とっておきがあるわ。アランが開発してくれた、この為にピッタリの武器がね」
「僕は太陽を信じるよ」
太陽の言葉で笑顔を取り戻した三日月の瞳は決意の色に染まっていた。
「一番彼に近づけるのは間違いなく僕だ。上手く話を続ける。招待状は3枚あるから東野さんと圭華さんの2人について来てもらおう。圭華さんは距離をとって後方から周囲を警戒してもらえると。真夏さんは総務だしカクメイ社代表として別枠でいけそう?」
「うん。もしかしたら運営側に入り込めるかも。何とかしてみる」
「よし。そしたら真夏と圭華さんで全体の会場管理だね」
「多分トニーの周りには屈強なSPが数名張り付いてるはず。私はそっちにも気を配っとくよ」
「ありがとう圭華さん」
「俺は三日月の付き人ってわけだな」
「うん。会話補助は是非東野さんに頼みたい」
「任せろ」
「……で、最後に太陽はスタッフになりすまして裏側から潜入だ。やり方は任せるよ」
「えぇ。しくじったことないわ」
三日月は安心して大きく頷く。
「じゃあ1週間後のパーティで暗殺計画スタートだね。当日の連絡はインカムで取り合おう。圭華さん、もしかしてあったり……」
「うん。用意できるよ」
「さすが諜報員」
「会場周りもサマーちゃんと連携して事前に調べてとく。ムーンくんは当日までにパーティスーツ用意しておいてね」
「はい!」
「楽しみだな〜三日月のスーツ」
「三日月くん!スーツ似合いそう」
「……何か緊張してきた」
こうして皆の足並みは揃った。
目標は1週間後。宿敵トニーワシントンの暗殺に向けて。
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