第18話 会社設立
トニーワシントン暗殺後も、記者会見による三日月の世界的な知名度向上によりすぐさま別の海外スポンサーが名乗りをあげた。
結果無事SF小説〈PLANET OF ASSASIN〉のハリウッド映画化は成功し、莫大な興行収入を叩き出した。
映画化は小説の売上増加やアニメ化など更なる金を呼び、彼はついに国内でも新人富豪ランキングに名入りする勢いでのし上がる。
その後、程なくして三日月はカクメイ社を退社。
未来世界が荒れた全ての元凶である宿敵トニーは亡くなったものの、遅かれ早かれ新鉱物を悪用するものが現れるだろうという見解を示した彼は、いよいよ本格的に新鉱物調査へ向け本腰を入れるべくサラリーマン生活に終止符を打った。
そして小説家デビュー翌年の2024年初頭。
科学者へ転向した三日月は、圭華の助言通り売上金を元手に東野と会社を設立。
その名も〈オレンジ社〉。
あえて正史から会社名を変えなかったのは今度は正しく新鉱物を利用していくという彼なりの戒めであった。
なお、法人格設立は映画化を含む各メディア化に伴って発生した莫大な売り上げ金を管理していくという名目はあるものの、最終目標である新鉱物探索・管理・発展・運用のステップを進めるべく研究機関としての側面がメインである。
三日月の右腕として副社長になった東野は〈CAFE HIGASHINO〉を畳むと、隣駅に借りた新しいビルのツーフロアをオフィスにして新鉱物の研究や開発用に研究室も整備。太陽も滞在先をオフィス内に移すことに。
追うように真夏もカクメイ社辞めると引き続き総務として三日月らをサポートすべくオレンジ社へ入社。
政府とのコネクションがある諜報員の圭華も、主に外部との情報交換や交渉部門で裏から支えるべくひっそりと加入。
晴れて5人全員が社に揃うこととなった。
そして会社設立から丁度3ヶ月後。
春真っ只中の快晴の下、太陽と真夏は女2人でオフィス近所の商店街を練り歩いていた。
太陽が手に持つエコバッグには既に様々な食材が入っており、彼女は満足げな面持ちで長く伸びた黒髪を揺らしながら鼻歌を歌う。
「……太陽、凄く楽しそうだね」
微笑ましそうに呟く真夏に対し、彼女は髪を掻き上げて頷く。
「スーパーマーケットって本当に素敵ね。野菜にお肉に魚に……とにかく新鮮な食材が1つの店にたくさんあってワクワクするわ。それに試食もあったし」
「店内の試食コーナー全部まわって平らげてたもんね。おばちゃんもびっくりしてたよ」
「こ、子供の頃食事に何日もありつけなかったクセでつい……」
「清々しいくらいだったよ。ま、今日は週末セールで安かったし、これで色々作れるね」
「料理は真夏に任せるわ。私だと全部焦がしちゃいそう」
真夏は苦笑する。
「大丈夫だよ。料理も科学。手順を踏めば簡単なんだよ。それに今日はせっかくオフィスでの会社設立3ヶ月記念パーティーなんだし、私が教えてあげるから一緒に作ろう」
「なんだか頼もしい」
「任せて。そうだ、駅前に新しくできたカフェへ帰りがけに寄ろっか。三日月くんたちもきっとまだ研究室に篭ってるだろうし圭華さんもいつ来るかわからないからさ」
「いく!」
目を輝かせて即答する太陽に真夏は思わず苦笑すると同時に、何だか妹が出来たような気持ちになった。
10分後。
軽快なBGMが天井のファンを回す開放的なカフェでソファ席に腰掛ける太陽は、湯気立つマグカップを持つとブラックコーヒーを一気に啜りこんだ。
「ぷは〜っ!」
「いい飲みっぷり」
「かなり前に三日月にも言われたわ。焙煎したコーヒーがこんなに美味しいなんてこの時代に来るまでは知らなかったから。ここのはより香り高くて最高ね。これに比べれば、今まで未来で飲んでたのは全部おが屑を啜ってたも同然」
向かいに座る真夏は頬に肘をついて微笑ましく太陽を見守りつつ口を開く。
「改めてやっぱり変な感じ。本当は出会えるはずもなかった100年後の未来人とこうやって普通にお茶してるって」
「何よ急に」
「ううん。ただ、その時計が私たちを繋いでくれたんだなって思うと不思議で」
太陽は腕を出して〈オレンジウォッチ〉を眺めると、口角を歪める。
「そうね。お陰でただ時を越えるだけじゃなく、あなたみたいな良い友人に巡り会えたわ」
「嬉しい。まあ友人っていうか私からしたら妹かな」
「え、妹?」
素っ頓狂な顔を浮かべる太陽に真夏は頷く。
「うん。なんか太陽ってちょっと危なっかしいんだもん。戦いの時は強くて頼れるし度胸もあるけど、普段は何かほっといたらどっかに行っちゃう感じ」
「何よそれ」
「ふふっ。ところで三日月くんが自分のひいおじいちゃんっていうの、正直慣れた?」
太陽は振り子のように頭を振る。
「全然。あれから1年半以上経つけど実感ないわ。普段は何だか頼りないし映画オタクでうるさいし、私からしたらよっぽど三日月の方が危なっかしい。その癖、ここぞという時は肝っ玉を見せるのよね」
「ははちょっとわかるかも。何か守ってあげたくなる感じあるけど、窮地になるとカッコイイよね」
「……そうね」
「お、デレた。太陽って基本つんけんしてる感じだけど何だかんだ三日月くんを信頼してるよね。急に饒舌だし」
「う、うるさいわ。あなたこそ相変わらずベタ惚れね」
「まぁね。私まえに入社式で新入社員代表のスピーチを任されたんだけど、ずっと緊張しっぱなしでね。その時たまたま隣に座ってた三日月くんが優しく元気付けてくれたんだ。映画に喩えながら。彼の方が緊張してたけど」
「三日月らしいわね」
「でしょ。営業には向かない性格だけど、彼は掛け値なしに人に優しくできる素晴らしい才能をもってると思う。だから好きになったんだ。でも、今は社長になった彼と仕事できるだけでも満足だから」
「……」
遠目で寂しそうに笑う真夏を見て、すぐに視線を逸らした太陽はマグカップに顔を埋める。
自分も同じ。そう言おうとした言葉をコーヒーと共に喉奥へ押し込むと窓の外を眺めるのだった。
カラスが鳴き始める夕暮れ刻にオフィスへと帰った太陽と真夏は、キッチンを利用して早速料理を始めていた。
「ねえ真夏。これ後どのくらい混ぜればいいの?」
「言ったでしょ。とろみがつくまで。んーもう少しかな」
恐る恐るカレーのルーをかき混ぜる太陽に
真夏はチキンに下味をつけつつ鍋の様子を覗いてアドバイスする。
「なるほどもう少し……ッ?!」
太陽が再び混ぜようとすると、突然研究室の扉が乱雑に開いた。
思わず身体を硬らせた2人はゆっくりと後ろを振り返る。
「やっとできたな。……お疲れ三日月社長」
「うん。東野さんもお疲れ様!」
研究室から出てきた疲労困憊の東野と三日月は、目元にクマを抱えながらも嬉しそうにグータッチを交わし合う。
「そこは副社長だろ〜。しっかしほんと疲れたな。肩と腰がバキバキだ」
「そう?僕はそれ程でも」
「お前もいつからそうなるぞ。おじさん世界の仲間入りってやつだ。とりあえずビールで乾杯といくぞ」
「だね。キンキンに冷えたので。……あっ」
三日月が徐にキッチンに目を向けると、固まっていた真夏が心配そうな困り眉で目をパチクリさせながら大きく口を開く。
「三日月くん!なんか顔色悪いけど大丈夫?」
「うんちょっと籠りすぎただけだから全然平気だよ。2人ともおかえり」
それよりほら。と三日月は太陽の〈オレンジウォッチ〉と、一見して自撮り棒のような棒状の端末を得意げに掲げる。
「まさかそれ、あなた達ついに……」
驚きに思わず目を見開いたまま呟く太陽の言葉に三日月は強く頷く。
「ついに出来たよ。東野さんの〈オレンジウォッチ〉を改造して作った探知機。新鉱物が強力な電気信号に共鳴して活性化する習性を利用したんだけど、さっきちゃんと太陽の〈オレンジウォッチ〉内にあるエナジーセルの新鉱物だけを探知したんだ」
「新鉱物の埋蔵量や範囲も赤外線スキャンによってモニターで視認できる優れものだ。探知機はこの通り、地下深部での利用を想定して伸縮性のある棒状にしたぞ。……てか旨そうなニオイだなおい」
三日月と東野の言葉に真夏は思わず声を上げて拍手した。
「2人とも凄い!これでいよいよ新鉱物探索の準備ができたってことだよね」
「あぁ。後は圭華がくれば……」
東野がそう言いかけたところで思い切りオフィスの扉が開かれた。
「お待たせ〜」
「噂をすればだな」
「圭華さん!」
「やっほー。サニーちゃん達もみんな揃ってるね。……よし」
4人が一斉に声を上げると、圭華は急いでジャケットを脱いでカバンからごそごそと一通の茶封筒を取り出す。
「これ!とれたよ」
「圭華、お前ついにやったんだな」
「どういうこと?」
首を傾げる真夏に東野がニヤリと口角を吊り上げた。
「根回しってやつだ真夏ちゃん。こいつがここ1週間留守だった理由」
「ラッキーに補足すると、実はね。私水面下でムーンくんたちが新鉱物を調査するドイツのネルトリンゲン市に独占調査ができるよう交渉してたの。事前に調査資料を提出したりしてね」
「な、なるほどそんなことが」
「そうしたらたまたま市長がムーンくんの大ファンで、オレンジ社として市への調査許可証を正式に貰えたんだよ」
それがこれ。と圭華が封筒から1枚の書類を見せると、真夏はおぉと目を輝かせた。
「というとつまり、これで完全に準備が整ったってことですね!」
「完全に?」
首を傾げる圭華は端末を手に持つ三日月を見遣る。
「なるほどそっか。ムーンくんたちもついに探知機完成させたんだね」
「はい圭華さん!」
「やったね。……ん?」
圭華の言葉に満面の笑みで親指を立てる。
彼女はふと鼻をくんくんさせると眉を顰めた。
「ねえ、ところでなんか焦げ臭くない?」
「え?あ、太陽!」
「やばっ!すっかり火を止めるの忘れてたわ」
圭華の言葉にハッとした真夏と太陽はキッチ慌てて鍋の火を止めるも時すでに遅し。
先程までとろみがつき始めていたカレールーは半分黒焦げの炭と化していた。
「宣言通り焦がしちゃったね」
「……ごめんなさい」
落ち込む太陽に圭華は微笑むとポンと手を叩いた。
「丁度いいんじゃない。会社設立3年と諸々準備達成を祝って更に絆を深めるためにみんなで料理といきましょ!もちろん男子諸君もね」
「いやおい圭華。俺たち徹夜なんだぜ」
「はいラッキーつべこべいわない!早く顔と手洗ってきて」
「そうだやろう東野さん!」
「三日月。お前なんで急にそんなやる気出してんだよ」
「いいから、社長命令だって!」
「お前こういう時だけ社長使いやがって」
「……そういえばキンキンのビール買ってきたよ。ほら〜飲みながら作ればいいんじゃない?」
「やります!おら三日月いくぞ」
圭華の耳打ちに即座にやる気を取り戻した東野は、三日月を強引に連れて行くと瞬く間に手と顔を洗ってエプロンを装備。
「扱い易いわね」
太陽は皆でわいわいする空気の暖かさに微笑む。
オフィスに全員仲良く集まった会社設立3年記念パーティーは、乾杯と料理作りから幕を開けるのだった。
そしてついに新鉱物調査へ向けた準備を整えた彼らは、いよいよドイツ遠征への手筈を進めていくこととなる。
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