第19話 9000km先へ

2025年。

東京、羽田空港第3ターミナル。


会社設立から実に1年半後。

荷物を抱えた太陽と三日月の2人は、出発ロビーにある保安検査場前で足並みを揃えていた。


朝の出発ラッシュで多くのビジネスマンや旅行客で混み合い、ひっきりなしに出発便を知らせるアナウンスが響く中。

巨大な電光掲示板を背後に立つ彼らは、見送りにきた東野、真夏、圭華の3人を見つめる。



「……いよいよだな三日月。お前と会社をつくってから1年半。あの横浜の公園で計画を立ててたところから考えればもうほぼ3年だ。そこまで掛けて、やっとこの日が来た。正直、あの時はまさかお前の小説が大賞を取るどころかハリウッドまでいくなんて夢にも思わなかったぞ」


しみじみ語る東野に三日月は苦笑しながら頷く。


「僕自身もそう思ってたよ。実はあれは夢だったんじゃないかって未だに時々考える。でも、形はどうであれ今までずっと胸の奥に隠していたSF小説家になるという夢をただ夢で終わらせずにちゃんと叶えられた。それはみんなの協力や後押しがあってこそだ。本当にありがとう」


噛み締めるような彼の言葉に、4人は思わず笑みを浮かべる。

真夏は真っ直ぐに三日月を見つめながら口を開いた。


「世界を変える鉱物の場所を突き止めて、三日月くんの子供の頃からの夢も叶った。宿敵さんもみんなでやっつけてこうやって新たに会社も作れたし。本当に濃い3年だったね」

「ふふっ。何だかみんなでパーティーに潜入したり料理したりしたのも懐かしい。パーティーではサニーちゃんとムーンくんが大活躍だった。……そして、いよいよだよ」


真夏と圭華の言葉に太陽は頷く。



「そう、いよいよ。最後は私と三日月がネルトリンゲンへ行って新鉱物を発掘し、全てをオレンジ社で正しく保管・活用していくこと。そこでやっとこの計画……未来改変は無事に終わるわ」


太陽の言葉に、更に東野は三日月を一瞥して続ける。



「太陽ちゃんが無事に未来へ帰ったら、そこからは俺たちが真っ白な新しい未来を作る。だな。前も言ったが新鉱物って呼び方は早めに変えたいから、2人でなんか新しい呼び名を考えといてくれよ。あとついたらすぐ連絡しろ。フランクフルト乗り継ぎで20時間は連絡取れなくなるからな」

「サニーちゃん。少し寂しくなるけどあっちの写真も送ってね。あと、あなたは今からパスポート通り田中綾だからそれを忘れないで。それから、何度も言うけどパーティーでの活躍は本当に凄かったしあなたの力強さは尊敬してる。だからこそ気をつけて。……ムーンくんもしっかりサニーちゃんを守ること」

「……幸太郎さんに圭華さん」

「はい。絶対太陽を守りぬいて帰国します」


まるでお節介な両親のような東野と圭華に、太陽と三日月はほくそ笑みつつも気を引き締める。


ふとロビー内に搭乗口への集合を呼びかけるアナウンスが響き渡ると、2人はスーツケースのハンドルへ手を伸ばした。


「じゃあみんな、僕たちそろそろいくよ」

「三日月。現地についたら、何処かで圭華が手配した政府高官の人間が迎えにくるから合流して市長に会え。あくまで世間にはオフレコだから待遇には期待するなよ」

「了解。普段からエコノミー生活だから慣れてるよ」

「太陽ちゃんはその探知機や小道具を入れたアタッシュケース、X線にも引っかからない優れものだがスリには注意しろよ。ヨーロッパは多いからな」

「ふふ、私もコソ泥相手なら未来で慣れきってるから大丈夫よ」


快活に答える2人に対し、東野は信頼しきった目で黙って口元を歪めた。


「太陽!」


いよいよ彼らがその場を離れようした瞬間。不意に名前を呼んだ真夏はスッと彼女の手を掴むと、ぎゅっと自分の胸元へ抱き寄せる。


「ッ!」


太陽は驚くも包まれるような暖かい感覚にまぶたを閉じる。


「1つだけ言いたかったこと言わせて。100年の違いがあっても太陽はずっとずっと、私の妹で友達だよ。本当に出会えてよかった」

「……真夏。こちらこそよ。でも新鉱物を見つけたらまたすぐ戻ってくるわ、お姉さん」

「絶対だよ!戻ってきたら、また一緒に料理しよ」

「ええ。今度は焦がさないように頑張るわ」


太陽は最後にもう1度彼女とハグをすると、

三日月と共に3人へしばしの別れを告げた。



3時間後。


無事出国審査を終え飛行機へと乗り込んだ2人は、高度1万メートル上空の機内でエコノミークラスシートに腰掛けていた。


1度目の機内食を終えた彼らは、食後のホットコーヒー片手に窓の外に広がる青い世界を眺める。下界を離れた今、ジェットエンジンの回る轟音だけがBGMだ。


「……なんだか不思議。まさかあなたと2人きりではるか何千kmも先へ向かってるなんて。まるで旅みたいに」


そう呟いて一口啜る太陽に、三日月は首を振る。


「間違いなく旅だよ。そしてそれは何も今からじゃなく、今までもこれからも。ずっと続くんだと思う」

「人生は旅って?あなたタイムトラベルでおじいさんに会ってから凄く詩的になった気がするわ」

「そうかも。科学好きでSF映画オタクに詩が加わったら手がつけられないね」

「ええ。間違いなく最悪よ」

「正直、今変なこと言っちゃったって後悔してる」

「もう遅いわ」


そう言って笑い合う2人は、やがてお互いを見つめて自然と沈黙に落ちていく。


しばらくして最初に口を開いたのは太陽だった。


「……三日月。あなたと出会ってからのこの3年。本当に素敵だった。私の時代にはない最高の体験ができたし、素晴らしい人々や友人にも巡り合えて、何よりあなたに出会えた」


三日月はコクリと頷く。


「僕も同じだよ。今まで何となく働きながら生きていたけど、やっと本当の自分を見つけられた。全部君に出会えたおかげだ。あと、こんなこというのは変かもしれないけど……」

「なに?」


覗き込むように見つめる彼女の大きな瞳に緊張しつつも、三日月は絞り出すように続ける。


「実は僕、出会った時から君にずっと一目惚れしてたんだ。あまりに美しくて。前に潜入したパーティーでのシャンパンガール姿もとても素敵だった。……もちろん、美しさは外見だけじゃなくて純粋で芯の強い内面もってことだよ」


太陽はやっと通じ合えた。と、嬉しくてつい含み笑いを浮かべる。


「何となくわかってた。実は私もずっと言おうか迷ってたんだけど、この際だし我慢できないから今伝えるわ」

「なに?」


彼女は唾を飲み込むと、思い切って口を開く。


「私、あなたがとても好きになったの。正直、このまま一緒になれたらって思ったぐらい。それぐらいにあなたの優しさや賢さや、内に秘めた力強さに惹かれた」

「……そう、なんだ。びっくりだよ」


三日月は驚愕に目を見開くも、残念そうに口を動かす。


「僕たち、ひ孫と曽祖父じゃなかったら違う関係だったかもね」

「そうね。でも私、ひいおじいちゃんでもあなたが好きよ」


そう呟いて三日月の腕を取った太陽は、そっと抱きしめると深く彼にキスをした。

最初は驚く彼も自然と彼女を抱きしめてキスに応えると、両肩を掴んでゆっくり離した。


「……」

「太陽、嬉しいよ。でもこれで最初で最後にしよう。これ以上したら僕たちは離れられなくなっちゃう」

「三日月」

「僕たちにはそれぞれ使命がある。それを全うするんだ。……ただ1つだけ約束するよ。僕はうんと長生きして、産まれてくる君に絶対また会うから」


ね。と優しく微笑みかけて頭を撫でる彼に、思わず太陽の瞳から次々と涙がこぼれ落ちた。


そんな彼女を慰めるようにもう1度だけ抱きしめる。


「……そうね。みんなのこれまでの頑張りも無駄にしないために。わかったわ。私、絶対に未来で待ってるから」

「絶対生き抜いて見せる」


涙を流しながら抱き合う三日月と太陽を乗せた飛行機は、日本から遠く離れた異国ドイツ共和国へと順調に航路を進めた。



それから彼らは順調にフランクフルトで乗り継ぎ、中継地点であるドイツ南部の第3都市ミュンヘンへと到着。



到着後すぐに東野たちへの連絡を済ませて市内へ向かうと、ホテルに荷物を置いて街へ繰り出した。


すでに現地は夕暮れで次の移動は明日ということもあり、最後の思い出に、と三日月のアイディアで少しだけ異国の地を観光することにしたのだ。



最初はミュンヘン中心部にあるマリエン広場で宮殿のような市庁舎のカラクリ時計を聴き入ってみたかと思えば、近くのフラウエン教会の展望台に登ってヨーロッパらしい統一された街並みを眺めてみたり。

最後にはドイツ最大のビアホールであるホフブロイハウスで名物の1Lビールを飲んでドイツ人たちと陽気に盛り上がるなど、初めての街で2人だけの時間を存分に堪能した。


ホテルへ帰ると、余程楽しかったのか太陽はすぐにベッドで眠ってしまった。


シャワーを済ませ寝巻きに着替えた三日月は、隣のベッドへ腰掛けるとまるで子供のような彼女の寝顔を眺める。


「……うーん。もう飲めないわ」

「あれだけ飲んで、夢の中でもまだ飲んでるのかな」

「でももう1杯よ。プロースト!」

「はは、よくわからないけど凄く幸せそうだね」

「みかづきー……」

「明日はいよいよ調査開始だよ。まずは1日しっかり頑張ろう。おやすみ太陽」


街へ連れてきて本当によかったと心から思う彼は、彼女を起こさないように静かに電気を消すと眠りについたのだった。



翌朝。


「おはようございます三日月様に太陽様。お迎えに上がりました」


フロントからの突然の呼び出しを受けて2人がホテルのエントランスに向かうと、ビシッとスーツを着こなした背の高い男が彼らを迎えた。

黒髪はガッチリオールバックにセットされており、サングラスを掛けた姿は記念パーティーでのSPを彷彿とさせる。


「いいえ、私の名前は綾よ」

「そうですよ。何かの間違いなんじゃないですか。僕はあってますけど」

「……お2人とも流石ですね。でも大丈夫ですよ。大方圭華先輩から聞いておりますから」


動揺すら見せず淡々と答える2人に感心する男は、見事な営業スマイルのまま答えた。


「圭華、先輩?」


首を傾げる三日月。

太陽はスッと目を細めて男を睨む。


「もしかしてあなた……圭華さんが手配したっていう」

「失礼。申し遅れました。私、日本政府高官の高杉と申します。先輩とは昔一緒に仕事してたこともあるので」

「それを先に言うべきだったんじゃないの」

「でしたね。試すようなことをしてすみません」

「流石は圭華さんの後輩といったところかしら。私が動揺してナイフを抜くと思ったのならアテが外れたわね」


両腕を組んで鼻息を漏らす太陽に、高杉は笑顔のまま綺麗なお辞儀で返す。


まだ31歳という若さながら政府の超エリートである彼は、元諜報員のいわば圭華の元同僚であり飄々としていながら実力がある彼女を慕う後輩だった。


よって迎えた相手が自分よりも更に若い2人の男女だったことに一切の驚きも見せず、用意したベンツへスムーズに彼らを乗せると速やかに出発した。


「……太陽様。ご用意した朝食はいかがでしたか?」

「中々美味しいサンドイッチとスープだったわ。車内でご飯まで出してくれるなんていい気遣いね」

「喜んで頂けて何よりです」

「ところで高杉さん。現地にはあとどれくらいでつきますか?」

「はい三日月様。ここからあと約1時間ほどですね」

「わかりました。……うん、機材の調子を確認するには充分かな。市長はもういるんですよね」

「はい。既にお待ちです。ついたら私は車を回して待機しておきます。何かあれば呼んでください」

「どうも」

「……」


高杉はバックミラー越しに2人の顔を一瞥すると、また笑顔で進行方向を見据える。


彼は先輩の圭華から事前に指示を受けていた。

三日月と太陽は初めての地かつ重大任務で不安だろうから、最初少し驚かしてその後に目一杯リラックスさせてやるように、と。

だが、会ってみれば既に何処かで心の準備を整えてきたのか、終始一切の乱れも見せず落ち着いた様子の2人に、彼には少々拍子抜けだった。


そして順調な運転で、ミュンヘンから130kmほど離れた最終目的地である小さな街ネルトリンゲンへと到着。


「では私は一旦これで」

「ええありがとう。……ついに来たわね」

「うん。未来の始まりの場所だ」


高杉の車から降りた太陽と三日月は感慨深げに呟く。巨大な壁に囲まれたこの街の建物はオレンジ色に統一されており、中心部に街で1番高い教会の尖塔が聳え立つ様子はまるで中世から時が止まったかのようである。



すると、壁内から2人の男性が彼らの元へと歩いてきた。2人ともスーツだが1人は白いローブを首に掛けた無表情の老人で、もう1人は福笑いのようなスマイルを顔面に貼り付けた、金髪に丸眼鏡の中年男という異色の組み合わせだ。


「初めまして。私は市長のトーマスです。あなたがあの有名な三日月さんかな?」


丸眼鏡の方がそう言って手を差し出すと、三日月は堂々たる笑顔で握り返す。社長としての座に慣れた彼に、もう以前のような動揺や緊張は一切なくなっていた。


「どうもトーマスさん。今回はご協力いただき光栄です」

「いえいえこちらこそ。思ったよりお若い見た目だ。そちらが助手の……確か綾さんだったかな。三日月さん、ミス圭華から聞いていると思うが私はあなたの小説の大ファンでね、〈PLANET OF ASSASIN〉。もちろん映画も観ましたよ!あの作品はまるで主人公の姿を現実で見ているかのような正確な心理描写で世界観もいい。あ、先にこの本へサインもらっても?」


ハイテンションのトーマスは懐からドイツ語版の三日月の小説とペンを取り出す。


「ええもちろん……はいどうぞ」


笑顔で受け取った三日月は、慣れた手つきで表紙の右下に自分のサインを書いてみせた。


「家宝にします。売りませんよ」

「是非そうしてもらえると。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ!科学者としても優秀みたいですし、今日は世紀の大発見があるとか。ファンとして協力しない手はないと思いましてね」

「はい、期待しててください」

「あぁそうだ!こちらは街の中心にある聖ゲオルグ教会のヴェンデルシュタイン牧師。調査にあたり事前にお祈りを捧げていたのですが、どうしても挨拶がしたいというのでね」

「……」


ハイテンションなトーマスに対し、静かな老人のヴェンデルシュタインは無言で頭を下げた。


「牧師は無口な方でね。悪い人じゃないんですよ。ま、挨拶はここまでにして早速取り掛かりましょう。採掘チームや重機はすでに中ですから。なお、集中できるよう壁内を一昨日から1週間封鎖しておりますのでご安心を」

「ありがとうございます。ところで住民の皆さんの避難は大丈夫そうですか?」

「ええもちろん。表だっては第2次大戦時の不爆弾処理としてますので郊外へ避難完了済みです。我が国ではありそうな話でしょ」

「……完璧ね」


太陽はスーツケースから探知機や小道具が入ったアタッシュケースを取り出した。機内およびドイツ国内では外していた〈オレンジウォッチ〉も再び腕に巻き付ける。


「助手さんも張り切ってますね!じゃあこれから壁も封鎖しますんで、チームは好きに使ってください〜!」


楽しげなトーマスに手を振って見送られた彼らは、やる気に満ち溢れた表情でその場を後にした。



1時間後。

街の外とを繋ぐ壁のゲートは完全に封鎖され、採掘チームと合流した三日月と太陽は早速新鉱物の探索を開始。


発見場所によっては建物の一部解体なども視野に入っていたが、三日月の大ファンである市長トーマスの図らいで制限なく行うことができた。


2人はエリアを東西南北の4つのセグメントに分け、入場した南部から探索していった。


目的の新鉱物はもちろん、ネルトリンゲンでの出土が確認されている鉱物等の情報は全て探知機に登録してあるため、強力な電気信号を該当範囲に発した際自動的に反応があった新鉱物だけを探知できるようになっている。


「三日月。みて、反応があったわ」

「どれ?……本当だ、それもかなり深いぞ。ていうかここは」


探索開始から約4時間が経過した頃。

太陽と三日月はピッピッと甲高い音を出す探知機のモニターを覗き込む。すると、そこには真っ赤に反応を示す点が街中心部にある聖ゲオルグ教会の地下深くに渡って表示されていた。


「よりによって教会の地下だね」

「市長が牧師を説得しといてくれて正解ね」

「間違いない。それより太陽、君気付いた?トーマス市長のこと」

「ええもちろんよ。彼の顔、おかしな丸メガネを掛けていたけどアランにそっくりだったわ。20年後の彼って感じ。絶対あんなヘラヘラしないけど」

「確かにね」


2人は顔を見合わせて苦笑する。


「よく声を上げなかったね」

「あなたこそ」

「正直ギリギリだったよ。でも、もしかしたらアランさんの本当の故郷はこの辺りかもね」

「そうね。だとしたら運命を信じざるを得ないわ」


太陽は空を見上げると、遥か未来で待つ彼に思いを馳せる。


結局、東野と三日月が開発した探知機の有用さと市長の準備の良さが組み合わさってか、この街に足を踏み入れてからたったの半日で新鉱物の居場所を突き止めることができた。


探知機によって埋蔵されている深さも地下100〜1000mに渡っていることが判明しているため、その日の夜に発掘計画を立てると翌朝には採掘チームと重機を集め作業を開始した。


牧師承諾のもと、三日月と太陽が探知機のモニターでチェックしながら採掘チームが解体された教会聖堂部を掘り進める。

最終的に埋蔵上部の地下100m地点まで掘った後は、新鉱物の性質を唯一知る三日月と太陽が昇降機で地下へ降りて直接現物を確認することとなった。


「これは……」

「ええ。そうよ」


防護服に身を包んだ2人はエメラルド色に点滅する美しい岩々を目の当たりにし、あまりの感動に言葉を失う。


「間違いないよ太陽、新鉱物だ!まるで宝石みたいだね」


そっと岩の表面に手を触れた三日月は、圧倒的なパワーと鼓動を感じ全身が震える。


「うわ凄い!ほら君も触ってみな……ん?」

「……」


そのパワーも太陽にも感じて欲しくて興奮気味に後ろを振り返った三日月は、背後に立つ彼女の違和感に気づいた。


「太陽?」


彼女が腕に巻き付けた〈オレンジウォッチ〉が勝手に音を鳴らすと共にホログラムが表示されており、それを見た太陽自身は悲しみに顔を歪めている。


三日月からも笑顔が消えた。


「太陽、どうしたの?まさか……」


彼の震える声に、太陽は小さく頷く。


「ええ。活性化した新鉱物の反応で〈オレンジウォッチ〉が誤作動したらしいわ。多分あまりに膨大な新鉱物の共鳴に耐えきれなかったのかもしれない。100年後へのタイムトラベルが始まる。……離れないと」


決意を固めた彼女は急いで彼から離れると、地下空間の真ん中に移動する。


「は……?いやダメだ!」


信じられない状況に、三日月の頭の中は真っ白になった。

そしてなりふり構わず一目散に彼女の元へ走り出す。


「待て太陽!そんな時計なんか無理矢理引っ剥がせば」

「来ないで!一度開始したオペレーションは莫大なエネルギーが発生して止められないし、ワームホールが生まれれば近づいたあなたは死ぬわ。〈オレンジウォッチ〉をこの3年研究してきたあなたならわかるでしょ?」「だけどまだ君は……ぐぁっ!」


食い下がる彼を太陽は無言で蹴り飛ばした。

元の位置まで吹っ飛ばされた三日月は、脇腹を抱えながらゆっくりと身体を起こす。


「……くっ。た、太陽」

「大丈夫よ三日月。無事新鉱物は見つられたんだし素敵な仲間もたくさんいる。あと早めに名前もつけなきゃね。これから先はお願い」

「太陽!!」

「未来で待ってるから」


必死の彼の叫びも虚しく、彼女は悲しげに微笑みながらワームホールの中へと姿を消した。


「太陽……そんな……」


しっかりと別れの言葉も言えず突然未来へと消えてしまった彼女に、やりきれず涙が溢れ三日月はその場に膝から倒れ込む。



ふと彼女を取り戻せないか慌てて探知機を手に取るも、そのモニターには既に〈TIMELINE LOCKED〉という文字だけが表示されていた。

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