第13話 革命と夜明け

アランたち3人は実験室中に設置されたボックスというボックスを破壊し同時に中に保管された全ての〈オレンジウォッチ〉を完膚なきまでに叩き壊した。


もう自分も敵も、みな過去に戻る手段はない。


遠い昔で奮闘する太陽の姿を思い浮かべながら、アランはどこかスッキリとした気持ちになっていた。


「現時点でこの時代に保管されている30本全てを破壊した。……これでもう太陽たちは大丈夫だ」

「ついに始めるんだな」


李の言葉にアランは頷く。


「俺とマグナムはエレベーターで最上階に向かう。李は階段で例のブツを設置。最上階のエレベーター前で俺たちを待て。他の〈ゲットー〉の奴らには連絡をとったか?」

「あぁ。済んでる」

「よし、後は俺が合図するのを待て。ここからは俺たちの革命だ」



アランの音頭で3人は二手に分かれると、李はガラガラと音を立てるボストンバッグを担いで非常階段を目指す。


彼を見送ったアランは最上階用の特別エレベーターのセキュリティを慣れた手つきで解除すると、マグナムと共に乗り込んだ。


真っ白なエレベーターの中。

アランは胸ポケットから幼い日の太陽と自分の写真を取り出し見つめる。


「心配なのか?太陽のこと」


マグナムの言葉にアランは頭を振り写真を仕舞う。


「心配はない。あいつなら上手くやるさ」

「親バカのお前にしちゃ珍しいな。ま、上手くいったら俺たちも解散だな。俺も改変された未来じゃ大企業の社長かもな」

「いや、お前はジムの鬼トレーナーが関の山だ

ろ。マッスルビーチあたりのな」


アランの皮肉にマグナムはカラカラと快活に笑う。


「言うねえ。だが、それも悪かねぇな。どっちかってーとアラン、お前のが社長っぽいな。それか軍人とか?」

「どうだろうな。どう転がっても俺は俺であり続ける」

「ふっお前らしい。とりあえず終わったら3人で乾杯と行こうぜ」

「あぁ」


最上階の50階到着を知らせるサウンドと共に扉が開くと、サーモゴーグルを装着し両手の電撃サックの電源を入れてマグナムが拳をぶつけながら前に躍り出た。


「お先だぜアランリーダー」

「入り口前に4人だ」

「あいよ!」


真っ白な廊下を進むマグナムは、曲がり角を滑り込むと放送ルーム前で警戒する警備隊へと突進していく。


「侵入者!くそ、まだスラムのゴミ共が」

「おせーぞ!」


ブラスターライフルを構え撃つ前に懐に入ったマグナムは、1人の男に対し顎へアッパーをお見舞い。同時にホルスターのブラスターガンを奪って左右の男を始末した。


余りの素早さに驚く間もなく倒れていく警備隊の男たち。ヤケになった最後の1人が仲間の陰からブラスターライフルを発射。

しかし横から発射された銃弾に頭を撃ち抜かれ、ライフルの弾は軌逸れマグナムの肩を掠めて壁を焦がした。


男はライフルを手から落とし、人形のようにその場に倒れ込む。


マグナムは煙を上げる背後の壁を見て目をパチクリさせた。


「……油断するな」

「サンキュー、リーダー」


拳銃の銃口を吹かし嘆息するアランに対し彼は気まずそうにボリボリと頬を掻いた。


「じゃあいくぞ」


拳銃をホルスターに仕舞い背中に背負う反重力ガンを手にもったアランは、エネルギー波を発射して扉のセキュリティパッドを無理矢理引っ剥がすと、足で勢いよく扉を蹴破った。


機材だらけのメカニックな空間で〈キャピタル〉の街並みが一望できる窓際に腰掛けていた 3人の老人たちは、仰々しい音に驚いて振り向くとアランの姿を見てグラスを落としてしまった。


「邪魔するぞ。……こんな事態でワインとは幹部さんも随分呑気なもんだな。さすがは利権と金の為にワシントン家の汁を吸い続ける富裕層様だ」

「き、貴様は〈渋谷ゲットー〉のアラン。既に社長が洗脳したはずじゃ」

「そうだ。それに社長は。というか警備隊は2人にやられたのか!」


慌てふためく両サイドの2人に対し、平静を装う真ん中の丸メガネの老人にロックオン。アランは彼に向けて真冬の死体袋を投げつけた。


「ッ!」


丸メガネの老人は、袋の隙間から覗く変わり果てた社長の姿に顔を引き攣らせる。


「ふ、副社長……」

「……」


丸メガネの老人こと副社長が両サイドの2人に目で合図すると、すぐさま2人はデスクの下からブラスターガンを取り出す。


が、しかし。

同時にアランはノーモーションで反重力ガンのエネルギー波を発しており、2人は引き金を引く間もなく宙に浮かされた。


「デスクワークの老人にしてはいい動きだ。だが遅かったな」

「おいそれ、2人も同時に捕まえられんのかよ」

「上手く使えばな。……こんなこともできるぞ」


感心するマグナムに答えると、アランはまず見せしめに左側の1人だけを天井と床に何度も叩きつけて殺した。


浮かされたもう片方の老人は、大量の血を吐いて動かなくなった相方を見て恐怖に顔を歪め口を動かす。


「な、なにが望みだ!会社か?武器か?!武器だろう!いくらでもやる。それに〈キャピタル〉への居住許可も取り付けてやろう。どうだ〈ゲットー〉なんかとは比べ物にならない生活を約束しようじゃないか」

「……クズ共から頂戴するものなどありはしない。それに、望むものはもう帰ってこないしな」


もはや笑顔すら浮かべて媚びへつらう老人に、やれやれと首を振ったアランは彼を窓から外へ投げ捨てた。


断末魔が遠くなり、グシャリと鈍い音が轟くと室内の空気をより張り詰めたものにする。


「……」


残された丸メガネの副社長は表情には出さないものの、高まる緊張感に額から冷や汗を垂らす。

大きく一息ついて口を開いた。


「好きなだけ拷問でも何でもしろ。私はたとえ殺されても何も吐きはしないし、どうせ復讐なのだろう」


アランはそんな彼を一瞥する。


「田中副社長。流石No.2だけに肝が据わってる。だが拷問はしない。……プロの情報屋兼掃除屋として言わせてもらえば情報を吐かせる上で拷問は唯一にして至高の手段だ。だが今は必要な情報もないし何よりお前のような覚悟を決めた人間には意味をなさない。そうなると今度は掃除屋として綺麗に掃除といきたいところだが、その前にやってもらうことがある」

「いったい何をさせる気だ」

「お前のいるデスクには放送用のホログラム投影型マイクがあるな。それは緊急事態に備え全国に発せられるよう作られているはずだ。今回みたいなケースにな。すみやかに電源を入れて周波数を全国に合わせろ」

「貴様いったい……」

「革命だ。〈ゲットー〉だの〈キャピタル〉だの分断の時代は終わりにする」

「そんなことしたって更にこの世は荒れるだけだぞ」


アランは瞼をピクリと動かすと、反重力ガンを置いて彼へ近づき胸ぐらを掴む。


「こっちはな、産まれた時から荒れてんだよ。それにどうせもう元には戻らないなら、混沌を突き進むまでだ」

「イかれてる……」

「いいから電源を入れてまずは世の中へお前たちオレンジ社が行った悪行を全て謝罪しろ。新鉱物〈レーソニウム〉独占に始まり戦争暗躍、度重なる人体実験、全てをな。……そして最後に太陽にも」


くっくっく。と、引き攣るような笑いを浮かべ田中は頭を振った。


「いいか、私たちに謝ることなど何もありはしない。先祖は神の力を手に入れこの世を正してたんだからな。それに誰だ太陽とは。知らない人間にまで下げる頭など持ってはいない」

「……救いようがないな」



アランは田中をデスクに叩きつけると拳銃で頭を撃ち抜いた。邪悪な笑みのまま血飛沫を撒き散らす死体を睨むと、彼の右手を掴みマイクの指紋セキュリティを解除し電源を入れる。


起動の間にアランはインカムのスイッチを入れた。


「李。こっちはクリアだ。そっちはどうだ」

『ザザ……アラン。45階から各階に爆弾設置完了。いま50階のエレベーター前にいる』

「OK、これから始める」

『てことは副社長も横にいるのか?』

「いや、もう死んだよ。奴は最後まで自らが神と否定しないままな」

『成程、じゃあ花火も誰もいない状態か』

「とりあえずそのまま待機しとけ」

『了解』


インカムを切ったアランが後ろを振り向くと、入り口を警戒するマグナムが親指を立てて応える。


アランは先程まで副社長の田中が座っていた椅子に腰掛けると、モニターを操作してマイクの周波数を全国単位に合わせる。次いでホログラムをオンにした。


彼は深呼吸してゆっくりと口を動かす。


「全国の民。特に〈ゲットー〉の者たちへ告ぐ。俺は〈渋谷ゲットー〉のアランだ。我々はこの世を支配する巨大企業オレンジ社を制圧した。この会社は50年近く続く〈ゲットー〉と〈キャピタル〉という超格差社会を生んだ諸悪の根源であり、〈ゲットー〉の人々を武器開発の人体実験の材料にまでしていた。我々はその悪事を暴いたが、彼らは一切の謝罪も見せずこの世を去った。社長も副社長も、他の幹部たちもだ」


アランの映像と声は、室内に留まるオレンジ社敷地内、果ては〈キャピタル〉全体や東京中の〈ゲットー〉、他県にも響き渡る。

人々は吸い込まれるように足を止めた。


「そこで我々はここに超格差社会の終わりと革命を宣言する。今日を持って〈キャピタル〉と〈ゲットー〉の間に壁は消え去るだろう。以上だ」



マイクとホログラムを切ると、床に倒れ込む田中の胸ポケットから葉巻とライターをくすねたアランはオレンジ社を後にした。


敷地を出た後、李が事前に設置していた爆弾が起爆しオレンジ社社屋は爆破され崩壊。


同時にアランの宣言により、李が連絡を取っていた〈ゲットー〉民の力で〈ゲットー〉と〈キャピタル〉の間の壁も破壊。


その晩は〈キャピタル〉側が派遣した軍隊や市民と衝突し、全国で大規模な戦闘が行われ双方に多数の死者を輩出した。



翌朝。

一晩中の戦闘を終え嘘のような静けさと煙が漂う中、アランは瓦礫の上に1人立っていた。


後ろでは疲れ果てた李とマグナムが浴びるように酒を飲んでいる。



「……いい眺めだ」



アランは、朝日に照らされた崩れた壁と政府軍による一夜の空爆で荒廃した旧〈ゲットー〉エリアの街並みを見ながら、そう呟いて葉巻をふかす。


革命でこの世界を変えた今、彼の胸の内にあるのはただ1つだけだった。


もう全てが壊れ決して元通りにはならない。


だが、この未来に戻る太陽がいつか世界を変えてくれるまで、俺はこの世界を生きよう、と。


弟子であり妹分である太陽を最後に最後まで信じると心に決めて。


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