第12話 100年後で

2122年。

第1話最後より1時間後。

オレンジ社大深部総合実験場。



「……はぁ。はぁ」


初めて意識がある中でのタイムトラベルを終えたアランは奇妙な視界の揺れに息を切らしていた。


彼はまだ少し痺れる両手を広げ、掌から滴る汗を振り払う。周りを見ると先程の開放的なオフィスとは程遠い薄暗い閉鎖空間に立っており、無事100年後に戻ってこれたことを実感する。


「……クソッ」


身体の頑丈さには他の追随を許さない彼だが、洗脳解かれたばかりでまだ順応できていないのだと実感していた。

同時に100年前からのタイムトラベル時の異様な摩擦熱のような熱に嫌悪感を覚えており、不快さを顔に露わにする。


「もう二度とごめんだな。こんな、タイムトラベルなんてのは」


肩に担いでいた真冬の死体を床へ落とすと、彼が身につけている〈オレンジウォッチ〉や端末を取り出す。部下たちも周辺に戻ってきたようだが、最早アランにとっては彼らの〈オレンジウォッチ〉以外は関心の対象ではなかった。


アランは周りに散らばる死体袋の1つを取ると、真冬の死体だけを頭から詰める。



「たくっ。本当に吐き気がする場所だ」


彼はツバを吐き捨て乱雑に口を拭う。

薄暗く広大な室内には人体実験用の無骨なベッドや透明なボックスが無数に並び、壁には使い終わった実験体を収納する死体袋がズラリと掛かっている。その多くに血が飛び散っており、黒くなった古いものからまだ赤々しいものまで様々。


「最近までずっと実験を続けていたのか」


ここで自分の両親も実験の材料にされたのだという実感が湧いて、改めて悔しさと憎悪が蘇る。


彼はぐるりと部屋をまわると、徐に12番と書かれたベッドのフット部分に手を置く。付着した最も新しいその血は彼自身のものだった。


「……」


スッと目を細め、記憶を辿る。



こちらの時間にして1時間前。

オレンジ社の入口付近で個別行動をして警備隊を誘い出していた彼は、太陽や他の仲間を優先するあまり、企みに気づいた社長真冬の存在に気づかなかった。


〈ゲットー〉側に扮して最前線にいた真冬は背後からアランを騙し討ちして気絶させると、側近の部下たちを使って彼を速やかにこの大深部総合実験場へ運ばせた。


拷問慣れしている彼はすぐに目を覚まして抵抗したが、屈強な7人の側近たちの力には流石に敵わなかった。

すぐに押さえつけられ全身を固定され、最終的には真冬の手によって首筋に一本の注射を打たれてしまう。


薄れゆく意識の中、最後の最後に視界に入ったのは実用成功を喜ぶ真冬の憎らしい邪悪な笑顔だけだった。


だがその男も今はこの死体袋の中。


「……俺も結局実験材料にされちまったよ。父さん母さん。でも、この負の連鎖ももう終わりだ。終わらせる」


天井を見つめ、血のついた指を強く握りしめた。


「……ん?」


ふと実験場奥に設置された空中ディスプレイに目を向ける。

そこには見覚えのある男の顔が映し出されていた。


「……東野、幸太郎」


WARNING。裏切り者。逃亡者。


名前と共にディスプレイ上でそう書き殴られた男は白衣こそ着ているものの、特徴的な長髪の黒髪パーマと伸ばしたヒゲは彼そのものだった。


「オレンジ社の裏切り者が〈オレンジウォッチ〉を盗んで消えたとは情報で聞いていたが、彼だったのか」


ポツリと呟き、アランは僅かながら再び笑顔を取り戻す。


三日月という芯の強い曾祖父だけでない。

オレンジ社を裏切った技術と知識を持つ科学者も太陽の味方についたのだ。


過去はもう大丈夫だ。


彼はそう確信し、後は自分の仕事をするだけだとインカムのスイッチを入れて口を開く。


「李。聞こえるか」

『ザザ……アラン無事だったのか。心配したぞ。1時間近く連絡が取れなかったから』

「すまない。色々あってな。状況はどうだ?」

『俺もマグナムも付近の警備隊を片付けて無事だが、突然現れた部隊に仲間が大勢やられた』


真冬や彼の部下が頭をよぎり、アランは悔しさに歯を食いしばる。


「……そうか。本当にすまない」

『今は地下道も含め封鎖して外から入ってこれないようにはしたが、また増援が来るぞ』

「中はクリアか?」

『あぁ。社長や側近たちは急に消えたし、後は残された幹部共が最上階の放送ルームに籠ってるぐらいだ』

「よし、まずは45階の実験室に集合しろ。マグナムも連れてこい。残った他に仲間たちは全ての入り口付近に分散させて外の警備に当たらせるんだ。そして李、あれを持ってこい」

『……わかった』


李は何かを察したように同意した。


「俺は手土産を持っていく」



15分後。

45階の実験室で待つ李とマグナムの前に

乱雑に1つの死体袋が置かれた。


「アラン、これは一体なんだ?」


首を傾げながら袋を覗き込むマグナム。李は彼の腰を小突いてアランを指差す。


「開けてみろ」


アランの言葉にマグナムは恐る恐る死体袋のチャックを開けると、飛び出す顔に目を見開き李と顔を見合わせて口を開く。


「……まさかお前」

「そうだ。オレンジ社の最高経営責任者であり創業者トニーワシントンの妹のひ孫、真冬ワシントンをこの手で殺した。奴の最強の部下もな。そして太陽と曾祖父にも会ってきた」


李は唾を飲みゆっくりと口を動かす。


「太陽、ちゃんと会えたんだな。オレンジ社の共同創業者ってのも本当だったのか?」

「あぁ。こいつに洗脳されて俺も100年前に連れていかれたが、洗いざらい勝手に吐いたよ。で、太陽と俺は曾祖父と手を組んでこいつを仕留めたってわけだ」

「洗脳されてってあの天下のアラン様がみすみすやられたってのか?おい」

「あぁ。しかも解いてくれたのは太陽だ」

「おいおい、自分の妹分に世話かけるなんてマジかよ」


おちょくる様に口角を歪めるマグナムに、アランはただ困った笑みを浮かべて首を振る。


一方で李は鋭い瞳でアランを射抜く。


「……それで、太陽の曾祖父はどうだった?」

「鈴木三日月。とても素晴らしい青年だった。窮地でも自分の身体を張れる、強い志を持った強い男だ。彼になら任せられる。正史ではトニーに騙されたが、今は側に太陽がいるしな。それにオレンジ社を裏切った科学者も味方についた」

「なに。本当か?」

「あぁ。もう太陽は大丈夫だろう」


アランの言葉に李は安堵したような、それでいてどこか寂しげな笑みを浮かべる。


「……そうか。なら、しばらくしたらこの世界もまるっきり変わってお前らとお別れかもな」

「生まれた時から一緒だったのにな。李なんかガキの頃ヘド溜まりに落ちてしょっちゅう泣いてたぜ」

「おいマグナム、お前だって得意げに果物盗んでは店主のジジイにボコボコにされてベソかいていただろ」

「あれはあのジジイが悪い。超高値で売りやがってたから痛い目見せてやったのさ。それよりあのドジが最強スナイパーだなんてな」

「お前は変わらねえパワーっぷりだよ。よりタチが悪くなったがな」


子供のように軽口を叩き合う2人を宥めるようにアランは笑みを含んだ息を漏らす。


「そのまま大人になったお前らを誘ったのが俺だった。お陰でいいチームだ……太陽が未来を変えるまで、俺たちは俺たちなりの世界を作っていこう。だがその前にもう少しやるべきことがある」

「計画だな」


アランは頷くと、懐から1台の端末を取り出した。


「こいつが持っていた端末で現在保管されている全ての〈オレンジウォッチ〉の場所が割り出せた。1つは大深部の総合実験場。

ここにあるのは全部回収してきた。もちろん真冬や部下たちが身につけていたものもな」


そう言って死体袋の横のチャックを開けると、全て床にぶちまける。


「残りは太陽がタイムトラベルを行ったこの実験室だけだ」


彼はブーツを履いた片足を振り上げると、思い切り〈オレンジウォッチ〉を叩き潰した。


「……この世のトップを仕留め、過去を変える手掛かりも掴んだ。あと俺たちがすべき事はこの〈オレンジウォッチ〉を全て破壊し、二度と過去に渡らせないこと。残りの関係者も仕留めること。それが終わったら、晴れて次のステップだ」

「ついにやるのか、革命を」


うずうずと興奮に腕を回すマグナムの言葉にアランは頭を振る。


「まずはこの実験場の〈オレンジウォッチ〉を1つ残らず破壊しろ。次に最上階の放送ルームだ。戦いもしない残りのクズ幹部共がここに籠ってる。そいつらを使って革命を起こす。……ここにいる仲間だけじゃない。全ての〈ゲットー〉に連絡を取っておけ」


マグナムと李は無言で頷き、お互いを称えるように3人は拳をぶつけ合った。

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