第14話 取材
2022年、3ヶ月後。
東京、お台場。
「本当に素敵なところね。みて!あの白い橋、下に電車が通ってるわ!」
「ははっ。あれはレインボーブリッジっていうんだよ。この島と都心部を結ぶランドマークかな」
「レインボーって、全部真っ白だわ」
「それは僕にもよくわからないんだけど、名前の響きはいい感じじゃない。100年後にはないの?」
「……ええ。多分戦争の空爆で無くなったのかも。それにこの海一帯はヘドロの塊で人が立ち入れるような場所じゃないわ」
三日月の問いに太陽は寂しそうな笑みで答えると遠くを見つめる。
そよ風と周りの話し声だけが響く中、徐に店員が明るい声色でテーブルへやってきた。
「お待たせしました〜」
「ありがとうございます。ほら太陽、パンケーキが来たから食べよう。ここのは凄く美味しいんだよ」
「そうね、それじゃあいただきます。……んー!」
タワーのような生クリームとふわふわの生地、トッピングのベリーを口いっぱいに運んだ太陽はその大きな瞳が見えなくなるほどの満面の笑みを浮かべる。
「……美味しいでしょ?」
「ええ!!こんな美味しいの初めて食べたわ」
太陽は夢中でパンケーキを口に掻き込む。
「そんなにがっつくと喉詰まらせるよ」
三日月は微笑ましくそんな彼女を見つめる。
新鉱物〈レーソニウム〉の居所を掴んで現代に戻った2人は、正史より一刻も早く小説家になって鉱物調査資金を集めるべく執筆活動を開始していた。
会社が休みである週末の今日は、息抜きとして太陽に現代社会を堪能させるべくお台場へと連れてきたのだ。
食事を終えた2人はたくさんの店が入るショッピングモールを散策し、服や雑貨を見たりゲームセンターでサメのぬいぐるみを取ってみたり。
はたから見ればただのカップルのデートにしか見えないが。実は曾祖父とひ孫。
その奇妙な関係に改めて違和感を感じつつも、太陽は100年後にはないものばかりの平和な休日を存分に楽しんだ。
時刻はすっかり夕暮れ時。
外に出た2人はベンチに腰掛け、夕陽に照らされる自由の女神と東京湾を眺めていた。
「……本当にこの時代は居心地がいい。それに今日は楽しかったわ。ありがとう」
太陽はサメのぬいぐるみを大事そうに抱き抱えながらポツリと呟いた。三日月はそんな彼女を見て頷く。
「楽しんでくれてよかったよ。僕も改めて100年後の事を詳しく聞けてよかった」
「執筆の参考になるならなんだって話すわ」
「助かるよ。それにしてもあれから3か月、1度も未来の敵は現れてない。きっとアランさんが止めてくれたんだね」
「当然よ。あの人最強だから」
太陽はサメのぬいぐるみを置くと、ポーチからナイフを取り出して眺める。柄の部分には左手首と同じく太陽のマークが彫られていた。
「それ、戦いでよく使ってるよね」
「11歳の時私を拾ってくれたアランがくれたものなの。自分の身は自分で守れるようにって初めてくれた武器。そして、初めて人を殺したのもこのナイフだった」
「……情報屋兼掃除屋の任務?」
重々しく口を開いた三日月の言葉に太陽は頷く。追い風が吹いて彼女の艶やかな黒髪を揺らした。
「アランから戦いの訓練を受けて1年が経った12歳の頃よ。日々水の奪い合いが起こる他の〈ゲットー〉と違って、〈渋谷ゲットー〉には当時から統治してたアランのお陰で皆の生活用水を貯める貯水庫が中心部地下に整備されたの。もちろんそれでも盗みや殺しは結構あったけど、最低限彼のコミュニティに属しルールを守れる者には水を分け与えられるように、というのが彼の考えだった。でもある日を境に大幅に水量が低下して、その情報調査を任されたのが私だった」
「最初は他の〈ゲットー〉民の仕業かと思ったんだけど、原因を辿る中で水量低下が同じアランに賛同する同じコミュニティの住民によるものだとわかった。犯人は私より年下の病弱な幼い娘を持つ父親で、密かに配管をいじって自宅に繋がるようにしていたの。配給とは別に他人より多く確保できるように、共存の精神にあぐらを掻いてね」
「じゃあ、その父親が裏切ったから……」
三日月の言葉に彼女は首を振った。
「それだけじゃなかった。アランの名の元に男の自宅へ踏み込んでみると、減っている水の量と保管・消費されている量が全然合わないことに気づいたの。問い詰めてもはぐらかすから尋問してみたら、抜き取った水のほとんどを他の〈ゲットー〉へ売り捌いてた事を吐いた。彼は病弱な娘を養うために取引をしてたのよ」
「その男は悪人じゃないわ。ただ娘を守る一心で魔が刺しただけ。でも、コミュニティを一度裏切った人間はいずれまた全体を危険に晒すと豪語していたアランからは殺害命令が出たの。私は命令通りこのナイフで男の頸動脈を切り裂いた。横で寝てる娘もね」
「ッ!」
目を見開く三日月を見て、彼女は嘆息する。
「わかるわ、残酷よね。でもそれがアランの考えだった。裏切りは裏切りを呼び、復讐は復讐を呼ぶから」
「……荒れ果てた世界での共存を保つため。そしてその後の復讐の連鎖を作らないためにってことか」
「そう。私もはじめは後悔に押し潰されたけど、やがて慣れていって気づいた。この世は肉体的にも精神的にも強い者だけが生き残れるって。だからアランには感謝してるわ。独りだった私を拾ってあの世界で生き残る術を教えてくれたから」
彼女は柄のマークを撫でる。
「そうやってこのナイフと共に10年以上修羅場をくぐり抜けて沢山の人を手にかけたし、血や死体なんか山ほど見てきた。お陰で〈ゲットー〉界隈で最強の女と呼ばれるまで強くなったけど、戦いも殺しも好きになんてなれないわ。この力はただ生き抜くための手段でしかなかったから。誰かに褒められるものでも正義でもない。だから正直いつ死んでもいいって思ってた」
だけど……。と口を噤んだ彼女は顔を上げた。
「地下室であなたの手記を見つけて全てが変わった。お父さんとお母さんを取り戻せるって生きる希望が湧いたの。それからこの時代にきてあなたに出会えた。私のひいおじいさん」
「太陽」
「そしてあなたのおじいさんの……私の祖先でもあるわね。彼の言葉に元気をもらったの」
「……〈生きている内だけが人生〉」
三日月の言葉に彼女は微笑みを浮かべて頭を振る。
「その言葉を聞いて、この命ある限りやれるだけやりきってやろうって思えた。でも……」
「でも?」
寂しげな笑顔で下を向く太陽。
心配そうに顔の覗き込む三日月に、彼女はぶるぶると首を左右に振った。
「いいえ!何でもないわ」
「そっか」
「……」
「きゃあ!!!」
2人の沈黙を破るように突然誰かの叫び声が轟いた。
「なんだっ!?」
慌てて声のする方向へ向くと、陸橋の手すり
スレスレに屈強な肉体の男が1人の若い女性を捕らえて立っていた。
女性の首にはサバイバルナイフの刃先が当てられており、周りには人だかりが。
ひと目見て人質事件が目の前で起きていると2人は理解した。
「近づくんじゃねえぞてめえら!近づいたらこの女を殺すぞ!!」
男は鍛え抜かれた黒々しい腕でナイフを振り回して周囲を威嚇する。あまりの迫力に誰も近づくことができない様子だ。
立ち上がった太陽と三日月は息が合ったように瞬時に目を合わせると互いに頷く。
「太陽、僕があいつの気を引いてみる。その隙に近づいて倒せる?」
「当然」
「あいつの手が空いた所で、僕が女の人を救い出す」
「ヘマしないでね」
2人は現場へ走り出すと、
まず三日月が人だかりを迂回して反対側から前に躍り出た。
「おい!その女の人を離すんだ!」
三日月の一声に男が振り向くと、青筋を浮かべ彼に刃先を向ける。
「なんだぁヒョロヒョロ……。てめえ聞こえなかったのか!近づいたらこの女を刺し殺すってな!!」
「早まるな!いいか、あなたの名前は知らないけど……その人に罪はない。考え直すんだ」
男はフンッと笑い飛ばす。
捕らえられた女性は恐怖と驚きに完全に固まってしまっている。
「どうせこのまま生きてたって碌なことはねえんだ。仕事もクビになって金も女もねええ……だったらな、好みの女を殺ってひと想いに死ぬだけだ」
「いや違う!」
「あ?」
「未来はあなただけのものだ。望めば自分自身でどうにでも変えられる。変えるチャンスはまだある。選べるんだよ!」
「なにいってんだてめえ」
「マイノリティリポート。トムクルーズ主演のSF映画で予知通り殺人を犯す直前の彼にアガサが放った言葉さ。観たことない?」
「知るかそんなの」
「あなたはいま絶望の淵にいるかもしれない。でも世界の終わりでもあるまいし、幾らでも変えられるチャンスはあるんだ。だから間違いを犯す前に」
「ウダウダうるせえ!!」
三日月の言葉を遮った男は女性に向け思い切りナイフを振り下ろす。
「死ねこの……っぐはぁ」
「トロいわね」
だが、死角に回り込んでいた太陽が常人離れした速さで男の懐に入り込むと、素早い飛び蹴りで彼の顎ごとナイフを吹っ飛ばした。
「きゃっ」
「さあこっちだよ!」
すかさず男の手から離れた女性を三日月が救出。
それを目視で確認した太陽は、体勢を崩す男が陸橋から落ちないように手すりに着地して
彼を受け止める。
同時に宙を舞う男のナイフも空いた片手でキャッチ。完全に武力を封じた。
「ナイフの使い方もなってないわ。ゆっくり寝てなさい!」
そう言い放った彼女は、すかさず得意の足技で男の太い首を締め上げた。
「ぐぁっ……」
男は気絶し倒れ込む。
一瞬の静寂の後、辺りにはけたたましいほどの拍手が巻き起こった。
「あなた、大丈夫?」
太陽が女性の元へ駆け寄ると、彼女は顔を赤面させて小さく頷く。
「ほ、本当に本当にありがとうございます。お2人とも。その、特にお姉さん凄くかっこよかったです。助かりました」
「え?あぁ……いえ、よかったわ」
半目になりながら手を握って感謝する女性に、太陽は困惑しながら三日月へ助けを求める。彼はただ微笑ましそうにうんうんと頷くだけだった。
その後。
太陽は女性に名前と連絡先を聞かれたものの、未来からきた身分ゆえ丁重に断って大事になる前に三日月と共に退却。
男は野次馬が呼んだ警察により身柄を拘束された。
帰り道のモノレール。
すっかり闇夜が辺りを包みビルや街灯の光が宝石のように光る車窓をボーッと眺める太陽に対し、三日月はニコニコ顔を向ける。
「……なに?さっきからニヤニヤして」
「太陽。さっきの飛び蹴りジャッキーみたいで中々かっこよかったよ」
「あなたは相変わらず映画の例えで最悪ね。まさか人質犯にまで使うなんて。まあ、結果的にかなり気を引けたみたいだからよかったけど」
「引き出しがその辺しかなくてつい。……でも、いいもんでしょ?いい事して人に感謝されるのって」
三日月の言葉に太陽は再び車窓に視線を逃がすと、遠くを見つめながら含み笑いを浮かべる。
「そうね。あんな感情初めてだった。私の時代じゃ戦いは生き抜く手段でしかなかったから」
「時と場合ではヒーローになれる。……お、なんか色々インスピレーションが湧いてきた!」
「帰ったら早速執筆再開?」
「うん!太陽も手伝って」
「わかったわ」
「とりあえずはほら、お疲れ様」
「?……ええ」
拳を突き出す三日月に、彼女は少し照れながも恐る恐る拳を返す。
晴れやかな気持ちと三日月の優しさへの安心感に触れながら、太陽は深まる夜へと帰路に着いたのだった。
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