第9話 逆転

勢いよく吹っ飛ばされオフィスの床に転がる東野に慌てて駆け寄る三日月と真夏だったが、彼は2人を制止するとゆっくりと半身を上げる。


「……だ、大丈夫だ。衝撃吸収ベストとパンツを身につけてるから全然問題ない」


ホラな、とシャツを捲り厚めな灰色のベストを見せるも、擦り傷を負った肘や膝部分からはじんわりと血が滲む。


「いや問題なくないですよ!怪我してる!!」

「真夏ちゃんいいって」

「いいから動かないで!」

「……はい」


血を見て更にパニックになる真夏は、瞬時に傍のデスクから消毒液とタオルを取り出すと徐に彼を介抱し始めた。


それを後ろで微笑ましく眺めていた三日月の耳に、突然聞き覚えのある名前が轟く。


「……アラン?」


そう呟いて彼が思わず振り向くと、立ち尽くす太陽の目の前には短髪を逆立てた金髪碧眼の屈強な男が立ちはだかっていた。


「アランって……あ」


その名前が彼女の育ての親であることを思い出し味方だと一瞬安堵する三日月だが、アランの瞳に一切の光りがなく、白目が充血し生気がない様子に動きを止め周りを見渡す。


少し離れたところから彼らを観察する真冬は、相変わらずニヤニヤとしながらも右手を添えた耳元のワイヤレスイヤホンのような物に意識を集中しているようである。


「……いったい何が起きてるんだ」


違和感と共に太陽の危機を直感した三日月だが、背後の東野と真夏を気にしつつ自分が助けに入るべきか迷いを感じていた。



一方で、信じられないものを目の前にした太陽は思うように口が動かせない。


「アラン……どうしてあなたが」


彼女の頭の中でタイムトラベルした瞬間のことがフラッシュバックする。

100年後のオレンジ社の実験室で、インカム越しだったが確かに彼の断末魔とブラスター音を聞いたのだ。


アランは死んだ。


そう確信して胸が張り裂ける思いで100年前へやってきた彼女は、いよいよ彼の死を受け入れようと心を整理していた。

そんな矢先に再び目の前に現れた彼に今にも頭がどうにかなってしまいそうだった。


しかし彼女はそんな状況下でも冷静になるべきだと深呼吸して自分を落ち着かせる。

どんな時でも常に己を俯瞰し冷静に周りの物事を観察する事を忘れるな、というアラン自身の教えを改めて思い出した。


そして、自分を睨んだまま動かない彼をじっくりと観察してみる。



「……アラン?」


目の前にいるのに、焦点が合っていない。


「死ね」

「なッ!?……くっ」


すると彼は躊躇いなく反重力ガンを撃ち込み始めた。太陽は持ち前の反射神経で次々とエネルギー波を避けると、彼へ一目散に近づき反重力ガンを蹴り上げて手元から離す。


すかさず袖口からサバイバルナイフを出し襲い掛かるアランに彼女も素早くポーチからナイフを取り出し応戦。

互いの刃先がぶつかり甲高い金属音が響き渡る。


「アランどうして……ッ!」


更に間近で彼の目を見て違和感は確信に変わる。彼の目には一切の意志が見当たらず、全く彼女の存在を認識していなかった。


まるで誰かに操られているみたい。


そう呟いてハッとした太陽はすかさず真冬を振り向いた。


目が合った彼はニヤリとほくそ笑むと、自身の右耳についたワイヤレス端末を指差し何かを呟く。

するとアランのナイフを押す力が一段と強くなり、危険を感じた彼女はホルスターのポケットから超小型の催涙グレネードを取り出しアランに向けて投げつけた。


センサーで反応するグレネードは彼の顔を捉えると、漏れなく煙を浴びせ視界を奪い呼吸器にもダメージを与える事で一時的に動きを止めた。


その隙に彼からナイフを奪い素早く距離を取った彼女は、真冬の元へ一目散に走ると彼を殴り倒し胸ぐらを掴み持ち上げる。


「ぐっ……聞いた通りさすがの力だな」

「答えなさい!あなたアランに何をしたの」

「尋問も手慣れてるらしい。こえー女だよ本当に」

「御宅はいい!答えて」


胸ぐらを掴まれているにも関わらず動揺を見せない彼に焦りを感じる太陽。

真冬はスーツの内ポケットに手を入れると、ゴソゴソと注射器を取り出した。


「か、勝手に動くなっ!」


反射的に彼から離れる彼女はブラスターを構え頭に向ける。


真冬は嘆息すると手に持った注射器を指差して口を動かす。


「まあまあ落ち着け。正解はこれだよ。いわゆる洗脳剤だ。〈レーソニウム〉が組み込まれた特殊なナノマシンを直接脳内に打ち込むことで一時的に神経系統を乗っ取り、第三者が命令を下すことができる。操作はこの耳につけた端末。……ウチに侵入した奴を拉致して打ち込んだのさ」

「なにっ……」

「美しい武器だよ。使い捨てできるお前ら〈ゲットー〉のクズどもへの実験がなければ完成は遠かっただろう。感謝しなくてはな。結局は人体実験が成功への近道だ」

「……お前、絶対に殺してやる」


笑いながら軽々しく侮辱の言葉を並べる真冬に彼女の身体はワナワナと震え、ついにブラスターを彼の右足に撃ち込んだ。


「……くっ。女ぁ、やはりお前腕は一流だが感情コントロールは三流だな」

「ッ!」


しかし吹っ飛ぶも彼は血も流さずに立ち上がる。

焼けたスーツの合間には衝撃で少し焼け焦げたシールドスーツが顔を覗く。


「この俺がなにも対策せずに来たと思うか?我々が築いた帝国をこれ以上崩されるわけにはいかないんだよ。だから〈渋谷ゲットー〉の狂犬、お前にはいい加減死んでもらう」


真冬は太陽が動揺した隙に両手の袖からキーホルダーのサイズのブラスターライフルを取り出すと、ボタンを押して巨大化させ銃口を彼女の顔へ向けた。


「待て!!」

「ッ!?」


しかし、引き金を引く寸前で間に入った三日月の姿に慌てて動きを止める。彼の手には東野のブラスターガンが握られていた。


「僕を殺せないんだろ?いいか、銃を僕のところに滑らせてから今すぐアランさんの洗脳を解くんだ。僕は今すぐにでもお前を殺せる。そのシールドスーツ、確かに1発じゃ表面が焼ける程度みたいだけど明らかに耐久性は落ちてる。5発撃てばどうかな」


迷いのない瞳で真冬を射抜く三日月は、スッとブラスターガンを彼へ向けると先程太陽が撃った場所に2発撃ち込んだ。


「ぐっ……」

「あと2発かな」

「わかった。渡す」


本気だと悟った真冬は両手に持ったブラスターライフルを彼に向けて床に滑らせる。

三日月はすかさず拾うと、見よう見まねでボタンを押して小型化させポケットに仕舞う。


「ワシントン家の資料では若い頃の鈴木三日月は虫も殺せないようなとても臆病な人間と聞いていたが、銃を向けて人を脅すようになるなんてな。まさか自分のひ孫と出会ってこの短期間で変わったっていうのか」

「いいから洗脳を解くんだ」

「いや、コントロールなら今すぐにでも辞められるが洗脳を解くのは無理だ」

「……どういうこと?」


真冬は鼻を鳴らす。


「ひ孫と違って冷静で何よりだ。薬と一緒だよ。一度注入すれば時限的に効果が続くからその間こっちが強制的に意識を戻すことはできない。俺は、あくまで混濁して意識に囁いただけだからな。まぁ1週間ほどで戻るんじゃないか。……それまでにお前らがアランに殺されないでいられるかは疑問だがな」

「なに……」

「さて、その隙にお前のひ孫は大丈夫かな?」

「ッ!……太陽後ろだ!」


真冬の言葉が常に自分から意識を逸らすためだと気づいた三日月は、あえて振り向かないまま彼女の名前を叫ぶと、彼へタックルした。


対する太陽は三日月の言葉で即座に背後を振り向くと、電気警棒を振り翳し襲い掛かるアランの攻撃を素早い身のこなしで避けた。


「危ないところだったわ。……三日月!」

「太陽!君はなんとかして彼の洗脳を解くんだ!君にしかできない。僕は、コイツを止めて操作端末を壊すから」


彼女は三日月へ心配の目を向けるも、真冬へのタックルで動きを止めながら必死に声を絞りだす姿に、力強く頷いた。



真冬を三日月に任せ、太陽は改めてアランと対峙する。


彼が再び振り翳す電気警棒を避けるも、間髪入れずに繰り出される重い蹴りをモロに腹に喰らい血を吐いて倒れ込む太陽。


更にアランは隙を与えず彼女にのし掛かりワイヤーで両足を縛ると、完全に動きを封じるべく彼女の両手を掴む。


「アラン……目を覚まして!」


育ての親でありあらゆる戦闘術を叩き込んだ師匠だけに上手な彼だが、太陽も負けじと抵抗し必死に呼びかける。


その瞬間。

彼女は情報屋兼掃除屋として駆け出しの頃にアランから言われた事をふと思い出した。


重度の洗脳は記憶喪失と似通ったところがあって、解く手段として同じ手が使える。

それは相手の最も記憶に残っている過去の物を見せつけること。

特に近しい間柄の場合、お互いにとって印象づけられているものを見せると、強烈な視覚情報の刺激から瞬発的に自分を取り戻す場合がある。……と。


そして彼女は、ごく自然と自分の左手首の太陽型のアザを彼の青い瞳の前に翳した。


「アラン、私よ!」

「……ッ!」


アザを見て彼女の声を聞いた途端、アランは全身を硬直させた。


アザの先にある幼い頃の太陽が彼の視界に映り、その瞳に光を取り戻す。


「太陽……ぐはッ!」


そう呟く彼の言葉を聞いた瞬間に彼女は左頬へ強烈なパンチをお見舞いすると、見る間にワイヤーを切って立ち上がる。


「……相変わらず良い腕だな」


切れた唇から滴る血を拭いながらそう微笑むアランに、完全に正気に戻ったことを確信した彼女もニカっと笑う。


「殴る前に元に戻ってたぞ」

「念の為よ。過去で何が起きても冷静に物事を観察した結果ね」

「そんな事も言ったな。……すまなかった、太陽」

「いいわ。それにあなたのお陰で100年前に来て、ちゃんとひいおじいさんに出会えたから」


ほら。と彼女は真冬と格闘する三日月を指差す。


「彼か」

「ええ。ただ、今ちょっと困ってるから助けてあげて」

「そうだな。2人で助けよう」


そう言って彼らは走り出すと、飛び蹴りを真冬にお見舞いしてみせた。


「ぐはぁッ」

「太陽!」


人形のように軽々吹っ飛ぶ彼に、アランは反重量ガンを拾って撃ち込む。

動きを封じられ宙に浮かされる真冬は先程までの余裕さは見る影もなく、鬼の形相で口を開く。


「太陽にアラン!貴様らいったい何をやってるかわかってるのか!!時間軸が開放されているいま過去を変えれば、貴様らなんて産まれてすらこないかもしれないんだぞ。産まれても出会わないかもしれない!」


太陽とアランは互いに顔を見合わせると頷く。


「構わない。お前らが支配するあのクソみたいな未来が変わるならな」


そう言い放ったアランは反重量ガンを太陽に渡し操作を任せると、彼女からブラスターガンを受け取って宙に浮く真冬へ近づく。


「こ、後悔するぞこんなことして。新鉱物だって見つけられなければいずれ未来はもっと酷いことになる」

「しないし、あいつらがきっと見つけるさ。……あばよ、未来の独裁者」


そう言ってアランは引き金を引くと、ブラスターは真冬の頭のど真ん中を綺麗に撃ち抜いた。


電池の切れたおもちゃのようにピクリとも動かなくなった真冬は、太陽によって反重量ガンの拘束を解かれるとドサリと地面に叩きつけられる。うつ伏せの頭からは血溜まりができ始めていた。


一気に静寂が辺りを包む。


アランは一息ついて僅かに垂れた金髪を掻き上げると、逞しい背中を振り返りブラスターをサッと太陽へ返す。


そして徐に三日月を見遣ると口を開いた。



「……君の勇姿には感激した。俺はアラン」



そう言ってゴツゴツした手を差し出す彼に、三日月は緊張でドキマギしながら恐る恐る手を握り返す。



「ありがとうございます。僕は三日月。あなたの事は太陽から聞いてます。育ての親で〈ゲットー〉の親玉だとか」

「あぁ12年間一緒の親玉だ。三日月、君の事はあの手記で読んだよ。素晴らしい太陽のひいおじさんだ」

「えぇ。でも正直実感ないですし。ずっと未来の自分なんで今の僕ではないですけど」


アランは笑いながら首を振る。


「いいや紛れもない君自身だよ。この目で君の勇気を見れて安心した。世界を救おうとした太陽のひいおじさんが若い頃もちゃんと賢く勇敢な人だってことがわかったからな」


彼は満足気にそういって再び太陽から反重量ガン受け取り背中に背負うと、しばらく彼女を見つめて無言でぎゅっと抱きしめた。


「……あらん」

「よく頑張ったな、お前は強い子だ」


親代わりの大きな身体に包まれ、一瞬小さな子供のように震える彼女の頭を彼は優しく撫でる。


太陽の涙が止まるまでひとしきり抱きしめた後、彼は傍に横たわる真冬の死体を片腕で軽々担ぎあげる。


「じゃあ俺は未来に戻る。オレンジ社のトップを仕留めたことだし、コイツを持ち帰ってマグナムや李たちとあっちを守らないとな。それに、残りの〈オレンジウォッチ〉を壊して他の奴らがタイムトラベルしてくるのも防ぐよ。……その辺に転がってるやつの側近たちは後で奴らの端末を起動させてタイムトラベルさせておけ」

「ありがとう。アランさん」


三日月の言葉に彼は頷くと、〈オレンジウォッチ〉のタイムトラベル機能をセットさせて未だに涙の跡で目が赤い太陽と自信に満ちた三日月を見つめる。


「太陽、それに三日月。お前たちなら必ずトニーワシントンより先に〈レーソニウム〉を見つけて未来を変えられる」


彼はそう言うと、奥で地面にへたり込みながらも笑顔を浮かべる東野と真夏をチラリと見遣った。


「他に仲間もいることだしな。……2人とも、あとは任せたぞ」

「ええ!」

「はい!」


三日月と太陽の元気な返答にアランは再度大きく頷くと、笑顔のまま黒いワームホールの中へ颯爽と消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る