第8話 追っ手


話を終えた太陽がひと息つくのと引き換えに、ずっと置いてきぼりだった三日月が真っ先に口を開いた。


「……想像していたよりもずっと辛い現実だったんだね。僕が未来の技術にいちいち感激してたことなんか吹き飛ぶくらい。太陽、話してくれてありがとう」

「ええ。話せて良かったわ」


三日月の脳内で太陽と初めて公園で出会った瞬間がフラッシュバックする。あの時彼女が泣きながら育ての親である兄貴分の彼の名を呼んでいたのは、直前に彼を亡くしてしまったのだろうと想像し胸が締め付けられる思いがした。


「でもこれでますます君を助けたくなったよ。とにかくまずは君のひいおじいさんに会う事、そして〈レーソニウム〉を一刻も早く見つけなきゃだね。トニーワシントンに利用される前に」

「……三日月」


突き抜けるような優しい笑顔を向ける彼に、太陽はアランと重なるのを感じた。

同時に彼女は驚いていた。なぜ目の前の青年はこれほどまでに自分を気にかけてくれるのか。てっきり全てを曝け出して引かれてしまうのが関の山だと話す前から覚悟していたからだ。


「……話したいことも整理したいことも山ほどあるがな、まずは言わなきゃいけないことがある」


これまで黙っていた東野がふと神妙な面持ちでそう呟くと、深いため息を吐く。


「太陽ちゃん。とにもかくにもお前はセキュリティを解除してこの時代にタイムトラベルしてきたわけだ。それはつまり時間軸を開放しちまったってこと。とすると、〈オレンジウォッチ〉を奪われた未来の奴らはどうすると思う?」

「……追っ手が、こっちにくる」


ハッとして呟いた三日月の一言に東野はそうだ。と強く言わんばかりに人差し指を太陽へ向け突き上げる。


「とにかくここは危険だからすぐに離れるぞ。オレンジ社の奴らは必ずタイムトラベルの痕跡を辿ってくる。出現した時点と、昨晩一夜を明かした三日月の家はすぐにバレる」

「でもあなた、逃げるって一体どこに」

「うちの会社に行こう」


突拍子もない三日月の一言に、2人はキョトンとした目で振り向く。

そんな彼らを尻目に三日月は口を動かす。


「今まで1年半。……向こうの時間で少なくとも2ヶ月、東野さんは見つかることすらなくこの時代で過ごせてる。僕の仮説なんだけど、それは恐らく時間軸がロックされていたおかげだけじゃなく、〈オレンジウォッチ〉そのものが起動した状態じゃないと探知できからだ」

「三日月、あなた一体何を」

「しっ」


遮ろうとする太陽を東野が制止した。

三日月は申し訳なさそうに太陽を見遣る。


「黙っててごめん。……実は、昨晩見せてもらった〈オレンジウォッチ〉を君が寝ている間に詳しくいじってみたんだ。君の話からオレンジ社から奪ったものだろうと思ったから、まず奴らが位置情報を探知できるGPS機能があるかもってね。スマホみたいに」

「え?そんなことどうやって……」


驚きと混乱が入り混じり声を上げる太陽だが、構わず三日月は続ける。


「で、色々調べて見てわかったんだ。現代のスマホの場合はbluetoothのビーコンによって電源がオフでも探知できるようになってるけど、〈オレンジウォッチ〉にはそれに該当するものが一切なかった。なぜないのか詳しい原理までは流石に解らなかったけど、恐らくは〈レーソニウム〉自体がカギ。つまり、端末を起動するときに端末自体が発する強力な電気信号との化学反応によって、〈レーソニウム〉の入った動力源となるエナジーセルが初めて活性化するんだと思う。……かなり繊細な未来の技術で作られているよこれ」

「まあだから、逆を言えば完全に電源を切って放電した状態なら〈レーソニウム〉はただの石同然だから大丈夫ってことだよ。現に東野さんの〈オレンジウォッチ〉は死者の宝箱みたいな厳重な箱に保管されてた、まさにずっと発掘されていない宝みたいに」

「厳密にはパイレーツオブカリビアンの死者の宝箱の中身はデイヴィジョーンズの気色悪い心臓だったがな。……映画ネタはもういい。要は太陽ちゃんの〈オレンジウォッチ〉もここで電源から切っちまえば座標はこの店で途絶えるってことか」


纏める東野に三日月は大きく頷く。

太陽は驚愕と呆れが混じった顔で自信の腕に巻きつけた〈オレンジウォッチ〉の電源を落とした。


「……幸太郎さん。あなたそれも知ってたんじゃないの。元オレンジ社の科学者だものね。それにさっきから思うんだけど、あえて三日月が話すよう誘導させてる気がするわ」


太陽の指摘に東野は答えず、ただ首を横に振る。


「まあいいわ。それより三日月の抜け目なさと天才さに空いた口が塞がらないんだけれど」

「……だな。ま、映画オタクで科学オタクだからな」


東野がニヤニヤしながら頷くと、〈オレンジウォッチ〉に夢中の三日月へと視線を戻す。


「とにかく電源も切ったし、三日月の会社に移動するぞ。土曜でも入れるんだよな?」

「うん、社員証があるから。それに誰も働いてないから隠れるのに丁度いいかも」

「いいね。それじゃあすぐに支度していこう。車はこのビルの前に停めてある」

「……たった1年半で自分の店に車まで。大したものね」

「まあな」


嫌味っぽく呟く太陽に東野は多くは語らずしたり顔を向けると、キッチン下からバックパックを取り出し外へ出た。


30分後。


軽快なジャズをBGMに走る東野のアウディは渋谷駅を抜け、陽が暮れ掛けの六本木通り沿いを進む。


太陽は車の窓を開けると外の景色をじっくりと眺める。同じ場所なのに100年前はこんなにも美しかったのかと羨ましさを織り交ぜながら。


横に座る三日月はそんな彼女の寂しそうな横顔をただ黙って見つめていた。



交差点を右折すると、見えてきた巨大なガラス張りのビルと〈カクメイ社〉というロゴを横目に地下駐車場へと車を押し込んだ。



「よし、とりあえず今日はここを拠点にして次の動きを考えよう。三日月、案内よろしくな」

「うん、2人もこっちだよ」


車を降りた3人は三日月の先導でエレベーターへそそくさと乗り込むと社員証を翳して5Fのボタンを押した。


沈黙が流れる密室で太陽は三日月をチラリと見遣る。


「どうしたの、なんかついてる?」

「……いえ、なんでもないわ」

「?そっか」


笑顔を向ける三日月に太陽は首を振って視線を逸らす。首を傾げて前を向く彼だが、彼女は再度考え込むように横顔を見つめた。

そして彼がまた視線に気づいた途端にエレベーターは動きを止め扉が開かれる。


「おー!ひっさびさに来たけどやっぱオシャレなオフィスだよなー」

「……すごいわ」



案内してくれと言いつつ真っ先にエレベーターを降りた東野は、夕陽が差し込むガラス張りの天井の吹き抜けや植物が張り巡らされた開放的な空間に心躍らせる。太陽も思わず感動して声を漏らした。



「あなたこんな素敵なところで働いているのね」

「まあ成果はからっきしなんだけどね。あそこが僕のデスク」


太陽は彼が指差す書類が散乱して乱れたデスクを見て思わず含み笑いを浮かべる。


「……ごめん、昨日コンペ落ちて荒れてたから」

「違うの。私の部屋も同じぐらい物が散乱してたから似てて笑っちゃった」

「そうなの?」

「ええ。まあ天才ってそういうタイプ多いらしいわよ。アランにも皮肉られた」

「君はそうでも僕は違うよ。天才なんかじゃない」


苦笑する三日月の横顔を太陽は真剣な眼差しで見て改めて思った。この男はただ純粋で無邪気で天然な天才なのだ。と。

そう、1晩で〈オレンジウォッチ〉の機能を理解し弱点を見つける天才。


自然と彼女の口が動く。


「ねえ私思うの。多分あなたが……」

「あれ三日月くん!?」

「ッ!」


背後からの突然の大声に2人は反射的に振り向く。そこには彼にとっては見慣れた黒髪ポニーテールの女性とオールバックの男が立っていた。


「真夏さんに冬至くん……2人ともどうして」


混乱する彼の言葉に三日月の同期で総務の真夏は気まずそうに口を開く。


「ほら、昨日話した来週のエンジニア発表会に向けてケータリング調達とか会議室設定とか準備が間に合うか不安だったから今日会社きてやっちゃおうって思って。で、昨日部署間の飲み会に冬至くんも来て話したら掃除も含めて手伝ってもらってくれることになったの。結局日程も週明けに早まったから……三日月くん大変そうだったし」


消え入るような語尾を呟く彼女に対し、横に立つ営業部の新卒で三日月の後半である冬至はニコニコと笑みを浮かべている。


「……ていうか、三日月くんこそどうしたの?随分美人な女の子連れて会社来てるけど、デートか何か?」

「え、いや違うよ!ちょっと話すと複雑なんだけど」

「はいはい!ちょっとごめんなさいねー」


不機嫌そうな真夏と慌てふためく三日月の間に入った太陽は機転を効かして徐に右掌を差し出す。


「幸太郎さんのカフェの常連なの。今日は3人できていて彼にオフィスを案内してもらってるところよ。私、太陽で彼の友人。呼び捨てでいいわ、よろしく真夏」

「え、あ、はい。こちらこそ……太陽?ていうか三日月くん東野さんのお店行ってたんだ。へえ。……あの、私は三日月くんの同期。で、隣の冬至くんは三日月くんと同じ営業部の後輩」

「どうも〜」

「……」


真夏と握手を交わしながらチラリと冬至を見た太陽はスッと目を細める。ふざけた口調とニヤニヤと吊り上がった瞳に嫌悪感を覚えると同時に彼の腰元に違和感を覚えた。


「ちなみに幸太郎さんはあっちにいるわ」


太陽が指差す方向へ真夏と冬至が振り返ると、その先に立つ東野は驚愕に顔を歪めていた。彼は顔を1ミリたりとも動かさないままゆっくりとハット帽を脱ぐ。


「あ!東野さんお久しぶりです」

「……お前」


笑顔で迎える真夏の言葉も今の彼には右耳から左耳へと通り抜けるだけで全く響かない。

見開いた瞳も、ただ彼女の横でニヤリと口角を釣り上げる冬至を射抜いている。


「真冬……ワシントン」

「ッ!!マフユ。なんでばれたの」


東野の言葉に太陽の顔も強張った。

自然と腰に巻いたホルスターのブラスターに手が伸びる。


「え、あの東野さん何言ってるんですか?彼は今年入社した新卒の冬至くん。会ったのは初めてかもしれませんが、誰かと勘違いしてないですか?」

「そうだよ東野さん。それに現に俺と真夏さんは昨日も会ってるし」


混乱する真夏と三日月は奇異の視線を東野に向ける。


一方で冬至は一切動揺を見せず、右腕を振り上げた。


すると爆発と同時に窓ガラスや壁が吹き飛んだかと思えば、あらゆる方向からブラスターライフルを持った黒づくめの男が7人現れ、東野と太陽に襲いかかる。


「え?!きゃあーー!!!」


突然の出来事に理解が追いつかない真夏を余所に、太陽と東野は息を合わせたかのように素早く動き出すとブラスターガンで男らを次々と撃ち抜いた。

太陽に至っては掃除屋らしくナイフやワイヤーなど小道具も最大活用し確実に1人ずつ仕留めていく。


「なになになに!!?」

「危ない!」


パニックになる真夏を反射的に庇った三日月は彼女を離れさせる。


結果的に軽々と6人を倒した太陽と苦戦しながらも1人を倒した東野は、お互いにブラスターガンを冬至に向けた。


2つの銃口を向けられ張り詰めた空気の中、彼はゆっくりと口を開く。


「……ひいお爺様の顔が俺と似てて助かった。そう、俺は真冬ワシントン。ワシントン家の跡取りで最近父上が引退して今ではオレンジ社の最高経営責任者だ」

「ッ!!マフユ……〈新宿ゲットー〉の奴らに手記を探させたあの」


自分が真冬であると認めた彼は、銃口を2つも向けられているにも関わらず余裕の笑みを浮かべて2人を交互に見る。青筋を浮かべた太陽の方は今にも引き金を引きそうだった。


「東野ぉ……まさか社の裏切り者にここで会えるとは。元気に100年前を楽しんでるみたいだな」

「まさかトップ直々にやってくるとはな。自分の曾祖父になりすまして本人はどうした?」


真冬は鼻を鳴らし首を振る。


「当然手は掛けてないさ。そんなことしたら自分を殺すことになる。今は眠らせて管理下に置いてる。前後の記憶も消してな。それにしても女、話に聞いた通りやはりかなり腕が立つようだ」

「動かないで!」


太陽は自分へ目を向け動いた真冬を咄嗟に牽制する。だが彼の笑みは変わらない。


「〈渋谷ゲットー〉の狂犬、太陽。話には聞いていたが会ってみれば可愛い顔したただの小娘だな。……お前が例の手記を持っていることは知っている。大人しく渡せ」

「あなた自分の状況をまるで理解していないんじゃないかしら。可愛い部下が全員殺されて追い詰められてるのに」

「理解はしてるさ。ただちょっと段階を踏んでるんだ。手記を奪ってお前たち2人を殺せば万事解決だがそれじゃあ少し面白くない。駒もまだあるしな」

「苦し紛れよ!さあ大人しく両手を上げて膝を突きなさい」


怒りがはち切れんばかりの太陽に対し、真冬は意外にも素直に腰を落とすと相変わらずの笑みを浮かべ再び口を動かす。


「……なあ太陽。死ぬ前に1つ面白い事を教えてやろう」

「喋るな!」

「いいから聞けって。手記を書いたお前のひいおじいさんってのはな、そこで女を庇ってる鈴木三日月だ」

「ッ!」

「え?」


彼の言葉に一同は目を見開き固まる。だが最も驚いているのは三日月本人だった。


「い、いったいどういう……僕が太陽の曾祖父?」

「……三日月」


動揺を隠せない三日月。思わず顔を見合わせた太陽も焦っているのが見てとれた。

そんな彼らを一瞥して真冬は続ける。


「だから俺は絶対に今のコイツを殺せない。この三日月はSF小説家として成功し稼いだ金を元手に会社を辞めて科学者へ転向。そして奇跡の新鉱物を見つけだし共同創業者として2055年に我らがオレンジ社を創り出した。愛着を持っていたんだか知らないが、いまの会社が潰れた後このビルごと買い取ってな。……だからこそお前らを待ち伏せできた」

「なっ……」



三日月と真夏は空いた口が塞がらないという様子。太陽と東野は噛み締めるように聞いている。


「だが社の創設のキッカケは俺のひいおじい様こと冬至のおかげ。カクメイ社の部長に過ぎなかった彼は、新鉱物を見つけた三日月の情報を当時の取引先であったトニーワシントンに流し親密になったことで貴族ワシントンファミリーの一員に迎えられた。トニーの妹と結婚してな。強かな男さ」


そこまで言って、スッと真冬の顔から笑みが消える。


「だが、全てを裏でかき回してた彼も三日月が新鉱物を見つけた場所だけは分からなかったらしく記録もない。太古の昔からどこかに埋まってるという噂もあったが、まあそれは重要ではないんだ。結果的に〈レーソニウム〉は全て我々の手中にあるからな。問題なのは、それを使って三日月が開発したタイムトラベル技術にかかっているセキュリティロックの解除方法を唯一手記にだけ残した事」

「それさえ手に入れればタイムトラベル技術は完成し我々は完璧になる。……だから最後の警告だ太陽。この俺に手記を渡せ」


ドスを効かせた真冬の言葉と共に突然東野の背後から発せられたエネルギー波が彼の身体を宙に持ち上げられると、勢いよく吹っ飛ばした。


「幸太郎さん!!」

「東野さん!!」


叫び声と共に三日月と真夏は東野の元へ急いで駆け寄る。

2人に彼を任せた太陽は瞬時に背後を向きブラスターを撃ち込んだ。


「無駄だ」

「ッ!?」


だが、銃撃は聞き慣れた声の主が射出した電磁シールドにより弾かれ太陽は顔を強ばらせる。


「なんであなたがいるの……アラン」


目の前に立つのは、反重力ガンを手にした彼女の育ての親であるアランだった。



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