第7話 手記の中身

翌日。


大昔に若者向けのファッションビルとして街の象徴だった建物はツタが張り半壊しており、象徴的な109のロゴもボロボロな状態だ。


アランはその最上階に構えた自分の城に太陽を招き入れていた。



退廃とした外観や周りの景観とは正反対に厳重なセキュリティ網が敷かれハイテクさを醸し出しており、広大な室内には所狭しと武器が並べられている。

更に壁にはオレンジ社や〈キャピタル〉に関する情報が散りばめられておりまるでスパイの隠れ家のようだ。



「お前を俺の部屋に入れたのはこれが初めてだな」


アランは黒革張りの社長椅子に座ると、クルッと回して向かいに腰掛ける太陽を見る。



「ええ。まさかこんな進んだアジトだったなんて想像もしなかったわ」


彼女の言葉に彼は苦笑する。

2人の間にあるテーブルにはオレンジ社のロゴ入りの手帳が置かれていた。


太陽は部屋中を見渡し壁に掛かったオレンジ社のポスターや資料を注意深く観察する。


「……気になるか」

「当然よね。話にも聞いたことなかったから。あなたには〈ゲットー〉で生き抜く術を教えられてその中だけで生きてきたし。というか、呼び出したのもコレ関係でしょ」


嫌味たっぷりの彼女の口調に彼は息を漏らす。


「そうだな。よし、お前がしようとしている質問にまず率直に答えよう。……俺はずっとオレンジ社を調査してきた。お前に出会う前からな」

「これを見る限り、そうみたいね」

「俺の両親が俺が小さい頃に死んでるのは知ってると思う。原因がお前の両親と同じくオレンジ社の労働に駆り出されての事故ってこともな。だがそれだけじゃなく、その死がオレンジ社からの伝言で知らされたのみで、遺体すら帰ってくることはなかったことも一緒だった」

「最初は特に疑問も持たなかった。だがその後数年の間に周りにいる大人たちも何人か選別されてオレンジ社の労働に駆り出されるも、結局誰一人壁の向こうから帰ってくることはなかった。同じく遺体は帰らずにな」


太陽の目から光が消える。アラン以外にも自分と全く同じ境遇のものがいたことを彼女は知らなかった。


「俺はそこで初めて何かがおかしいと思った。そして知りたくなった。一体壁の向こうで何が行われていてオレンジ社は何を隠しているのか、と」

「オレンジ社を調べるようになったのはその頃からだ。情報をかき集める為にまずこの〈渋谷ゲットー〉のトップを目指した。相手はこの世の支配者だからな。無闇に詮索すれば力のないただのガキじゃ碌に得られるものもなく殺されるか朽ち果てるのが関の山だ」

「そこからは今の仕事と一緒さ。両親受け売りの武器知識や自前のサバイバル力、腕力でのし上がった。取引も上手かったしな」

「そしてトップになって情報網が広がり、ツテを辿ってそこで初めてオレンジ社から〈ゲットー〉民へ依頼されていた仕事内容を知った。それは戦後放射線濃度の上がった〈キャピタル〉内。つまり壁の向こうにある危険地帯での放射線除去作業だった。ありそうな話さ。ゴミみたいなスラム住民に汚れ仕事をさせるなんてのはな」


アランは一息つくと、壁に掛かった数枚の東京の地図に視線を移した。そこには23区を中心に赤〜白の濃淡が年代ごとに示されている。


「だが俺は独自で戦後の東京エリアの放射線濃度の記録を徹底的に調べてそれはまやかしだとすぐ見破った。これは戦争後の2073年から10年ごとの放射線濃度の分布図だが、戦後20年の時点で爆心地の23区でさえ放射線濃度は80%以上低下していた。都心から離れた多摩地区、つまり現在の〈キャピタル〉なら尚更低いわけだ」

「……除去はカモフラージュでもっと〈ゲットー〉民を使う理由があったってことね。しかも絶対に住民を返してはならない程の理由が」


太陽の言葉に彼は強く頷く。


「多くの我々〈ゲットー〉の民はオレンジ社のについて知らない。いや、知ることができない。せいぜいこの世を支配してる王様みたいなものってぐらいだろ」

「だから次にオレンジ社について調べるために武力だけでなく情報に強い部下を集めてチームを形成した。それが今の李やマグナム達だ。今では優秀な妹分もいるがな」


冷ややかな彼女の視線を気にせず、彼は続ける。


「そして事業や歴史を調べ、奴らが〈レーソニウム〉という奇跡の新鉱物を発見し独占して世界を支配していること。更にはその金属と技術を使い様々な兵器や装置を開発して各国政府に売りつけ大儲けしている事実を知った。大戦の引き金にもなったものだ。そこで俺は、まず奴らは〈レーソニウム〉を使った兵器開発における人体実験として〈ゲットー〉民を利用していると考えた。……これは当たってたよ。〈キャピタル〉の富裕層や身内にはできない化学兵器の実験とか、使い捨てにできる俺たちを使ってたんだ」

「……そんな」


アランは額に手を当てると、怒りと悔しさに眉を顰める。それを聞いた太陽も同じだった。


「そのままオレンジ社に殴り込んでやろうと思ったさ。多分、俺の両親も実験に使われてそのまま殺されたんだろう。IDもない貧民でおまけに難民だからな。都合が良い。俺を守る為に高額で仕事を受けたんだと思うとやり切れない」


だが……。と彼は顔を上げる。


「ある時オレンジ社を探っていてとても興味深い資料を見つけた。奴らは〈レーソニウム〉を使用して長年新技術の開発に挑み形にしたが完成に手間取り焦っていると。しかもそれは創業当初からの夢だそうだ」

「俺はそこでふとオレンジ社の創業について調べ直し不可解な点を炙り出した。まずオリジンや〈レーソニウム〉の発見場所や時期が一切記録に残っていなかった。創業時のトニーワシントンの生い立ちはわかったが彼はアメリカの民主政党にルーツを持つ資産家の息子……つまりただのボンボン。経済に強い以外特に目立った功績はなかった。科学に興味すらある様子もな。そんな男が一代で世界を支配する巨大IT企業を立ち上げられるのか、世紀の新鉱物をめざとく見つけ正しく保持・研究なんてできるのか」


彼は頭を振る。


「無理だ。だが創業当初から新鉱物を使った夢を追いかけてる。……タイムトラベル。それが可能かどうかなんて知識がなければ思いつきもしないことだろう。詰まるところは、遥か昔に葬られた知識と情熱を持った創業者が別にいると気づいた。そしてタイムトラベルの件と紐づけて見ると、別の創業者が持っていた知識があればそれは完成するんじゃないかと考えたんだ」


アランはテーブルに置かれた手帳を手に取り、太陽の目の前に掲げる。



「そして昨日これが現れて、全てが繋がったよ」


ペラペラと中身をめくり彼は大きくため息を吐く。


「……私のひいおじいさんの手記」

「あぁ。一通り読ませてもらったがこれはたまげたよ。俺の仮説は正しかった。奴らはずっとタイムトラベル技術を完成させるキーとなるこの手記を探していて、それが〈ゲットー〉のどこかにあると当たりをつけていた。俺やお前の両親を仕事と称して壁の向こうに連れてって尋問したんだろう。そして、その手記を書いた人物は科学者で〈レーソニウム〉を見つけた真の創業者だった。太陽、お前のひいおじいさんだ」

「じゃあ、私の話を信じてくれるの?」


不安げな彼女にアランはふふっと鼻を鳴らす。


「俺がお前を信じなかったことがあったか?それに、昨日奴らがこの手記を追ってたことが何よりの裏付けだな。まさか〈新宿ゲットー〉の奴らを駒づかいにしているとは驚きだが。……しかし、これを1週間も1人で抱えるのは辛かったろう」

「……ええ、まあ」

「まあ、これをお前のおじいさんに遺したひいおじいさんも凄い勇気だ」


アランは再度ボロボロになった黒革の手記を開いた。一部擦れて見えなかったが、大まかに分類すると内容は以下の通りだ。



・世界のエネルギー事情を一変させた新鉱物〈レーソニウム〉は科学者に転換した曾祖父本人が2045年に発見。(場所は記載なし)

・彼は〈レーソニウム〉を研究しほかに類を見ない強力なエネルギーがあることを突き止め、飛躍的な科学の発展を確信。 

・彼に近づき起業を提案したトニーワシントンと共に共同出資でオレンジ社を創業。曾祖父は当初平和をもたらせる様に主に医療やインフラ用途を考えていたが、その中でタイムトラベルの可能性について発見。危険性も含め独自に調査。

・曾祖父がタイムトラベル技術を確立し、機能を搭載したオレンジウォッチの試験型を開発。

(同時にタイムパラドックスの危険性も発見したため、パラドックスが起こらないよう時間軸をロックできるセキュリティも開発しデフォルトでロックして搭載。家族向けにはロック解除の手順を記載)

・一方裏ではトニーが〈レーソニウム〉を軍事利用して新兵器を開発しており、〈レーソニウム〉の保有権も支配するように。

・おまけにオレンジウォッチも盗用。

(しかしロック解除技術まで盗用できず、富裕層向けビジネスへの活用に向け保留)

・トニーは某国政府へ新兵器を大量販売。対立するアメリカにも同様販売しており、石油枯渇目前を機に不安定になった世界へ戦争を煽る。

・新鉱物を掌握して世界を手玉に取る目論見に曾祖父が気づいた時には時すでに遅し。株式の大半をトニーに買収されて社を追い出された上に彼の刺客に狙われている。

(恐らくこの手記を隠した後殺されたのだろう)

・曾祖父の祖父への謝罪と後悔。こうなる前にもっと早く共有し〈レーソニウム〉を隠しておくべきだった。

・2022年に。との記載のみ。

(詳細は不明)


以上。



アランは手記を置くと、両腕を組んで天井を仰ぐ。空気を循環させるファンは滞りなく回転を続けており、動揺する彼の心を落ち着かせた。


「つまりは先の大戦もこの荒んだ世界の現状も、全てはトニーワシントンが仕掛けたものだった。そして世紀の大発見と大発明をしたお前のひいおじいさんは都合よく利用されて消された。奴らに好き勝手に未来を変えられないよう〈オレンジウォッチ〉にセキュリティを掛けて解除方法は家族だけに残して……とんでもない話だ」


太陽は唇を噛むと、その小さな口を動かす。


「ひいおじいさんのSOSが回り回ってひ孫の私の元へ届いた。だから、私も決心したの」


アランは顔を太陽へ向けて戻す。

彼女の光の入った黒曜石の大きな瞳は真っ直ぐに先を見据えていて、彼は全てを受け入れる覚悟をした。


「アラン、私過去にタイムトラベルして今の未来を変えたい。ひいおじいさんに会ってこの酷い世界を変えたいの。どうなったとしてもお父さんとお母さんを取り戻したい。だからお願い、力を貸して」

「もちろんだ」


2つ返事に面食らう太陽だが、すぐに顔を綻ばせた。自然と涙が流れた。

アランは彼女の傍に腰掛け、涙を拭う。


「……ごめんなさい」


彼の優しさに触れ、思わず想いが溢れてしまう。


「12年前に同じ境遇のお前を路上で見つけた時、俺は正直安心したんだ。自分だけじゃないってな。一人っ子で孤独だったし本当の妹が出来た感じがした。そしてどんな事があっても守ると決めた。お前がどんな道に進もうともな」

「……アラン」

「だから、お前が過去に行って今を、未来を変える決心を全力でサポートする。もし未来が良くなってまたどこかで会えたら過去の話を聞かせてくれよ」

「ありがとう」


彼の嘘偽りない透き通るような心に包まれ、彼女は思い切り抱きついた。何年も隣で過ごした屈強な肉体がとても暖かく、よりたくましく感じたのは言うまでもない。


そして3ヶ月後。〈オレンジウォッチ〉の保管場所や侵入経路など必要情報を揃えた彼らは、李やマグナム、その他〈渋谷ゲットー〉の仲間と共に壁向こうのオレンジ社への侵入に成功する。


太陽の100年前へのタイムトラベルも。

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