第10話 コーヒーブレイク

アランが未来へ去った後。

真冬の部下が侵入した際の爆発のせいで瞬く間に消防沙汰になり、爆弾テロの可能性があると判断されたカクメイ社のビルは数日封鎖されることとなった。  


幸い既に真冬の部下7人の死体も全て未来へ送り返した後であり、現場の血も東野の小道具によって綺麗に隠滅されたため三日月ら4人は特に責めたてられる事もなかった。


しかし、会社も数日休みになった上にオレンジ社の旧社屋や〈ゲットー〉拠点であることなど、何かと未来の騒動の起点になる渋谷にいるのは危険と判断した彼らは場所を移す事にした。


なお真冬が成りすましていた本物の冬至は太陽により社内のロッカーに監禁されているのが見つかった。


彼は、正史では今後〈レーソニウム〉を発見した三日月の情報をトニーワシントンへ流し込む脅威となるため太陽が即始末しようとしたが、幸か不幸か真冬の部下によって打たれた薬があまりに強力だったため発見時点で既に衰弱しており、後に容体が急変し搬送先の病院で死亡が確認された。


そして翌日。


40kmほど離れた横浜は山手のとある公園に彼ら4人は集まっていた。


高台に位置し、明治期まで外国人居住地だった影響から美しい洋館や富裕層の邸宅が並ぶ一帯は落ち着いた雰囲気を醸し出しており、海沿いに築かれたこの公園からは横浜港とベイブリッジがよく見え風光明媚な景色が広がっている。


仲良くコーヒーを飲みながら太陽と三日月から未来の話を小一時間聞いていた真夏は、眉間に皺を寄せながら港に浮かぶ船を眺めて口を開く。


「……つまり、太陽も東野さんも100年後から来た未来人で太陽はスラム最強の殺し屋、東野さんは世界的大企業の科学者、そして三日月くんに至ってはその企業の創業者で天才科学者で太陽のひいおじちゃんてこと?!」

「あのね真夏。殺し屋っていう言い方には語弊があるわ。最強は認めるけど、正確には情報屋兼掃除屋。あくまで情報収集がメインだから私」

「一緒でしょ、あの瞬殺具合なら」


太陽の必死の抗議を一蹴しすると彼女は大きなため息を吐く。


「信じられないよねそりゃ。僕も正直まだ実感ないんだ」


慰めようと優しく声を掛ける三日月をチラ見し再度息を吐く。


「……昨日の見たら信じるしかないよ。特殊部隊みたいな敵に変な武器に謎の外国人まできて、あんな映画みたいなの初めて。東野さんは全身黒づくめのただのジョニーデップ気取りだって思ってたけど、事が終わったら途端にドラえもんみたいに謎の道具色々出して現場綺麗にしちゃうし」

「おい真夏ちゃん」


東野のツッコミを無視し続ける。


「それに三日月くん!元々科学や映画に詳しい凄い一面もあって、優しいけどちょっと気弱なとこもあって猫みたいなカーリーヘアと合わさってちょっと可愛い!って感じだったのに、敵に突進して立ち向かったり銃で脅したりおまけになんかあの変なタイムマシンの時計の扱いも慣れてて特殊部隊たちも未来に送り返しちゃうしなんかカッコいいとこもあるんだなって!」

「ちょっとストップ真夏!想いが溢れすぎ。ええと何、一応聞くけどあなたもしかして三日月の事好きなの?」

「え?……う、うん好き」

「あ……なんかはっきり言われると照れるね」


お互い顔を赤らめる真冬と三日月に呆れ顔の太陽は頭を抱える。


「まぁ側から見てたらそうだろうなって思ったけれど。……それにしても、興奮すると途端にマシンガントークに恥ずかしがり屋。何だか似た者同士ね」


彼女の言葉に東野はカラッと笑う。


「太陽ちゃんがひ孫とわかって安心したんだろう。多分太陽ちゃんライバルだと思われてたからな。ま、昨日の真夏ちゃんも母性全開でいい感じだったし、お似合いなんじゃねーか?」


その言葉に真夏はキラキラと目を輝かせると同時に、太陽を見てため息を吐く。


「……でも、三日月くんは太陽にベタ惚れっぽいから」

「えっ!あ、いやべ別に僕はそんなこと」

「……」


痛いところを突かれ動揺を見せる三日月と

顔を赤らめつつも複雑そうな表情の太陽に真夏は不満そうに目を細める。

一方で東野は楽しげにニヤニヤしながらタバコを噴かす。


「……やっぱり」

「そういや三日月、お前出会ったその日に太陽ちゃん自分ちに泊まらせてたもんな」

「え、そうなんだ。実のひ孫なのに……」

「いやそれはなんか色々と語弊があるよ!泊まらせてたのはそのまま夜外にいたら危ないからだし!……何より、ひ孫って知ったのはつい昨日だし」


語尾が下がる三日月を、太陽は相変わらずの複雑な表情で覗く。

そんな彼らを見て東野はパンッと両手を叩いた。


「とりあえず若者どもの恋愛事情は置いといてだ!そんなのな、ひ孫だろうが同期だろうが若いうちはヤりたきゃやっときゃいいんだ」

「……最低」

「急にセクハラおじさん味が強くなってきたわね」

「東野さん……」


ドン引きした目で見る3人だが、東野は新しいタバコを出して火をつけると負の視線を副流煙で振り払い口を開く。


「以上33歳独身男性からの意見!……よしいいか、コーヒーが丁度空になったところでもっかい今の状況を整理するぞ」

「まず100年後の世界を支配している悪の親玉でオレンジ社社長の真冬は死んだ。時間軸のセキュリティは解除されたままだがアランたちが止めてるから恐らく敵襲は大丈夫だろう。〈オレンジウォッチ〉は基本社の実験室や実験場にしかないから奴らがそこを抑えれば問題ない。そして太陽のひいじいさんが三日月であることもわかった。キーアイテムの手記も太陽が持ってる」


東野は徐に一服つけて灰を落とすと、太陽と三日月に目を向けて話を続ける。


「……つまり、太陽ちゃんと三日月。お前たちが次やることは一刻も早く〈レーソニウム〉の居場所を突き止めることだ。手記によると正史では23年先に三日月が見つけているらしいが、真冬の話から恐らく今もこの地球上のどこかにあの奇跡の鉱物が眠ってるのは間違いない。それも世界を変えられるぐらい大量にな。見つけてまず全部確保・保管する。奴の曾祖父である冬至は死んだが、絶対にトニーワシントンには接触させないようにな」

「でも、地球上のどこかってどこ?それに、確かその親玉さんは三日月くんが小説家で大成したお金で科学者になって採掘したって言ってたんだよね。採掘と保管はどうやって……」


不安げな真夏の言葉に、東野はチラリと三日月を一瞥する。


彼は考え込む表情で重い口を動かす。


「……小説家の方は、どうだろう。ずっとおじいちゃんに憧れてこっそり書いたり妄想したりしてたけど、実際世の中にまだ出した事はないから正直あまり自信ない。けど、未来の僕が出来たんだからやらなきゃ」

「だな。お前は俺と違っていい文書を書くんだ。1年見た俺が言うんだから保証する。それにSF小説の題材になりそうなぴったりの体験を今してるだろ?それに着色して書いてけばいい。半年後に俺のコネがある出版社で登竜門かつ大金が出るSF小説大賞の締切があるから、それを目指すぞ」


東野の後押しに三日月は自然と顔を上げていた。


「……そうだね、僕やるよ」

「私、総務で文書チェック得意だからそっちは任せて」

「俺も今まで通り見るぞ。元科学者として技術設定は指摘出来るしな。自信もて!」

「ありがとう真夏さんに東野さん」

「……さて、後は肝心の〈レーソニウム〉の埋まってる場所だが、どうだ三日月。心あたりはありそうか?未来のお前が自分の手で見つけたとなれば、恐らく記憶のどこかでその場所を知ってるだろうしな」


三日月が腕を組み考え始めたその時、ずっと黙り込んでいた太陽がふと声を上げた。



「ねえ三日月。そういえば出会った時に話してくれた亡くなったあなたのおじいさん、確か科学が大好きなSF小説家だったわよね。何か不思議な鉱物とかの話を聞いたことはないの?」


彼女の言葉に2人も三日月を見守る。彼は周りを見渡しながら考えた後、ハッとした表情で太陽を見た。



「……そういえばここ、14年前亡くなった日の朝におじいちゃんが連れてきてくれた公園だ。近くに住んでたんだけど、いつもここまで散歩して海を眺めるのが日課だったんだ。たまたま泊まってた僕を一緒に連れてきてくれた。その時たくさん何か話してくれてたと思うんだけど、11歳だったしほとんど覚えてなくて。ただ、とにかく色々宇宙とか科学の話を聞かせてくれてたと思う」

「それよ!」

「え?」


テンションが上がって声が上ずる太陽に対して彼は不思議そうに首を傾げる。


「いい、おじいさんと話したその日に行って内容を聞いてくればいいのよ」

「それって」

「決まりだな」


彼女の言葉に未だ目をぱちくりさせる三日月。東野も同調してバックパックから〈オレンジウォッチ〉を取り出す。


「これを使え。全部で3本あるが、1本は〈レーソニウム〉の探索用にとっておいた方がいいだろう。改造して探知機にしよう。2本は三日月と太陽ちゃんが持ってけ。時間の経過を見るのと、過去を変えてしまうリスクをなくすために2人体制の方がいい。100年後から俺たちが来たのと同じ原理で14年前と今では時の流れが違って3hの時差があるからな」

「助かるわ、幸太郎さん」

「……つまり、僕たちが過去へタイムトラベルして情報を聞き出すってことか。でも東野さん、3本とも使ったら東野さんが未来へ帰る分がなくなるんじゃないの?」


三日月の言葉に待ってましたと彼は人差し指を突き上げる。


「丁度最後にその話をしたかった。どこかのタイミングで誰かが時間軸を再度ロックする必要がある。ロックすれば以後の未来改変は止まる。それは、〈レーソニウム〉の場所を突き止めお前がお金持ちの科学者になって採掘・保管が達成した後だ」


そう言うと強く首を横に振る。


「だが俺じゃない。元々未来が嫌でこっちに逃げてきたし、特に帰るつもりもないからな。俺はこのままこの時代に残って右腕として三日月をサポートしたいと思ってる。全てを奪い世界を壊したトニーじゃなく、この東野幸太郎がこれからをお前とつくっていきたいんだ」

「東野さん……」


目を見開く三日月を強い意志で見遣った後、彼は自分を見つめる太陽に焦点を合わせる。


「だからロックは太陽ちゃんの役目だ。全ての事が終わり正しく時が流れることが確定した後、お前が時間軸をロックして100年後の未来へと帰るんだ。お父さんとお母さんに会うためにな」

「……幸太郎さん。ええ」


実は迷っている、という言葉を飲み込み彼女は小さく頷いた。


彼女の中で、大切な育ての親のアランに匹敵するぐらい自分の身を挺し戦ってくれた三日月の存在が大きくなっているのを感じたからだ。


このまま彼と現代に残って平和なこの世界で一緒に生きていけたら、変わっていく世界をこの目で見られたらどんなに幸せだろうか。


そんな、タイムトラベルする前の100年後では想像すらしなかった未来予想図を無意識に脳内に描いて苦しくなる。


「……太陽、大丈夫?ぼーっとしてるけど」

「え、あぁ。ええ平気よ」


彼女の気持ちを知ってか知らずか、三日月は真っ先に心配の言葉をかけてくる。相変わらずの優しい声色で。


そして彼は震える彼女の手を取る。


「不安だよね。大丈夫、絶対場所を突き止めて俺が未来を変えるから!」

「……ありがとう」



目が合った三日月の瞳は今までになく強く、太陽は切なさを感じつつも安心感にうんと頷いた。


そんな2人を微笑ましく眺める東野に太陽はふとカフェを出る前の事を思い出し訝しげに彼を見る。


「幸太郎さん。やっぱりあなた全部知ってたんじゃないの?三日月が私のひいおじいさんだってことも」


彼はクスリと笑いながら頭を振る。


「いいや。この時代を選んだのも偶然だ。……ただ、もし小説のアイディアを出し合ったり映画や科学の話をするこの青年がオレンジ社の創設者だったらいいな、ってずっと思ってた。そして急に太陽ちゃんがきて、全てが動いた」


本心からの言葉に三日月の心が震える。


「東野さん、僕絶対にやるから。この鈴木三日月が東野さんと世界をつくるよ。……いってくる」

「頼んだぞ」


東野が拳を差し出し、2人はグータッチを交わした。


「じゃあ太陽、早速行こうか。過去へ」

「そうね」


太陽と三日月は東野から〈オレンジウォッチ〉を受け取りそれぞれ腕へと巻き付ける。


「三日月くん!子供の頃の三日月くんも撮れたら撮ってきてねー!」

「いや真夏ちゃん、だから下手に干渉したら未来が変わるからダメなんだってば」

「あぁそうでしたねごめんなさい。……できればで」

「無音で遠くからな」


漫才のようなやり取りをする東野と真夏を尻目に2人は端末を操作してタイムトラベル先の時間を設定する。


「太陽、準備はいい?」

「ええ。あなたこそ、初めてのタイムトラベルで緊張してる?」

「……というより、ワクワクの方が大きいかな。時を超えるのにどんな化学反応が見れるかが気になるよ」

「やっぱり未来の科学者ね。三日月は」

「よし、今だ」


三日月の合図で2人同時に〈ACCEPT〉ボタンを押すと、時計を中心に黒いワームホールが現れ徐々に範囲を広げていく。


やがて黒い闇に身体を包まれ、東野と真夏の姿がボヤけ始めたかと思えば全身が熱くなるのを三日月は感じた。


「うぉ、なんだこの感じ」

「すぐに慣れるわ」

「太陽……ありがとう」


初めてのことばかり起こり動揺する三日月を手を握って落ち着かせる太陽。


彼らが目を瞑ると共に瞬く間に周りの景色は消え去り、漆黒の世界が広がると途端に意識を失った。

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