第5話 先駆者
彼の衝撃的な一言に警戒心と不安がマックスになる太陽と三日月に対して、東野はまるで捕まった子犬のようにバツが悪そうである。
「なんでそれを……あなたまさかオレンジ社の」
「まさかお前、オレンジ社の人間じゃないよな?」
「ッ!!……と、当然じゃない」
自分が差し向けようとした質問を返されてたじろぐ太陽だが、東野は安堵の声を漏らしタバコに火をつけて吹かす。
「それが確認できれば大丈夫だ。……三日月、黙ってて悪かったな」
「東野さん?」
「実はな、俺も未来から来た人間なんだよ」
彼はそう言って徐にキッチン裏の棚から金庫を取り出すと、鍵を開け中に置かれた3つのオレンジ色の腕時計を2人の前に掲げる。
「……オレンジ、ウォッチ。しかも3本も」
「でもどうして」
呆然と呟く太陽と、疑問ばかりが浮かぶ三日月に東野は頷く。
「……あっちの腐った世界に嫌気が刺してな
。1年半前に逃げてきた。ちょうどいまから100年後の未来からだ」
「100年後?てことは、太陽と同じ年から逃げてきたってこと??でも、彼女は昨日来たばかりだ」
混乱する三日月に東野は苦笑する。
「賢いお前なら理解してくれると思うが、
この時代と100年後じゃ時間の流れが違うんだ。ほら、お前が大好きなクリストファーノーランの映画インターステラーと一緒さ。1時間いると地球では7年経過する惑星の話を覚えてるか?」
「もちろん。アンハサウェイとマシューマコノヒーが水の惑星から宇宙船に帰ったら23年経過してたってやつだろ。巨大な重力を持つブラックホールが時を遅くしてるせいだって」
「流石だな。そう、つまり俺がいた100年後の未来が水の惑星なんだ。……こっちで1日いてもあっちじゃ3時間。1年半いても、僅か2ヶ月ちょいだ」
太陽はそれを聞いてハッとする。
「ちょうど私がオレンジ社を調べてた時だわ。……あなた何者?」
彼女の問いに東野は更に苦笑して、タバコの灰を灰皿に落とす。
「タイムトラベルについて知る者は多くない。隔絶された〈ゲットー〉地区のものは愚か、〈キャピタル〉の多くの富裕層でさえな。そもそも公開された技術じゃないからだ。だが俺は、資産家の息子でオレンジ社の科学者だった」
「なに……?!」
太陽の顔がまた強張り、その大きな瞳は怒りに溢れ彼を突き刺す。左手の指先は腰元に付けたポーチに触れていた。
「その反応を見るに太陽ちゃん。お前は『ゲットー〉の子だな。……無理もない。オレンジ社は恨まれて当然さ。創業者トニーワシントンが世界を変える新鉱物〈レーソニウム〉を見つけて以来、社で独占して経済を支配し政府ともズブズブ。高額報酬と称して戦後の危険地帯での作業をやらせる手口に、積極的に〈ゲットー〉の大人を斡旋してたしな。貧困で選択肢がない彼らに」
「……私のお父さんとお母さんは、そのせいで病気に苦しんで死んだ」
「た、太陽」
三日月は、ワナワナと怒りに震える彼女を心配すると同時にいつ東野へ手を出すかヒヤヒヤしていた。そして彼自身、混乱の渦に呑み込まれている。
「それは、本当にお気の毒だ」
「お気の毒……?」
東野の返答に太陽の堪忍袋の緒が切れた。手を掛けていたポーチからナイフを取り出すと、彼の喉元に向け素早く抜いた。
「太陽!!」
「くッ!」
「この野郎」
三日月の叫びと金属音が重なる。
東野は瞬時に反応してシンク横の包丁で彼女の攻撃を防いでいた。衝撃でハットは脱げ彼のパーマ掛かった長髪が揺れる。
ジリジリと刃物越しに2人の顔が近づく。
「……あんた達が、両親を殺したの。誠実で真面目なあの人たちを。ただ私利私欲のために駒にして、使い捨てた」
「……」
東野は無言でただ、彼女を見つめる。包丁は今にもナイフに押され、刺されそうだった。
「ダメだ太陽!!」
「ッ!?」
その瞬間、怒号と共に太陽へ飛びついた三日月は、東野の元から彼女を剥がした。手元から離れたナイフが宙を巻いバーカウンターに刺さる。
「はぁ……はぁ」
「なに……するの……」
「太陽。君は未来を変えるために来たんだろ?世界を変えるために」
「ぐっ……離して!」
「ここで東野さんを殺したって何も変わらない!いいか、冷静になるんだ」
「ッ!」
組み敷かれるような体勢で掴まれた腕を振り解こうとする彼女だが、言動とともに力強い彼に抗えなかった。
更には、最後の言葉でアランを思い出し抵抗が止まる。
「まずはひいおじいさんを探すのが先決だろ。手掛かりになるかもしれないし、彼の話を聞くんだ」
「……わかったわ」
「ならよかった」
「ええ。それより……」
「?」
「その、どいてもらえないかしら」
「え、あぁごめん!」
慌てて三日月は退くと、手を引いて彼女を立たせた。
冷静になった2人は、押し倒す体勢でいた恥ずかしさと気まずさで顔を赤らめる。
「……刃物をもってる人間に迷いもせず飛びかかるなんて、あなたどうかしてる」
そう呟く太陽は、恥ずかしさだけでなく、優しいだけだと思っていた彼の強さと底なしの誠実さに面食らっていた。
「たしかにね。でも居ても立っても居られなくて」
「意外だったわ。勇気もあるのね。……あと幸太郎さん、すまなかったわ」
「あ、あぁ。俺も悪かったな」
東野も初めてみた三日月の一面に驚いたようで、思い出したようにハットを拾って被る。
3人は再度定位置へ戻ると、新しいタバコに火を付けた東野が最初に口を開いた。
「俺は、元々オレンジ社のいち科学者として新鉱物の更なる用途の研究に携わっていた。だがずっとこの世界のシステムに疑問だったんだ。もちろん三日月は知らないだろうが、今から50年後の2072年にエネルギー不足を発端とする世界大戦が起こった」
「世界……大戦」
「俺はその15年後に生まれ、戦後復興へ向け世界は団結していると教えられた。オレンジ社がその筆頭となってその科学力を発揮しているとも。だから大学院を卒業して社に入った。……だが、現実は違った」
東野は天井を仰ぎ、煙を吐く。ドーナツ型ではなく割れた風船のようだった。
「実際はより深い分断。貧困者は放置され、一方でオレンジ社は新鉱物を利用して巨万の富と政府の掌握を実現し文字通り世界を征服していた。エネルギー不足に苦しむ世界を上手く使ったんだ。そして新鉱物は医療やインフラに使われるより、より儲けるための武器やロボット技術に転用されていた。実際俺が研究していた実績も、すべて他国軍やゲリラに売る武器として活躍していたんだ」
「そしてある時、社がタイムトラベル機能付きの〈オレンジウォッチ〉を開発し超富裕層に売る旅行ビジネスを進めている話を耳にした。タイムトラベルが実現されている事にも驚いたが、それよりもチャンスだと思った」
「時代から逃げるチャンスってことね」
東野は力なく頭を振る。
「バレないように入念調べたさ。保管場所、セキュリティ、実験日、そしてタイムトラベルそのものついても。旅行目的の為に1往復分のエネルギーしか積まれていないこと、そして重要なことにパラドックス防止のセキュリティが掛けられていることも知った。というか、標準装備で誰も解除ができないらしいが。……つまり、過去に戻って何をしても、その時間軸はロックされているから未来に影響がでない。未来に気づかれないように新しい人生を歩めると思ったんだよ」
三日月は彼の発言に眉を顰めると、チラリと太陽を見遣った。
だが彼女は探るように真っ直ぐと東野を見続けている。
「そしてある日、外部の誰かがうちのセキュリティを掻い潜って〈オレンジウォッチ〉の情報を盗んだと聞いた。100年後で言うとつい2ヶ月半前さ」
「……私ね」
「今思えば感心だ。反乱や略奪ばかりの〈ゲットー〉からそんな腕のいい子が居たなんてね。すまない、悪気はないんだ」
「いいわ、続けて」
「今だ。と思った。社は外部に情報が漏れたことでパニック。そりゃそうだ。万が一にもタイムトラベル技術を使われて時間軸ロックのセキュリティも解除できる者がいたら、世界がひっくり返っちまうからな。社の上層部はそれをずっと恐れてた。……で、俺は混乱の隙に事前に下調べしておいた実験室から〈オレンジウォッチ〉をくすねてこっちに来たってわけだ。余分に2本頂戴してな」
「……そしてジャックスパロウみたいな風貌で悠々自適なフリーランスライフを満喫して、大昔の科学オタクの青年相手に趣味を楽しんでるってわけね。自分の世界の理論をあたかも空想の未来のように語りながら」
太陽の締めの言葉に、東野は参ったと言うように両手を広げて見せる。三日月は複雑な思いだ。
「だが調べててもはっきりしなかったのは、オレンジ社のオリジンだ。創業者のトニーワシントンは元々投資家上がりという話なんだが、そんな奴が新鉱物〈レーソニウム〉を見つけたとは考えにくい。そもそも創業のきっかけが〈レーソニウム〉なら、それを見つけ活かせる科学者が絶対に共同創業者としていたはずなんだ。だが社ではその存在も名前も一切記録に残っていない。実際、大戦以前の個人記録は曖昧なものも多いがな」
「……世界を牛耳る企業の創業者の記録が消えるなんてまずない。でも確実にもう1人キーマンがいる。そして恐らくその者は何らかの事情で社に存在ごと消された」
彼女の言葉に彼は大きく頷く。
「裏が取れたわ。ありがとう幸太郎さん」
「ちょっと待て太陽ちゃん。まだ、お前の話を聞いていないぞ。恨みは垣間見えたが、なぜこの時代に来たのか経緯も含め全部話せ」
彼の鋭い瞳に、根負けした太陽はフッと息を漏らす。
「……そうね。まだ三日月にもちゃんと話してないし」
彼女が三日月を一瞥すると、興味と不安。そして大きな疑問に表情が揺れている。
口こそ開かないが彼も早く話せと訴えているように彼女には思えた。
「1から全て話すわ。特に三日月へ。私たちの時代がどうなっていて、そして私がどうやって、なぜここまで来たのかをね」
太陽は目を閉じると、ゆっくりと語り始めた。
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