第4話 宇宙カフェ
翌朝。
カーテンの間から差し込む光で目を覚ました太陽は、その女性らしくも程よく筋肉もついた腕でゆっくりと身体を起こし髪をかきあげる。ずっと椅子で寝ていたからか腰が痛んだ。
「ん、あったかい。……これ」
いつの間にやら自分に掛けられていたブランケットを手に取り、傍のソファで眠る三日月を見やった。
まるで昨日みた猫のようなブラウンの髪はカーリーがかっており、小さな寝息を立てお腹を出し仰向けの状態だ。彼女はその無防備な姿と彼の優しさに微笑む。
「ありがとう」
彼女はブランケットを彼に掛けると、窓を開けてベランダに出て思い切り空気を吸ってみた。
汚れていない空気。ゴミ1つなく、爽やかな風と日差しが頬を撫でる。時折聞こえる小鳥の囀りはまるで歌っているようだ。
「凄く気持ち良いわ」
深呼吸をしてみる。
彼女の脳裏に、昨晩みた100年後の自分の世界の夢が頭をよぎった。
ボロボロで崩壊寸前の雑居ビルの屋上に立つ彼女は、目の前に広がる荒廃したスラムの街並みを見つめていた。
あちらこちらから煙が上がっていおり、他の屋上には所々移民の母国と思われる国旗や、政府への怒りの文字が書き殴られたフラッグが靡いている。
道路も荒れ果て、ガスにまみれたトゥクトゥクやバイクが怒号と共にひっきりなしに行き交う。
一方で、スラムの向こうには巨大な壁と綺麗なビル群が見えた。
その遥か奥に、一際巨大なオレンジ色のタワーが聳え立つ。
タワーを睨む彼女に、横から肩を抱くアランがその力強い青色の瞳を向けて微笑んだ。
大丈夫だ。と。
「……絶対あの世界を変えなきゃ」
太陽は決心を強くし拳を握る。育ての親代わりのアランの存在が彼女の背中を押した。
最後にもう一度ゆっくり深呼吸してふと振り返って部屋を見ると、まだ三日月はぐっすり眠っているようだ。
「なにか企んだり騙されたり。なんて考えていたけど、本当にただ優しくて素直な人みたい。……よし」
彼女は部屋に戻りポーチから取り出したヘアゴムで長い後ろ髪を1つに結ぶと、やる気に満ちた表情でお湯を沸かしつつキッチンを物色。
「加工食品がたくさん。これなら慣れてるわ」
棚からカップ麺を取り出すと、タレとともに深皿に入れて沸かしたお湯を注ぐ。
最後に冷蔵庫から卵を取り出すと、割って上に乗せた。
満足げな顔でテーブルに持っていくと、香ばしい匂いに三日月が目を覚ます。
「……ん」
「おはよう三日月。朝ご飯よ」
「あれ早いね。……って朝ご飯?」
彼は眠気まなこを擦りながら、ぼんやりした頭で目の前に置かれたカップ麺入りの器を見つめる。
「言い訳じゃないんだけど私の時代は加工食品ばっかりで、簡単に作れるものしか経験がなくて。昨日のお礼よ」
「本当、未来は凄いディストピアなんだね……ありがとう」
想像以上の未来に面食らう三日月だが、お腹が空いていたので自然とレンゲと箸を手に取り夢中で食す。彼女の優しい一面がお腹に染みていくのを感じた。
そんな彼を見て満足げに微笑む太陽は、追うように自分もカップ麺を食べ進めた。
2時間後。
朝食を終えた2人は着替えて外を歩いていた。
「服、貸してくれて助かったわ」
「さすがにあのローブは目立つし、そっちの方が今風っぽいよ」
太陽は三日月から借りたTシャツとハーフパンツ、その上にパーカーを身につけており、昨日までのジェダイから一転、ボーイッシュでラフな若者という感じである。
もちろん小道具や武器が入ったウエストポーチは身につけており、ブラスターを装備したホルスターは目立つ太ももから腰元へ移動するなどプロの情報屋兼掃除屋として抜かりない。
「……その、会わせてくれるひいおじいさんかもしれない人ってどんな人なの?」
パーカーのポケットに手を突っ込みながらそう聞く太陽は、不安からか少し落ち着きが無さげだ。
「独特な人だよ。フリーランスでライターをやってて、うちのアプリのパートナーさんなんだけど、宇宙とか科学にやたら詳しいし映画も色々見てる多趣味な人でさ、去年パートナー訪問の時に仲良くなったんだ」
「へえ」
「でも本業はカフェ運営で、テーマをころころ変えるんだけどここ最近は宇宙がコンセプトでさ、まあ自分流を貫く自由人って感じかな」
「なかなか興味深いわね」
彼の話を聞いて、本当にあの手記を書いた曽祖父なのではないか、という現実味が彼女の中で大きくなっていく。時間軸にしろ性格にしろ、手記や自分と一致するものを多々感じた。
「ここだよ」
10分ほど歩いて辿り着いたのは3階建の小さなコンクリート造の雑居ビル。モダンとは程遠く所々ツタが這っている。
三日月はその最上階に掲げられた〈CAFE HIGASHINO〉という少し錆びついた看板を指差すと、階段を登る。扉には地球や月のモニュメントが吊り下げされていて、なるほど確かに今は宇宙カフェらしいと太陽は納得する。
彼がカフェの扉を開けると、中から現れたコズミックなBGMが2人の耳を支配した。
次に視覚を支配したのは、宇宙関連のポスターやフィギュアなど圧倒的な宇宙空間。どうやらSFもコンセプトに含んでいるらしくミレニアムファルコンやデススターのレゴなんかも置かれている。これには彼女も興味を惹かれた。
「よぉー三日月!待ってたぞ」
「やあ東野さん」
「コズミーーーック!ほらカウンターに座れ座れ!」
バーカウンターに佇む男は三日月を見るなり満面の笑みで迎えた。左手で丸を描いた謎のポーズは惑星を模しているらしい。
男は胸元まで伸びた長いパーマの黒髪に切り揃えたヒゲ、黒のハットにエスニック柄のジャケットを羽織っておまけに黒いサングラスという海外ヒッピーのような出立ち。
更に地球儀の指輪を嵌めた右手でタバコを持っており、時折口に含んではドーナツ型の煙をふかす。
「ね、独特でしょ?」
「ええ慣れてるわ。独特な人って」
「なら良かった」
一切動じていない様子の太陽に三日月は苦笑する。
「急なのにありがとね。あれ、今日は圭華さんは?」
「ん、超常連の圭華はここ数日忙しいらしくとんとご無沙汰だ。それより小説のアイデアは浮かんだか?この間はたしか主人公の恋人のお婆さんが実は宇宙最恐エイリアンだったよな。で楽しい学生生活が一転。ヒーローになって主人公は恋人と共にお婆さんと戦うやつ」
「ちょ!その事は話さないでって」
顎髭を触りながらニヤニヤする東野の一方で、さらっと自分の隠れた趣味を太陽にもバラされた三日月は顔が茹で蛸のようだ。
「三日月。前もいったが、平和な設定ありきのはダメだ。身近な人間がヒーローっていう筋書きはいいが、今みたいに平和だが少し試練に立ち向かってるような時代にはディストピアの方が受けるぞ。暗く辛い時代を抜け出す主人公の勇気と刺激が共感を呼ぶんだ」
「……それ、この前僕がオススメしたトゥモローワールドの影響も受けてるでしょ?」
「あーあれな!あの映画は宗教的な描写が露骨だかあの長回しシーンととことん暗い世界観は気に入った。ただちょっと行き過ぎだ。全員死んだろ」
「いや母親と赤ちゃんは生き残ったでしょ」
「そうだったか?」
「うん。主役のセオは船で息絶えたけど、母親と赤ちゃんは船の迎えに間に合ったよ。ちゃんと最後まで見た?」
「長回しシーンで満足してウイスキー飲んで寝たかも。……まぁなんだ、とにかく筋はいいんだからリーマン営業なんかやめて俺みたいにフリーになれって」
「それ、案件取れてない東野さんに言われても説得力ないよー」
「なぬっ。まあ小型案件でぼちぼち稼いでるしそっちは副業だからいいんだよ」
「言い訳っぽいなあ」
「それに三日月、お前は前にも言ったがいいやつすぎる。確かにライター側の報酬をupさせたいとか俺らのことを考えてくれるのはいいが、顧客にへこへこする板挟みリーマンじゃなく、自由に羽ばたけ!」
「はいはい」
間髪いれずやり取りを続ける2人を観察した太陽は、相対的な見た目に反して彼らが似たもの同士であることを理解した。
「それで、ランチは宇宙オムライスセットでいいか?ていうかそれしかないけど」
「じゃあ、この子のもお願い。……昨日話してた友達」
「ああ友達ね……ッ!」
東野はサングラスをずらして三日月の傍に腰掛ける太陽を見つめると、一瞬何かに気づいたように目を見開いたが、すぐにひょうきんな表情に戻った。
「友達って女かよ。しかもめちゃくちゃ美女じゃねーか!俺は東野幸太郎」
「私、太陽よ」
東野から差し出された逞しく大きい握手に、彼女も手を差し出し笑顔で応える。
「太陽……美しい名前だな。顔とスタイルにぴったりだ。そしてなかなか握手が力強い」
「名前で褒められるのはこの2日で2度目ね」
「お、じゃあ1番目はこいつだな。大丈夫か?変に知識ひけらかされてない?」
「まあ時々ね。小説を書いてるのは初耳だけど」
「……もう、からかうなよ」
2人からの弄りに顔を赤くする三日月は、ボリボリと恥ずかしそうに頭を掻く。
そんな彼を、東野は弟を見守る歳の離れた兄のような面持ちで見守りつつ、調理しておいたオムライスとサラダ、ドリンクを2人のカウンターに出す。
「ありがとう。東野……?」
「幸太郎さんでいいぞ太陽ちゃん」
「これ、月面をイメージしてるの?クレーターみたいなケチャップに宇宙飛行士と旗が立ってる」
「よく気づいたな!お目が高い。なかなかいい発想だろう。そう、オムライスの卵が月面だ。割るとクレーターから新鉱物が出てくるイメージ。周りのポテトは月の周りをまわる星。そしてドリンクのグラスには地球が書いてあるから、前後に置くと月面から地球を見る宇宙飛行士の気持ちになれるぞ」
「なかなか面白いわ。……味も美味しい」
「東野さん、地味に料理も美味いんだよね」
「地味には余計だ」
「ははは」
ランチを嗜みながらしばし3人は漫談を楽しむ。太陽は、三日月が彼を紹介した理由がやっとわかってきた気がした。
2人がドリンクを飲み終えたところで、キッチンを片付けた東野は再び口を開く。
「ちなみにもうこいつに紹介されただろうが、三日月とは1年前に俺がライターとしてパートナー登録してすぐに出会った仲だ」
「ええ聞いたわ」
「最初は学生みたいな頼りないやつが来たなって思ったんだが、俺がアインシュタインの相対性理論を踏まえたタイムトラベルの実現性について質問したら、ベラベラと自分の意見を喋り出してな。大体は怯むかやつが多いから面白くてそこから気に入ってるんだよ」
「へえ。それで三日月、あなたはなんて答えたの?」
三日月は頭を振る。
「結論、実現できると思う。彼の理論では光の速度はどんな条件でも一定でその光に近づくほど時の流れは遅くなる。つまりこっちが速ければ速いほど未来へ行ける時空の概念を解いたけど、更にその時空を繋げるワームホールとそれをくぐるエネルギーがあれば過去に行ける可能性も見つけた。……後者は特に難しいっていう人が多いけど俺はできると思う。実際ブラックホールの研究でワームホールについても知られているわけだし、生み出せそうな科学技術も出来てきてる。それに、人はあらゆる資源からエネルギーを生み出してきた。光、石油、原子力。まだ活用されていない資源を活かせば必ずできるはずだ。地球ではまだ見つかっていない資源がたくさんある。特に隕石からは未知数な部分も多いから」
東野はニコリとして掌を三日月へ差し向ける。
「中々面白かった。まぁその資源についてはそもそも見つけられるかがまず課題だし、ブラックホールを生み出す科学技術とどう組み合わせるかという技術課題もある。と付け加えたけどな。ただ、熱意があって科学だけでなく宇宙分野にも知見があるのもいい。喋りすぎなのはたまに傷だが」
「……へえ」
太陽は三日月だけでなく東野にも驚いていた。彼のひょうきんだが掴みどころのない性格とは裏腹に、豊富な科学知識。そして何より全身から滲み出る自信。
三日月の言う通り、本当にこの男が自分の曾祖父なのでは、という予感が彼女の中で強まる。
そして無意識に〈オレンジウォッチ〉を左手で触ると、ふと東野と目が合った。
思わず目を逸らす。
「その反応を見るに、多分太陽ちゃんもこっち側だな。科学が分かるクチだろう。……で聞くが、率直に何の相談できた?2人の恋愛話ってわけじゃないだろう」
「……それは」
答える途中で彼女は違和感を感じた。彼の視線は先程から自分の手元に注がれている。
沈黙を破ったのは三日月だった。
「あのさ、突拍子もない話なんだけど東野さんならわかってくれるかもって思って。その理論の裏付けみたいな感じなんだけど」
「ほう、なんだ」
だが、東野の視線は太陽から動かない。
「……彼女はその、未来から来たんだ。それも今からきっかり100年後の東京から。こんな話頭おかしいと思われて普通の人にはできないんだけど」
「だな」
やけに落ち着いた反応の東野に首を傾げる三日月。太陽は増していく違和感に額から汗が垂れる。口が開けない。
また少しの沈黙の後、東野が大きなため息をついた。
「まいったなー」
「え?」
彼は徐にハットを脱ぐと、長いパーマの髪を掻き上げて唸る。三日月は引き続き首を傾げたままだ。
「まさか、もう来るなんてな」
「え、どういうこと?」
東野は三日月を一瞥もせず、太陽の手元を指差す。
「変な駆け引きはなしだ。……太陽ちゃん、その右手首のやつ〈オレンジウォッチ〉だろ?」
「ッ!!」
「東野さん?!」
彼から発せられた知っているはずのない単語に、一気に2人は血の気が引くのを感じた。
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