第3話 未知との遭遇
三日月は、突然降ってきたまたとないチャンスに心が躍っていた。
SF・科学・映画。
そう言ったものに目がなく今も空想を止められない彼にとって、全てが揃ったまさに夢を実現させたような存在がいま自分の部屋にいるのである。
しかも、あろう事かその存在は文字通り心を奪われるほど魅力的な女性だった。他人からの好意にも気づかない彼にとって今までにない体験である。
30分掛けて慌てて乱れた部屋を片付けた疲れに加え、山ほど頭上に浮かぶ質問と緊張をなんとか抑えた彼は沸かしたお湯をコーヒーの入ったマグカップに注いだ。更にキッチンの戸棚から砂糖を取り出し、2、3杯落とし込む。
マグカップを、お菓子を入れたボウルと併せてトレーに乗せるとローブを脱いでノースリーブ姿で椅子に座る太陽の元へ。
「はいどうぞ。お菓子がクッキーとせんべいぐらいしかなかったんだけどよかったら食べて」
「………」
「大丈夫。毒とか入ってないから」
三日月にそう言われるも、警戒の癖がついている太陽は目の前の丸テーブルに置かれたマグカップとボウルをじっと見つめ、しばらくしてやっとコーヒーを一口含む。
すると取り憑かれたようにがぶ飲みし始め、あっという間に平らげてしまった。
「ぷは〜」
「凄い飲みっぷりだね。……おかわり、いる?」
「ええ。ちょうだい」
三日月がマグカップを下げると同時に、太陽は皿に盛られたお菓子も全て平らげるとボリボリと音をたて満足げに鼻を鳴らす。
すかさず三日月が追加のコーヒーを淹れると、マグカップを手に取りクイっとおちょこで日本酒を嗜むように飲み干してしまった。
「……もしかしてお腹空いてた?」
「お腹も喉も。タイムトラベルって結構体力使うみたい。ありがとう」
お腹が膨れて満足した太陽は、そう言ってサラサラの長い黒髪をかき揚げると周囲を見渡す。
1DKの部屋は白を基調として綺麗で全体的にスッキリはしているものの、棚にはたくさんのフィギュアが並び壁には映画のポスターが飾られている。マーベルやスターウォーズ、ターミネーターやE.T.などほとんどがSF系のものだ。本棚にも宇宙や科学の本が収められている。
彼女は感心したように頷いた。
「……あなた本当に筋金入りの科学オタクで映画オタクなのね」
「おじいちゃんの影響で昔から好きでさ。まぁあんまりこういったの人には話さないんだけど」
「いいわね。そういう人を探してたから助かるわ」
「え?あぁそれはよかった」
てっきりドン引きされると思っていただけに、返ってきた感謝の言葉に彼は面食らう。
「安心ついでに太陽にまず1個だけ聞きたいんだけど、いいかな」
「ええ、なに?」
「やっぱりさっきのブラスターは本物なの?」
恐る恐るの質問に彼女は無言で腰元からブラスターガンを引き抜くと、真顔で引き金を引いた。
瞬く間に銃口から一閃が放たれ、観葉植物の葉を燃やして落とす。
「……本物みたいだね。でももう撃たないで」
破天荒な彼女の一面に驚くとともに、いよいよ未来人という事実が現実のものとなったことに興奮の熱が上がる。
「これは、未知との遭遇だ……」
「また映画ネタ?」
「いやただの独り言だよ。確かに古いスピルバーグの映画に同じタイトルのものはあるけど。というか100年後の女の子にも通じるなんてすごいな。……そう、とにかくすごいよ君!君みたいなクールな子、初めて出会った!」
「すごい。……私が」
彼の真っ直ぐでキラキラした眼と慣れない賞賛の言葉に戸惑う太陽は、何だか恥ずかしくて視線を逸らす。
それと共に、彼女の中で自分が100年前の平和な東京にいるんだという実感が広がる。政府による強制的な国民の分断も、喘ぐような貧困も死も、彼の周りには存在していないんだ。と。
想い溢れ、思わず彼女は口を開く。
「……ここは、というかこの時代は凄く穏やかでいいところね。夜になっても銃声も悲鳴もしないし、空気も街も綺麗。公園には可愛い生き物もいるし、コーヒーも美味しい」
そうつぶやく顔はとても美しくも悲しげで、三日月も声を落とすと、太陽の座る椅子の横に置かれたソファへと腰掛ける。
彼女のぼんやりと遠くを見つめるような目に
彼はまだ見ぬ彼女の住む地へ想いを馳せる。
どんなに荒れてしまったディストピアなんだろう、と。
「100年後の未来は、色々大変そうだね」
「ええ。色々ね」
「詳しくはまた後にでもじっくり聞きたいところだけど、この時代に来た理由もその辺と関係あるんだろ?」
太陽は口角を歪めると、僅かに頭を振った。
「さっき話してたあなたのおじいさん、今も生きてる?」
「いいや、僕が11歳の時に病気で亡くなったよ。まだ70歳だった。SF小説家で科学が大好きなとても賢くて尊敬できる人だったんだ。周りは変人だって言ってたけどね。僕にとっては今までもこれからもずっとヒーローだよ。僕自身はあの人みたいにはなれなかったから」
「私の両親もそうだった。……でも、どっちもオレンジ社に使い捨てにされて最期は病に苦しんで死んだ。あなたがおじいさんを亡くした頃と同じ年の頃にね。亡骸にすら会えなかった」
「そうだったんだ」
「……でも最近。時を遡れる手段を知ったの」
「タイムマシン」
三日月の一言に彼女は頷き、右手首に嵌めたオレンジ色の腕時計を触る。真っ黒の液晶を2回タップすると、いくつかのアイコンのホログラムが現れた。
完成されたホログラム技術を目の前にして声を上げたい三日月だったが、空気を読んで口をつぐむ。
太陽は話を続ける。
「〈オレンジウォッチ〉。私の時代にはさっき話したオレンジ社という世界を牛耳るIT企業があってね。両親を殺した悪の組織。……これは、そこが近年開発したホログラム投影型スマートウォッチよ。充電不要で〈レーソニウム〉という莫大なエネルギーを生み出す奇跡の鉱物が入ったエナジーセルが中に組み込まれている。だから半永久的に動く。と言われている。タイムマシンも、その鉱物のエネルギーと科学が可能にしたの」
「……凄い。凄すぎるよそれ。人類の叡智だ」
彼の頭は今にもスパークしそうだったが、一言半句に留め太陽に視線を戻す。
「まだ試験段階だけど、1台につき時代を1往復できるだけのエネルギーが積まれてる。これがあれば過去に行って、そして現代に戻れるの。……三日月、あなたももし過去をにいっておじいさんを助けられる未来に変えれたら、変えたいでしょ?」
彼女の言葉に、三日月の茶色の瞳が動揺に揺れ祖父の姿がフラッシュバックした。
「それは、もちろん」
「それが私がこの時代に来た理由。両親を殺したあの時代を変えたい。変える手掛かりを、この時代のひいおじいさんが持ってるの。タイムトラベルの存在も手段も使い方も、そしてトラベル先の時間軸や場所さえも大昔に亡くなったあの人が手記で教えてくれたから。だからまずは会って話したい」
三日月はハッとした。
「待って。その〈オレンジウォッチ〉は近年開発されたっていったよね?でも、それよりずっと昔に生きていた君のひいおじいさんは既にタイムトラベル技術を開発してたってことだ」
「ええ。それにあの人の手記によると、オレンジ社の創業者の1人は自分って書いてあった。ただ、おじいさんの名前はあっても彼の名前やいつ亡くなったのかもそこにはなくて、社のデータベース上にもなかった。この時代に後悔を持ってるらしい文書だけがあったの。だから、恐らくこの2022年に生きてる。少なくとも老齢じゃない形で」
「……科学の知識に長けてて、世界的な大企業を創って未来でタイムトラベル技術を開発できる人材。しかもこのあたりにいる……まさか!!」
顎に手を当てて熟考する三日月は、ふと太陽の顔を見た。その途端ピースが合ったような感覚を覚えたのである。
「三日月、どうしたの?」
「科学の知識に富んでいて破天荒な社長気質、黒髪……あの人なら手掛かりになるかも」
「え?」
「わからないけど、多分君のひいおじいさんかもしれない人知ってる」
「本当に?」
目を見開く太陽に、謎の確信を持つ三日月は頷く。
「幸い明日は土曜で僕も休みだ。明日その人の店に行ってみよう。ちょっとまってて!」
三日月はスマホを取り出すとライントークを開いた。
『ちゃんと終わらせて帰れた?』という真夏の新着メッセージにスタンプと一文で返事を打つと、つぎのトークにある〈東野さん〉へ向け明日友達を連れていくから昼ぐらいに店にいく旨と料理が食べたい旨を送った。
ものの1分ほどでほぼ同時に2人か返事がきて、
真夏からは『よかった。今週もお互いお疲れ様!コーヒー飲み過ぎ注意ね』
東野からは『了解。飯なんて珍しいな。得意料理準備しとく』と。
三日月はその両方へスタンプを送ると、急いでスマホの画面を切った。
「お待たせ太陽!大丈夫……あれ」
「zzz……」
太陽を見やると、いつの間にか彼女は椅子に持たれたまま静かに寝息を立てて眠ってしまっていた。
「疲れたよね。そりゃ」
「アラン……」
「そういえば、アランって誰なんだろう。さっきも呟いてたけど。それに手記の内容ってやつも聞きそびれたな。まあいいか」
三日月はソファに置いてあるブランケットをそっと太陽に掛けると、しばらく眠る彼女の顔を見つめた。
そのまつ毛は長く鼻筋は通っており色白でまるで人形のように思える。
「……おやすみ。今日はこっちの時代でゆっくり眠って」
彼は微笑みながら小さくそう声掛けると、彼女の頭上を照らす電気を消してその場を後にした。
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