行動の代償 2
ライラと、砦の中で手先の器用な者達が夜なべで作ってくれた、新しき国の騎士の制服と同じ白い上着と青いマントのおかげで、副都と廃城の間にある荒れ地をのろのろと進む大量の騎士達の間に、ルージャ達は簡単に侵入できた。
「本格的に壊すつもりだね」
騎士達が運ぶ破城槌の多さに、リヒトが唇を歪める。
「でも、騎士達の顔は暗いぜ」
鍋のようなぶかぶかの兜の端を上げて小さく辺りを見回しながら、エルは肩を竦めた。
「古き国の呪いを、気にしてるんだよ」
囁くようなリヒトの声に、大きく頷く。ルージャにも、周りに居る騎士達に怯えの感情を読み取っていた。だから、なのかもしれないが、気が付いた時には、ルージャ達は騎士達の集団の前の方へ押しやられるような格好になってしまっていた。
「こんなに前に出て大丈夫か?」
ルージャの懸念に、エルが首を横に振った。
「俺の顔は誰も知らないと思う」
「ルージャは、用心した方が良い。顔を知られているかもしれないから」
そのエルの言葉に、リヒトの声が被る。ライラやレイも、ルージャの顔貌から潜入がばれることを恐れていた。
「とにかく、兜は外すな」
バケツのような兜をルージャに突き出したレイにはそう、厳命された。とにかく、今回の任務は、廃城が壊されるかどうかを確かめること。何があっても、考えなく飛び出してはいけない。ライラを前にしたレイの厳命を、ルージャはもう一度噛みしめた。その時。
「頭を下げて」
鋭いリヒトの言葉に、慌てて膝を折って頭を下げる。ルージャ達の横を、立派な足をした黒馬が通り過ぎ、ルージャの少し横で止まった。そろそろと顔を上げると、兜の所為で視界が狭いルージャの瞳に、馬上の人物の兜から零れる黄金の髪が見える。リール、だ。すぐにそう、判断する。そして。リールの前、既に、廃城の壊れた正門の前で馬に乗ったまま待っていた、リールと同じくらい大柄な体格をした、派手な兜飾りの人物は。
「こんなにたくさんの騎士、どこから連れて来た?」
明らかに苛立ちの籠もったリールの声が、荒野の冷たい空気を振るわせる。
「我が国に害しかもたらさない、古き国の遺物は、徹底的に消し去るべきでしょう」
そのリールを無視して、第三王子ジェイリは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「その新しき国だった、良いことばかりしてるわけじゃないってのに」
ジェイリの言葉を聞いたエルが舌打ちする音が、ルージャの耳に響く。その音の後から、第三王子の傲岸な声が聞こえてきた。
「古き国の騎士を名乗る者達も、女王を匿っていると思われる人々も」
「それで何度、お前は罪無き人々を殺し、質素な生活を破壊した? この間も、小さな集落を焼き、そこに住んでいた人々の首を刎ねたと聞いているが」
まさか。なじるようなリールの言葉に、耳を欹てる。まさか、ルージャの父と伯父伯母を殺したのは、第三王子とその部下達だというのか?
「変なことを言わないでくださいよ、リール」
ジェイリを睨むリールに、ジェイリが口の端を上げる。
「女王の血を引く者を隠し育てていると噂のあった、山腹の集落を調査しただけですよ」
副都の近くにそんなものがあっては、新しき国の威信が落ちてしまいますから。当たり前のことを当たり前のように話す第三王子の言葉が、女王リュスに窘められて心の奥底に仕舞ったはずのルージャの怒りを湧き上がらせる。エルに身体を押さえつけられなかったら、ルージャは第三王子の前に飛び出していただろう。
「落ち着いて、ルージャ」
静かなリヒトの声が、耳を震わせる。
「ここで飛び出しても、無残に殺されるだけだ」
ライラが悲しんでも良いの? リヒトが囁いた単語が、ルージャの怒りを半分まで静めた。そうだ。今は。怒りに身を震わせている時ではない。復讐は、別の機会だ。今は。唇を、ぎゅっと噛みしめる。
「それでは、もうそろそろ始めましょうかね」
第三王子ジェイリの尊大な声が、俯いたルージャの頭上に響いた。動くのか。そっと、辺りを見回す。だがルージャの周りの騎士達は、誰も動こうとしなかった。
「どうしましたか?」
動かない騎士達にじれた第三王子が、苛ついた声を出す。
「新しき国の騎士ともあろう者達が、呪いなどというものを恐れているのですか?」
「俺が、やります!」
沈黙する騎士達の間から上がった、聞き知った声に、顔を上げる。大きな破城槌を持った小柄な影が、ルージャの前を通り過ぎた。あれは。……ユーイン! ルージャは一瞬息を止めた。
「宜しい」
騎士の集団から飛び出したユーインを見て、第三王子がにやりと口の端を上げる。
「他には、誰か?」
「やはり何事も、言い出した本人が率先してやるべきだろう」
もう一度、荒れ野に集まった騎士達を見回した第三王子に、リールの皮肉に満ちた声が被さった。
「それも、そうですね」
再びにやりと口の端を上げた第三王子が、馬から降り、大ぶりな破城槌を構える。
「たまには、野蛮な行為も良いでしょう」
そう言いながら、第三王子は軽々と、破城槌を青い空へ振り上げた。次の瞬間。
「えっ?」
第三王子とユーインを凝視していたルージャの視界が、醜く歪む。先に振り下ろされた、ユーインが持つ破城槌の先の部分が歪んで消滅してしまったのを、ルージャは信じられない思いで見詰めていた。
「何だっ?」
「呪いだっ! 古き国の呪いだっ!」
第三王子と騎士達の方へ、醜く歪んだ空間が傲慢な人々を飲み込むようにわっと広がるのが見える。
「廃城から離れろっ!」
リールの大音声に、ルージャははっとして一歩下がった。だが。歪んだ空間の中にユーインの姿を見つけ、下がるのを止める。異変が起きた直後、第三王子は真っ先に逃げ出した。だが、腰が抜けたのか、それとも他の理由で動けないのか、ユーインは歪んだ空間に突っ立ったままだ。このままでは、ユーインが持っていた破城槌と同じように、ユーイン自身も消えてしまう。それは、……ダメだ。
「ユーイン!」
叫んで、飛び出す。ユーインの腕を掴み、ルージャは歪みの外へと力一杯走った。しかしたちまちにして、歪みの外に向かっているはずのルージャの前の空間も、歪む。このまま、消えてしまうのか。ルージャは思わず目を閉じた。だが。
「ルージャ!」
聞き知った声に、顔を上げる。ルージャの目の前に現れたラウドはルージャの空いている方の腕を取ると、歪みの外に見えるエルらしき背の高い影の方へ、ルージャをユーインごと放り投げた。
「ラウド!」
叫ぶより先に、ルージャの身体をエルの腕が掴む。ルージャの腕はきちんと、ユーインの細い腕を掴んだままだった。
「間に合って良かった」
はっと息を吐くルージャの前には、不敵な笑みを浮かべた、古き国の制服を身に着けたラウドが居る。ラウドはルージャに片手を上げると、次の瞬間、煙のように消え去った。後に、残ったのは。
「放せ、ルージャ!」
強い声と共に、ユーインを掴んでいたルージャの腕が振り落とされる。腕を捻られた痛みに思わず顔を顰めたルージャの目の前に、ユーインの鋭い視線が有った。ユーインの向こうに見える廃城の正門は、今は歪みもなく、静かな姿で佇んでいる。しかし正門の前に置かれていた破城槌は歪みに飲み込まれて消えてしまった。第三王子が乗っていた馬も、だ。
「助けられたとは、思わないからな!」
その捨て台詞と共に、ユーインはルージャに背を向ける。肩を怒らせたまま去って行くユーインの姿を、ルージャは悲しく見詰めていた。先輩であったユーインとは、もう、解り合うことはないのだろうか? 今度逢う時は敵として、逢うことになるのかもしれない。
「……帰ろう」
動けないルージャの肩を、エルが叩く。その痛みで我に返ったルージャは、ただ力無く頷いた。
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