行動の代償 1

「大変だっ! レイ! ルージャ!」


 唐突に飛び込んできたエルの切羽詰まった声に、踏み込みが止まる。打ち下ろそうとした剣が止まり、そして急に重くなるのを感じ、ルージャは手首の痛みを感じながら慌てて剣を地面に下ろした。ルージャの稽古の相手をし、ルージャが打ち下ろした剣を剣で受け止めようとしていたレイも、こちらは軽い動作で剣を鞘に収めてエルの方へ不審な視線を向ける。何が、有ったのだろうか? ルージャの疑問は、しかしすぐに解けた。


「副都に潜入させた奴らの連絡でっ、廃城を取り壊すって」


「なっ!」


 次に聞こえてきたエルの言葉に、ルージャはレイと同時に絶句する。しかし我に返ったのはレイの方が先だった。


「何故、今更」


 代々の女王が掛け続けた呪いが恐ろしく、百年も放置されていたものなのに。レイの言葉に、ルージャも思わず首を傾げる。確かに、何故、今更?


「分からない。でも、あの城は、女王にとって大切なものだって、ばあちゃんが」


「とにかく、広間に主だった者を集めて」


 当惑のままのルージャの横で、レイがエルに指示を出す。そしてルージャも、レイの後ろから、ライラがちょこんと座っている広間に入った。


 ルージャ達がこの小さな砦に逃れて、何日経過しただろうか? ライラはすっかりこの砦と、砦に暮らす雑多な人々に慣れていた。広間で、女性達と一緒に糸を紡いだり縫い物をしたりして一日を過ごし、そして時折、砦の中庭に作られた畑の世話や砦の補修などで怪我をした人々の治療にあたっている。ライラが頑張っているのなら、自分も、騎士としてできるだけのことをしよう。それが、ルージャの今の正直な気持ち。だからルージャは、レイに苦手な剣の稽古を頼んだ。


「私も、教えるのは下手だぞ」


 ルージャの頼みを聞いた時の、レイのへの字になった口元を、今でもルージャは覚えている。その言葉通り、レイの稽古には容赦が無かった。おかげで生傷が絶えないが、稽古でできた傷のことは、ライラには黙っていた。心配は、掛けたくない。それはともかく。


「……そんな」


 広間で、エルの言葉を聞いたリヒトが俯く。リヒトがいた図書室を始めとする廃城の重要な施設や設備は、古き国が滅び女王リュスが殺された後に、リヒトやルージャの先祖にあたる、古き国の騎士の一人であるラウドの異父弟ルイスと彼の仲間によって地下へと移されている。だから、地上部分は破壊されても問題は無い。震える声で、リヒトは広間に集った人々にそう、話した。問題は。


「壊している時に、地下の部分が見つかってしまったら」


 リヒトの懸念に、広間中が唸る。


「女王の力は、あの城の中でより威力を発揮する、って、ばあちゃんが」


 エルの言葉に、レイが唇を引き締めた。


「とにかく、誰か見に行った方が良いな」


 レイの鋭い視線が、ルージャに当たる。


「ルージャ、エルと一緒に偵察に行ってくれ。私が行った方が良いと思うが、私は副都の騎士達に顔を知られ過ぎている」


「分かった」


 レイの真っ当な言葉に、ルージャは頷かざるを得なかった。


「僕も行く!」


「良いけど、大丈夫か?」


 青白い顔で声を上げたリヒトと、顔色の所為で普段より更に弱々しげに見えるリヒトを見て眉を上げたエルを少しだけ見てから、ライラに視線を移す。


「無茶なことは、しないでね。ルージャ」


 瞳を曇らせたライラの言葉に、ルージャは今度はしっかりと、頷いた。懸念は、一つだけ。ルージャの留守中にレイが古き国を裏切り、ライラを新しき国に引き渡すかもしれないということ。レイは副都の太守の娘で、新しき国の騎士である。副都には心を寄せていたリールがいる。ライラを裏切るには十分な理由が、レイにはある。そこまで考えたルージャは自分に嫌悪を覚えた。レイが、ライラを裏切るわけがない。そして。ライラは俺のものだ。久し振りに湧き上がった感情を、ルージャは一瞬で押し潰した。ライラが誰を選ぶかは、ライラ自身が決めること。

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