古き国の新しい拠点

 エルという名の、盗賊の頭の先導で、道無き道を進む。周囲の風景が森から荒野へ、そして草木も疎らな岩山になったとき、ルージャの眼前に、聳え立つ砦らしきものが見えた。


「あれが、俺達の本拠地」


 岩山と峡谷の間の、峡谷に囲まれて島のようになっている岩山の上に建てられた小さな砦に、エルはルージャ達を案内した。


「古き国の騎士が建てたものだな」


 跳ね橋と門だけでラウドがそう判断する声が、聞こえてくる。


「ばあちゃんがいうには、そうらしいです」


 エルの言葉は、ラウドに対してだけ敬意を表していた。島の縁ギリギリにぐるりと建てられた外壁と、その中にある中庭と主塔。それが、砦の全て。跳ね橋のある門の側は、攻撃されてもそう簡単に壊されないよう、頑丈な盾壁になっているし、それ以外の部分も、天井と矢狭間が揃った歩廊が完備されている。案外立派な砦だな。ルージャは正直にそう感じた。中庭の殆どが耕された畑になっているのは、おそらく食糧確保の為だろう。その畑と主塔との間、暖かそうな日向に置かれた安楽椅子の上に、小柄な老人が座っているのが見えた。


「ばあちゃん」


 その安楽椅子の方へ、エルがラウドを案内する。エルは屈んで、安楽椅子の影にそっと声をかけた。


「ばあちゃんに会いたいって人が」


 次の瞬間。安楽椅子の小さな影が、ぱっと起き上がる。


「ラウド様!」


 今にもラウドに飛びかかりそうな小柄な老婆を、ラウドはそっと安楽椅子に戻した。


「久し振りだね、メアリ」


 確か最後に逢った時は、まだ騎士見習いの兄達の傍を駆け回って邪険にされていた子供だったっけ。ラウドの言葉に、メアリと呼ばれた老婆はほろほろと涙を流す。その様子を見たライラが何故か涙ぐんでいるのを見て、ルージャは思わず和んでしまった。


「あいつ、本当にばあちゃんが言っていた『伝説の団長』なんだな」


 いつの間にかルージャの横に来ていたエルが、ルージャに向かって呟く。幼い頃から、エルは祖母が話す古き国の騎士達の物語を聞いていた。そして物心ついてからは、祖母が作ってくれた古き国の騎士の制服を着て、徒党を組むようになった。銀の椿の留め金と、金の狼の留め金は、祖母からその形を聞いて自分で作ったもの。偶然にこの砦を見つけてからは、この砦を本拠地として、様々な理由で新しき国から追われている人々を匿ったり、探索の為にこの辺りを通る新しき国の騎士達を襲ったりしているという。但し、古き国の騎士の真似事をしているだけだから、悪しきモノと呼ばれる黒い靄には近寄らないし、悪しきモノに深く魅入られた人々の首を刎ねることはしていない。


「悪しきモノに関わることができるのは、女王から正式に叙任された騎士だけだって、ばあちゃんに釘を刺されたから」


 照れながら話すエルの言葉を、ルージャは信じた。エルは、祖母を心から大切にしている。その祖母の忠告を、エルが軽んずるはずがない。すると。再びの疑問が、ルージャを襲う。父と伯父伯母を無残に殺したのは、誰だ? 砦にいる、エル達がやったのではないことは、分かる。そうすると、本当に、一体誰が? ルージャは心の中で唸った。


 そして。


「女の子達は疲れているようだから、主塔の中の部屋に運ぶよ」


 エルの申し出通り、赤い服を着た砦に住む女の人達に連れられて主塔の方へ向かうライラとレイの後ろ姿を、静かに見詰める。ルージャも疲れてはいたが、それよりも、泣きそうな気持ちの方が強かった。やはり、自分には、力が無い。ライラを守ることすら、できていない。的確な判断をしてレイを地下牢から脱出させ、ライラ達をこの安全に見える場所に運んだラウドに比べて、自分はどうだ? 情けないくらい成長していないではないか。ルージャはイライラと、足下の草を蹴った。自分は、ライラを守ることができない。騎士としての素質が無いのではないか? 泣きそうなほどの悔しさが、ルージャの心を噛んでいた。


「ルージャ」


 不意に響いたラウドの声に、顔を上げる。ルージャのすぐ目の前に、小柄なラウドの女顔があった。


「メアリが、話したいことがあるって」


 ラウドの言葉に、耳を疑う。ラウド越しに老婆の方を見ると、ルージャの視線に気付いた老婆がルージャに微笑みかけるのが見えた。何の、用だろう。見知らぬ老婆が、こんなちっぽけな自分に。首を傾げつつ、ルージャは老婆が座る安楽椅子の傍まで足を運んだ。安楽椅子の前に立ったルージャを、老婆がその白い瞳でじっと見詰める。そして突然、老婆はラウドに逢ったときと同じようにほろほろと涙を零した。


「やはり、あなたはルイス様の……。良く似ていらっしゃる」


 ラウドの異父弟の名を、老婆が呟く。


「噂通り、ルイス様は、女王の血を引く者を守っていたのですね。自分の長子を、アリア様の娘に付けて、子々孫々まで守るよう言いつけて」


 始祖であるルイスの言葉通り、ルイスの長子とその子供達は、アリア(アリ)が生んだ娘とその子供達を守る為に大陸中を彷徨い、人目を避けて暮らしていると風の噂で聞いた。老婆は囁くように、そう、言う。確かに、ルージャの父親と伯父伯母は、山奥に人目を避けるように暮らしていた。その理由は、ライラが女王の血を引いていると、知っていたから。その父達が、新しき国の騎士達の格好をした者達に襲われ、無残に殺された理由は。ルージャははっと息を呑んだ。ライラを、女王の血を引く者を守る為に、父達は戦い、そして死んだ。


 ふと、気付く。確か、あの時、ルージャ達を襲った騎士達の背後には、悪しきモノのような黒い影がべったりと付いていた。まさかとは思うが、悪しきモノが、彼らを滅ぼす力を持つ古き国の騎士を任命できる女王の血を引き、女王となることができるライラを殺す為に、新しき国の騎士達を利用してルージャ達の棲む場所を襲ったのではないだろうか? きっとそうに違いない。


「本当は、若いあなたをこんなことで縛ってはいけないんだと思うけど」


 不意に、老婆が言い淀む。


「あなたも、ルイス様の血を引く者。だから『古き国』の宿命には抗えない」


「大丈夫です」


 老婆に、大きく頷く。ライラを守ることは、ルージャ自身が決意したこと。自分には、ラウドのような判断力も、リヒトのような知識も、エルのような体力も無い。それでも、ライラを守りたい。その気持ちだけは、誰にも負けない。


「あなたに会えて良かった。新しい女王陛下にも」


 老婆の言葉に、ルージャはもう一度こくんと頷いた。

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