恩人を救うために 4
「何を!」
「黙って」
そのラウドの手に噛み付いたリヒトを、ラウドは顔を顰めて睨む。
「誰か居る」
意外なラウドの言葉に、ルージャは手を繋いで歩いていたライラを自分の傍に引き寄せ、そして不安げに辺りを見回した。ラウドの言う通り、本当に、誰か、居る、のか? しかし木々の影を見回しても、人らしき影は。……あった。赤い上着に黒いマントを身に着けた五人ほどの集団が、ラウドの更に向こうに居る。
「盗賊、さん?」
ライラの声が、耳に響く。ライラの予測通り、彼らはおそらく、古き国の騎士を名乗って新しき国の騎士達を襲う盗賊だろう。あるいは、……ラウドの時代へ、飛ばされてしまったのだろうか?
「それは無い」
ルージャの疑問を解くように、リヒトが上着のポケットから小さな板を取り出す。
「僕は『記録片』を持っている」
古き国の騎士達の言動を、今はリヒトが管理している地下の図書室にある本に記録する装置が『記録片』。そしてこの記録片は、古き国の騎士達が多かれ少なかれその血の中に持っている『飛ぶ』能力を抑える効果があるという。
「ラウドにも、持たせてある」
「俺には身に着かないんだけどな、記録片」
リヒトの言葉を補足するように、ラウドが不敵な笑みを浮かべた。
「とにかく、あれは俺の時代の、俺の仲間では無い」
ラウドが指差した、他の人々よりも頭一つ高い人物を見詰める。その人物のマントには、椿を模した留め金と、ラウドが身に付けているものと同じ狼の形の留め金が付いていた。ラウドの時代で、狼の留め金を身に着けることができるのは、狼の騎士団長であるラウドのみ。
「と、言うことは、彼らは間違いなくこの時代の盗賊、ってことになるね」
リヒトの言葉に、ラウドが頷く。
「向こうに気付かれないうちに、離れよう」
こちらには、鞭打たれて動けないレイがいる。ライラもリヒトも、戦闘には向かない。余計な血は流したくない。ラウドはそう言って、別の道が無いかと辺りを見回した。
「ラウドがこの時代の人を殺して、歴史を変えるわけにもいかないしね」
そのラウドに、皮肉の籠もった言葉をリヒトが投げかける。次の瞬間。
「気付かれた」
ラウドの声と共に、レイの大柄な身体がルージャの方へ押し付けられる。
「ルージャはレイとライラを守れ」
その言葉と共に、ラウドは腰の剣を抜き、ルージャ達の方へと飛び込んできた二つの槍を左右に薙いだ。
「ライラとレイは、僕が何とかする」
突然始まった戦闘に呆然とするルージャに、リヒトの声が響く。
「ルージャは、ラウドを援護して」
リヒトの言う通りだ。レイの身体をリヒトに預け、地面に落ちている石を複数拾う。その石を次々と、ルージャはラウドに襲いかかってきていた三人目の盗賊に投げつけた。石が盗賊に当たるのを確かめるより先にもう一度石を拾い、今度は左右からラウドを襲ってきた槍を持つ盗賊に投げつける。ルージャの石に怯む盗賊に、ルージャは思わず笑みを零した。俺も、役に立っている。だが。
「きゃっ!」
ライラの叫び声に、はっとして振り向く。ラウドと盗賊達の戦闘に気を取られている間に、椿と狼の留め金を身に着けた背の高い盗賊がルージャ達の背後に回り、ライラを羽交い締めにしてその白い喉に短刀を突きつけていた。
「ライラ!」
思わず、叫ぶ。ルージャが呆然と石を持った腕を下ろすのと、ルージャの声に背後を見て驚愕したらしいラウドがルージャの方へ倒れてきたのがほぼ同時だった。
「ラウド!」
ルージャの横に膝をついたラウドの足下に、血溜まりが広がるのが見える。そのラウドの首筋に槍の穂先が突きつけられると同時に、ルージャの喉にも冷たい刃が当てられるのを感じた。
「新しき国の騎士達だな」
勝ち誇ったような声が、森に響く。
「お前達に恨みは無いが、新しき国には恨みがあるもんでね。悪いが死んでもら……」
次の瞬間、滝に打たれたような大量の水が、ルージャ達を押し潰した。
「うわっ!」
「何だっ!」
突然の多量の水攻撃に、戸惑いと叫び声が起こる。ルージャだけは、この水の原因が分かっていた。盗賊に捕まり、恐怖に震えながらも小さく唱え続けていたライラの魔法が、暴走したのだ。
「ライラ」
首筋の刃が無くなったのを確かめる前に、飛び出してライラの腕を引く。
「ルージャ!」
明らかにほっとしたライラの声と、抱き寄せた身体の温かさに、ルージャは胸を撫で下ろした。
改めて、辺りを見回す。突然の水に呆然とする背の高い男と、その傍で細い腕でレイを庇うように抱き締めているリヒト、そして水圧で気絶したらしい盗賊達が転がっているのが見える。ラウドは? 大怪我をしたので自分の時代に戻し飛ばされたか? ルージャが首を傾げた、その時。
「『古き国』の騎士の格好で盗賊行為とは、良い度胸だな」
怪我は案外軽かったらしい、ルージャの前に飛び出したラウドが、背の高い男の腹を殴り、彼の襟元を小さな手で掴む。男の半分以下の体格しかないラウドに襟を締め付けられ、男は情けない呻き声を発した。
「しかも『狼』の騎士団長印まで付けているとは」
「あ、あの、そ、それは。……ばあちゃんが、その」
凄みの効いたラウドの言葉に、男が意外な単語を吐き出す。男の言葉に、ラウドの手は一瞬にして緩んだ。その隙に、男が逃げだそうとする。しかしすぐに、ラウドは男の襟を締め上げた。
「……祖母?」
そして意外な言葉を呟く。
「案内しろ」
ラウドはそう言って、男の襟元を離した。
観念したのか、ゆらりと立ち上がった男が、森の更に奥へと歩き出す。その後を付いていこうとしたラウドの服の裾を、ルージャは強く引っ張った。
「ラウド」
「逢っておきたい。それだけだ」
ラウドの答えは、簡潔。そして。ラウドの怪我の状態を確かめるライラに軽く微笑んでから、ラウドはレイを背負い、不敵な笑みを浮かべた。
「彼らは、味方にできるかもしれない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。